住宅密集地のアール・ブリュット ~アーティストとお母ちゃん~

森 誉光

1.はじめに
大阪市阿倍野区共立通は、古くからの住宅密集地である。その細い路地を進むと、カラフルな「Art」の看板がある教室や開放的なカフェがあり、掲示板には芸術関連の案内が並ぶ。更に奥には、お洒落に改装された町家があり多数の人がアート作品を制作している。ここで作られる作品は国内外で高く評価され、海外からの来客もあるとの事。本稿はこれを文化資産として評価する。

2.基本データと歴史的背景
2-1.基本データ
名称:特定非営利活動法人コーナス
所在地:大阪市阿倍野区共立通
コーナスは、1989年にコーナス共生作業所として活動を開始。障害者の就労支援と自立生活支援を行う。2005年、内職中心の活動からアート活動に事業内容を転換。

2-2.第三者評価
コーナスは、2005年のアート活動開始から約3年で殆どのメンバーが公募展で受賞・入選するなど、早くから頭角を現した。国内外での評価も高く、2011年には米国ロサンゼルスの「LELA国際芸術祭」に出展。2012年には、メンバー3人の作品がabcd(1)のコレクションに収蔵された。2016年には、障害のあるアーティストを支援するUnlimitedの招待で、英国ロンドンのサウスバンクセンターで展覧会を開催。2025年7月にも公募展で優秀賞を受賞する等、現在も活動は続く。

2-3.歴史的背景
1981年、障害者の権利や制度が未整備だった時代に、重い障害のある子供を持つ保護者(愛称、お母ちゃん)が集まり、阿倍野で共に生きよう会を発足した。お母ちゃん達は、当時から先進的な共生保育を行っていた望之門保育園の協力を受け、子供達が大人になった時に働ける場所を作る事を目指してバザー開催等で資金集めを行った。活動を通し、障害者も分け隔てなく普通の生活を送る権利を持つというノーマライゼーションの思想に初めて触れた同会の主幹である白岩髙子氏(以下、白岩氏)は、以後この思想を活動の要とした。しかし数年後、賛同者の増加に伴う意見の対立から会は崩壊。白岩氏は一人で再出発する事となった。

2-4.コーナス共生作業所
1989年3月、学校を卒業した生きよう会の元メンバーだった子供の為に、白岩氏が中心となりコーナスの前身であるコーナス共生作業所を開設した。それは、生きよう会の当初の目的である、障害を持った子供達が大人になった時に働ける場所を作るという目的に加え、内職の実務体制を整えた作業所であった。白岩氏は、望之門保育園との繋がりを活かして、先進的な福祉の手法や事業ノウハウを取り入れる等の試行錯誤を繰り返して作業所を運営、後にアート事業へ転換する。

3. 事例の特長
3-1. 価値創造の好例
コーナスの活動で特筆すべき点は、デザイン思考のプロセスを高速で繰り返した事である。他団体や他者の優れた取組みを積極的に学び、得られた知見を自分達の仕事にどう活かすかを定義し、メンバー同士のアイデアをすぐに実行して、バザー等で販売して顧客の評価を確認し、次の改善に活かすというサイクルを繰り返した。
ここから現在も売れ続けるオリジナル商品が生まれ、それらは不安定な収入を支えてコーナスを不況から守る大きな力となった。これは、創造的取組みによって価値創造に成功した好例であり、この思考は現在のコーナスにも受け継がれている。

3-2. 開かれた施設
コーナスは、ノーマライゼーションの思想に基づき、地域の多様な人々を排除せず共に生きることを目指す包摂的アプローチを実践している。
施設の大きな窓は、地域との隔たりを作らないという思想から、通りを歩く人が自然と中を覗けるように設計されており、その設計思想は2021年に開業したカフェ兼レンタルスペースのKIKUYA GARDENにも活かされている。
この施設は、地域の人々の集いの場であると同時に、障害者の働く場としても機能し、SNS映えするお洒落な内装やメニューは、地域内外の人々を自然と引き寄せ、地域と障害者が心地よく共生できる場となっており周辺の住民の評価も高い。

