
建築空間の創造的な利用について 内之浦宇宙空間観測所 Mロケット組立室
はじめに
鹿児島県大隅半島の東部にある内之浦(肝付町)には、日本初の人工衛星「おおすみ」や小惑星探査機「はやぶさ」を打ち上げた内之浦宇宙空間観測所(資1)がある。ここに、1966年に竣工し、増築や改修を繰り返しながら60年にわたり現在も使用され続けているMロケット組立室がある。立体的な幾何学模様の外壁をもつMロケット組立室は、70年代の近未来SFの雰囲気があり、ウルトラマン世代にはウルトラ警備隊(資2)の基地を連想させる。このMロケット組立室は、東京大学生産技術研究所の池辺陽(いけべきよし)により設計された建築であり、戦後モダニズム建築の隠れた傑作と言われている。本稿では、60年間も本来の目的のまま使用され続けているMロケット組立室を文化資産として評価し、類似する例として金沢21世紀美術館と比較し、建築空間と利用者のあり方について考察する。
1.歴史的背景と基本データ
東京大学生産技術研究所の糸川英夫のペンシルロケット(資3)から始まった日本のロケット開発は、1950年代には秋田県の道川海岸で発射実験が行われていた。しかし、ロケットの性能向上に伴い、落下区域の拡大などの問題から太平洋側に新たな実験場を作る必要が生じた。そこで、日本全国の太平洋側に面した候補地を調査した結果、1961年に鹿児島県内之浦町が選定され、1962年に内之浦宇宙空間観測所が開設された。1970 年には、ここから日本初の人工衛星「おおすみ」が L-4S ロケット5号機で打ち上げられ、その後も1985年にハレー彗星探査試験機「さきがけ」「すいせい」がM-3SII ロケットで、2003年には小惑星探査機「はやぶさ」が M-Vロケットで打ち上げられるなど多くの科学衛星が打ち上げられてきた。2013 年からはイプシロンロケットの射場として利用されている。Mロケット組立室(以降、M組)は、これらロケットの組立・点検整備を行うために作られた施設である(資4、資5)。
ロケットの組立・点検整備を行うM組には、巨大な内部空間と可動性(大きく開放できる扉など)の両立が求められた。また、将来のロケットの大型化にも柔軟に対応できることが求められた。さらに、高温多湿な気候、風速70mの風圧、潮風による塩害など厳しい環境条件や運搬条件などの地理的条件(資6)も考慮する必要があった。
池辺は、スペースフレーム構造の屋根と大型のカーテンウォール(資7)を組合せることでこれらの要求に答えた。まず、スペースフレーム構造(立体格子)の屋根を4本の柱で支える構造とすることで巨大な内部空間を実現した。4周の壁は大型のカーテンウォール方式をとった。大型のカーテンウォールは長さ12.80mあるが、工場で1.92m角のアルミニウムキャストのユニットを製作し、それを現地に輸送し現地にて連結する方法をとった。重量の大きなアルミニウムキャストのカーテンウォールは、耐風圧力に有利な立体トラス壁面を形成するとともに、連続梁として構成されたスペーストラスの端部に鉛直荷重をかけることによって、トラス内の応力分布を平均化することに役立っている。このユニットは大型の扉にもそのまま利用している。スペーストラスも、ユニットに分解して工場で製作し、現地で組み立てて全体のフレームを構築した(資8)。
2.事例の評価する点
池辺は、「建築の目的は、ある定まった人間に対して、それに適応した建築を作ることではなく、建築と人間とが結びついたときに、そこに新たな人間が生じ、また建築自体もその人間によって変化するというダイナミックなプロセスであることを忘れてはならない。」(1)と、利用者との関係の重要性について述べている。また、「デザインというのはもともと結果としての形の問題ではなく、それを計画する、あるいは予測するということに本来の意味があり、その意味では歴史的に残されたデザインは、大部分はその結果であり、デザインそのものとは言えないからである」(2)とも述べており、建築家が「計画する、あるいは予測すること」がデザインであるとするならば、利用者がある目的を実現するために建築空間を利用することもデザイン活動であるといえる。
そして、M組の優れた点は、利用者がデザインの実践者としての役割を果たせていることである。実際にM組は、その時々のミッションに合わせて少しづつ形を変えてきた。例えば、1982年にはロケットの大型化(資9)にともない屋根をジャッキアップし高さをかせぐとともに柱を4本から6本に追加し横方向にも拡張する大幅な拡張工事を行なった(資10)。これを実現したのはモジュール化によってフレキシビリティを持たせた池辺の設計によるところが大きいが、解体して新しい建物を建てるのではなく、池辺の設計思想を理解し、それに沿った改修を実行した利用者の存在も大きい。
その後、2020年には持続可能なロケット組立空間を実現するため、空調負荷低減による省エネルギー化や耐風・耐水改修などが行われている。この改修では、従来の設計を維持するだけでなく、竣工当初の色彩を踏襲しつつもM型ロケット発射装置との調和を意識したり、方杖を青色に更新することでMロケット組立室の内部との連続性を保持するなどの積極的な色彩デザインの刷新にもチャレンジしている(資11)。
3.同様の事例と比較して特筆される点
