人形浄瑠璃文楽 -文楽人形の首(かしら)に内包する性根- 

木許 妙子

人形浄瑠璃文楽(以下、文楽)*1における文楽人形は舞台道具でありながら、舞台上では人形遣いによって芝居を演じる役者となる。文楽人形の「首(かしら)」*2には人間の本質である「性根」が彫り込まれており、人形遣いが役柄の性根に近づけながら人形拵(こしら)え*3をおこなうのは、性根が表現のいしずえとなるからである。本稿では文楽人形の首に着目し、首に彫り込まれた性根を評価点として文化資産評価報告書を記述する*4。

1.歴史的背景と首について

1-1首について
他の役に転用できる基本的な首は女形、立役(男役)合わせて約40種類、転用できない特殊首(一役首)が数種類、300点あまりが使用されている*5。それぞれの首の呼称は初演時の役名、あるいは当たり役などをもちいている。文楽人形の喜怒哀楽の感情は人形遣いがあらわすため、首の表情は中間の表情である。ただ、表情は彫り込まれていないが、その役柄の性格を決定づける根本となる性根が彫り込まれている*6。

1-2首の歴史-焼失と再生-
明治5(1872)年、植村文楽軒の芝居が大阪松島で文楽座の名を掲げて以来、首は焼失と再生を繰り返している*7。大正15(1925)年に御霊文楽座が焼失した火災では、一部の首は松竹衣装部の倉庫に保管されていたため被災を免れた*8。この時、首の補充を請け負ったのは上阪していた初代天狗弁*9である。昭和20(1945)年、明治期より使用していた首が戦災でほぼ焼失する。同年おこなわれた地方巡業では首を借用したが、公演準備中にまたしても戦災で焼失し、その後の復興公演でも首を借用しておこなわれた*10。昭和21(1946)年四ツ橋文楽座*11が復興すると首制作は四代目大江巳之助*12に依頼をし、借用していた首は返却された。昭和23(1948)年、労働運動の影響で文楽座は三和会(みつわかい)と因会(ちなみかい)に分裂、三和会は人形遣いや他所から集めた古い首や、藤本由良亀*13制作の首を、因会は大江巳之助制作の首を使用した。昭和38(1963)年に両者はまた一つとなり*14、三和会の首は処分されることとなる。そして現在、所有する首はほぼ大江巳之助が制作したものであり、補修を繰り返しながら使用している。

2.評価点-首に彫り込まれた性根-

2-1 性根について
首には表現の基礎となる「性根」が彫り込まれている。性根とは人間が持つ本質のことで、人形細工師菱田雅之*15は自分自身でもその性根を認識していないこともあるぐらい視覚的にわかりやすいものではなく、表面上にはあらわれない、言うならば性(さが)という表現が近いという*16。文楽人形の立役の中でも代表的な首「文七」の性根は「苦悩」であり、その性根を最も強くあらわしているのが「眉間に刻まれた隆起と、口角をグッと下げ、半開きになった口元」だ*17。菱田は「表情がついていない性根」を首に彫り込むという*16。なぜなら、文楽人形の喜怒哀楽は人形遣いが舞台上であらわすからである。また、オブジェの人形にも性根がないわけではないが、オブジェは喜びなら喜び、悲しみなら悲しみというように、喜怒哀楽が一方向に表情としてあらわされているというのだ*16。一方、文楽人形の表情は中間的で、「喜怒哀楽の真ん中にありながら表情をつけずに性格をだす」とも菱田はいう*16。そして、性根という言葉は「性根が腐る」、「性根を叩き直す」など悪い意味でも使用されるように、首の性根はネガティブが前提であり、それは本来の浄瑠璃自体が劇ではなく本質を伝える意味があるからだという*16。

