
博多旧市街ライトアップウォークにみる歴史景観デザインの価値と課題から見る文化資産評価報告書
1. 基本データと歴史的背景
福岡市博多区御供所町は中世・近世における博多商都の中心に位置し、聖福寺・妙楽寺・承天寺といった寺院が連なる寺町として発展してきた。この地域は戦前には博多駅と博多港を直結する軍事的道路計画が立案され、承天寺の寺域が分断される危機に直面したが地元住民や有識者による反対運動のほか、聖福寺が国指定史跡となることで計画は中止された経緯を持つ。その結果宙に浮いた道路用地は戦後、大陸からの引き揚げ者や帰国できなかった中国・朝鮮の人々の居住地となり、御供所疎開跡地道路と呼ばれるようになった。[註1]
近代以降、博多区は博多港の国際ターミナル化、九州新幹線開業、福岡空港アクセスの向上など都市機能が急速に発展する一方で御供所地区は高齢化や密集市街地の課題を抱え、歴史的資源が埋もれた地域となっていた。[註2]博多のイメージは「食」や「祭り」が強い一方で「歴史」のイメージは弱く、御供所地区の認知度も低かった。[註3]こうした状況の中、地域の歴史資源を活かしたまちづくりが模索され、寺社の境内に灯明を並べる伝統行事「千灯明」を現代的に再解釈したイベントとして1994年に「博多灯明ウォッチング」が始まった。[註4]2006年には「御供所町ライトアップウォーク」が開始され、2008年に照明デザイナー松下美紀氏の総合プロデュースのもと、寺社群の夜間景観を活かしたイベントとして発展した。[註5]ここで明確にしておかねばならないのは「御供所ライトアップウォーク」と「博多旧市街ライトアップウォーク」は別物であるということだ。前者は「博多部」と呼ばれる御供所、冷泉、奈良屋、大浜が地域の活動として5カ所でおこなってきたものであり、後者は博多区役所がおこなっているものである。「博多旧市街ライトアップウォーク」は1999年に福岡市都市景観条例に基づく「都市景観形成地区」に指定され、地域と行政の協働によるまちづくりが推進され、2018年に市が「博多旧市街プロジェクト」を打ち出した取り組みの中で御供所・冷泉・奈良屋・大浜の4地区を「旧市街」と名付け、始まったもの[註6]
であるため、名前は似ていてもそのイベント自体は規模や内容が異なる。
2. 事例のどんな点について積極的に評価しているのか
最大の評価点は歴史的景観を「光」によって再解釈し、地域の文化資産を現代的に体験可能な形で提示している点である。松下美紀氏が強調する「昼間の景観が整って初めて夜間景観が美しくなる」という理念[註7]に基づき、寺社の荘厳さ・親しみやすさ・神聖さという三層構造を丁寧に照明デザインへ落とし込んでいる点は特筆に値する。[註8]ライトアップに必要な電源が寺社周辺に乏しいため、仮設電源工事を行いながらも消費電力を2007年には前回比6割に抑えるなど、環境負荷とコストの両面に配慮したイベントデザインも高く評価できる。[註9]開催年により増減はするが毎年約12社の地元照明メーカーが協力し、寺社ごとに異なる光の演出を行うことで、歴史的建造物の個性を際立たせる工夫も見られる。さらに参加者の多くが40〜60代女性でリピーターが多いという点は、イベントが単なる観光ではなく「毎年の楽しみ」として生活文化に根付いていることを示す。これにはスタンプラリーや各寺社による限定御朱印など、参加者の行動特性に合わせた仕掛けが成功していると博多区役所の担当者は手ごたえを感じている。一方で若年層の認知度が低いと感じており、この課題に対してこれまでおこなってきたInstagram上でのフォトコンテストにて2025年からは学生枠を創設するなど、SNS時代に対応した戦略が展開されている。InstagramはXと違い、過去投稿が突然伸びる特性があり写真・動画中心のライトアップイベントと相性がよいという分析から特に力を入れていると担当者は語る。[註10]博多旧市街ライトアップウォークは歴史景観の価値を光のデザインによって可視化し、地域住民・観光客双方に新たな体験価値を提供する文化資産活用の優れた事例として評価できる。
3. 国内外の同様の事例と比較して特筆される点
