神社の祭礼行事に差される剣鉾についてー京都に特有の祭具

松浪 裕子

はじめに
剣鉾は神社の祭礼行事において神輿渡御とともに巡幸する祭鉾だ。神輿を先導した剣鉾が差されることにより、祭りの賑わいから神事の厳粛さへと場が変化する*1。差すという行為は特殊技能を持った鉾差しにより行われる*2。剣鉾について、そして剣鉾が差されることの意義について考察する。

1.基本データと歴史的背景
剣鉾という名称は、京都に特有の祭具を示す学術用語で1985年頃から普及した*3ものだ。飾りの形状から個別に菊鉾や犬鷹鉾などと呼ばれていたが、鉾先の形状から剣鉾と称されるようになった。剣鉾研究の先駆者・出雲路敬直による典型は「長い棹の上に鉾先(剣・剣先)をつけ、鉾先の根元には金属板を透かした飾りをつけ、鈴を釣り、吹散という長い比礼を垂らしたもので、その長さは二十尺に達するという。」*4「これを腰帯の前袋*5に立てて両手で支え、振りながら歩む。」*4ものだ。現在差されている剣鉾は、棹の長さが4‐6m太さは7㎝ほど、その先に2mほどの鉾頭(鉾先と飾り)が付き、1m弱の位置で支え、地面からの高さは8mを超える*6。これを振りながら歩むことで、剣先が撓り鈴が鳴る。このことを差すといい、支え撓らせ鳴らし進む技能を持つのが鉾差しである。
所在地は神社の近隣地域で、主に氏子が町内や組ごとに保持している。出す数は神社から独立した判断で毎年変わり、2015年は春秋合計で52社195本*7である。現在鉾差しは京都にのみ存在し4‐50人*8ほどだ。
今ある鉾の起源は、869年に卜部日良麻呂が勅をうけておこなった祭礼・御霊会において、神泉苑に建てられた66本の矛である*9とされる。このときの矛の役目は疫病消除鎮護である。疫病消除は古から伝わるもので、剣鉾が差される目的もこれらを継承している。矛はまた伊勢神宮の心の御柱のように神聖な柱を意味し、神の依り憑く依り代である。このため疫神を依せて集め鎮める役割を担う。そして矛は古代には貴重な金属製の長柄の武器であったが、平安時代に戦闘用の兵仗と分かれた儀仗は、刃をつけず装飾化され、神事芸能や祭祀の威容の付与*10に用いられた、鉾にはこの面もある。

2.他の同様の事例と比較して特筆される点
同じ起源を持つ祇園祭りの山鉾とは規模はとにかく知名度は市内でも大差があるが、音を鳴らし祭礼に巡行する、神社ではなく町衆が鉾町ごとに護持している、祭りに際し部材の状態から組立てる点が共通している。巡行の3‐7日前に組立てる山鉾に比し、剣鉾は当日朝に行う。そこに技能を要すのは同様だが、剣鉾は担当の*11鉾差し自らが組むことで命が吹き込まれ動き出すのだ。差す技に影響し、音の響きが紐の長さや掛け方*12で変わることが一例だ。大工方や囃子方と分業化され、巡行はもとよりすべてを多人数で行う山鉾との違いであって、差す剣鉾はひとりで行う身軽さが特筆される。
巡行の際、舁き鉾は轅を付けて舁くもの、曳鉾は車輪がついたもの、荷ない鉾はトラックの荷台等に積まれるもので、木枠なども使う。巡行はせず、神社の境内や鳥居の足元、鉾町の会所などに置かれる飾り鉾・居鉾や、休み鉾もある。これらは、差し鉾であったものの作り変えや、初めからそのように作られたもの*13がある。他の剣鉾との比較では、祭礼において差されることが特筆点である。
他県の祭礼に剣鉾の記録*14が残る。「本来、農村部で行われていた五穀豊穣を願う春祭りに、京都の剣鉾の形式だけが伝播した」*15という。地域の祭りとともにある点は共通しているが、神社が運営しているなども京都とは異なる。剣鉾は疫病を鎮めたいという願いを具現化した祭具*16であって、疫病の流行という厄災は農村部になく、京都盆地という都市部ならではであった。この比較では厄病消除の目的が継承されている点が特筆される。

3.積極的に評価している点
