
関西・大阪万博にみる伝統の再評価と未来の展望
万国博覧会の歴史
2025年4月13日から同年10月13日まで大阪・夢洲において「日本万国博覧会(略称、大阪・関西万博)」が開催された。開催前から問題提起や議論がなされたが、大盛況のうちの幕を閉じ博覧会はおおむね成功だというのが世論の認識である。万国博覧会(以後、万博)の始まりは19世紀の初めにイギリスで起こった産業革命がきっかけとなった。科学の発達により機械、製造、軍事などの産業が急成長し、この変革はたちまちヨーロッパに広まっていった。ヴィクトリア女王の夫、アルバート公(1819~1861)の「これからは戦争ではなく、新しい知識や技術を世界全体で共有するために、万博は必要である」(注1)という提案をうけ、1851年ロンドンで初めて開かれた。継続性を想定していなかったため2年後のニューヨーク万博は大きな意味を持つ。万博は「平和の祭典と科学技術発展のアピールの場」として、世界各国で開催されることになった。
日本が万博に正式に招待されたのは1867年のパリ万博で江戸幕府のほかに薩摩藩、佐賀藩もそれぞれ出品した。1873年のウィーン万博では明治政府として参加し、その予行演習として前年に「内国勧業博覧会」が東京上野で開かれた。1903年の第5回は大阪天王寺が選ばれ、これが最後の開催となる(注2)。この頃の日本は日清戦争(1894~95)の勝利により活気づいており、海外からの参加国も10か国を越え、最大規模でのフィナーレとなった。この大成功により「大阪といえば万博」が定着していったのだ。
20世紀の発展的万博と21世紀の万博開催の意義
1922年にフランスの呼びかけでBIE(博覧会国際事務所)が設立され、組織化されていく。1933年のシカゴ万博からはテーマが設定され、「モノ」の陳列から空間全体を使った展示デザインとなり、今では当たり前となった建築家やアーティストたちが参画し始める。日本で初めての国際的万博は1970年大阪吹田で催された大阪万博(EXPO‘70)である。アジアでは初の開催となり、日本の発展を世界に示すイベントとなった。国際的に活躍していた建築家やアーティストたちが召集され、国の威信をかけたものになる。また当時は高度経済成長の真っただ中にあり、企業にとっては格好の宣伝場所にもなっている。この万博では情報伝達として映像展示が本格的に行われ、「映像・音楽・空間」のデザインを融合させた従来にない環境演出が多く見られた。それは今までに体験したことのない未来の姿であった。
20世紀は「進歩の世紀」といわれるように、近未来をテーマにした万博であった。21世紀に入りテクノロジーの飛躍的発展やインターネットの発達により、世界中の人々との交流が可能となった。場所や時間を選ばず情報収集や伝達、さまざまなサービスを受けることが出来る。1970年の大阪万博のもたらした「非日常」や「憧れ」は、もはや我々の生活に溶け込んでいるのだ。未来が現実になった今、「万博開催に意味がない」という声も上がっている。それに加え、税金の投入や環境への負担といったマイナスのイメージ、テクノロジ―の臨界点の達成などから「未来への見通しが立たない」ということもあり、万博に疑問が投げかけられているのも事実である。
関西・大阪万博における日本伝統の再考
2025年の関西・大阪万博では「いのち輝く未来社会のデザイン」がテーマに掲げられ、地球規模での問題解決に加え、多様な人々が共生できる社会をめざすものとなっている。このテーマに沿ったランドマークが「大屋根リング」である。「多様でありながらひとつ」という万博の理念を象徴するものとなっているのだ。3階建てのリング状になっており、全長2キロの屋根は歩いて会場を見渡せた。パビリオンになかなか入れない中、リングからの眺めはいつでも見ることができ(注3)、訪れた人は必ず目にする世界最大級の木造建築である。
「大屋根リング」は日本建築の伝統的な「貫(ぬき)」接合に現代の工法を加えた建物である。「東大寺金堂」にもみられるもので、中国伝来の建築様式と旧来の和様をもとに「仏像様」を完成し、独自に発展させていったのだ。建物全体の強度を高め、地震の多い日本にはしかるべき工法だといえる。リングの建設当初は接合部(仕口)の部分に金物ボルトが使用されているため、「伝統的貫構法といえるのか」という議論も起こっていた(注4)。しかし、これはかつての「仏像様」のようにお互いの利点を生かし、改善を試みたものといえる。
さらに伝統の展示でいえば「夜の地球Earth at Night」館がある。2024年1月に起きた能登半島地震はかなりの被害を受け、いまだに復旧工事が続いている。館内にはその際無傷だった直径1メートルの地球儀が展示されていた。石川県輪島市で受け継がれている輪島塗で制作されたもので、「復興のシンボル」とされている。輪島塗は14世紀ごろに始まり江戸時代に確立したもので、1975年国の伝統工芸品に指定されてた。周囲には世界の大都市図が飾られ、これらもやはり輪島塗でできている。地震からの復興の願いと共に日本の伝統工芸を世界に発信しているのだ。
グローバル視点としての技術発展と伝統の見直し
21世紀に入り、万博の目的は各国が共創し地球規模で課題に取り組むことが求められるようになった。また、SDGsや国際交流なども重視されている。関西・大阪万博でも「空飛ぶクルマ」や「AI活用」の体験型パビリオンが多く見られた。「大阪ヘルスケアパビリオン」や「国連パビリオン」などがあり、万博会場全体でも来場者の傾向をAIが分析し提案する「パーソナルエージェント」を活用された。最先端の技術を披露し、世界各国で共有している点は初期の基本方針に沿っているといえる。研究開発した未来の実験場として機能しているのだ。それに加え「大屋根リング」に日本古来の「貫」を取り入れ、日本の伝統工法を改めて知ることとなる。
1970年の大阪万博では鉄筋コンクリートの建物が主流であり、街中でも多くが建設された。2000年の建築基準法改正により低層(3階建て)の木造建築が可能になり、2019年には中層、高層の純木造ビルが登場する。SDGsや環境に配慮したもので、二酸化炭素の削減や工期短縮による大気汚染物の排出も抑えられる。企業が推し進める事業であり、それを象徴するのが「大屋根リング」であったのだ。
さらに「夜の地球Earth at Night」館のような伝統的な展示は各国パビリオンにも見ることができた。フィリピンでは伝統工芸である織物で島々を表現した展示やアレーシアの竹細工、UAEでは伝統的な建築「アリーシュ(ナツメヤシ葉・幹の小屋)」の柱がパビリオン内に何本も建てられていた。このように伝統的な素材や技術を現代工法やテクノロジーとの融合で現代的に表現されており、ランドマークである「大屋根リング」を中心に伝統を見直すきっかけになったことは、評価するべきである。
万博の成功とこれから
開催前は賛否両論であり反対の声も大きかったが、来場者数は2820万人と目標を大きく上回り、最大で370億円の黒字となり(注5)国際万博にふさわしい成果となった。要因としていくつか考えられるが、「大阪」での開催は大きな意味を持っている。明治時代からの万博の成功例の歴史もさることながら、「どうせやるならおもろくしようや」という「お笑い」の文化があげられる。何でも「笑い」にかえ楽しく盛り上げる地域性が人々の関心をひいたのだろうと、私は考えている。実際に来場者の3分の2は近畿圏内からであり、リピート数も2.3回(注5)となっているのだ。
「大屋根リング」の役割も大きく、大きなリングがあることで会場を一体化し「多様性でありながらひとつ」ということをまさに実現したものになった。私たちの長い歴史の中で、大陸からの多様な文化を寛容的に取り入れ、一体化してきた日本の特徴をあらわしているといえる。
しかし本当の成果は万博後にある。「大屋根リング」は維持の難しさから一部を残し、解体された木材は能登半島地震の復興などに役立てられることになっている。万博会場はなくなってしまうが、「貫」構法や伝統技術はこれからも生かすことができ、継承していくことができる。各国パビリオンで見た伝統も、これからも続けていく価値のあるものである。伝統に立ち返り、昔からの知恵を現代にどう生かすのか。それは万博を経験した私たちにかかっているのだ。
参考文献
注1)『博覧会の歴史 第1回ロンドン博物館から2025年大阪・関西万博まで』より
注2)日露戦争(1904~1905)により中止され、以後開催されていない
注3)天候や込み具合により入場制限や規制あり
注4)https://ritsumei.repo.nii.ac.jp/record/2001544/files/dmuch_18_tanahashi.pdf 棚橋秀光著、論文「伝統的貫構法の構造特性についての考察: 大阪・関西万博の大屋根 (リング) の構造に関連して」歴史都市防災論文集 Vol. 18、2024年7月(閲覧日2026.1.17)より
注5)https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/results_verification/pdf/001_04_00.pdf
経済産業省「大阪・関西万博の開催実績及び成果の整理(案)(閲覧日2026.1.17)より
参考文献:
筆者執筆、芸術教養演習1(2025年夏期)『万国博覧会のランドマークにみる社会の変容と転換 ―大屋根リングの役割とはー』
芸術教養演習2(2025年秋期)『万国博覧会における展示への視点と社会の変容』
1.『博覧会の歴史 第1回ロンドン博物館から2025年大阪・関西万博まで』、あかつき教育図書株式会社、2024年 ※図鑑のため著者なし
2.松崎照明著『図解 はじめての日本建築 神社仏閣から住宅建築までをめぐる』、丸善出版、2023年
3.佐野真由子編『万博学 万国博覧会という、世界を把握する方法』、思文閣出版 2020年
4.太田喬夫・三木順子編『芸術展示の現象学』、 晃洋書房 2007年
5.松崎照明著『図解 はじめての日本建築 神社仏閣から住宅建築までをめぐる』、丸善出版、2023年
6. https://wired.jp/2020/02/20/building-high-rises-out-of-wood-can-help-save-the-planet/ 杉山まどか著 論文「『木造の高層ビル』が増えれば、気候変動にも対抗できる? 論文で示された木造建築の有用性」 MATT SIMON、2020年2月 (閲覧日2025,8.1)
7.https://www.expo2025.or.jp/expo-map-index/main-facilities/grandring/ EXPO2025大阪・関西万博公式Webサイト(閲覧日2025,8,1)