国内には夜間景観を活用したイベントが多数存在するが、熊本県山鹿市の「山鹿灯籠まつり」および冬季におこなわれる「山鹿灯籠浪漫 百華百彩」と比較して考える。山鹿灯籠まつりは室町時代から続く灯籠制作技術と伝統の踊りを中心とした行事を現代に合う形で再編成しており、このイベントの開催に地域住民・商店街・学校・行政が協働する点[註11]とする点、山鹿灯籠浪漫においては和傘や竹を用いた光の演出で街をライトアップする点が類似している。しかし博多旧市街ライトアップウォークの特筆点は、寺社群という歴史的建造物そのものを光のデザインによって「読み替える」点にある。博多旧市街一帯に点在する寺社建築・庭園・参道といった空間全体が主役となるのは景観照明を「まちづくりの一環」として捉える松下美紀氏の思想にも重なるものであり、都市景観と光のデザインが密接に結びついている点で独自性が高い。[註12]また歴史的景観の保全と観光活用が制度的に結びついている点も特徴である。博多旧市街プロジェクトとして活動が行政をからめて進んだことより、御供所通りの石畳風舗装や出来町公園の観光拠点化など、ハード整備とソフトイベントが一体的に進められている点も他地域には見られない特徴である。[註13]博多旧市街ライトアップウォークは、歴史的都市空間を光のデザインによって再構築し、文化資産の新たな価値を創出する都市型ライトアップイベントとして独自の位置を占める。
4. 今後の展望について
今後の展望として第一に挙げられるのは、若年層への認知拡大と参加促進である。現在、主催は若年層の参加率は低いことを課題としている。これまでも近隣専門学校にイベントのガイド役や食事の提供を協力してもらってきたが、2025年のフォトコンテストではデザイン系専門学校との連携をおこない、直接参加をうながすなどさらに強く広報活動に力を入れた。[註14]第二にインバウンド観光とのバランスである。訪日外国人の増加により、マナー問題や地域住民の戸惑いが生じている。[註15]多言語案内や宗教施設であり文化遺産である寺社の観覧ルールの明確化など、文化理解を促す仕組みが必要である。第三に歴史学習の機会の創出が求められる。博多の歴史を学ぶ機会が少なく、ライトアップだけを楽しむ参加者が多いためである。寺社の歴史解説、太閤町割の紹介、御供所疎開跡地道路の歴史などを学べるウォーキングイベントを日中開催するも集客は乏しい。ライトアップウォークに参加することで、地域の歴史について自然に学べることができれば地域の歴史的価値を再発見できる。最後にイベントの持続可能性の確保が必要である。現在消費エネルギーを削減しているとはいえ、普段大きな電力供給を必要としない寺社仏閣地域への仮設電源工事などの費用が大きく、参加費の値上げをおこなっても収支は赤字をなんとか回避している状況だ。[註16]行政がかかわっているため大きな黒字を出す必要はなくとも、継続のためには企業協賛の拡大、クラウドファンディングなど、多様な資金調達方法を検討する必要がある。
5. まとめ
博多旧市街ライトアップウォークは博多旧市街に残る寺社群や歴史的景観を光のデザインによって再解釈し、地域文化の価値を現代に伝える重要な文化資産活用事例である。歴史的背景を踏まえた照明デザイン、地域住民と観光客を巻き込む仕掛け、都市景観形成地区としての制度的基盤など、多面的な要素が組み合わさることで、単なる観光イベントを超えた文化的意義を持つ。一方で若年層の参加不足、当初は地域活性化を地域でおこなってきたものが行政主導に移り大きなイベントとして成功する一方で地域住民としてどのように関わっていけばよいのか、インバウンド観光との摩擦、歴史学習機会の不足など今後の改善点も明確である。これらの課題に対し、区役所ではSNSの積極的活用やより多くの人に参加してもらえるような広報を毎年検討している。本事例の最大の価値は光のデザインを通じて「歴史を体験する場」を創出している点にある。歴史的なものに興味がない人の選択肢に含まれない寺社がライトアップウォークで多くの文化遺産をめぐるきっかけになる。その荘厳さや昼間には見過ごされがちな景観要素が、夜間の光によって新たな意味を帯びる。これは都市の歴史資産を現代的に活用するデザインの可能性を示すものであり、他地域への応用も期待できる。博多旧市街ライトアップウォークは博多の歴史文化を未来へつなぐ「光の文化資産」として、今後も発展の余地を大いに残している。地域住民・行政・企業・観光客が協働しながら、より豊かな文化体験を創出していくことが期待される。
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御供所通りの観光スポットへの導入・アプローチがわかりにくい博多の代表的歴史みちの存在を一目でわからせるシンボルが必要と考えられ、博多千年門がつくられた。2014年3月に完成。2025年11月1日、筆者撮影。 -
博多駅のすぐそばには旧市街へのマップがあるが、博多駅は大きな通りの向こうにある。博多駅から近いけれど、旧市街を観光目的に歩く人はほとんどいない。2025年11月12日、筆者撮影。 -
趣向を凝らしたライトアップが各寺社でおこなわれる。博多区役所の担当者はライトアップとイルミネーションは別物だと明言した。2025年11月1日、筆者撮影。 -