剣鉾を差すことが場の変化を促す点を評価する。年に一度の場を通して地域の共同性を更新するイベントのデザインとして、地域をめぐった賑やかな祭りの一体感を保ちながら、神輿を先導し神前に戻り、差すことに因って神聖な儀礼の厳粛さ荘厳さや畏敬の念を醸し出す。時間のデザインにより、西日を正面から受けて鉾頭が輝き、やがて薄暮となり、還御に相応しい場を創出する。境内に差された剣鉾は拝殿を回り、場に意味を付加する空間造形として、社殿よりも高く天を突く。*1
剣鉾は目的に適した造りであって、依り代となったあと速やかな退場や鎮護のための分解が出来る、そして広い範囲に向けての疫神勧請のための高さ・輝き・しなり・鈴の音のデザイン*17である。人々の高さへの感嘆はきわめて本能的な印象である*18し、空から響く小さくも確かな音*19は、高さや大音量に慣れた現代も集中力と想像力を高め促す効果があり、場の醸成につながる。
ひとりで捧げ持ち神前へ進む身軽さは、供奉の芸能であって神楽であり風流*20である。神楽は依り代を清め勧請する舞を指し、雅楽には鉾を持つ演目「振鉾」*21があるが、現在の東山系鉾差しには必ず左足からという作法があり*22、左舞*23との関連が想起される。鉾の呪術性はこの飛鳥時代の舞いにみられ、記紀神話からのもの*24でもある。風流は厄神際に出されるもので、やがて厄神勧請が花やかさを増し娯楽化される傾向*25となったが、剣鉾も江戸時代に曲差しとなった姿の記録*26がある。
このように剣鉾は、長い歴史で培われた日本文化の積層や精神性、時間の中で経た分岐点を内包し、継承している。そして錺職人による緻密な意匠やしならせるための素材*27、棹の蒔絵など京都の高い工芸技術を纏い、簡潔な凛とした姿は美的感覚に訴える芸術性がある。だからこそ剣鉾独自の効果*28をもたらすのである。評価する点*29がすなわち、剣鉾が差される意義である。

4.今後の展望について
「剣鉾が出ないと神輿が出せない」*30と、当家*31や鉾町には名誉や誇りの認識があり、氏子地域に鉾差しの居る地域とは違い、都市部では招く際の振る舞い*32がある。鉾差しにも「大切な剣鉾を差させて頂く」認識*33がある。近代は鉾差しの不足と差さない鉾への移行があるが、その要因は、担い手に職人の兼業者から会社員が増すことで、祭礼が週末*34となり春秋には集中日が続くことや、経済的な負担である。
現在の鉾差しの活動の中心は、技術だけでなく知識や態度を分け隔てなく伝える姿勢の八大神社剣鉾保存会*35である。鉾差しの居ない神社からも依頼を受け、集約し10社の鉾差し32名を振分け派遣している。根を踏む・まく・つたうで立てるため一基に3名が必要で、祭礼には最大で10基*36が出される。まさにぎりぎりの人数であるため、当代の危機感があり系統を越えての活動となっている。
神社ごとの違いもある鉾差しには、差し方や対象者の違う系統*37がある。ひとつだけの大集団ではないことが肝要だ。それぞれに誇りがあり主流や傍系や上下は無く、どこかが途絶えてもまた互いが復活できる助けとなるのだ。京都らしい町の人の自立や長い時間感覚は、今は休むを許す。近年6社の鉾差しが復活*38しており、一度無くなったように見えてもいずれ再開することが当然にある。当代や当家は、当事者であるより次へつなぐための当座の担い手*39という意味合いが強い。1150年余続く剣鉾は、変化を内包しながら今後も京都にあり続ける。

5.まとめ
剣鉾の現在は、起源からの目的を明確に継承し、ひとりの鉾差しにより神社の祭礼で差されている。その姿の中には経年の痕跡が蓄積されている。大切に培ってきた大事な道具であるとの認識は、地域に暮らす人々にあり*40、伝承の必要性を共有している。しかし個人の動機による活動に負っている面もある。
