未来につなぐ古代の記憶 – しだみ古墳群とSHIDAMU 

中井 隆也

1.はじめに
愛知県名古屋市の北東部に位置する守山区には、志段味(しだみ)と呼ばれる地区がある。その志段味地区の北東端、上志段味(かみしだみ)には「しだみ古墳群」という古墳の一大密集地がある。しだみ古墳群は近年の名古屋市と市教育委員会による計画的な保全活動により、現在では市民の憩いの場であるとともに、歴史教育の場としても重要な役割を担っている。本レポートでは、しだみ古墳群とその中核施設である「しだみ古墳群ミュージアム SHIDAMU(しだみゅー)」に焦点を当て、その特徴や課題、未来の展望について考察する。

2.しだみ古墳群の概要
上志段味は、岐阜県から愛知県にかけて流れる庄内川が濃尾平野に流れ出る場所に位置し、東には名古屋市の最高峰である東谷山を擁する地域である。ここ10年ほどで市街地としての開発が進み、幹線道路である県道15号沿いに多くの商業施設や住宅が建設された。一方で、地域の東から南にかけては東谷山から連なる広大な森林が広がる自然豊かな地域でもある。
この上志段味には、東谷山のふもとから庄内川に沿って広がる河岸段丘上に「しだみ古墳群」と呼ばれる古墳群が存在する。東西1.7km、南北1kmの狭い範囲に、名古屋市内に存在する古墳の3分の1に相当する66基もの古墳が存在していたことが確認されており、33基の古墳が現存している。

3.「歴史の里」構想
しだみ古墳群には4世紀前半から6世紀末までの築造年代の異なる古墳が存在する。古墳時代の縮図ともいえる歴史的価値から、昭和56年には上志段味地区を「歴史の里」として整備する計画が名古屋市の文化財調査委員会から提案され、発掘調査や研究が進んだ。それから約30年後の平成26年には名古屋市教育委員会が中心となり、庄内川から東谷山までの地域を対象に、古墳群とその周辺の自然環境の保全を目的とした「歴史の里基本計画」が策定された。
「歴史の里基本計画」では、「文化財・自然環境の保存」「歴史・文化の体感・体験」「過去と未来をつなぐ歴史・文化の拠点」「市民と連携し、協働する仕組みの形成」の4つが基本方針として掲げられている。この計画に則り、それぞれの古墳は周辺環境に配慮した保存が行われ、平成31年には古墳時代の生活を体感・体験できる施設「しだみ古墳群ミュージアムSHIDAMU」が開設された。

4.しだみ古墳群の評価
上志段味地域は、古墳時代において庄内川を用いた河川交通の要衝であったと考えられている。東谷山以東の「東の国」に至るまでの中継地として、ヤマト政権とのつながりを持つこの地の首長の墓が古墳時代の全時期に渡り築かれた。およそ300年に渡る古墳築造の変遷を一望することができる貴重な地域である。
しだみ古墳群について積極的に評価したい点として、この貴重な歴史資産が「歴史の里」構想に基づき計画的に保存・整備されている点が挙げられる。「歴史の里基本計画」では、しだみ古墳群を、初めて訪れる人を対象にした西エリアと、リピーターを対象とした東エリアに大きく二分し、西エリアでは都市部と地続きになるような近代的な整備と未認知層に向けたコンテンツの提供、東エリアでは豊かな自然環境を積極的に残す整備と愛好層に向けたガイドツアーなどが提供されている。
西エリアでは、築造当時の姿に復元され階段の設置など近代化な整備が施された志段味大塚古墳をはじめ、東大久手古墳、西大久手古墳、勝手塚古墳に気軽にアクセスすることができる。公園として整備されているため、走り回って遊ぶ子供たちでいつも賑わっている。
東エリアでは、その中でも比較的容易にアクセスできる認知層向けのコンテンツとして、国史跡白鳥塚古墳と東谷山白鳥古墳のガイドツアーが毎週開催されている。東谷山内の尾張戸神社古墳、中社古墳、南社古墳はまさに愛好層向けのスポットとして、自然豊かな風景と山頂からの雄大な眺めを体験することができる。
人々の生活と古墳、自然が共存する町づくりが提言され、東西エリアの住みわけという明確なコンセプトに沿って遺跡の保全が計画的に実行されていること、それ自体が当たり前ではない、かけがえのないものである。

5.特筆すべき点
しだみ古墳群の保全が計画的に進められる中で、しだみ古墳群ミュージアム「SHIDAMU」はその象徴的存在として注目に値する。SHIDAMUはしだみ古墳群のガイダンス施設として国内屈指の機能を備えていて、他の遺跡関連施設でも見られる展示室や体験学習室に留まらない(もちろん、それ自体が貴重なものではあるが)。
ミュージアムのエントランスをくぐるとまず目に入ってくるのが、メディアアーティスト岩井俊雄氏によって描かれた巨大壁画だ。古墳づくりに励む人々やそれを監督している為政者、祭礼の準備をしている人々、埴輪づくりにいそしむ職人、田植えをする様子や木登りを楽しむ子供たちなど、古墳時代の暮らしが生き生きと描かれており、やわらかいタッチの巨大な壁画は、これから古墳時代を体感するということを自然と実感させてくれる。
ミュージアム内を見渡すと、至るところに古墳の意匠があしらわれていることに気づく。前方後円墳の形をした机や椅子、「こどもこふん」と呼ばれる幼児用の遊具など、ミュージアム全体が古墳のテーマでデザインされていて、訪れる人に古墳を楽しんでもらおうという意図を感じ取ることができる。
エントランスの外にあるカフェ「MORI no UTA」の存在も重要だ。古墳探訪が目的でなくても、豊富なメニューと居心地のいい空間のおかげで普段使いをしたくなり、古墳の未認知層に対してミュージアムを訪れるきっかけを提供している。
以上に示すように、SHIDAMUの特徴は「古墳未認知層フレンドリー」に徹底していることである。「歴史の里」構想での提案の通り、初めて訪れる人に対しての敷居を下げるデザインが行き届いている。

6.課題点
一方で、愛知県内の他の遺跡との連携が不十分であることは課題である。清須市にある「あいち朝日遺跡ミュージアム」との連携による企画展や学習ワークブックの提供などが行われているが、更なる連携が課題として挙げられる。
庄内川を挟んで西側、しだみ古墳群からわずか3kmの場所に「高御堂古墳」という古墳が存在することを今回の調査の中で知った。現地を訪れると、隣接する高御堂公園では子供が元気に遊ぶ姿を認めることはできるが、古墳は公園の隅でひっそりと存在していた。
案内板によると、この古墳は尾張地方でよく見られる前方後方墳の貴重な一例であるとのことだが、名古屋市と春日井市という行政区分の違いからか、しだみ古墳群内では案内がない。しだみ古墳群からほど遠くない場所に、しだみ古墳群では見られない墳形の実例があるのにも関わらずである。

7.今後の展望とまとめ
愛知県内には、熱田神宮に属する断夫山(だんぷさん)古墳を始めとして多くの古墳が存在する。愛好家に向けた御墳印(御朱印の古墳版)といった取り組みもあるが、デジタル活用やゲーミフィケーションの観点を取り込み、古墳と古墳を結ぶネットワークを拡充すれば、認知がより進むのではないだろうか。高御堂古墳の事例も、名古屋市と春日井市が連携を強化し、観光資源として整備すれば新たな観光ルートの開拓にもなり得る。
今回、しだみ古墳群の調査にあたり古墳ガイドツアーに初めて参加した。毎週開催されているガイドツアーは「歴史の里マイスターの会」というボランティア団体によって支えられており、有志による地道な認知活動が文化の継承を担っていることに感動を覚えた。
古墳は、そこにあると知らなければ見過ごしてしまうような静かな遺跡である。けっしてアイコニックな遺跡ではない。そこに古代から続く人々の歴史があったことを継承していくためには、行政だけでない市民の協力が必要不可欠である。私自身にできることは多くないのかもしれないが、古墳を知らない友人を誘ってしだみ古墳群を訪れることから始めたい。

  • 資料1_しだみ古墳群の地理情報_page-0001 しだみ古墳群の地理情報
  • 資料2_(⻄エリア)しだみ古墳群ミュージアムSHIDAMU_page-0001 (⻄エリア)しだみ古墳群ミュージアム SHIDAMU
  • 資料3_(⻄エリア)⼤塚・⼤久⼿古墳群_page-0001 (⻄エリア)⼤塚‧⼤久⼿古墳群
  • 資料4_(⻄エリア)勝⼿塚古墳_page-0001 (⻄エリア)勝⼿塚古墳
  • 資料5_(東エリア)国史跡+⽩⿃塚古墳・東⾕⼭⽩⿃古墳_page-0001 (東エリア)国史跡 ⽩⿃塚古墳‧東⾕⼭⽩⿃古墳
  • 資料6_(東エリア)東⾕⼭⼭頂3古墳_page-0001 (東エリア)東⾕⼭⼭頂3古墳
  • 資料7_⾼御堂古墳_page-0001 ⾼御堂古墳

参考文献

歴史の里しだみ古墳群について、https://www.rekishinosato.city.nagoya.jp/about.html、2026年1月20日閲覧
史跡志段味古墳群保存管理計画、https://www.rekishinosato.city.nagoya.jp/pdf/hozonkanrikeikaku.pdf、2026年1月20日閲覧
「歴史の里」基本計画 《概要編》、https://www.rekishinosato.city.nagoya.jp/pdf/rekisatogaiyou.pdf、2026年1月20日閲覧

年月と地域
タグ: