
ながしま造形美術展 〜40年続く地域固有の芸術が生み出す価値〜
はじめに
鹿児島県の最北端にある長島町には、40年にわたり続けられてきた「ながしま造形美術展(旧あづま造形美術展)」(以下本展)がある。2年に1度開催され入場無料で誰でも参加できる。その特徴は、島民自らが地域の自然素材や廃棄物を使ってつくる巨大造形物にある。集落や職場、学校・幼稚園でも創られ、未来の夢や現代社会を反映した造形物が80体以上出展される(1)。地域住民自らが制作の主体となり、国内の芸術祭ブームに先駆けて独自の発展を遂げてきた。本レポートでは、本展を単なる「町興しのイベント」ではなく、地域固有の素材を活用した芸術としての価値と、集団でつくる芸術活動が地域のコミュニティを強固なものにし、40年続いてきたプロセスを評価し、地域の文化資産評価報告書として報告する。
1.基本データと歴史的背景
1-1 基本データ
本展が開催される長島町は、鹿児島県の北西部に位置し、長島本島、伊唐島、諸浦島、獅子島ほか大小23の島々から構成される離島である。1974年に全長502メートルの黒之瀬戸大橋が架けられ陸つづきとなった。平成18年(2006年)に島を2分した隣町と合併し「長島町」となる。それまでは東町として「あづま造形展」及び「あづま造形美術展」を開催した。現在の人口は9,705名(令和2年)(2)、総面積は116.12平方キロメートル(3)である。
1-2 歴史的背景
本展の起源は、昭和52年(1977年)の旧東町時代に開始された「スターニック運動(Stir N.I.C Plan)」に始まる。町の、自然(Nature)、産業(Industry)、文化(Culture)の躍動(Stir)を合言葉に、町民所得の向上をめざした「貧乏からの脱却運動」だ(4)(5)。当時の飯尾裕幸町長(1913-1999)は、島内のインフラを整備し、県下96市町村中、91位の所得を10位(1987年)に上昇させた。しかし、物質的な豊かさは整いつつも、島からの出稼ぎ者は後を絶たず、次なる施策として「心の豊かさ」を希求した。運動の目玉で、活性化のヒントがあればどこへでも飛び回る、通称「ブラ勤」職員(ブラブラ勤務)が、東北地方の「かかし祭り」を参考に、1985年に第1回「あづま造形展」を開催した。島の未来を担う小・中学校の作品を中心に、かかしやお面、杉の葉でつくられた畜産牛の造形物など1万五千点が並んだ。広報誌は「素朴でほほえましく、教育の町を象徴している」(6)と評した。
1-3 歴史的背景:芸術(アート)への転換
第2回目(1987年)は新しい「村興しのイベント」として、PTAや公民館も出品して開催された。名称を「あづま造形展」から「あづま造形美術展」へと変更し、子供たち中心の催しから、地域住民に「芸術(アート)」への意識変革を促し、アーティストへと変容させる契機となった。大人の作品が増え、空き缶8,049個で作ったSL(蒸気機関車)や、杉の葉で創った高さ4mの鳳凰は観客の注目を集め(7)、巨大造形物への道筋へとつながる。長島町との合併後もこの精神は受け継がれ、2025年には第20回を迎え、40年の歴史を刻んでいる。
2.積極的に評価できる点
2-1 地域固有の芸術
本展の芸術的価値は、使用する素材の制約が生み出す創造性にある。作品は、杉の葉、ススキ、竹、ヒオウギ貝などの島の自然素材や、空き缶、ペットボトル、流木や漁網の廃材を利用して創られる。普段は農業や漁業に従事する住民が、それらを巨大な造形美術に仕上げる。たとえば、特産品であるヒオウギ貝とアコヤ貝の殻5,300枚と、1,000個の松かさを使った全長5mの「オランダ獅子頭(金魚)」(8)。ススキの穂6万本を使用した高さ6mの「ペガサス」(9)などだ。それらの造形物は、離れて見ただけでは素材が何かはわからないが、近くで見ると身近な材料であることに気付き、おどろきと感動が沸き起こる。地域の自然素材や廃材を大量に使い、新しい価値へと転換する独自の芸術は、専門的な芸術教育をうけていない人々により創られる地域固有の芸術として高く評価できる。
2-2 芸術活動が生みだす価値
芸術活動のプロセスは、作品そのもの以上に価値を生みだす。ほとんどの作品は、その大きさや緻密さから製作日数が数ヶ月に及び総出で行われる。創られた作品は、会場となる「太陽の里ピクニック広場」に集められ、コンテストとして優劣がつけられる。入賞作品は、島内の道の駅や観光名所に展示されるため、皆、入賞をめざしてより創造的な作品づくりを行う。
一般の部・PTAの部では、仕事が終わってからの夜間活動として行われる。普段は話す機会のない幅広い世代が、お互いに意見を出しあい、数ヶ月を同じ場所で過ごす。時には本展以外のイベントや、行政や家庭のことも話題となり、お互いの規範を高め強い絆を形成する。学校・幼稚園の部では、大人と共に制作にかかわることで、モノづくりの考えや技術の伝承が行われる。それらは、生きた芸術教育の実践の場となり、郷土愛の醸成に寄与している。これらのプロセスは、人と人との関係性を強くし、社会全体に有益な価値を生みだしている。
3.他の地域芸術事例との比較
3-1 アーティスト招聘型芸術祭との比較
日本の地域芸術祭は、2000年の「大地の芸術祭 越後妻有アート」(10)以降、外部からアーティストを招いて行う「アーティスト招聘型」が主流である。2010年から開催の「瀬戸内芸術祭」(11)も同様である。プロの作品を見ることができるという芸術的観点を入り口として、地域経済の活性化を目的としている。そのため、芸術を楽しむ視点から、滞在型で飲食や販売による地域の経済活動へと誘導する。著名なアーティストの招聘が必要なため、数億円単位の予算をともなうこともある。本展では、住民がアーティストとなり、地域資源を活用する低コスト型で、来場者は10万人規模となっており、高リターンな仕組みができている。
3-2 わらアート祭りとの比較
新潟市西浦区には、2008年から続く「わらアートまつり」(12)がある。2006年に米どころとして知られる同地域と武蔵野美術大学が協働して巨大な「稲わらアート」を制作したことに始まる。地域の農家と学生が協働しておこなう過程で、農家の伝統技術の伝承が行われるなど協働芸術としても高い評価を得ている。また、恐竜や動物など巨大造形のインスタレーション・アートとして、日本国内や海外へも技術展開される。本展とは、わらアートの出展数が例年5体から3体(2022年)に対して、毎回80体以上の出展があり、バリエーションの多さとともに規模の違いがある。
4.持続可能性の考察
4-1 制作負担の軽減
40年の歴史の中で、常に課題とされてきたのが制作側の負担である。「制作が大変だ」「今回で最後だろう」(13)という声は20年前から聞かれている。製作団体の統合や規模の適正化とともに、外部からのボランティアを制作のプロセスに組み込む仕組みが考えられる。たとえば、周辺自治体にある高校生向けの「巨大造形づくりキャンプ」や、モノづくり教室として「みんなでつくる巨大造形美術」などだ。単なる制作補助ではなく、共に汗を流して作品をつくる「体験」を外部に開放することで、新たな交流を生み出し、担い手不足の確保につながる可能性が考えられる。
4-2 島の無形文化資産をアーカイブする
作品の多くは、自然素材であるため保存が難しく数年で朽ち果てる。しかし、各集落ごとにつくられる製作技術やノウハウは貴重な島の無形文化財だ。それらの記録は、製作者が写真に撮るなど、バラバラに点在して体系化されていない。製作過程の整理やマニュアル化を進め、40年間の蓄積をアーカイブしたり、今後は3Dプリンターを使うなど、次世代へと継承していく仕組みが必要である。
さいごに
ながしま造形美術展は、「貧乏からの脱却」と「心の豊かさ」を求めた行政主導で開始されながらも、40年の歳月を経て地域固有の芸術へと成熟した希有な事例である。その本質は、巨大造形物への加工技術と視覚的な迫力以上に、地域の素材や廃棄物を芸術品へと転換する創造力と、制作プロセスが創りだすコミュニティの価値にある。外部のアーティストや多額の予算に依存せず、長年にわたり継続されてきた。本展は、現代アートが模索する土着的な成功例として、未来へとつなげていくべき地域の文化資産であると考え、文化資産評価報告書として報告する。
参考文献
【脚注】
(1) 第1回あづま造形展での出店数は15,000点、その後巨大造形美術へと転換し100から80前後の出展となる。資料4及び資料5に出店数、来場者数などを一覧。
(2) 長島町ホームページ「人口統計」より引用(参考文献1.)
