下村 泰史(教授)2026年9月卒業時の講評

年月 2026年9月
卒業研究レポート執筆お疲れ様でした。
卒業研究に取り組まれ、それが一段落して、今どのように感じられているでしょうか。
本学科の卒業研究は、長大な文字数を要求するものではありません。しかし、3200字程度という制限のなかで、
1: 基本データと歴史的背景
2: 事例のどんな点について積極的に評価しているのか
3: 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
4: 今後の展望について
5: まとめ
をバランスよく論じるというのは、なかなか大変なことです。
実際に取り組んでみると、このそれぞれの部分に、それまでの学科での学びが活きていくるのを実感されたのではないでしょうか。事例を見出し吟味する際の、時間・空間・編集・コミュニティ運営・対話といった視点、共通点、相違点の整理から分析を行う考察法、そしてよりよい今後を構想するデザイン思考にたった展望力。そういったものが、この卒業研究では総動員されたのではないかと思います。
この「芸術教養学科web卒業研究展」に掲載されたレポートを読む時、どうしても取り上げられた事例の面白さにまず意識がいくのですが、これらの芸術教養の技が、それぞれのレポートで、どのように活きているかもまた、見どころだと思います。蓄積された先輩方の作品も含め、そのあたりもよく味わってみてください。それがこの卒業研究という科目の、最後の仕上げになると思います。

さて、今回私が担当し、講評文を書かせていただいたのは、下記の14編です。
◎塩が築いた町並みは、誰が支えるのか ―重要伝統的建造物群保存地区・竹原市竹原地区の保存と継承―
・田島ヶ原サクラソウ自生地の保全活動―次世代につなぐ意義-
・水田を活かした景観デザインと地域文化の再創出 ― 開成町あじさいまつりを事例に ―
・千本浜海岸の景観と環境の保全活動について
・札幌市北3条広場   道路を広場に 賑わいを創出する公共空間
・治水と景観の共存 ― 木曽川堤(サクラ)にみるランドスケープデザイン
・設計図どおりに生まれなかった堰――鴇波洗堰と旧北上川分流施設群
・郊外文化が遺した文化資産 西山家住宅及び西山氏庭園について
・岐阜県大垣市の枡づくり ―有限会社大橋量器による伝統を未来へ繋ぐデザイン活動―
・緑が継ぐ記憶 ―定禅寺通ケヤキ並木にみる戦災復興と都市文化資産の形成―
・たまプラーザ-新興住宅街における新旧文化の融合-
・美的空間にとどまらない、平和と記憶の文化装置としての縮景園
・市民広場の空間デザインとしての騎馬像が果たす役割について
◎熊谷・荒川堤防左岸の非観光地部分における、傾斜の市民利用とデザイン
・庄内緑地公園に見る、都市公園の二面性
私自身の専門が、ランドスケープ計画・まちづくり、ということもあり、里山・集落景観の保全や公園の空間などを取り上げたものが多くなっています。
全体としては、資料作りに苦労された方もおられたようですが、場所の様子の伝わるものが多く見られたように思います。また、普段意識されにくい土木施設を扱ったものなどには、ユニークな視点をもったものが見られました。

特に印象に残ったレポートについて、少し触れたいと思います。
一つ目は、「塩が築いた町並みは、誰が支えるのか ―重要伝統的建造物群保存地区・竹原市竹原地区の保存と継承―」。伝統的街並みの保全はスタンダードなテーマですが、そのテーマに似つかわしいスタンダードなアプローチで丁寧に調べ、論じられたものになっていました。
二つ目は、「熊谷・荒川堤防左岸の非観光地部分における、傾斜の市民利用とデザイン」。これは、全く普通の堤防にしか見えない場所を取り上げ、その意識されざる人々や生き物による利用、潜在的な豊かさといったものについて論じていました。論理構成も優れていましたが、その観察密度、議論における意外性のある着眼点など、アーティスティックなものを感じるレポートでした。芸術教養学科らしい作品だと思います。
いずれも、執筆者が公開を希望されなかったため、今回公開されたものの中には含まれていません。

今年の春から、芸術教養学科の卒業研究作品も、本学通信教育部全体の作品を掲載する「通信教育過程web卒業・修了制作展アーカイブ」に掲載されるようになってきました。ここでは、通信教育部全学科・コースの卒業制作・卒業研究の作品を概見できるようになっています。
しかし、この「芸術教養学科web卒業研究展」は、それとは異なった価値を持ち続けていると思います。一つは、その10年以上にわたる蓄積です。もう一つは、その課題の意図や講評が掲載され、課題の全体像がわかることです。この卒業研究という科目は、そのレポートの蓄積によって「アートリソースのガイドブック」を形成することを一つの目的としてきました。年を重ねることで、そのガイドブックは質・量ともに充実したものになってきています。このサイトを眺めることで、日本中、世界中で起きている面白いもの、美しいできごと、に出会うことができるのです。ここで知ったものを、実際に訪ねてくださってもいいでしょう。
このサイトにレポートを発表することは、一つの「。」かもしれませんが、ここからの継続や新しい出会いが始まっていったらいいと思っています。レポートを書かれた方も、なんとなくここを訪問された方も、ここで紹介された多くの出来事から、これからの生活をよりよいものにするヒントを受け取っていただけたらと思います。

ご卒業おめでとうございます。これからも芸術教養の視点を活かして楽しく生きていただきたいと思います。