価値観を継承し再構築して活かす空間づくり―Oodiからみる現代の公共空間のあり方―

大村 理得

フィンランドが生んだ20世紀を代表するデザイナー、アルヴァ・アアルト(Alvar Aalto)には「建築を人間的にする」という理念があった。[1]視覚的な美しさだけではなく、実際に使用する人を中心に考えた「人間中心主義」の姿勢だ。

1.歴史的背景と基本データ
19世紀以降、他国の長期支配の終焉とともに独自のナショナルアイデンティティが発展した。ここで培われた、平等と人間の生活を第一に考えながら厳しい自然と共生する考えは共通した芸術観を育んだ。この理念は建築スタイルの変化のなかでも基礎として現代まで継承されている。[1]ただし、そこには時代ごとに新たな要素や個性が加えられ常に新たなものへと進化していった特性がある。このような歴史的過程の中で当代の終着点として、再解釈と共に現代の公共空間のあり方を表現した建築物が存在する。それがフィンランド独立100周年を記念して建設された『Oodi』だ。

名称  :Helsingin keskustakirjasto Oodi
開館日 :2018年12月5日
所在地 :Töölönlahdenkatu 4, 00100 Helsinki, Finland

Oodiとはフィンランド語で「賛歌」を意味する。だからこそここは、文化・知・創造への賛歌の場なのだ。[2]総面積約17,100㎡と非常に大規模な施設内には図書館だけではなく、カフェや豊富な設備が充実している。[3]

2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか

2-1.人間中心主義を現代で活かす
実際に使用する人を中心に考えたデザインは、空間にいることで体験できる豊かさが重要だ。例えば、全ての階を通じて仕切りの壁がない点が挙げられる。3階においては1つもなく、端から端までフロアを一望することができる。これは単に開放的な空間を表現しているだけでなく、無意識の関わりから生まれる適度な安心感を得られる可能性がある。仕切りがないことでお互いの存在を感知しやすいため、直接的な関わりがなくとも孤独状態を回避し非干渉的な共存関係と適度な安心感を成立させるのだ。しかし3階にはキッズスペースとカフェ、読書スペースなど異なる活動の空間が共存しているため、音響上の問題が想定される。そこで注目すべきなのが特徴的な天井だ[資料1]。建築音響設計では天井や壁の表面を不規則にすることで音を分散させる効果があるとされている。そのため、まるで雲のように不規則にうねった天井も同様の効果が期待できるだろう。[4]実際に滞在してみると、空間全体の音環境が適度に整えられていることが確認できた。他者の存在を完全に遮断してしまうのではなく支障が出ない程度に整え、環境音の一部として機能することで集団の中の1人であるという意識が保たれるのだろう。
こうした無意識が生み出す安心感が個人の体験の質の向上に繋がり、それが結果的に全ての人が平等に利用しやすい人間中心の公共空間を生み出すのだろう。

2-2.現代の公共空間のあり方を見出す
全ての市民が平等であるという考えは、フィンランド社会で古くから広範に共有された価値観の1つだ。特に学びと創造へのアクセスは平等に開かれるべきだとされている。[1]したがって、2階では多様な創作活動の場となっている。UVプリンターやミシン、大型カッターなど、個人での導入が厳しい専門的な機器が取り揃えられている。ビデオゲームやレコーディング室なども完備され、これらは誰でも自由に利用することが可能だ。[資料3・5]個人の環境に関わらず、最新機器に触れアイディアを形にする体験は大きな学びとなるだろう。創作スペース以外も基本的に厳密なルールは設けず、自由に開かれている点が特徴だ。一方、こうした公共空間を誰もが平等に利用しやすくするためにはバリアフリーの観点とユニバーサルデザインは欠かせない。そこで、2・3階に設置された多くの椅子は利用する人の年齢や気分、用途に合わせた異なる設計が施されている。[資料8]2階の創作スペースはゴミが発生しやすいため小さなゴミ箱が約20個設置されており、誰もが過ごしやすい環境づくりがされている。また、全ての階に点字付きのフロアマップとインフォメーションが設置され、注意事項や案内サインにはピクトグラムが用いられている。子供の利用者が多い1階と3階にはベビーカー置き場が完備され、エレベーターはベビーカーや車いすでも余裕をもって乗れるように広々とした作りとなっている。行先階ボタンは誰でも届きやすいように低く設置され、手すりも備え付けられている。[資料3・7]また、本施設のトイレは全てがジェンダーニュートラル仕様となっており、近年の社会問題にも積極的に取り組んでいることが見て取れる。
このように、フィンランドに古くから根付いた価値観が現代的に再解釈され公共空間デザインに反映されているのが分かるだろう。

2-3.風土に根ざし、自然と共存する
フィンランドは「森と湖の国」と呼ばれる程、北欧諸国の中で森と湖が最も多い自然豊かな国だ。[5]そんな美しい景観と厳しい風土は市民にとって日常生活を形づくる重要な存在だ。したがって、自然の価値を持続可能な形で守りながら上手く生活に活用することが重視される。例えば、すべての階に分別ごみ箱が設置されている点が挙げられる。多言語に加えピクトグラムで分別表記がされており、誰でも環境配慮に取り組みやすい工夫がされているのだ。[資料7]また、設計デザインの随所に環境配慮が見られる。3階では全面がガラス窓で覆われ、多方面から自然光が入る構造になっているのだ。[資料6]このように、自然光が多く入る構造は人工照明に依存しないエネルギーの効率化を目指せる可能性があるとされている。[6]加えて、自然光は目に優しく読書に最適で、より温かみのある空間づくりにも繋がっている。さらに、全面がガラス窓であることは外部との連続性も生み出しているだろう。風景が一望できることで室内と自然・都市の境界を曖昧にし、地続きとなって共存するのだ。外からも室内が見えることで都市との対話となり、より開けた空間デザインとなっている。また、Oodiでは地元産の木材スプルースが多く使用されている。[7]さらに、フィンランドの家具ブランドの製品も積極的に取り入れられている。地元の木材や家具ブランドを利用することも風土に根ざした観点といえるだろう。

2-4.市民参加型のデザイン
市民中心のデザインをするためには市民の実際のニーズを把握し、取り入れることが重要だ。よって、Oodiでは建設前の構想段階から多くの市民の声を断続的に収集してきた。[8]同様の事例は、「明石市立二見図書館」(兵庫県)でも見られる。地域の「こんな図書館が欲しい!」をコンセプトにつくられた二見図書館は、計画素案の段階から市民の意見収集が行われていた。[9]しかし、意見収集のプロセスやその規模においてはOodiの市民参加型デザインは特筆している。
市民への調査開始はOodi開館の約10年前。インターネット上の「Unelmien puu」という市民からのアイディア募集の場を設置し、公共の場でも職員による自発的なフィードバック収集が実施された。また、デザインだけではなく資金配分などの予算編成にも市民の意見を大きく反映させている。[8]2011年には国際設計コンペティションが開催され、応募作品のすべてが展示会場やインターネットの特設サイトにて公開された。そこから市民による投票を参考に専門家が選別し、建設チームが決定したのだ。その後も設計アイディア募集、公開命名コンペティションでの応募などが行われている。[8]
市民参加型の断続的な意見収集は、市民のための施設という本来の目的から逸れない一貫性が強調されている。

3.まとめ
古くからフィンランドで継承された理念や価値観は、無意識の人間同士の関わりや最新技術への平等なアクセス、室内と自然・都市との境界線の曖昧さとして現代的に再解釈して活かされている。また、市民中心の空間にするために市民参加型のプロセスが採用されている。これは、個人の小さな意見を発信しやすい現代の特徴を活かした取り組みも行われているのだ。このように、継承しつつ再解釈して活かされたOodiは現代の公共空間の1つの到達点として評価できる。だからこそ、この先社会状況や市民のニーズが変化し続けても、Oodiは次の時代の公共空間のあり方の1つの要素として影響を与え続けるのだろう。

  • 81191_011_32281147_1_1_資料1 [資料1]
    Oodi3階(2025年7月2日、筆者撮影)
  • 81191_011_32281147_1_2_資料2 [資料2]
    周辺マップと補足概要。Oodi公式サイト(https://oodihelsinki.fi/en/arrival/)、Oodi公式フリーペーパー参照。
    (2025年7月2日、筆者撮影・作成)
  • 81191_011_32281147_1_3_資料3 [資料3]
    各階フロアマップ。Oodi公式サイト(https://oodihelsinki.fi/en/facilities/floors/)参照。
    (筆者作成)
  • 81191_011_32281147_1_4_資料4 [資料4]
    1階説明。(2025年7月2日、筆者撮影・作成)
  • 81191_011_32281147_1_5_資料5 [資料5]
    2階説明。(2025年7月2日、筆者撮影・作成)
  • 81191_011_32281147_1_6_資料6 [資料6]
    3階説明。(2025年7月2日、筆者撮影・作成)
  • 81191_011_32281147_1_7_資料7 [資料7]
    バリアフリー・ユニバーサルデザインの例。(2025年7月2日、筆者撮影・作成)
  • 81191_011_32281147_1_8_資料8 [資料8]
    2・3階設置の椅子概要。(筆者作成)