3-3. 成功に導くABCの力
白岩氏は、底抜けに優しい人柄で活動的な人物であるが、設備投資の資金集めには相当苦労したとの事である。
2005年、コーナスはそれまでの内職中心の活動からアート活動への転換を決断したが、事業に必要な物件購入の為の資金が不足した。そこで知恵を絞り、市民債券の発行という当時一般的ではなかったクラウドファンディングの手法で資金を調達した。これは新事業への理解と信用を得られなければ不可能な挑戦であったが、次に示す「コーナスのABC」というルールが目標達成を促した(2)。

A. あたりまえのことを
B. びっくりするくらい
C. ちゃんとやる

コーナスは、30年近く地道にABCを徹底して地域と関わってきた。挨拶、掃除、笑顔など、地域で皆が心地よく暮らす為に必要なあたりまえを地道に続けていたその実績により、出資者の理解と信用を得る事ができたのである。
また、コーナスがアート事業へ転換を果たしたこの時代は、アール・ブリュット(3)に注目が集まり始めていた好機でもあった。コーナスの信用の基盤が無く資金調達が遅れてしまい、この瞬間を逃していたならばコーナスの事業は先行利益を得られなかったかもしれない。

3-4.実体験に基づく制作のルール
コーナスの事業転換は、「内職中心の毎日は、実は障害者の生き方の選択権を奪っているのではないか」という白岩氏の疑問に由来する。そこで同氏は、個性を活かして生き方を選択できる事業としてアート活動へ舵を切る事を決断したが、その際に次のルールを設けた(4)。

【制作のルール】
1)リラックスできる制作環境を用意
2)上質な画材が常に用意され、自由に使用できる
3)アートの専門知識を持つ補助者をつける
4)制作時間に制限を設けない
5)補助者は作品に介入しない
6)補助者は制作行為のみを承認する

このルールの下でメンバーは自由に制作し短期間に高い評価を獲得した。その成果は事業転換に不安を抱いたお母ちゃん達も安心させた。
ルールは、白岩氏自身の絵画制作経験に基づくものである、特に「制作時間に制限を設けない」という考え方は、個人の主体性を尊重するものであり、これは「描かない日であってもクリエイターの心は変化している。アートは心を出力するものとするならそれは制作過程と同義である」という考えに基づく。このクリエイターの心に寄り添うルールは功を奏し、第三者評価にも繋がった。

4.今後の展望と課題
上述の通り、コーナスの発展は白岩氏の力に大きく依存している。これは強みであると同時に後継者を見つける事が難しいという課題を抱える。それについて白岩氏は予てより認知しており、対策としてKJ法を用いて組織の理念を構築した。KJ法は断片的なアイデアを持ち寄って整理し、問題解決に結びつけるデザイン手法であるが、白岩氏はこれによりメンバー全員が納得できる普遍的な活動指針を構築する事に成功した。
近年、アートの技能はICT活用による情報可視化や、身体感覚の拡張といった分野で重視され始めている。また、通信技術の進歩によるグローバル化の加速も、アートが仕事として機能する機会を増やしている。
既にアートを日々の仕事と捉えるコーナスは、持続可能な社会に向かう国際的な変化に適応し、更なる発展を遂げる可能性を秘めているといえる。

6.最後に
一般にアートの取組みは作品に視線が向きがちだが、本稿で評価した内容の肝要はコーナスのABCのように道徳的美しさの継続である。これは社会が実践しやすいものであり、国内外の他の同様の事例と比較しても特筆できる強みといえる。この美を継続する体制の社会実装によれば既存の社会全体の発展も期待できる。
本稿が、障害のある人もない人も共に生きるソーシャルインクルージョンの実現に向けた一助となることを願う。

  • 81191_011_32086011_1_1_photo_001 KIKUYA GARDENに集まる人々と、そこに流れる心地よい時間
    (1)足立朋子さん。元中学校教師、在職中から腹話術パフォーマーして活躍。
    (2)山口年子さん。介護福祉士、笑みカエルアート作家として活動。
    (3)かわいい盛り付けのスリランカカレー。香りが良い。

    (写真(1)~(3)、2025年3月10日、筆者撮影)
  • 81191_011_32086011_1_2_photo_002 コーナスのオリジナル商品
    (4)定番のクッキーを2種購入。上質な味。包みの袋がアール・ブリュット。可愛らしくて捨てられない。
    (2025年3月10日、筆者撮影)
  • 81191_011_32086011_1_3_photo_003 コーナスにまつわる風景
    (5)お洒落な店内に多種多様な1点物の商品が並ぶ。既製品にない魅力があり思わず手に取ってしまう。
    (6)ウェイターの仕事をこなすのぶゆきさん。明るい性格が魅力的。働く理由は「元気出すため」との事。素敵。
    (7)大阪市阿倍野区共立通の町並み
    (8)KIKUYA GARDEN 外観

    (写真(5)~(8)、2025年3月10日、筆者撮影)
  • 81191_011_32086011_1_4_photo_004 筆者と、本稿の執筆にあたりご協力を賜りました方々
    (9)特定非営利活動法人コーナス 代表理事 白岩髙子氏(写真左)。執筆にあたり有益なご助言を頂きました。
    (2025年3月10日、同行者撮影)
    (10)JICAスリランカオフィス所長 山田哲也氏(写真右)。国際的な業務の連携と仕事の創出について情報をご提供頂きました。
    (11)在スリランカ日本国大使館 経済・開発協力班 井上寛樹氏(写真右)。海外の障害者支援の現状及びDXの可能性について詳細な情報をご提供頂きました。

    (写真(10)・(11)、2024年12月4日、同行者撮影)

    本稿の執筆にあたり、快くご協力を賜りました皆様に心より感謝申し上げます。

参考文献

註(1)art brut connaissance & diffusion(abcd)は、アール・ブリュットの非営利研究機関。1999年設立。
abcd「Explorez l’univers fascinant de l’art brut」解説文、abcd協会ホームページ
https://abcd-artbrut.org/(2025年7月20日閲覧)
註(2)畠中英明・白岩髙子『共立通2丁目のアーティストたち アトリエコーナスの軌跡』クリエイツかもがわ、2025年、144頁。
註(3)アール・ブリュット(Art Brut)は、フランスの画家、ジャン・デュビュッフェ(1901-1985)が提唱した概念で、彼が既存文化の影響を受けずに独特の制作を行う精神障害者や独学の作り手の作品を蒐集し、そのコレクションに対し「アール・ブリュット」と名付けたことに由来する。その概念は、後にアウトサイダー・アートと英訳され日本でも認識が高まる。
滋賀県立美術館「アール・ブリュットについて」解説文、滋賀県立美術館ホームページ
https://www.shigamuseum.jp/about-the-collection/artbrut/(2025年7月20日閲覧)。
註(4)畠中英明・白岩髙子『共立通2丁目のアーティストたち アトリエコーナスの軌跡』クリエイツかもがわ、2025年、113頁。

参考文献
特定非営利活動法人コーナス「バラバラなものが交ざり合う場所」解説文、KIKUYA GARDENホームページ
https://kikuya-garden.com/about.php(2025年7月20日閲覧)
特定非営利活動法人コーナス「コーナスってどんなとこ。」解説文、アトリエコーナスホームページ
https://corners-net.com/about/(2025年7月20日閲覧)
社会福祉法人阿望仔「こんな保育をめざしています」解説文、望之門保育園ホームページ
http://www.aboshi.or.jp/web/hoikuen/(2025年7月20日閲覧)
石津智大『神経美学 美と芸術の脳科学』共立出版、2019年。
稲盛和夫『京セラフィロソフィ』共立出版、2014年。
ナポレオン・ヒル『巨富を築く思考法 THINK AND GROW RICH』アチーブメント出版、2025年。
経済産業省「産業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)」解説文、経済産業省ホームページ
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/dx/dx.html(2025年7月20日閲覧)
国土交通省『インフラ分野のDXアクションプラン(第2版)』、国土交通省
https://www.mlit.go.jp/tec/content/001633173.pdf(令和5年8月8日公表)
独立行政法人国際協力機構「JICAのビジョン」解説文、JICAホームページ
https://www.jica.go.jp/about/basic/vision/(2025年7月20日閲覧)

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