シクロジャンブルが紡ぐ緩やかなコミュニティの実践 ―自転車文化を共通言語として育まれる人のつながりー

谷口 誠

はじめに
近年、都市生活における移動手段としての自転車は、単なる交通インフラの一部に留まらず、人と人とを繋げる媒介としての役割も担うようになってきた。特に自転車をテーマとしたイベントやマーケットは、趣味の共有を通じてコミュニティの形成や活性化に寄与する場として注目されている。本論ではシクロジャンブルという自転車関連イベントについて調査し、このイベントがいかにして自転車を媒介として地域を越えた人的ネットワークやコミュニティの構築に寄与した文化資産であるのかを評価し報告する。

1 シクロジャンブルの歴史的背景と基本データ
シクロジャンブルは、自転車関連の市として東京で開催されていた関戸橋フリーマーケット⑴を参考に、関西在住の安田実氏(以下主催者とする)を中心とした自転車愛好家達が1999年に立ち上げた25年以上続く自転車関連のフリーマーケット方式のイベントである⑵。会場は大阪府豊中市の服部緑地で春と秋の年2回開催されている。会場では自転車愛好家達が自慢の自転車やフレーム、ヴィンテージ部品などを持ち寄り、個人主導による自転車部品等の売買や物々交換などが行われている。参加者はジャンブル⑶という語が示すように、無造作に広げられた様々な自転車関連品の山の中から宝物を探し出す楽しみを体験し、会場は出品された自転車や部品を囲み、思い出の品との偶然の出会いや、自転車という共通の趣味を話題とした会話が自然と生まれる場となっている。〔資料1〕

2 シクロジャンブルのコミュニティデザインの特徴から見た評価
シクロジャンブルのコミュニティデザインには、「イベント全体のジャンルの明確性」、「営利性より文化性」、「スモールスケールだが高密度なコミュニティ」の3つの特徴があり、この視点からシクロジャンブルを評価する。

2-1 ジャンルの明確性:ヴィンテージとレトロ志向
シクロジャンブルで扱われている自転車や部品は、現行の物ではなく1970年代を中心としたヴィンテージ自転車や部品、書籍、アパレルなどが主に出品されている。これは主催者が出店者と地道にコミュニケーションを続けてシクロジャンブルのイベントイメージの共有が図られた結果で、そのノスタルジー的な部分を強調したジャンルの明確性によってコミュニティのデザインに統一感が生まれ、現在では購入困難な稀少性のある自転車や関連部品等を介して出店者、参加者共に日常ではない空間を楽しむことができる場を提供している点が評価できる。〔資料2〕〔資料3〕

2-2 営利性より文化性:参加者同士の交流で文化の伝承
シクロジャンブルでの物品売買時には、主催者のイベントの主目的であるサイクリング文化の共有・保存に重きを置いたデザイン設計の意図が出店者にも伝わっているため、一般的なフリーマーケットとは異なった特徴が見られる。
出店者は単に物品を販売するだけではなく、販売した自転車部品などのデザインに込められた意図や生産された当時の歴史等の情報、古い部品の取り付けや調整方法などを語るなど自転車に関連する知識と技術の伝承をする担い手にもなっている。また来場者も聞き手としてだけではなく、経験を有する語り手として関わる場面もあり、このような双方向の交流はサイクリング文化の深化と再創造を促進するもので、参加者同士での技術的な伝承や情報交換が自然にできる交流の場が自主的に形成されている点が評価できる。〔資料2〕〔資料4〕

2-3 スモールスケールだが高密度なコミュニティ:ブランド力を高める工夫
シクロジャンブルは概ね午前中だけの開催で、イベントとしては規模が小さいものである。しかし開催時間を短くスモールスケールにすることでイベントに稀少性という価値を生み出す効果が生まれ、限られた時間の中で出店者、参加者共に短い時間の一期一会を大切にする深い関係性を構築することに成功している。また、そのイベントの希少性というブランド力でシクロジャンブルが関西圏だけではなく全国の自転車愛好家に知られた存在となっている点でも評価できる。〔資料2〕〔資料4〕

3 シクロジャンブルと関戸橋フリーマーケットとの比較
シクロジャンブル開催の参考となった関戸橋フリーマーケットを対象として、両者を比較しながらシクロジャンブルの評価されるべき特徴について述べる。
関戸橋フリーマーケットは多摩川沿いの河川敷という非公式な場で、約30年前から4月と11月に開催されてきた自転車愛好家による自発的な部品交換市である。個人出店が中心で、SNSや口コミで情報が伝わる草の根的イベントで、東京近郊の自転車愛好家たちの文化が集積する場となっていて、河川敷という仮設的な空間での自由度の高いイベントスタイルは、まさに自転車文化の余白部分を楽しむ方法として重要な役割を果たしてきている⑴。
関戸橋フリーマーケットとシクロジャンブルは、どちらも自転車という趣味を通じて、非強制的な関係性が自然に築かれていく共同体の場として存在している。初めて会った者同士が、自転車部品の売買や情報の交換をきっかけに会話を始め、やがて再会やSNSを通じた交流へと発展していく。こうした特定の帰属意識を必要としないが繰り返し出会うことで育まれる緩やかな共同体は、現代の人と人との接点が断絶しがちな社会状況において、極めて重要な意味を持つものである。
しかしこのような共通点がある一方で、両者にはイベント開催時における課題解決等の取り組みにおいては明確な違いがみられる。
関戸橋フリーマーケットでは特定の主催者が存在せず、河川敷という仮設的な場所での自主的開催という性質から、不法駐車や商品の搬入時における不法占拠といった課題が生じ、近隣住民からの苦情にも的確に対応しきれていない問題を内包している⑴。
一方、シクロジャンブルはこの課題に対しては、主催者が開催地を仮設的な場所ではなく、服部緑地という公共空間を公式に確保することで駐車場などの付帯施設を活用し、不法駐車や出品物搬入時の不法占拠等の課題の解決につなげている。
また、公共空間を公式に使用しているため、出店者、来場者に対する会場の安全性やアクセシビリティの確保、服部緑地公式ホームページでのイベント情報の掲載などの協力も得られている⑷。このシクロジャンブルの持続性と社会的承認を両立させた取り組みは、緩やかな共同体が世代を超えて継承されていくための重要な特徴として評価できる。〔資料5〕

4 今後の展望
シクロジャンブルの将来像を考察するうえで注目すべきは、商業的な収益追求とは異なる価値を重視するその独自の姿勢である。主催者は「草野球でいたい」と述べ、シクロジャンブルはあくまで自発性と対等な関係性を基盤とする非制度的な場を目指している。この比喩は、参加者と出展者の明確な区別を避け、全員が緩やかに関わり合う空間を理想とする姿勢を示していて商業的なフリーマーケットとは一線を画す運営方針となっている⑸。
しかし、こうした「草の根」の在り方を維持しつつも、持続的なコミュニティ運営のためには安定した基盤の確保が課題となる。その解決策として主催者は、2023年にNPO法人「シクロジャンブルコミュニティ」という法人格を取得している⑹。
この法人格の取得によって、収益や費用の透明化が図られ、イベントが制度的に支えられるようになった。また、公益性の明示によって行政からの支援も得られやすくなり、単なる趣味の集まりにとどまらない形で自転車関連の講演会や映画上映会などのイベントの開催も可能になり、地域社会との関係性を築く土台が形成されつつある。〔資料6〕
今後は、この関係性の土台が成熟して地域で活動している様々な団体と協働した形で、あらゆる世代やハンディキャップなども気にせず楽しむことができるイベントを創出するなどの取り組みで、自転車関連とは異なった分野の共同体との緩やかな繋がりが広がることを期待している⑺。〔資料7〕

おわりに
シクロジャンブルは、関戸橋フリーマーケットが示した自由で創発的な文化実践の価値を継承しつつ、それを定期的・公共的な枠組みの中で、より開かれた地域的ネットワークへと昇華させた自転車文化を軸とした持続可能で繋がりのあるコミュニティである。
そのコミュニティデザインはフリーマーケットというイベントだけに留まることなく、講演会や映画会の開催など様々な取り組みを発信しながら日々更新がされていて、文化資産として都市の中で機能する成熟したモデルとしての価値を備えていて、人間関係の自由度と持続性とを両立させた独創的なコミュニティとして評価できる。

  • 417520_1 資料 1 シクロジャンブル開催時の会場風景 (2023年~2025年 筆者撮影)
  • 417521_1 資料 2 シクロジャンブルの主な3つの特徴 (2025年7月13日 筆者作成)
  • 417542_1 資料 3 シクロジャンブルはヴィンテージ部品との出会いの場 (2023年~2025年 筆者撮影)
  • 417543_1 資料 4 シクロジャンブルで広がる交流の輪 (2023年~2025年 筆者撮影)
  • 417544_1 資料 5 シクロジャンブルと関戸橋フリーマーケットの比較表 (2025年7月13日 筆者作成)
  • 417548_1 資料 6 シクロジャンブルの新たな取り組み (2025年7月8日 筆者撮影)
  • 417546_1 資料 7 シクロジャンブルの描く未来 (2023年~2025年 筆者撮影および2025年7月13日筆者作成)

参考文献


⑴ 関戸橋フリーマーケットについては正式な主催者が存在しないため公式ホームページなどの情報は無いが、参考文献の各誌に掲載された関戸橋フリーマーケットの情報を参照した。
 また、2025年6月18日(水)~7月10日(木)安田実理事長に聞き取り調査を実施した際に、安田氏の旧知の自転車仲間のK氏(匿名希望)から、関戸橋フリーマーケットに本人が参加していた時期に実際に見聞きしたこととして各誌に掲載されているのと同様の情報が得られた。
 関戸橋フリーマーケットの経緯(2025年7月3日K氏からの情報提供による)
・当初、個人の呼びかけで始まったこと。
・出店者の度重なる違法駐車により、地域住民や警察とトラブルになったこと。
・その件をきっかけに衰退していったこと。
・関戸橋の代替として京王閣フリマが企画・開催されるようになったこと。
・途中から現在においては主催者不在で開催責任が不明確なまま開催されている。

⑵ 2025年6月18日(水)~7月10日(木)聞き取り調査による安田氏からの回答
 シクロジャンブルの開催のきっかけは1998年3月頃に長野県安曇野で毎年開催されている自転車エンスージアスト(自転車の熱狂的支持者という意味)の祭典「ポリージャポン」を主宰している中堀剛氏から、東京の「関戸橋フリーマーケット」のようなものを関西、大阪でも開催できないだろうかとの提案が旧知のメンバーである安田、田中克自、川上伸一にあった。
 当時、参加者同士が全国規模、特に関西在住メンバーで一同に会して歓談できる環境がほとんど無い状況であったため、開催できれば楽しいだろうと「関戸橋フリーマーケット」を参考に関西でのイベント開催の可能性を探り1999年の実施に至った。
 開催場所の選定にあたっては、費用が低廉な公園や河川敷が適当と考えられたが、安田が豊中市在住ということもあり、大阪府営服部緑地について調査することになり最終的に大阪府営服部緑地に決定した。

⑶ 2025年6月18日(水)~7月10日(木)聞き取り調査による安田氏からの回答
 イベント名については、安田からの提案としては「サイクル・リサイクル・リバイバル」という名称を提案したが、中堀氏からは当時自動車雑誌で「オートジャンブル」という雑誌 が発行されており、それをもじって自転車を意味する「シクロ」とごちゃ混ぜといった意味を包含する「ジャンブル」この2語をあわせて「シクロジャンブル」と造語でいってみてはどうかとの提案があり、そこでメンバー間で協議したところ、短くなじみやすい「シクロジャンブル」というイベント名称に決め、その事務局を「シクロジャンブル実行委員会」とすることとした。

⑷ 服部緑地公式ホームページのシクロジャンブルイベント紹介ページ https://hattori-ryokuchi.com/xo_event/%E3%82%B7%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB2025%E3%80%80%E6%98%A5/ (2025年7月12日閲覧)