参考文献

[1]小泉 隆 著 『北欧の建築 エレメント&ディテール』、学芸出版社、2017年
[2]Helsinki City Library Oodi 著、Oodi 館内案内(フリーペーパー)、Helsinki City Library Oodi、発行年不明
[3]ALA Architects「Helsinki Central Library Oodi-ALA」ALA Architectsホームページ
https://ala.fi/work/helsinki-central-library/(2026年1月29日最終閲覧)
[4]大月彩未「音を構成要素と捉えた建築の提案 ―『新建築』作品における音に関する建築的操作分析を通して―」東京理科大学大学院工学研究科建築学専攻 修士論文、2020年.
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://uni.ofda.jp/wp-content/uploads/2021/03/%E6%9C%AC%E8%AB%96_%E5%A4%A7%E6%9C%88.pdf?utm_source=chatgpt.com
[5]小泉 隆 著 『北欧建築ガイド 500の建築・都市空間』、学芸出版社、2022年
[6]Bashir, Faizah M. ほか「Effects of natural light on improving the lighting and energy efficiency of buildings: toward low energy consumption and CO₂ emission」、『International Journal of Low-Carbon Technologies』第19巻、2024年、296–305頁
https://academic.oup.com/ijlct/article/doi/10.1093/ijlct/ctad130/7612729?utm_source=chatgpt.com&login=false(2026年1月29日最終閲覧)
[7]Oodi「Arkkitehtuuri-Oodi」、Oodiホームページ
https://oodihelsinki.fi/en/what-is-oodi/architecture/(2026年1月29日最終閲覧)
[8]Oodi「Oodi palvelumuotoilun oppikirjaesimerkkinä - -Oodi」、Oodiホームページ
https://oodihelsinki.fi/oodi-palvelumuotoilun-oppikirjaesimerkkina/(2026年1月29日最終閲覧)
[9]明石市「【意見募集結果】(仮称)二見図書館整備計画(素案)について/明石市」、明石市ホームページ
https://www.city.akashi.lg.jp/seisaku/hon_shitsu/hutamiikenbosyu.html?utm_source=chatgpt.com(2026年1月29日最終閲覧)


Oodi「Home-Oodi」、Oodiホームページ
https://oodihelsinki.fi/en/(2026年1月29日最終閲覧)
ALA Architects「Helsinki Central Library Oodi-ALA」ALA Architectsホームページ
https://ala.fi/work/helsinki-central-library/(2026年1月29日最終閲覧)
久野 和子、2019、「ヘルシンキ中央図書館 ‘Oodi’ の機能・理念とその成果」、『カレントアウェアネス』No.342、国立国会図書館カレントアウェアネス・ポータル https://current.ndl.go.jp/ca1963(2026年1月29日最終閲覧)
明石市立二見図書館ふたみん「明石市立二見図書館 ふたみん」明石市立二見図書館ホームページ
https://futami-akashi-lib.jp/(2026年1月29日最終閲覧)
Hyysalo, Sampsa, Virve Hyysalo, Louna Hakkarainen「The Work of Democratized Design in Setting-up a Hosted Citizen‑Designer Community」、『International Journal of Design』第13巻第1号、2019年、69–82頁
https://www.ijdesign.org/index.php/IJDesign/article/view/3346(2026年1月29日閲覧)
小泉 隆 著 『北欧の建築 エレメント&ディテール』、学芸出版社、2017年
小泉 隆 著 『北欧建築ガイド 500の建築・都市空間』、学芸出版社、2022年
小泉 隆 著 『北欧の美しい図書館』、エクスナレッジ、2024年
吉田 右子 著 『フィンランド公共図書館 躍進の秘密』、新評論、2019年
渡部 千春 著 『「北欧デザイン」の考え方 プロダクト、建築、テキスタイル名作をつくった人と時代とアイデンティティ』、誠文堂新光社、2022年
島崎 信[ほか]著 『北欧インテリア・デザイン 太陽レクチャー・ブック 003』、平凡社、2004年
林洋子編『近現代の芸術史 造形篇Ⅱアジア・アフリカと新しい潮流』(芸術教養シリーズ8)、藝術学舎、2013年

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