旧市街はオフィスビル群に分断されている状態。一見してこの近くに寺社があるとはわからない。広い歩道が整備されており、ところどころに旧市街の案内はあるが、ほとんど主張が見られない。大通りから道一本入ると、寺社群が並ぶ。なんとかここに人を呼ぼうとする気持ちがライトアップウォークにつながった。2025年11月12日、筆者撮影。 -
博多駅から博多千年門へ行くには、写真奥茶色のホテルを左折して直進する。右の建物壁に少し旧市街を思わせる絵などがあるが強い主張は見られない。また博多千年門への道案内もほとんどない。しかし福岡市は総じて観光地、名所への案内が苦手でわかりにくいと大阪出身の母がいつも言う。京都は名所への案内がくどいほどあるとのこと。真似をするべきかも。2025年11月12日、筆者撮影。
参考文献
<参考文献・URL>
・福岡市教育委員会編『福岡市埋蔵文化財調査報告書 博多 80』福岡市教育委員会、2003年。
・福岡アジア都市研究所編『博多のまちづくり』福岡アジア都市研究所、2006年。
・福岡アジア都市研究所編『fU+(エフ・ユープラス) 2008年12月号 特集:まちかどイベント-人・文化・集客』福岡アジア都市研究所、2008年。
・データ・マックス編『I・B まちづくり vol.53 (2022年11月)』データ・マックス、2022年。
・福岡市住宅都市局都市づくり推進部都市景観室編『彩都 福岡市都市景観情報誌 特集 景観のチカラ~福岡の景観が作品に与えたもの~ No.12』福岡市住宅都市局都市づくり推進部都市景観室、2007年。
・建設記念誌制作実行委員会編『未来への扉「博多千年門・承天寺通り」建設記念誌』「博多千年門・承天寺通り」建設記念誌制作実行委員会、2025年。
・財団法人福岡都市科学研究所編『URC都市科学 1989年3月号』財団法人福岡都市科学研究所、1989年。
・財団法人福岡都市科学研究所編『URC都市科学 1994年9月号』財団法人福岡都市科学研究所、1994年。
・山鹿灯籠まつり - 山鹿探訪なび:山鹿市の観光ガイドーーhttps://yamaga-tanbou.jp/about/toromatsuri/(閲覧日:2026年1月12日)
<註>
[1] 福岡市教育委員会編『福岡市埋蔵文化財調査報告書 博多 80』p81、福岡市教育委員会、2003年。
[2] 福岡アジア都市研究所編『博多のまちづくり』p1、福岡アジア都市研究所、2006年。
[3] 福岡アジア都市研究所編『博多のまちづくり』p13、福岡アジア都市研究所、2006年。
[4] 福岡アジア都市研究所編『博多のまちづくり』p66、福岡アジア都市研究所、2006年。
[5] 建設記念誌制作実行委員会編『未来への扉「博多千年門・承天寺通り」建設記念誌』p28、「博多千年門・承天寺通り」建設記念誌制作実行委員会、2025年。
[6] 「西日本新聞」2018年11月11日。
[7] 財団法人福岡都市科学研究所編『URC都市科学 1994年9月号』p54、財団法人福岡都市科学研究所、1994年。
[8] 建設記念誌制作実行委員会編『未来への扉「博多千年門・承天寺通り」建設記念誌』「博多千年門・承天寺通り」p28、建設記念誌制作実行委員会、2025年。
[9] 福岡市住宅都市局都市づくり推進部都市景観室編『彩都 福岡市都市景観情報誌 特集 景観のチカラ~福岡の景観が作品に与えたもの~ No.12』p14、福岡市住宅都市局都市づくり推進部都市景観室、2007年。
[10] 小田亜希子氏(博多区役所 総務部 企画振興課 魅力発信係長) 園田啓斗氏(博多区役所 総務部 企画振興課 魅力発信係)、2025年11月12日、博多区役所にて筆者によるインタビュー。
[11] 2025年山鹿灯籠まつり開催について(予定通り行います!)【R7.8.13更新】 - 山鹿探訪なび:山鹿市の観光ガイドーーhttps://yamaga-tanbou.jp/info/18972/(閲覧日:2026年1月12日)。
[12] 財団法人福岡都市科学研究所編『URC都市科学 1994年9月号』p53、財団法人福岡都市科学研究所、1994年。
[13] 「西日本新聞」2018年11月11日。
[14] 小田亜希子氏(博多区役所 総務部 企画振興課 魅力発信係長) 園田啓斗氏(博多区役所 総務部 企画振興課 魅力発信係)、2025年11月12日、博多区役所にて筆者によるインタビュー。
[15] 「西日本新聞」2018年11月11日。
[16] 小田亜希子氏(博多区役所 総務部 企画振興課 魅力発信係長) 園田啓斗氏(博多区役所 総務部 企画振興課 魅力発信係)、2025年11月12日、博多区役所にて筆者によるインタビュー。