(3) 長島町ホームページ「位置」より引用(参考文献2.)
(4) 旧東町の飯尾裕幸氏(1913-1999)が興した一大町民運動の名称。参考文献3.122頁に掲載。副町長 長岡勇二氏のインタビューでも聞かれた(資料6)。
(5) 旧東町で行われた町政「スターニック運動」で使われた合言葉。参考文献4.の8頁から引用。
(6) 旧あづま町広報誌に掲載された「第1回あづま造形展」の紹介記事の中に記載された内容を掲載。参考文献5. 6頁。
(7) 旧あづま町広報誌に掲載された「第2回あづま造形美術展」の紹介記事から引用。参考文献6、2頁に掲載。また、副町長長岡勇二氏のインタビューの中でも聞かれた(資料6)。
(8) 作品「オランダ獅子頭(金魚)」は 旧あづま町広報誌に掲載された「第8回あづま造形美術展」の紹介記事から引用。参考文献7.表紙。[資料 5]ながしま造形美術展年表2/2に広報誌画像を掲載。
(9) 作品「ペガサス」は旧あづま町広報誌に紹介された「第4回あづま造形美術展」の紹介記事から引用。参考文献8.表紙。[資料 5]ながしま造形美術展年表2/2に広報誌画像を掲載。
(10) 大地の芸術祭 越後妻有アート・トリエンナーレは、1994年新潟県知事により交流人口の拡大を図る「越後妻有アートネックレス整備構想」がきっかけとなり2000年に「大地の芸術祭」として始まった地域活性化芸術祭。参考文献9.これまでの歩みから。
(11) 瀬戸内芸術祭は、2010年から3年に1度、瀬戸内海の島々を舞台に開催される国際的な現代アートの祭典。参考文献10.。
(12) わらアートまつりは、2006年から新潟市西蒲区で発祥したアートまつり。参考文献11.。
(13) 「制作が大変だ」「今回で最後だろう」との声は、広報誌の製作者インタビューにたびたび登場する。隣町との合併を前にした「特集 過去・現在・未来の『造形美術展』全町民がアーティスト」の課題・展望に掲載された記事から引用。参考文献12.4頁。
【参考文献】
1.長島町ホームページ「人口統計」 https://www.town.nagashima.lg.jp/town/to0008/ (2025年11月7日閲覧)
2.長島町ホームページ「位置」 https://www.town.nagashima.lg.jp/town/to0002/ (2025年11月7日閲覧)
3.飯尾憲士『島に陽が昇るー元陸軍参謀町長と町民の奮闘記』集英社、1990年。
4.角間隆『小さな町の大きな挑戦ー陽が昇った島ー』ぎょうせい、1994年。
5.旧あづま町広報誌『広報あづま9月号 No275』 旧あづま町発行、1985年。
6.旧あづま町広報誌『広報あづま11月号 No301』旧あづま町発行、1987年。
7.旧あづま町広報誌『広報あづま11月号 No446』旧あづま町発行、1999年。
8.旧あづま町広報誌『広報あづま11月号 No348』旧あづま町発行、1991年。
9.大地の芸術祭ホームページ、 https://www.echigo-tsumari.jp/ (2025年11月20日閲覧)。
10.瀬戸内国際芸術祭2025ホームページ、https://setouchi-artfest.jp/(2025年11月30日閲覧)。
11.新潟市西蒲区産業観光課「わらアート祭り」サイト https://nishikan.org/waraart/ (2025年12月9日閲覧)。
12.旧あづま町広報誌『広報あづま11月号 No518』 旧あづま町発行、2005年。




