
災害を超えて住み継ぐ町 八女福島の町並み保存活動
1.はじめに
福岡県の南部に広がる八女市の中心部、八女市福島地区(以下、八女福島)の町並み保存活動は1992年、ある新聞記者の呼びかけによる勉強会で始まった。前年にこの地区を襲った台風が甚大な被害をもたらし「町並みが失われる」という危機意識を持った地域住民たちは自主的に勉強会に参加した。
全国各地で進められている歴史的町並みの保存活動の成立過程や運営形態は一様ではない。特に重要伝統建造物群保存地区(以下 重伝建)での活動は、行政主導によるもの、重要な観光資源の保存を目的とするもの、制度指定を受けたことを契機とするもの、経済優先の開発による町並み破壊を抑制するためのものなど多様な類型が見られる。
本稿では八女福島を「災害を契機とする保存活動」と捉え、その形成過程を整理し、活動の特質を考察する。
2. 八女福島の町並みと保存活動の形成過程について
八女福島は1587(天正5)年に筑紫広門が築いた福島城の城下町として栄えたが、江戸時代(1620年)に久留米藩に統合され福島城は廃城となった。その後は久留米から豊後に通じる往還道を中心に交通の要衝として農産物や和紙、矢、提灯、仏壇等手仕事の産物の集散地、在方町として繁栄した。近世城下町を起源とする在郷町として白壁土蔵造りの町家、短冊状敷地、堀割を継承する水路、屈折した街路等で構成される。近代には商業町の機能は失ったものの戦災や高度経済成長期の開発の影響を免れ、居倉や白壁土蔵作りの伝統的建物が旧往還道路沿いに連続して並び、商家町の景観を特徴とする歴史的町並みの構造を現代まで良好に残してきた。
しかし1991年の超大型台風17号・19号及び集中豪雨により一部の町家や土蔵が甚大な被害を受け、解体や近代的建替えが進行する危機的状況に直面した。
被災後、住民の間では「このままでは町が失われる」という危機意識が共有され、この災害が町並みの価値を抽象的な文化財としてではなく、生活の基盤としての具体的価値として再認識する契機となり、1993年には住民主体の保存組織が結成された(1)。その後は町内会を基盤とした話し合いを通じて合意形成が進められ、修理や修景が実践として積み重ねられていった。1990年代後半には、建築士や職人、研究者といった専門家が地域に参画し、伝統構法に基づく修理技術が導入され、住民の保存実践能力が高まった(2)。1999年には『八女福島 まちなみ修理・修景マニュアル』(3)が発行された。これは2003年には官民連名による『八女福島のまちづくり』(4)に改訂され、現在も市民、建築家、職人、行政が共有する「まちづくりの参考書」として活用されている。
これに先立つ1988年、地区の中心に位置する「旧木下家住宅」(5)が八女市に寄贈された。1991年修復・整備され、町並みの拠点「堺屋」(6)として一般公開されている。この事業は、八女市が行政として伝統的建造物と町並みの公共的価値を認識し、保存への取組を開始する契機となった。市は1995年「街なみ環境整備事業」(7)を導入し、1996年9月「伝建保存対策調査」を実施した。こうした動きを背景として2002年に八女福島は重伝建地区に選定され、国の制度的支援を受けるに至った。
八女福島の町並み保存活動は、災害という緊急事態への対応として立上がり、その形成過程で住民や行政が町内会や保存会などの地域組織を通じて連帯しながら具体的な行動を展開した。合意形成の模索、修理・修景の試行、建築家や職人との協働など様々な実践を積み重ねていった点がその活動の特徴として評価できる。
3. 八女福島の町並み保存活動の特徴と評価
(1)災害を契機とした保存活動という類型、他類型例との比較
わが国における町並み保存活動は京都、妻籠、高山等で1960年代に始まった。各地の保存活動では観光振興型や制度整備先行型に類型される事例が多い。ここでは八女福島の「災害契機型保存」活動の特徴を明確にするため、倉敷美観地区の「観光振興型保存」及び川越一番街の「制度整備先行型保存」との比較を行う。
倉敷美観地区は日本を代表する観光名所のひとつであり、倉敷紡績の大原孫三郎や著名文化人の努力により歴史的環境は早期から保全され、観光地形成を目的とした町並み整備が進められた(8)。「観光振興型保存」では景観の統一性や町並みの視覚的完成度が重視される。そのため保存の主体は行政や観光関連組織が中心となる。特定の時代像に統一された景観保全が最優先され、まちづくりや保存活動の基準も明確である。活動の行動規範は画一的で定型的になる傾向がある。(1979年 重伝建地区選定)
小江戸の名と蔵造りの町並みで広く知られ、今では多くの観光客を集める川越一番街は、1970年代に首都圏特有の急激な都市化と人口の流入、モータリゼーションの波(9)によって古い町並み保存の制度や景観に関する対策・計画が早期に整備された。1977年に川越市は伝建調査を開始し保存への法的根拠の整備に着手するが、住民の十分な理解や合意を得るには至らず条例化や重伝建地区選定を断念した。1987年に住民、若手商店主、専門家、行政が対等な立場で参加する「町並み委員会」が発足し、改めて「一番街町づくり規範」が策定されたことで制度と現場の実践が結びつき、現在に至る町並み形成が本格化した。そして1999年の重伝建地区選定までには更に約10年の年月が必要となった。約20年間の時間差は「制度整備先行型」の保存活動において、理念や規範が住民の生活実感と乖離した場合、活動が実質的に停滞し得ることを示している。
八女福島の「災害契機型保存」の最大の特徴は保存の出発点が理念や制度ではなく被災という切迫した現実である点にある。そのため保存活動は、住民にとって外在的規範ではなく日常生活の延長として受け止められる。また、初動段階で形成される地域内合意は後の制度導入に際しても住民の主体性が維持される基盤となる。この点が八女福島の活動が「災害契機型保存」の典型例と位置づけられる。
(2)文化的景観条例の制定と町並み保存運動
災害を契機とした保存活動は、生活の再建を目的とした修復の積み重ねを通じて八女福島の町並み全体を「人々の暮らしと歴史的環境が相互に作用して形成されてきた空間である」と明確に理解することとなった。八女市は、2001年に「文化的景観条例」を制定し「美しい景観まちづくりは、地域の自然、歴史、文化と市民の暮らし、経済活動の調和を大切にし(一部略)、市、市民及び事業者が役割を認識し、相互の理解と連帯のもとに、協働して行う」(10)ことであると明示化した。国が文化財保護法改正で文化的景観を文化財の一領域と正式に位置付けるのは2004年のことで、八女福島の町並み保存の日常的な営みや修復の積み重ねの中で、文化的景観という概念を実践的に先取りしたのである。
4.八女福島のこれからの町並み保存活動
近年の八女福島では、空き家の再生・活用が重視されている。歴史的建造物の外観や空間構成を尊重しつつ住居、店舗、工房、事務所、宿泊施設等への用途変換を行うリノベーションと、それを活用した移住者の積極的な受け入れである。新たな居住者や担い手を迎えるために、空き家の斡旋、所有者の相談、修理・修景への専門家の派遣、補助や支援等の環境が整えられ(11)、ここにも住民、NPO、八女市の協働により多種多様な関与が継続している。(12)
生活の継続を通じて結果として町並みが維持されるという発想は、近年になって突然生まれたものではなく「町や家は人が生活してこそ守られる」という、1991年の災害復旧期から一貫して共有されてきた理念の延長線上に位置づけることができる。
空き家の観光的活用、特に既存建築を転用した宿泊施設(NIPPONIA HOTEL 等 (13))の整備も町並み保存の新たな段階として位置づけることができる。ただし、これを観光強化そのものとして評価するのではなく、居住と保存を支えるための仕組みの一つとして捉える視点が重要である。
5.おわりに
近年、頻発する地震や豪雨・水害、さらには火災によって歴史的な町並みが一瞬にして失われる事例が各地で相次いでいる。八女福島の町並み保存活動は災害を未然に防ぐための対策ではない。しかし被災後の生活再建の中から美しい景観まちづくりができるという八女福島の経験は、今後の町並み保存のあり方を考える上で重要な示唆を与えるものと考えられる。
参考文献
【註】
(1)1993年「八女本町筋を愛する会」が発足。
1994年「八女ふるさと塾」発足。町並みの暮らし調査実施、「天神さん子どもまつり」を復活
1994年「八女福島伝統的町並み協定運営委員会」が組織された。(現在の「八女福島町並み保存会」)
1995年 住民・行政が連携した「八女福島町並み保存会」が発足した。
(2)2000年 八女市の呼びかけで建築集団育成を目的としたNPO法人「八女町並みデザイン研究会」(建築士、工務店、職人等の組織)が誕生した。
(3)『八女福島 まちなみ修理・修景マニュアル】1999年7月八女福島伝統的町並み協定運営委員会発行 町並みの歴史・特徴(八女福島の町家の類型・意匠等)、保存活動と修理・修景や新築の基礎知識、補助申請について詳細に説明されている。全22ページ
(4) (3)は、2003年3月に改訂され『八女福島のまちづくり ーまちなみ修理・修景マニュアルー』として「八女市建設経済部都市計画課」と「八女福島町並み保存会」の官民連名の発行となった。本冊子の位置付けとして「八女福島固有の町並み保存整備をみなさんと協力して進めていくための『参考書』」と明記されている。改訂前に加え、町並み保存の支援体制、修理・修景の許可基準・申請・助成が詳細になり、多くの写真による意匠デザインカタログと保存地区建造物のカタログが追加された。全22ページ。
(5)旧木下家住宅」の寄贈 江戸時代から酒造業や林業で栄えた豪商・木下家の旧邸宅(1908年完成)を当時の所有者木下和男夫氏が八女市に寄贈した。
(6)「堺屋」(八女市指定文化財)は保存地区の中心部にあり、一般公開されており和室は貸室としてコンサート等各種催事や祭事で利用される。
(7)市は「街なみ環境整備事業」(当時建設省)を1993年から検討を始め1995年に導入。重伝建選定に向けて取組みを開始した。
(8)1968年全国に先駆け「倉敷市伝統美観保存条例」制定。 江戸時代の商家の佇まいを中心とした「倉敷らしい景観」を保存の対象としている。
(9)川越市人口は東京のベッドタウンとして急増(1970年17万人が1990年30万人に)また、1971年関越道川越IC開通等モータリゼーションにより市街地が拡大し、旧市街地が衰退した。
(10)八女市文化的景観条例 第2条:基本理念 「美しい景観はまちづくりという概念を「地域の自然、歴史、文化と市民の暮らし、経済活動の調和」にあるとし、「市、市民及び事業者が役割を認識し、相互の理解と連帯のもとに、協働して行う」より抜粋。
(11)八女福島の「空き家の再生・活用」は「八女福島町並み保存会」の「空き家活用委員会」が中心となり八女市都市計画課(行政)と協働し、NPO「八女町並みデザイン研究会」が調査・設計・施工を担うことで取り組んでいる。
(12)空き家の活用には空き家の現状により事業の主体を空き家の所有者、NPO、行政など多様な手法で対応可能な仕組みがある。
(13)NIPPONIA HOTEL 重伝建地区の建物をリノベーションした宿泊施設。客室、フロント、食堂等の設備が点在することで町全体を一つのホテルと見立て、利用者は町並みを歩いて回遊する。
【参考文献】
文化庁編『歴史と文化の町並み辞典』、中央公論美術出版、2015年
中島 晃著『景観保護の法的戦略』、かもがわ出版、2007年
日本建築学会編『景観まちづくり』、2005年、丸善
西村幸夫著『西村幸夫 風景論ノート』、鹿島出版会、2008年
八女市建設経済部都市計画課・八女福島町並み保存会編『八女福島のまちづくり まちなみ修理・修景マニュアル』、八女市・八女福島町並み保存会、2003年
白水高広著『福岡 八女福島 まつづくりの記録』、うなぎの寝床、2014年
大河直躬・三舩康道編著『歴史的遺産の保存・活用とまちづくり 改訂版』学芸出版社、2006年
保岡孝之監修『「伝統の町並み」の歩き方』、青春出版社、2003年
河合 敦監修『日本伝統の町』、東京書籍、2004年
町井成史『全国重伝建紀行』、講談社、2024年
刈谷勇雅・西村幸夫編著『歴史文化遺産 日本の町並み』、山川出版、2016年
西村幸夫監修『別冊太陽 日本の町並みⅡ 』、平凡社、2003年
米山純一・森田俊隆著『歩きたい歴史の町並』、JTBパブリッシング、2010年
【閲覧ホームページ】
八女市ホームページ(https://www.city.yame.fukuoka.jp/index.html 最終閲覧日2026年1月25日)
全国伝統的建造物群保存地区協議会ホームページ( https://www.denken.gr.jp/archive/yame-yamefukushima/index.html 最終閲覧日2026年1月24日)
文化庁ホームページ(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/hozonchiku/pdf/r1392257_095.pd 最終閲覧日2026年1月24日)

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