2-2 性根の評価点-舞台上で人形を超越する-
まだ浄瑠璃にストーリー性がなく叙情的な古浄瑠璃の頃の人形は、浄瑠璃の語りを可視化させるだけの役割にすぎず、役柄ごとに人形を作成していた。やがて浄瑠璃の語りに物語性が出てくると人形に表現力が要求され、役柄や性格に合わせて人形が流用転用されるようになった。その時に重要とされたのが性根であるとみられている*18。「人形浄瑠璃の首は、造形的意義よりも、性格的意義に重点を置いている」*19とあるように、公演ごとに「首割(かしらわり」で役の性根に適した首を決める*20。首が決まれば性根に合わせて肌の色を塗り替え、かつら*21をつけて身分、職業、役柄を示し、衣装を着用させることでその役の性格が決定する*22。このように、首に彫り込まれた性根をもとに文楽人形はかたちづくられ、舞台上では性根が表現の基礎となることから、文楽において性根は重要であると考える。
三世桐竹勘十郎*23が「(前略)お客さんは人形がまるで人間のように動くのを楽しみに劇場に見に来られるのであって(後略)」*24と述べるように、文楽人形は舞台道具にとどまることなく、人形遣いによって芝居を演じる役者になる。それは性根という、良い部分だけではなくむしろ悪い部分もある、きれい事ではない人間の本質が彫り込まれているからだと考える。このことから、舞台上で「一体の人形」ではなく「一人の役者」へとなりえる性根を評価点とする。

3.首と能面との比較-性根の効果-
同じく伝統芸能である能でもちいる能面(以下、面(おもて))と首を比較する。文楽は人形芝居、能は仮面劇である。能の舞台で使用する面は鬼神、怨霊の表現手段、あるいは美的表現をとるために、顔にかける一種の仮装用具である*25。面は中間表情と鬼神面などにみられる瞬間表情がある。瞬間表情は感情があらわだが、中間表情は感情が読み取れない。『能面のみかた』によると、「中間表情はあらゆる表情に変化するための重要なゼロ地点」*26であるという。面を少し傾けると憂いとなり、さらに傾けると悲しみ、嘆きの表情「曇らす」となり、面を上げると嬉しさの表情「照らす」という表情になる。 一方、文楽では人形遣いが感情をあらわすため首は中間的な表情である。『文楽人形の芸術』では「かしらの持つ性根が人形操りの目標になっているし、浄るりもまたここに表現の基準をおいている(原文ママ)」*27と記述している。このことから、面では中間表情が表情をあらわすための「ゼロ地点=起点」であり、首では中間表情に彫り込まれた性根が表情をあらわすための「目標=到達点」といえる。また、性根は「浄るりもまたここに表現の基準をおいている(原文ママ)」とあるように、浄瑠璃、すなわち浄瑠璃を語る太夫と三味線にとって性根は「基準=起点」であると考察する。文楽は太夫、三味線、人形遣いの三業からなる総合芸能である。他に類を見ず文楽の特筆点といえる三業の表現の「起点であり到達点」といえる性根は、三業一体をつくりあげる効果があると考える。

4.今後の展望-暗黙知の継承-
首は公演ごとに役の性根に合わせて肌を塗りかえ、かつらを釘で打ちつけるため、補修、修繕を繰り返しおこなう。塗りかえは胡粉を塗り重ねていくので次第に首は重くなり、限界に達すると「ハギ塗り」*28にとりかかる。ハギ塗りで塗り重ねられた胡粉を剥がすことでその首の彫りあとを見ることができ、彫りあとから先人の彫りを学べるという*29。
マイケル・ポランニーは、個人の経験や感覚に基づく簡単に言語化できない知識を「暗黙知」と名づけた。彫りあとから先人の彫りを読み解くといった観察や模倣などの視覚的によるものや、日々の修練などで得た知識は暗黙知にあたる*30。この暗黙知の対となる知識が、言葉や図表などであらわせる「形式知」である。『文楽の人形』で首独特の刀彫技法である「散刀(さんとう)」の記述が抽象的であるように*31、首の制作技術は言語化(形式知化)し難い。目には見えない性根を彫り込むことを形式知であらわすことは容易なことではなく、これまで暗黙知や口伝で継承してきた事実を軽視はできない。しかし、この首の製作技術の暗黙知をいかにわかりやすく伝え、デジダルデータなどで残していくことも継承の鍵と考える。首は被災せず補修や修繕をほどこせば、持続使用可能である。首の製作技術の暗黙知を形式知に変換する*30ことも一つの方策であると考察する。

まとめ
文楽人形の首には人間の本質である性根が彫り込まれている。その性根は清濁あわせ持つからこそ、舞台上で一体の人形から一人の役者へとなりえるのである。また、性根は三業一体をつなげる作用ももちあわせている。視覚でとらえることができない性根を明瞭に継承していくことはたやすいことではないが一考の余地はある。そして、これからも性根を内包する首を制作や修繕、舞台で遣う人の「手」が必要である。

  • 81191_011_32281023_1_1_資料①_page-0001
  • 81191_011_32281023_1_1_資料①_page-0002 資料1-1.首の説明
    資料1-2.文七首の写真(荒彫り)
  • 81191_011_32281023_1_2_資料②_page-0001 資料2.主な首の種類
  • 81191_011_32281023_1_3_資料③_page-0001 資料3.人形浄瑠璃文楽略年表
  • 81191_011_32281023_1_4_資料④_page-0001
  • 81191_011_32281023_1_4_資料④_page-0002 資料4-1.聞き取り内容①
    資料4-2.聞き取り内容②
    資料4-3.聞き取り内容③

参考文献

*1 人形浄瑠璃文楽・・・人形浄瑠璃とは三味線の演奏と浄瑠璃の語りに人形を遣う人形芝居のことである。文楽とは植村文楽軒が創設した文楽座のことで、植村文楽軒の文楽座の人形浄瑠璃が「文楽」と簡略化され、人形浄瑠璃を指す語として今日使用されている。
森晋六他『文楽 人形の美学』毎日新聞社、1974年、175-176頁。
*2 首・・・人形の頭部のことである。「資料1-1.首の説明」参照。
*3 人形拵え・・・人形の胴に衣装をつけ、手と足をつることを人形拵えという。首や衣装などは別々に保管されているため、公演ごとに人形遣いのなかでも主遣いが人形拵えをおこなう。
藤田洋編『文楽ハンドブック 第3版』三省堂、2023年(初版2011年)、64頁。
*4 首だけではなく手足にも性根はあるが、本稿では首に彫り込まれた性根を取り上げる。
樫永真佐夫ほか編『月刊みんぱく 2025年8月号』人間文化研究機構国立民族学博物館、2025年、2-3頁。
*5 主な首の種類は「資料2.主な首の種類」参照。
*6 藤田編前掲書、58頁。
*7 人形浄瑠璃文楽略年表は「資料3.人形浄瑠璃文楽略年表」参照。
首だけではなく衣装や小道具なども焼失し再生しているが、本稿では首について言及する。
*8 当初使用していた首の多くは植村家の所有物で、演目により不足した場合は人形遣い所蔵の首を借用していた。明治42(1909)、植村家の経営不振により松竹合名社(現、松竹株式会社)へ経営権が譲渡されると、首は松竹衣装部の倉庫に保管管理されることになった。
吉田文雀監修『古典芸能入門シリーズⅢ 文楽のかしら』独立行政法人日本芸術文化振興会、2017年(初版2006年)、112頁。
*9 初代天狗弁・・・本名近藤弁吉。阿波(徳島)の人形師で初代天狗久の弟子である。大正末期に文楽座付きとなるが、2年余りで帰郷する。昭和44(1969)年没。
久米惣七『阿波の人形師と人形芝居総覧』創思社出版、1988年、196頁。
*10 地方巡業のために借用した首は当時素人義太夫の床世話であった若嶋氏所蔵の首で、復興公演のために借用した首は蒐集家藤堂氏と松谷氏、および人形遣いが所蔵する首であった。
吉田監修前掲書、112-113頁。
*11 御霊文楽座焼失後、仮営業を経て大阪四ツ橋に四ツ橋文楽座を開場したが、戦災により焼失し、昭和21(1946)年に復興した。
*12 四代目大江巳之助・・・本名大江武雄。昭和5(1930)年に上阪し、首の修理をしながら独力で名作を模刻し、人形遣い吉田栄三、吉田文五郎らから批評を仰いで研鑽した。昭和13(1938)年に一度鳴門に帰郷するが、戦後は文楽座の復興に尽力した。平成9(1997)年没。文化財選定保存技術保持者であった。
財団法人文楽協会監修『文楽の人形』婦人画報社、1976年、198頁。
*13 藤本由良亀・・・淡路島の人形師。二代目、三代目と首の修復、制作に携わった。
*14 昭和38(1963)年、松竹が経営から撤退、財団法人文楽協会(現、公益財団法人文楽協会)を設立し、再統一にいたった。
吉田監修前掲書、113頁。
*15 人形細工師菱田雅之・・・昭和55(1980)年に大江巳之助の内弟子として入門。昭和61(1986)年に国立文楽劇場座付人形細工師となる。その後独立し、文楽人形工房を開設する。父、菱田宏治も人形師細工師で三代目藤本由良亀に入門、由良宏を名乗る。由良亀没後は大江巳之助の預かり弟子となり、戦後の文楽復興に尽力した。
文楽人形工房雅舎ホームページ「文楽人形細工師」http://www.gasha.biz/corp/index.html
(2026年1月15日閲覧)
財団法人文楽協会監修前掲書、198頁。
*16 文楽人形工房雅舎にて人形細工師菱田雅之へ聞き取り「資料4-1.聞き取り内容①」、2025年10月15日。 
*17 財団法人文楽協会監修前掲書、213頁。
文七については「資料1-2.文七首の写真(荒彫り)」、「資料2.主な首の種類」参照。
*18 池田陽子編著『文楽のかしら』芳賀書店、1974年、181-182頁。
*19 森晋六他前掲書、228頁。
*20 首割では性根に合った首を決めるだけではなく、首それぞれの微妙な違いで場面ごとでもどの首を使用するのかも決める。
藤田編前掲書、62-63頁。
首割については「資料4-2.聞き取り内容②」参照。
*21 「上方では鬘と書いて「かづら」が正しい読み方であるという。」とあるが、本稿では「かつら」と表記する。
財団法人文楽協会監修前掲書、230頁。
*22 財団法人文楽協会監修前掲書、あとがき。
*23 三世桐竹勘十郎・・・人形浄瑠璃文楽人形遣い。
*24 桐竹勘十郎『一日に一字学べば・・・』コミニケ出版、2017年、29頁。
*25 小林保治編『能楽ハンドブック 第3版』三省堂、2023年(初版2008年)、212頁。
*26 宇髙通成監修 小林真理編著『日本伝統の作品がひと目でわかる 能面のみかた』誠文堂新光社、2017年、144-145頁。
*27 大西重孝『文楽人形の芸術』演劇出版社、1968年、58頁。
*28 ハギ塗り・・・塗り重ねた胡粉を水で濡らした布でしめらせてはがし、乾燥させた
後釘穴に埋木をほどこし、痛んだ箇所を修正する。そして、また一から塗り上げる。
池田編著前掲書、190-191頁。
*29 人形細工師菱田雅之へ聞き取り、2025年10月15日、「資料4-3.聞き取り内容③」。 
*30 野中郁次郎は暗黙知と形式知の相互変換を通じて組織的な知識創造を生み出す理論「SECIモデル」を提唱した。SECIモデルでは「①個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する「共同化」、②暗黙知から形式知を創造する「表出化」、③個別の形式知から体系的な形式知を創造する「連結化」、④「形式知から暗黙知を創造する「内面化」」としている。本稿では、共同化と表出化を参照した。
野中郁次郎、竹内弘高『知識創造企業』東洋経済新報社、2025年(初版2020年)、104-105頁。
*31 散刀について「鋭く、緩やかに、深く、浅く」と記述している。
財団法人文楽協会監修前掲書、378頁。

【参考文献】
大西重孝『文楽人形の芸術』演劇出版社、1968年。
森晋六他『文楽 人形の美学』毎日新聞社、1974年。
池田陽子編著『文楽のかしら』芳賀書店、1974年。
財団法人文楽協会監修『文楽の人形』婦人画報社、1976年。
宮尾しげを『宮尾しげをの本1 文楽人形圖譜』かのう書房、1984年。
久米惣七『阿波の人形師と人形芝居総覧』創思社出版、1988年。
森晋六『文楽のみかた』創思社、1965年。
吉田文雀監修『古典芸能入門シリーズⅢ 文楽のかしら』独立行政法人日本芸術文化振興会、2017年(初版2006年)。
桐竹勘十郎『一日に一字学べば・・・』コミニケ出版、2017年。
宇髙通成監修 小林真理編著『日本伝統の作品がひと目でわかる 能面のみかた』誠文堂新光社、2017年。
藤田洋編『文楽ハンドブック 第3版』三省堂、2023年(初版2011年)。
小林保治編『能楽ハンドブック 第3版』三省堂、2023年(初版2008年)。
樫永真佐夫ほか編『月刊みんぱく 2025年8月号』人間文化研究機構国立民族学博物館、2025年 。
野中郁次郎、竹内弘高『知識創造企業』東洋経済新報社、2025年(初版2020年)。

【参考ウェブサイト】
文楽人形工房雅舎ホームページ http://www.gasha.biz/index.html (2026年1月15日閲覧)

【取材協力】
人形細工師大江雅之、文楽人形工房雅舎にて。
人形教室見学:2024年9月17日・12月14日、2025年3月16日・9月21日
インタビュー:2025年10月15日
写真撮影:2026年1月9日

菱田氏にはご多忙の中取材協力して頂きましたこと、この場を借りて心より感謝申し上げます。

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