
継承デザインとしての甲冑工芸 ――株式会社大越忠製作所「ボトルアーマー」にみる異分野協働の可能性――
はじめに
少子化や生活様式の変化、さらには大量生産品の普及により、日本の伝統工芸は深刻な転換期を迎えている。従来の用途や儀礼、生活文化と密接に結びついて成立してきた工芸の多くは、その前提となる社会構造自体が変化したことで、存在意義を問われる状況にある。なかでも甲冑は、武士階級の消滅と近代化を背景に、実用性を完全に失った工芸分野のひとつでもある。
また一方では、用途を失ったからこそ、新たな価値創出の余地が生まれたとも言える。本研究では、埼玉県越谷市に拠点を置く株式会社大越忠製作所が手がける「ボトルアーマー」を事例に、伝統工芸を「過去の再現」ではなく、伝統的な要素を現代に合わせて「技術を再構築する」継承デザイン視点で捉えてみることとする。特に、本事例における異分野との協働に注目し、現代社会における甲冑工芸の可能性を考察していく。
1.基本データ
株式会社大越忠製作所(註1)は、埼玉県越谷市に工房を構え、三代にわたり「忠保」の甲冑制作に取り組んできた製作所である。越谷市は古くから金工や木工を中心とした職人文化が根付く地域であり、「越谷甲冑(註2)」として知られる甲冑制作技術が今日まで継承されてきた。
甲冑は、金工・漆工芸・木工・皮革工芸・組紐・京織物など、日本特有の高度な工芸技術を集約した複合工芸である。その制作工程はおよそ5,000にも及び、素材加工から装飾、組み上げに至るまで、極めて高い専門性と熟練を要する。甲冑は単なる防具ではなく、武士の精神性や美意識、さらには権力構造を象徴する文化装置でもあった。
同製作所の代表取締役であり、埼玉県指定伝統工芸士でもある大越保広氏(註3)にインタビューをすると、「常に挑戦する心を忘れず、初代より受け継いだ技術を継承しながらも、独自の手法と精緻な技術をさらに磨いていくことが信条」と語った。この姿勢は、保存一辺倒ではない、能動的な継承のあり方を体現していると感じずにはいられなかった。
2.本事例において積極的に評価する点
――視点の転換と異分野との協働による継承の再構築――
本事例で最も注目すべき点は、甲冑工芸を、異分野との協働によって再構築した点にある。
「ボトルアーマー(註4)」誕生のきっかけは、2011年の東日本大震災後の復興支援として寄せられた「東北のお酒の瓶に甲冑を着せることはできないか」という問い合わせであった。この突拍子もない発想に、臆することなく果敢に挑んだ大越氏のチャレンジ精神に拍手を贈りたい。
もともと忠保の甲冑は、経験に裏打ちされた技の確かさと、時代考証の入念さにおいては他の追随を許さないものだという。膨大な資料を調べ上げて細部にわたって検証・検討し、でき得る情報を甲冑作りに反映させているので、通常、甲冑一体の制作には約3か月を要する。
それゆえに「一升瓶に甲冑を着せる」という前例のない試みは、単なる縮小で対応するわけもなく、構造設計、重量配分、着脱方法など、ありとあらゆる工程の再検討が必要となった。
1年以上に及ぶ試行錯誤の末、誰でも簡単に一升瓶へ着脱させることのできる、たった3パーツを組み立てる構造(註5)の実現を可能にした。①まず脚の部分を守る『佩楯』を、②そして真ん中には胴の部分である『鎧』を、③最後に前立てを装着した『兜』を被せるだけだ。工芸技術を簡略化することなく、通常の江戸甲冑と変わらぬ工程と技法を用いた「ボトルアーマー」の完成だった。
それは、対象を「人」から「酒瓶」へと置き換えることで、技術の核心を保持したまま新たな用途を獲得し、甲冑工芸の「再構築」に成功した結果でもあった。
3.国内外の他事例との比較による特筆性
多くの伝統工芸が保存・復元、あるいは限定的な展示に留まる中、「ボトルアーマー」は明確に「商品」として市場と接続されている点でも特筆される。
はじめに述べたように国内では、少子化や生活様式の変化により、端午の節句に甲冑を贈るといった文化的慣習が急速に衰退している。その結果、甲冑市場は縮小し、職人の減少も深刻化している。
一方、海外では日本の甲冑が「サムライアート」として高い評価を受けている。
2012年の「ボトルアーマー」発売当初、人気の高い武将(武田信玄・直江兼続・伊達政宗・織田信長・徳川家康・上杉謙信)を取り揃え、インバウンド需要を狙った海外向け市場展開は何故か思うようには進まなかった。
その理由として、日本酒の一升瓶が海外では入手困難であるという、極めて実務的な問題に2年あまりの間、気づけなかったからだそうだ。