同様の事例として金沢21世紀美術館の例を挙げて比較する。金沢21世紀美術館はSANAA(3)によって設計され、2004年に開館した現代美術の美術館である。この美術館は、現代美術を中心とする展覧会ゾーンと市民ギャラリーなどの交流ゾーンで構成されている。プロポーションの異なる大小の展示室は廊下を介して配置され、それらをまとめるように直径113mの円形の大屋根がかかっている。この展示室のプロポーションの決定には、美術館の学芸員が積極的に関わっているという。建築設計のかなり早い段階から建築家、学芸員、行政が意見をやりとりし、利用者の声が反映されているというのがこの美術館の特徴の一つである。
M組も利用者である宇宙科学研究のグループと池辺らの建築を計画するグループが研究者としての共通の立場で設計が進められており、設計段階から利用者が関わっていたという点が共通している。(4)
金沢21世紀美術館については、設計者の妹島が「使うってことがものすごく創造的なんだなということを学びました」(5)と述べているように、建物ができた後も学芸員や街の人々など利用者が美術館を発展させてきたことがわかる。そして、SANAA自身も展覧会やトークショーなどを通して設計思想を積極的に発信しており、建築空間と建築家・利用者の理想的な関係が築けている(資12)。
一方でM組は建設から60年経っており、1982年の大規模な拡張工事のときでさえ池部は亡くなっていた。そのため、設計者本人から設計思想などを直接聞ける機会は少なく、利用者は残された建築空間そのものと対話をしながら利用していくことが求められた。このような状況でありながら60年に渡り本来の目的で使用し続けられたことは特筆される点である。
これは、池辺が「人工のものには、それをつくった人間が存在している。建築と人間との対話は、単に物と人間との対話ではなく、ものを通じて、それを作った人間とそこにいる人間との、人間同士の対話に問題が発展するからである。」(6)と述べているように、歴代の利用者も建物を通して池辺と対話し、その利用者によって建物自身も発展してきた結果であるといえる。
4.今後の展望
M組60年の歴史には、宇宙3機関統合やM-Vロケットの廃止など(資13)多くの試練があったが、今後もペンシルロケットから続く固体ロケットの伝統を受け継ぎ、困難を乗り越えてイプシロンSロケットやその後継機の開発が進められていくだろう。そして、それらロケットの組立・点検整備を行う施設として、今後もM組が変化・発展していくことが期待される。
5.まとめ
Mロケット組立室も金沢21世紀美術館も建築家のフィロソフィや設計思想を理解し、建築の持つポテンシャルを最大限発揮する利用ができている好例である。建築に限らず、すべての創作物にはミッションがあり、そのミッションの達成に向けて活動することに本来の意味がある。そして、ものを作ることだけが創造的なのではなく、ミッション達成に向けて利用していく過程もまたデザイン活動の一環であり創造的な活動といえる。
参考文献
註(1) 池邊陽『デザインの鍵』丸善株式会社、1979年
人間は変化のプロセスをもつ P.4
註(2) 『建築文化1995年3月号』彰国社、1995年、P.142
(産業デザイン1974年7月号 ヒューマンアセスメント)
註(3) SANAA(Sejima and Nishizawa and Associates)は、妹島和世(せじま・かずよ)と西沢立衛(にしざわ・りゅうえ)による建築家ユニット
註(4) 『建築文化1995年3月号』彰国社、1995年、P.151
M組をはじめとする内之浦宇宙空間観測所の建築群について「その最も重要な点は、宇宙科学研究のグループと、建築を計画する立場のグループが、単に一般的な注文者と、建築家という立場ではなしに共通の研究の立場において、設計の多くが進められた点にあるかもしれない。」と書かれている。当時、池辺らは東京大学生産技術研究所の所属であり、利用者である宇宙科学研究のグループも東京大学の所属であった。
註(5) SANAA Receives 2025 Royal Gold Medal for Architecture | RIBA Honours Sejima and Nishizawa
https://www.youtube.com/watch?v=q05SOpfGg-4 、7分20秒あたり
(2025年11月17日閲覧)
註(6) 池邊陽『デザインの鍵』丸善株式会社、1979年
建築が人間をつくる P.3
註(7) 国立京都国際会館
(設計:大谷幸夫、1966年完成、ウルトラセブン第14話『ウルトラ警備隊西へ 前編』に登場)
ウルトラ建設探訪記『ウルトラセブン』に見る高度成長期の建造物vol.08
https://www.youtube.com/watch?v=2NPEd4I2P_8(2025年11月17日閲覧)
註(8) 学習院大学中央教室/通称ピラミッド校舎
(設計:前川國男、1960年完成、ウルトラセブン第29話『ひとりぼっちの地球人』に登場)
ウルトラ建設探訪記『ウルトラセブン』に見る高度成長期の建造物vol.07
https://www.youtube.com/watch?v=5bPQ_iYLyJc(2025年11月17日閲覧)
註(9) 川添善行 『芸術教養シリーズ19 私たちのデザイン3 空間にこめられた意志をたどる』
京都芸術大学 東北芸術工科大学出版局 藝術学舎、2014年、P.48
註(10) 『内之浦宇宙空間観測所の50年』 1962〜2012 宇宙航空研究開発機構
新実験場設置について 糸川 英夫
東京大学生産技術研究所・所報 生産研究 第 15 巻 第 7 号より抜粋 P.22
註(11)池辺研究室『宇宙科学研究のための建築群 建築文化1966年12月号』彰国社、1966年、P.69
【参考文献】
・池邊陽『デザインの鍵』丸善株式会社、1979年
・池辺研究室『宇宙科学研究のための建築群 建築文化1966年12月号』彰国社、1966年
・建築文化編集部『池邊陽再発見 建築文化1995年3月号』彰国社、1995年
・磯 達雄 『未知の探究に応えた未知の建築 日経アーキテクチュア2018年8月9日号』日経BP社、2018年
・難波和彦『戦後モダニズム建築の極北 池辺陽試論』彰国社、1999年
・松浦晋也 他『昭和のロケット屋さん』エクスナレッジ、2007年
・二川幸夫『妹島和世+西沢立衛読本ー2005』エーディーエー・エディタ・トーキョー、2005年
・大下健太郎『21世紀のミュージアムをつくる 金沢21世紀美術館の挑戦 美術手帖2004年10月号増刊』株式会社美術出版社、2004年
・NEC「人工衛星のなぜを科学する」製作委員会『改定新版 人工衛星の”なぜ”を科学する』アーク出版、2025年
・『ISASニュース No.10 1982.1.』宇宙科学研究所(文部省)、1982年
・いわた慎二郎『ロケット発射場の1日』講談社、2017年
・宇宙航空研究開発機構 広報部『宇宙開発を支えるロケットがわかる!ロケットガイドブック』、2025年
・イプシロンロケットプロジェクトマネージャ森田 泰弘『イプシロンロケットの開発状況及び打上げ準備状況について』宇宙航空研究開発機構、2013年 5月21日
・JAXA施設部『100年射場を目指して 内之浦宇宙空間観測所 Mロケット組立室の挑戦』JAXA/宇宙航空研究開発機構
https://stage.tksc.jaxa.jp/shisetsu/facilities/usc/M_rocket/index.html
(2025年11月17日閲覧)
・DNP 大日本印刷株式会社
ソリューション/製品・サービス>コラム・記事>カーテンウォールとは? 活用事例や特徴、分類を紹介
https://www.dnp.co.jp/biz/column/detail/20176315_4969.html#cp1
(2025年11月17日閲覧)
・伊藤拓海研究室
構造デザインの講義【トピック8:立体構造のデザインを科学する】第1講:立体トラスの力学とフォルムの可能性
https://note.com/tus_ito_labo/n/ndbd56b063e49
(2025年11月17日閲覧)
・建築学生が学ぶ構造力学
立体トラスとは?1分でわかる意味、メリット、建築物の関係、メーカー
http://kentiku-kouzou.jp/kouzoukeisan-ritaitorasu.html
(2025年11月17日閲覧)
・トラス構造とは?1分でわかるメリット、デメリット、計算法
http://kentiku-kouzou.jp/struc-torasu.html#google_vignette
(2025年11月17日閲覧)
・宇宙航空研究開発機構>組織情報> 事業所・施設> 内之浦宇宙空間観測所
https://www.jaxa.jp/about/centers/usc/index_j.html(2025年11月17日閲覧)
・Epsilon Launch Vehicle ユーザーズマニュアル 2018年7月A改訂版 宇宙航空研究開発機構
https://www.jaxa.jp/projects/rockets/epsilon/pdf/EpsilonUsersManual.pdf
(2025年11月17日閲覧)
・宇宙科学研究所>打上げ用ロケットM-3SII
https://www.isas.jaxa.jp/missions/launch_vehicles/m-3s2.html
(2025年11月17日閲覧)
・イプシロンロケット 試験機プレスキット 平成25年9月13日版
https://fanfun.jaxa.jp/countdown/epsilon/files/presskit_epsilon_j.pdf
(2025年11月17日閲覧)
・【美術館への誘い】2-4. 金沢21世紀美術館:SANAA / 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa
https://www.youtube.com/watch?v=fdh7V80QZS8
(2025年11月17日閲覧)
・打上げ用ロケット M-V
https://www.isas.jaxa.jp/missions/launch_vehicles/m-v.html
ホーム>ミッション>打上げ用ロケット>M-V
(2025年11月17日閲覧)
・イプシロンを世界一のロケットへ ~少し高い目標を達成し続け、国際競争力を追求
イプシロンロケットプロジェクトマネージャ 井元 隆行
https://www.rocket.jaxa.jp/column/pickupInterview/epsilon_interview.html
(2025年11月17日閲覧)
・いつでもどこでも使えるロケット設備
イプシロンロケットプロジェクトチーム 主任開発員(自動・自律点検システム担当)広瀬健一
https://www.jaxa.jp/article/special/epsilon/hirose_j.html
(2025年11月17日閲覧)
・JAXAデジタルアーカイブス
https://jda.jaxa.jp/
(2025年11月17日閲覧)