威容の付与*41が大型化や豪華な装飾や娯楽化に向くと、人々は集りやすい反面、関心は一過性のエンターテインメントとして消費される。それを否定でなく研ぎ澄ました剣鉾は、目を惹くだけでなく細やかな感応を生み、意識のありようの再確認を通して祭礼の場の変化を促す。醸成される畏敬の念は信仰的な意味よりも、自然に対するもの*42である。
互いの寛大さや許容量と自立は多様性の共存となる。依せて鎮め護る仕方の平安京の奥ゆかしさが、叩くことが主流のような時代の中では際立つ。今とは、誰かの続きであり誰かへ続いていくものだ。その今を確認できる機会となる、ここにも剣鉾が差されることの意義がある。

  • 81191_011_32483198_1_1_image1 (1) 〔図1〕差された剣鉾 春日神社の壱番鉾・鷹羽飾 2025年10月12日筆者撮影 京都市右京区春日神社
  • 81191_011_32483198_1_2_image0 (2) 〔図2〕春日神社境内西能舞台まえ、根を地に付け還御のときを待つ剣鉾(尚、神事の際は境内撮影禁止、境内に居る人は全員が目を伏せ身を低く保つ)左から、壱番鉾・鷹羽飾、弐番鉾・剣矢飾、参番鉾・扇飾(2025年当番鉾)、四番鉾・紅葉飾、五番鉾・藤飾 2025年10月12日筆者撮影 京都市右京区春日神社
  • 81191_011_32483198_1_3_image4 (1) 〔図3〕組み立てられた飾り(紅色の麻紐と鈴) 粟田神社の垣夕顔鉾 2025年11月24日筆者撮影 京都市東山区地域交流施設あわた
  • 81191_011_32483198_1_4_image6 (1) 〔図4〕2本の竹製剣挟みの組み方で剣先の撓り具合が変わる 鉾頭の分解図 筆者素描 粟田神社剣鉾奉賛会主催 『粟田祭の剣鉾差しー講演と実演』 2025年11月24日 京都市東山区地域交流施設あわた ほか参照

参考文献

【註】
*1 筆者観察による。【参加・取材】春日神社 神幸祭2025年10月12日 京都市右京区春日神社境内
*2 伊達仁美 「京都の剣鉾」 公益財団法人京都市文化観光資源保護財団 会報126号 『特集 京都の文化遺産の保存と継承3』 2019年 2025年12月閲覧 6頁
*3 京都市市民局文化芸術都市推進室 文化財保護課編 『京都市文化財ブックス第29集 剣鉾のまつり』 2015年 京都市市民局文化芸術都市推進室文化財保護課 80頁
*4 出雲路敬直 「剣鉾考」 『京都精華学園研究紀要・第9輯』 1971年 抜刷37頁
*5 東山系(後の段落にて言及)の鉾差しは腰帯と前袋が一体化した差革を使用する。帆布の帯となめし革による棹受けから成り、鉾差し個人の所有であり自ら製作する。なお棹の直径に合わせるアジャスターも革等で自作し携行している。 京都の民俗文化総合活性化プロジェクト実行委員会編 『京都の剣鉾まつり2「差革」編』 2012年 京都の民俗文化総合活性化プロジェクト実行委員会
*6 著者実測と聞き取り取材によるサイズ。 【参加・取材】粟田神社剣鉾奉賛会主催 講演、座談会、質疑応答、実演、体験 『粟田祭の剣鉾差しー講演と実演』 2025年11月24日 京都市東山区地域交流施設あわた
*7 春祭りに22社79本、秋祭りに30社116本。京都市市民局文化芸術都市推進室 文化財保護課編 『京都市文化財ブックス第29集 剣鉾のまつり』 2015年 京都市市民局文化芸術都市推進室文化財保護課 24‐25頁
調査の方法が違うためあくまで参考の値であるが、神社の数は増えている。1985年の調査では35社177本。京都市社会教育振興財団主催 展覧会図録 『京の祭の遺宝 剣鉾の伝統展』 1986年 京都市社会教育振興財団(正誤表による)、1987年の発表では37社2百数十本。山路興造「もう一つの鉾祭り」 『京都 芸能と民俗の文化史』 2009年 思文閣出版(1987年の再録)
*8 著者聞き取り取材による。 【参加・取材】粟田神社剣鉾奉賛会主催 講演、座談会、質疑応答、実演、体験 『粟田祭の剣鉾差しー講演と実演』 2025年11月24日 京都市東山区地域交流施設あわた
*9 66本は当時の国の数、今ある鉾には剣鉾も含む。 京都祇園・八坂神社に残る書物『祇園本縁雑実記』、勅撰国史『三大実録』 京都祇園八坂神社WEB、神泉苑WEB、国立公文書館WEB、出雲路敬直 「剣鉾考」 『京都精華学園研究紀要・第9輯』 1971年
*10 小島美子 他監修 『祭・芸能・行事大辞典』 2009年 朝倉書店、神田より子 俵木悟 編 『民俗小辞典 神事と芸能』 2010年 吉川弘文館
*11 招聘される場合は当日までどの鉾を差すのか明かされない場合もある。 筆者聞き取り取材(意向により個人名の記載は不可)
*12 使われる紐は麻製で、8-10mの長さがある。音の響きの他にも飾りの羽搏き方に影響がある。【参加・取材】粟田神社剣鉾奉賛会主催 講演、座談会、質疑応答、実演、体験 『粟田祭の剣鉾差しー講演と実演』 2025年11月24日 京都市東山区地域交流施設あわた
*13 福持昌之 講演 「粟田神社の剣鉾行事―歴史と特徴―」 粟田神社剣鉾奉賛会『粟田祭の剣鉾差しー講演と実演』 2025年11月24日 於 地域交流施設あわた
*14 京都の東隣の滋賀県野洲市冨派乙の生和神社、藤村和夫氏撮影・所蔵写真 芳井敬郎名誉教授古希記念会編 『京都学研究と文化史の視座』 2019年 芙蓉書房出版153頁
*15 江藤弥生「京都周辺地域における剣鉾のまつりー滋賀県野洲市の事例を中心にー」芳井敬郎名誉教授古希記念会編 『京都学研究と文化史の視座』 2019年 芙蓉書房出版 167頁
*16 京都市長門川大作「ごあいさつ」 2015年3月 京都市市民局文化芸術都市推進室 文化財保護課編 『京都市文化財ブックス第29集 剣鉾のまつり』 2015年 京都市市民局文化芸術都市推進室文化財保護課 1頁
*17 飾り部分の透かしは軽量化の工夫でもある。長さ重量は鉾差しが保持できる限界値に近い。境内の空間としては、広さは手狭なところがあるが、高さは無制限である。疫神はキラキラしたものに憑きやすいとのこと。筆者聞き取り取材(意向により個人名の記載は不可)
*18 川添善行 『新・私たちのデザイン3 高さのデザインー空間の豊かさに向き合う(芸術教養シリーズ31)』 2025年 藝術学舎 215頁
*19 アクースマティックでもある。R.スクルートンによる音楽哲学用語 A.ハミルトンによりサウンド・アートの分析の議論がなされている。
*20 本田安次による芸能の分類。本田安次 『図録 日本の民俗芸能』 2013年 日本図書センター(底本1960年 朝日新聞社 の復刻)
*21 出雲路敬直 「剣鉾考」 『京都精華学園研究紀要・第9輯』 1971年 抜刷45頁
*22 筆者聞き取り取材(意向により個人名の記載は不可)
*23 雅楽の番舞のひとつ、大陸伝来の舞で左足から舞うのが特徴。
*24 天沼矛(あめのぬほこ) 『古事記』、天之瓊矛『日本書紀』を指す。
*25 本田安次 『図録 日本の民俗芸能』 2013年 日本図書センター(底本1960年 朝日新聞社 の復刻)20頁
*26 福持昌之講演スライドによる 図版 寛政9年「粟田口天王祭」の場面 『伊勢参宮名所図会』 1797年、「粟田神社の剣鉾行事―歴史と特徴―」 粟田神社剣鉾奉賛会『粟田祭の剣鉾差しー講演と実演』 2025年11月24日 於 地域交流施設あわた
*27 銅と亜鉛の合金。伊達仁美 『剣鉾の制作技法に関する研究』 2025年11月閲覧https://kaken.nii.ac.jp/report/KAKENHI-PROJECT-24652176/24652176seika/ 2015年
*28 場の変化を促し、還御に相応しい場を創出することを指す。