早速この課題に対し、大越氏らはワインボトルや日本酒四合瓶に対応したサイズへと設計を変更した。その結果、2014年には成田国際空港の免税店など新たな販路の獲得に成功した。
完全受注制作でありながら、近頃では年間500体をも超える注文を受けるまでに至っているという事実は、伝統工芸が現代市場に適応し得ることを示している。
4.今後の展望
――甲冑鍛刀靴ベラや武将駒という次なる継承のかたち――
「ボトルアーマー」の誕生は、甲冑技術を応用する可能性を大きく広げた。
東京ビッグサイトで開催されたギフトショーでは、「東京手仕事」プロジェクトの関係者の目に留まり、日本を飛び出し、フランスでの展示会出展へとつながった。
「東京手仕事(註6)」とは、東京都および東京都中小企業振興公社が、東京の伝統工芸品を現代の消費者に向けた新しい商品として開発し、国内外にその魅力を発信していく取り組みのことだ。
この好機は紛れもなく、「ボトルアーマー」をきっかけに異分野の視点が新たな評価軸を生み出した好例である。
さらに、大越氏は甲冑制作のノウハウを生かし「東京手仕事」プロジェクトで出会ったデザイナーと共に、本物の刀の長さ・重さに拘り抜いた「甲冑鍛刀靴ベラ(註7)」や鎧を纏った駒「武将駒(註8)」といった新作にも取り組んでいる。
伊達政宗、徳川家康、真田幸村の鎧を纏った「武将駒」は、回転することで糸が広がる構造を持ち、遊びと祈りを内包した縁起物としての価値を備えている。甲冑の「守る」という思想が、遊具という全く異なる分野へ転写されている点は、継承の新たな段階をも示せたのではないだろうか。
5.まとめ
株式会社大越忠製作所による「ボトルアーマー」は、甲冑工芸を単に保存や「過去を再現する」対象としてではなく、異分野との協働による継承デザイン視点で、現代社会に思想と「技術を再構築」した点に大きな意義がある。
甲冑工芸は、近代以降その実用性を完全に失い、博物館展示や節句飾りといった現代生活との接点は限定的で希薄になってしまったかもしれない。また国内の少子化という状況にも抗えず、市場価値縮小という課題を抱えてきたのも事実である。
こうした状況に対し、「ボトルアーマー」は、酒という祝祭性・贈答性・嗜好性を併せ持つ分野と結びつくことで、甲冑が本来内包してきた「守る」「祈る」「威厳を示す」「場を祝福する」といった思想的価値を、日常的かつ現代的なデザインへと再構築することに成功したのだ。
異分野と柔軟に協働し、対象を「人」から「酒瓶」へと転換しただけでなく、職人魂を貫き、伝統技術を決して簡略化しなかった結果、再び現代社会で息を吹き返した甲冑工芸。
「ボトルアーマー」は、甲冑工芸の現代的な継承を成功させた好事例に留まらず、日本文化を世界へ届けるための象徴的な「武器」となり得る可能性をも体現したのだ。
参考文献
(註1)株式会社大越忠製作所 忠保の甲冑 https://tadayasu.co.jp/company/ 2026年1月29日 最終閲覧
(註2)越谷甲冑 越谷市公式ホームページ https://www.city.koshigaya.saitama.jp/citypromotion/rekisibunka/dentokogyo/kattyu.html 2026年1月29日 最終閲覧
(註3)大越保広氏 匠の紹介 https://tadayasu.co.jp/takumi/ 2026年1月29日 最終閲覧
(註4)ボトルアーマー 株式会社ZIPANG公式 http://www.zpg.jp/ 2026年1月29日 最終閲覧
(註5)ボトルアーマー 組み立て方 http://www.zpg.jp/%e5%be%b3%e5%b7%9d%e5%ae%b6%e5%ba%b7/ 2026年1月29日 最終閲覧
(註6) 東京手仕事 コンセプト https://tokyoteshigoto.tokyo/concept/ 2026年1月29日 最終閲覧
(註7) 甲冑鍛刀靴ベラ 東京手仕事 開発商品 https://tokyoteshigoto.tokyo/product/kachuto-kutsubera/ 2026年1月29日 最終閲覧
(註8) 武将駒 東京手仕事 開発商品 https://tokyoteshigoto.tokyo/product/busyo-goma/ 2026年1月29日 最終閲覧
・笹間良彦著 『日本甲冑大圖鑑』 柏書房株式会社 1988年6月20日 第1刷発行
・笹間良彦著 『日本の名兜』 雄山閣出版株式会社 昭和47年2月25日 限定1500部発行のうち(0351)
・山岸素夫,宮崎真澄著 『日本甲冑の基礎知識』 株式会社雄山閣 平成18年2月25日 新装版発行