⑸ 2025年6月18日(水)~7月10日(木)聞き取り調査による安田氏からの回答
 シクロジャンブルを商業イベントと考えた場合、合理的な認識で「金銭(定量的に費用と収益の差異)で元が取れたかどうかという点で比較検討されて出「店」されている人たちは直ぐに去っている現状がある。
 洗練された運営のいわばプロフェッショナル、商業的なフリーマーケットに対してある種のリスペクトもあるが、シクロジャンブルの運営は、草野球>>>社会人野球>プロ野球というイメージで運営側は音頭取りの一端を担っているだけの立ち位置で存在することが理想だと考えている。また参加者と出展者という区分けや分類というのもできれば避けたいと思っていて、草野球のように皆が参加して楽しめる緩やかな繋がりの共同体にしたいと考えている。できれば草野球がいい、草野球でいたい。

⑹ 内閣府NPO法人ホームページ
https://www.npo-homepage.go.jp/npoportal/detail/027040075 (2025年7月12日閲覧)

⑺ 2023年から2025年の現地イベント参加時および、2025年7月8日の映画上映会時において、参加者にフリーマーケットや講演会・映画上映会以外に今後のイベントに対しての希望や要望の聞き取り調査を実施した。
 主な要望
・シクロジャンブルの参加者の構成メンバーが高齢化している。対策としてファミリー層の獲得のために、公園に遊びに来ているファミリー来園者も参加できる自転車安全教室などのイベントを同時開催してはどうか。
・かつては自転車ブランドとして人気があった1915年創業のカワムラサイクル(参考WEBのカワムラサイクル公式ホームページを参照)が、現在は車椅子のメーカーとして活躍している。イベント会場内でカワムラサイクルと協働で、車椅子の展示や試乗会などを実施すれば、フリーマーケットだけではないハンディキャップのある方も楽しめる自転車文化の成熟した形のイベント提案などが示せるのではないか。
・高齢化や病気で自転車に乗るのが辛くなったがシクロジャンブルのイベントに参加していた方達の意見。
 今は体力的に乗れなくなったが、自分が所持しているヴィンテージ自転車に電動駆動部を取り付けるなどを自転車メーカーに提案して、その長年苦楽を共にした愛車に再び乗ることができたら、とても嬉しいし励みになる。個人での要望よりNPO団体として企業に提案してもらえたら実現するのではないか?そうなったらシクロジャンブルでその愛車のお披露目と、誰でも乗れる形で試乗会をしてみたい。

参考文献
『自転車レストア&ヴィンテージカスタム』(株式会社枻出版社、2013年9月、138頁)
『自転車レストア&クロモリバイクカスタム』(株式会社枻出版社、2014年11月、64-65頁)
『自転車レストアテクニックバイブル』(株式会社枻出版社、2015年12月、60-61頁)

参考WEB
シクロジャンブル実行委員会公式ホームページ https://www.facebook.com/people/%E3%82%B7%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A/100068852225079/ (2025年7月18日閲覧)

カワムラサイクル公式ホームページ https://www.kawamura-cycle.co.jp/ (2025年7月18日閲覧)

現地調査・聞き取り調査
2023年5月21日(日)「シクロジャンブル」に出店参加(現地調査および聞き取り調査)
2023年11月26日(日)「シクロジャンブル」に出店参加(現地調査および聞き取り調査)
2024年5月26日(日)「シクロジャンブル」に出店参加(現地調査および聞き取り調査)
2024年11月23日(土)「シクロジャンブル」に出店参加(現地調査および聞き取り調査)
2025年5月31日(土)「シクロジャンブル」に出店参加(現地調査および聞き取り調査)
2025年7月8日(火)「サイクリストの魂」~ゆっくり走る人々~上映会とミニ講演会に参加(主催者側関係者、参加者に聞き取り調査)
2025年6月18日(水)~7月10日(木)「シクロジャンブルコミュニティ」の安田実理事長にメールと対面による計12回の聞き取り調査を実施。

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