*29 評価している点は、特筆点とした「差し鉾はひとりで行う身軽さ」「祭礼において差されること」「厄病消除の目的が継承されている」の3点により、もたらされている。
*30 西院昭和風土記刊行会 編 『西院昭和風土記』 1990年 西院昭和風土記刊行会 230頁
*31 とうや、鉾町のその年の当番にあたる家、家主のこと。
*32 もてなし。山路興造 『京都 芸能と民俗の文化史』 2009年 思文閣出版 152頁
剣鉾のために鉾町共有の鉾田・畑からの収益を充てていた。西院昭和風土記刊行会 編 『西院昭和風土記』 1990年 西院昭和風土記刊行会
経済的な代金という意味は薄い、門付けや托鉢に対するように感謝の念とないがしろにする場合のリスクを鑑みたもの。鈴木裕之講義「口承文芸の生命力」『文明哲学研究所セミナー芸術研究の世界#29』2026年1月13日京都芸術大学人間館NA102
*33 鉾差し側も先々代ころまでは過剰な宴席の要求をするものもいたという。三夜に渡る飲食の接待や鉾指料が収入であった。【参加・取材】粟田神社剣鉾奉賛会主催 講演、座談会、質疑応答、実演、体験 『粟田祭の剣鉾差しー講演と実演』 2025年11月24日 京都市東山区地域交流施設あわた
*34 春日神社は10月15日に行われていたが現在は10月の第2日曜日。 境内駒札と由緒略記による【訪問・取材】春日神社2025年11月20日2026年1月1日 訪問 京都市右京区
磐座神社は10月23日に行われていたが現在は付近の土曜日。【訪問・取材】磐座神社2025年12月15日訪問 京都市左京区
*35 京都市左京区一乗寺、【参加・取材】粟田神社剣鉾奉賛会主催 講演、座談会、質疑応答、実演、体験 『粟田祭の剣鉾差しー講演と実演』 2025年11月24日 京都市東山区地域交流施設あわた
*36 春日神社は5基、磐座神社の場合は朝神事と昼神事にそれぞれ5基が出される。
*37 主なものは東山系・梅ケ畑系・嵯峨系・鞍馬系である。京都市市民局文化芸術都市推進室 文化財保護課編 『京都市文化財ブックス第29集 剣鉾のまつり』 2015年 京都市市民局文化芸術都市推進室文化財保護課 14‐15頁                                     対象者は、粟田神社ではどなたでも、吉田神社は「吉田地区にお住まい、親戚などの縁者、お勤めなど、吉田地区にご縁のある方」とされている。【訪問・取材】粟田神社2025年11月24日訪問 京都市東山区、吉田神社および太元講社社務所2025年12月1日訪問 京都市左京区
*38 磐座神社は約60年間休んでいた。粟田神社、大豊神社、吉田神社、北白川天神宮、新日吉神宮、磐座神社の6社。
磐座神社の事例については、京都市左京区公式サイト「思いがつなぐ左京の伝統行事」動画2024年度撮影 2025年11月閲覧 http://www.youtube.com/watch?v=-qb9KiOP84k に詳しい。
*39 鷲田清一 クロストーク「ひとの集まる場所の未来」ロームシアター“いま“を考えるトークシリーズVol.27 2026年1月10日 ロームシアター京都
*40 京都市登録無形民俗文化財に10の剣鉾が登場する行事が登録されている。(2023年まで)区分は風俗習慣等である。
*41 儀仗の面、刃をつけず装飾化され神事芸能や祭祀の威容の付与*10に用いられた。
*42 美学の概念である崇高を含む。

【参考文献・参考資料】
・出雲路敬直 「剣鉾考」 『京都精華学園研究紀要・第9輯』 1971年
・京都市市民局文化芸術都市推進室 文化財保護課編 『京都市文化財ブックス第29集 剣鉾のまつり』 2015年 京都市市民局文化芸術都市推進室文化財保護課
・京都の民俗文化総合活性化プロジェクト実行委員会編 『京都の剣鉾まつり』 2011年 京都の民俗文化総合活性化プロジェクト実行委員会
・京都の民俗文化総合活性化プロジェクト実行委員会編 『京都の剣鉾まつり2「差革」編』 2012年 京都の民俗文化総合活性化プロジェクト実行委員会
・京都の民俗文化総合活性化プロジェクト実行委員会編 『京都 剣鉾のまつり調査報告書1論説編・2民俗調査編・3資料編』 2014年 京都の民俗文化総合活性化プロジェクト実行委員会
・京都ふるさと伝統行事普及啓発実行委員会編 『京都の祭り・行事―京都市と府下の諸行事』 2020年 京都ふるさと伝統行事普及啓発実行委員会
・京都ふるさと伝統行事普及啓発実行委員会編 『京都の祭り・行事―京都市と府下の諸行事2』 2021年 京都ふるさと伝統行事普及啓発実行委員会
・京都新聞社出版局編 『八大神社御鎮座七百年記念誌』 1993年 八大神社七百年祭委員会
・右京区制八十周年記念事業実行委員会 編 『右京区制八十周年記念誌―つながる人のわー』 2012年 右京区制八十周年記念事業実行委員会
・西院昭和風土記刊行会 編 『西院昭和風土記』 1990年 西院昭和風土記刊行会
・京都市社会教育振興財団主催 展覧会図録 『京の祭の遺宝 剣鉾の伝統展』 1986年 京都市社会教育振興財団
・芳井敬郎名誉教授古希記念会編 『京都学研究と文化史の視座』 2019年 芙蓉書房出版
・山路興造 『京都 芸能と民俗の文化史』 2009年 思文閣出版
・古川修『嵯峨祭の歩みーその起源・構造・変遷-』 2008年 京都新聞出版センター
・本田安次 『図録 日本の民俗芸能』 2013年 日本図書センター(底本1960年 朝日新聞社 の復刻)
・鈴木聖子 『〈雅楽〉の誕生 田辺尚雄が見た大東亜の響き』 春秋社 2019年
・小野真龍『雅楽のコスモロジー 日本宗教式楽の精神史』法藏館 2019年
・遠藤徹 『美しき雅楽装束の世界』 淡交社 2017年
・福持昌之 講演、レジュメ 「粟田神社の剣鉾行事―歴史と特徴―」 粟田神社剣鉾奉賛会『粟田祭の剣鉾差しー講演と実演』 2025年11月24日 於 地域交流施設あわた
・古谷涼 「鉾差しの技と身体―剣鉾の練習過程の参与観察をもとにしてー」《調査報告》京都民俗学会誌『京都民俗』第42号 2023年 京都民俗学会 55‐69頁
・古谷涼 「剣鉾差しの技と身体―京鉾の参与観察をもとにしてー」 2019年 渡部圭一ゼミ資料
・小島美子 他監修 『祭・芸能・行事大辞典』 2009年 朝倉書店
・神田より子 俵木悟 編 『民俗小辞典 神事と芸能』 2010年 吉川弘文館
・中西紹一 早川克美 編 『時間のデザインー経験に埋め込まれた構造を読み解く』 2014年 藝術学舎
・野村朋弘編 『伝統を読みなおす1 日本文化の源流を探る〈芸術教養シリーズ22〉』 2013年 藝術学舎
・宮信明 『伝統を読みなおす 6 対話による創作と継承 (芸術教養シリーズ34) 』 2025年 藝術学舎
・川添善行 『新・私たちのデザイン3 高さのデザインー空間の豊かさに向き合う(芸術教養シリーズ31)』 2025年 藝術学舎
・福持昌之 「京都の剣鉾差し」 公益財団法人京都市文化観光資源保護財団 会報112号 『京都の文化遺産を守り継ぐために』 2015年2025年12月閲覧
https://www.kyobunka.or.jp/learn/learn_folklore/1930.php
・伊達仁美 「京都の剣鉾」 公益財団法人京都市文化観光資源保護財団 会報126号 『特集 京都の文化遺産の保存と継承3』 2019年 2025年12月閲覧
https://www.kyobunka.or.jp/learn/learn_folklore/2150.php
・伊達仁美 『剣鉾の制作技法に関する研究』 2025年11月閲覧https://kaken.nii.ac.jp/report/KAKENHI-PROJECT-24652176/24652176seika/ 2015年
・国立公文書館サイト 2026年1月閲覧 https://www.archives.go.jp/
・京都祇園八坂神社サイト 2025年12月閲覧 https://www.yasaka-jinja.or.jp/
・神社本庁公式サイト 2025年12月閲覧 https://www.jinjahoncho.or.jp/
・神泉苑ウェブサイト 2025年12月閲覧 https://www.shinsenen.org/index.html
・京都市左京区公式サイト「思いがつなぐ左京の伝統行事」動画2024年度撮影 2025年11月閲覧 http://www.youtube.com/watch?v=-qb9KiOP84k
・祇園祭創始1150年記念事業「京都の剣鉾差し」 京の年中行事 元離宮二条城 唐門前広場 Kyoto Annual Events 動画 樂成庵2019年6月8日撮影 2025年11月閲覧
https://www.youtube.com/watch?v=Bm7jxtRerGE
・筆者提出レポート 「京都独自の祭礼風俗「剣鉾」に見る役割と実践」 「芸術教養演習2 第1課題」 2025年度 後期(秋期)
【聞き取り・取材】
・個人名不記載(石座神社鉾差し) 2025年10月12日 京都市右京区春日神社境内および参道にて
・個人名不記載(石座神社鉾差し) 2025年11月12日 京都市左京区京都市立明徳小学校校内および近隣、2025年12月15日 京都市左京区磐座神社境内および近隣、2025年12月30日 京都市内
・個人名不記載(新日吉神社鉾差し)2025年11月24日 京都市東山区地域交流施設あわた
・個人名不記載(京都市立明徳小学校地域の関係者)2025年11月12日 京都市左京区京都市立明徳小学校校区
【参加・取材】
・春日神社 神幸祭2025年10月12日 京都市右京区春日神社境内および参道
・2年生地域の学習 『地域の伝統行事に関する特別授業』 2025年11月12日 京都市左京区京都市立明徳小学校校内
・ 粟田神社剣鉾奉賛会主催 講演、座談会、質疑応答、実演、体験 『粟田祭の剣鉾差しー講演と実演』 2025年11月24日 京都市東山区地域交流施設あわた
・京都芸術大学夏の特別講義 田口かおり「絵画をよむ、記憶をつなぐ──保存修復のまなざし」 2025年8月23日 京都瓜生山キャンパス 人間館1F ギャルリ・オーブ
・小寺未知留「サウンド・アートの分析」『音楽の理論と分析Ⅱ』2025年12月15日、「音楽の揺らぎと広がり」『中部哲学会2025年度大会シンポジウム』2025年9月27日をもとに
・鷲田清一 藤原辰史 小山田徹 クロストーク「ひとの集まる場所の未来」ロームシアター“いま“を考えるトークシリーズVol.27 2026年1月10日 ロームシアター京都
・鈴木裕之講義「口承文芸の生命力」『文明哲学研究所セミナー芸術研究の世界#29』2026年1月13日京都芸術大学人間館NA102
【訪問・取材】
・粟田神社2025年11月24日訪問 京都市東山区
・吉田神社および太元講社社務所2025年12月1日訪問 京都市左京区吉田神社境内
・京都市平安京創生館企画展「描かれた祭礼―祇園祭と御霊祭をめぐってー」京都市中京区京都アスニー(京都市生涯学習総合センター)常設展示:陶板壁画 《写し陶板 洛中洛外図屏風(上杉家本)》 16世紀半ば過ぎの京都 1981年 京都市 2025年11月26日訪問 
・磐座神社2025年12月15日訪問 京都市左京区
・山住神社および磐座神社御旅所、奉賛会集会所2025年12月15日訪問 京都市左京区
・春日神社 2025年11月20日、2026年1月1日 訪問 京都市右京区
・元祇園 梛神社 2026年1月6日訪問 京都市中京区

年月と地域
タグ: