埼玉県所沢市における廃ホテル再生を核とした地域活性化の事例

竹野 宇一郎

1. 基本データと歴史的背景
カジュアルオーベルジュ樹樹(以下樹樹という)は、フランス語で「宿泊できるレストラン」を意味する宿泊と食事を同時に楽しめる施設である。2024年5月に埼玉県所沢市三ケ島1-215-4に開業し、同市の新たな観光の拠点として注目を集めている。狭山湖畔の豊かな自然環境を満喫できる静けさと自然美を兼ね備えた好立地に所在する(写真1)。この地域は、市街地へのアクセスが至便とは言えないものの、その孤立性が訪問者に非日常の体験を提供している。
樹樹は、かつての廃ホテル(モーテル)をリノベーションし再生された(写真2・写真3)。このプロジェクトは地域活性化の一環として位置づけられており、地域の歴史と文化を尊重しながら新たな価値を創出する取り組みである。開業以降、狭山茶や所沢牛といった地元食材をメニューに積極的に取り入れていることが特徴である。樹樹の名はフランス語で出汁の意味を持つ「Jus-ジュ」から引用しているが、フランス料理に和のエッセンスを加えた独自の料理スタイルは、訪問者から高い評価を受けている。施設内のカフェスペースには地元の若手アーティストによる作品が展示され、地域の文化振興にも寄与している(写真4)。
樹樹の開業プロジェクトは、地域住民と企業、自治体、大学、金融機関が一体となって進められた。特に注目すべきは、再生の過程で2022年頃から「シャトー山会」(フランス語で古城を意味するシャトーと里山を掛けて命名)という地域活性化団体が主導していることである。この会は休耕地となっている葡萄農家の再生と産品をワインなどに加工して販売する六次産業化を目論んで発足した(2025年12月現在、筆者を含む約40名が所属)。また、地元に所在する早稲田大学の教授陣などもメンバーに迎え、隣接の東京都多摩エリアからのモノレールの延伸やロープウェー新設による地域活性化策などの夢も語りあいながら活動している。これらの活動を礎として、地域の信頼と期待を受けて「株式会社さんぷく」という樹樹の運営会社が設立され、シャトー山会との協働を進めている。

2. 事例の積極的評価点
樹樹の最大の評価点は全室個室である点にある。この設計は単なるプライバシーの確保にとどまらず、個別対応型サービスの提供を可能にしている(写真5)。
例えば、特別な記念日を祝う訪問者の要望を事前に聞き取り、花やキャンドルによる部屋の装飾や特別メニューの提供など、オーダーメイドのサービスを実施している。このような柔軟性は、大型ホテルにはない魅力の一つである。
また、豊かな自然を活かしたアクティビティやイベントも積極展開しており、訪問者に多様な体験を提供している。テラス席で狭山丘陵の自然を感じながらカジュアルに食事を楽しめるため、サイクリングやハイキングを楽しむ方々も気軽に立ち寄ることができるのも評価できる。メニューは、地元の農家や生産者との連携により新鮮で高品質な食材を調達していることも大きな魅力である(写真6)。この取り組みは、地産地消の推進と持続可能な運営モデルの構築、地域経済の活性化に寄与している。例えば、所沢牛を使用した「所沢牛プレミアムカレー」や「所沢牛ローストビーフサンド」は、素材の味を活かしつつ、フレンチと和の要素を融合させた独自の一皿として評価が高い。これにより、訪問者は所沢の地域性を味覚で体験することが可能である。
さらに、料理は、訪問者の多様なニーズに応える工夫も評価されている。例えば、ベジタリアンやヴィーガンの訪問者向けに、狭山丘陵で採れる山菜やキノコをふんだんに使ったメニューを提供している。このように、訪問者の食文化や嗜好に配慮する姿勢が、国内外からの高い評価につながっている。

3. 国内外の同様の事例との比較
国内外における他のオーベルジュと比較した場合、樹樹の特筆すべき点はその立地とコンセプトにある。東京都心からのアクセスが比較的良好でありながら、豊かな自然環境に囲まれている点は、訪問者に非日常的な体験を提供している。また、廃ホテルを再生したという背景は、持続可能な観光地運営や地域再生のモデルケースとして注目できる。
例えば、長野県の「白馬のオーベルジュ・レストラン&ホテル トロイメライ」は美食フレンチと天然温泉を提供する施設として知られているが、樹樹は和のエッセンスを取り入れることで独自性を確立している。
また、フランスのオーベルジュは歴史的建造物を活用している場合が多いが、樹樹は現代日本の廃ホテルを再活用することで、日本的な文脈を反映させた新しい取り組みを行っている点が評価される。
樹樹の特徴的な取り組みの一つに、地域独自の文化や伝統を積極的にプログラムに取り入れている点がある。例えば、施設では毎月1回、地元の茶道家を招いて狭山茶の茶会を開いている。この茶会では、訪問者が自分でお茶を点てる体験を通じて、日本文化への理解を深めることができる。
また、長野県の「星野リゾート界 松本」は、温泉を活かしたリゾート型オーベルジュとして知られるが、樹樹は「地元密着型」でカジュアルな運営方針を重視している点で差別化を図っている。特に、訪問者が地元住民と直接交流できるイベントやワークショップを開催する点がユニークである。
海外事例としてはフランスのオーベルジュ「ラ・ミラージュ」を挙げる。この施設は美しい田園風景の中に位置し、地元の高級ワインやチーズを提供するが、樹樹は、リーズナブルな価格設定である点が特徴である。これにより、若い世代や家族連れを引き込むことに成功している。

4. 今後の展望
樹樹は、今後、サイクルベースやBBQ施設の設置など、さらなるサービスの充実と地域との連携強化を目指している。具体的には、季節ごとに地域を巻き込んだイベントや特別メニューの開発が計画されている。例えば、春には地元の桜をテーマにしたコースメニュー、秋には収穫祭を連想させる特別イベントなど、地域の四季を感じられる農業体験型プログラムの提供が検討されている。
また、専門家の意見を取り入れた事業や宿泊施設としての機能強化、訪問者の多様なニーズに応えるための設備投資も計画されている。例えば、高齢化と後継者難に苦しむ三ケ島エリアの葡萄農家と連携した葡萄栽培の宿泊付体験型イベントや地元葡萄を使ったワイン造り、地域モビリティーを活用して樹樹を拠点に狭山湖畔を周遊するといった取り組みである(写真7)。これにより、国内外からの観光客をさらに誘致することが期待されている。
さらに、所沢市内への飲食に特化した姉妹店開店をはじめ、地域住民との交流や協力を深めることで、地域全体の魅力向上と観光資源の充実を図る方針である(写真8)。
加えて、未利用食材を活用した新メニューの開発や地元の食品ロス対策団体との協力などを計画しており、持続可能な運営モデルの一環としても目が離せない。

5. まとめ
樹樹は、所沢の豊かな自然環境と地元食材を活かした独自のサービスを提供する施設である。廃ホテルの再生を通じて地域に貢献し、訪問者に非日常的な体験を提供している。全室個室や地産地消の取り組み、フレンチと和の融合という独自性を持つ料理は多くの訪問者から高く評価されている。
国内外の同様の事例と比較しても、都市部からのアクセスの良さと自然環境の魅力を併せ持つ点、持続可能な観光地運営のモデルケースである点、地元文化への深いコミットメントという点で特徴が際立っている。
今後も地域との連携を強化し、新たな体験価値を提供することで所沢の地域観光の核となる存在へと成長することが期待されている。樹樹の成功は、単なる観光施設としての枠を超え、地域社会全体の発展に寄与する象徴的な事例であるといえる。

  • 81191_011_32383167_1_1_写真1 近隣の主な観光地の例_page-0001 写真1 近隣の主な観光地の例
  • 81191_011_32383167_1_2_写真2 「カジュアルオーベルジュ樹樹」の外観①_page-0001 写真2 「カジュアルオーベルジュ樹樹」の外観①
  • 81191_011_32383167_1_3_写真3 樹樹の外観②_page-0001 写真3 樹樹の外観②
  • 81191_011_32383167_1_4_写真4 施設内の様子①_page-0001 (1) 写真4 施設内の様子①
  • 81191_011_32383167_1_5_写真5 施設内の様子②_page-0001 写真5 施設内の様子②
  • 81191_011_32383167_1_6_写真6 提供しているメニューの一例_page-0001 写真6 提供しているメニューの一例
  • 81191_011_32383167_1_7_写真7 「シャトー山会」の活動の様子_page-0001 写真7 「シャトー山会」の活動の様子
  • 81191_011_32383167_1_8_写真8 今後の新たな展開に向けた施設整備の様子_page-0001 写真8 今後の新たな展開に向けた施設整備の様子

参考文献

カジュアルオーベルジュ樹樹公式ホームページ,2025-01,https://auberge-jyujyu.owst.jp/,(参照2026-01-01)
Sora,“三 ヶ 島 の“ 人”と“ 食 ”を笑顔でつなげるカジュアルオーベルジュ樹樹”,所沢商工会議所会報誌「そら」、p.3-5,2024-06,https://acrobat.adobe.com/id/urn:aaid:sc:AP:9424d903-dc93-4d20-acdf-12bdb012384f?comment_id=a6f2d107-f567-4817-a66c-4638b7a0d492&viewer%21megaVerb=group-discover,(参照2026-01-01)
PR TIMES,“【廃ホテルから町おこし】所沢の新たなシンボル「カジュアルオーベルジュ樹樹」が狭山湖畔にオープン”,PR TIMES NEWS,2024-07,https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000146141.html,(参照2026-01-01)
ミツケルニッポン,“廃ホテルから町おこし 所沢のシンボル「カジュアルオーベルジュ樹樹」誕生”ミツケルニュース,2024-08,https://www.mitsukeru-jp.com/news/2923/,(参照2026-01-01)
所沢ナビ,“所沢の緑に包まれて 地元の恵み 和×フレンチを楽しむ 「カジュアルオーベルジュ樹樹」”,所沢なび―所沢市の今が分かる地域No.1メディア,2024-11,https://tokorozawanavi.com/sreport-kasumi-casual-auberge-jusjus20241113/,(参照2026-01-01)
OZmall,“オーベルジュのおすすめ10選【2024年】人気ランキングも”,OZmall-思のある私らしい行動,2023-12,https://www.ozmall.co.jp/travel/stay/auberge/,(参照2026-01-01)
カジュアルオーベルジュ樹樹公式インスタグラム,“姉妹店オープンのお知らせ”,2025-07,https://www.instagram.com/p/DLeqJRaR4BL/,(参照2026-01-05)

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