
笹巻きの製造技術と文化を次世代へ 〜これからの継承のあり方とは〜
はじめに
山形県の庄内地方にある鶴岡市(註1)は、多様な自然環境に恵まれ、1400年以上の歴史を持つ出羽三山の精進料理、多くの在来作物、祭りや行事に息づく行事食など、豊かな食文化が継承されており、2014年には日本初の「ユネスコ食文化創造都市」に認定された。(註2)本研究では、鶴岡市の行事食である笹巻き【資料1】に着目する。その製造技術や継承の背景を鶴岡市への取材と継承者の証言を中心に調査し、今後の持続可能な食文化継承のあり方を考察する。
1.基本データと歴史的背景
鶴岡市の笹巻きは、全国的な「ちまき」と同様の風習で、特に端午の節句などに家庭で作られ、病気や災厄を避ける為、また、子どもの健やかな成長を願う習慣と結びつく行事食である。土用の時期に収穫した笹を使い、雑木(ナラやブナ)で作った灰汁(あく)に浸したもち米を、粒のまま笹の葉で包み、イグサやスゲなどで縛った後、数時間煮ることで完成する。(註3)形状にはこぶし型や三角型、たけのこ型などがある。
鶴岡の笹巻きは灰汁のアルカリ性の作用によって、もち米の粒感がなくなり透明感のある黄色に変化し、むっちりとした弾力のある食感で、笹や灰汁の独特の香りや風味がある。完成した笹巻きは、黒蜜ときな粉をまぶして食べることが一般的だが、砂糖醤油をかけたり、最近はあんこを中に入れるなどのアレンジもある。笹の葉の抗菌作用や灰汁の防腐効果により保存性が高く、忙しい農繁期でもしっかりとエネルギーを補給できるため農繁期の携行用としてや、「七つ祝いのたけのこ巻き」のように、特定の通過儀礼や年中行事の時に作られ贈答品としても重宝されてきた。
笹巻きの起源は諸説あるが、鶴岡市周辺で長年作られてきた灰汁を使った黄色い笹巻きは、全国的も珍しい。酒田市周辺地域の北庄内では白色の笹巻き、鶴岡市周辺地域の南庄内では灰汁を用いた黄色い笹巻きが一般的で、同じ山形県庄内地域内でも製法や見た目、味に違いがある。【資料2】【資料3】
2. 事例のどんな点について積極的に評価しているのか
2024年3月、庄内地方の笹巻き製造技術が国の登録無形民俗文化財【資料4】(註4)(註5)に指定され、その文化的価値が改めて認められた。笹巻き作りでは、笹の葉の選定、灰汁の調合、巻き方、煮る時間の調整など、機械化が難しい繊細な工程が求められ、人間の感覚による熟練の技術が重要視されている。これらの技術が代々受け継がれてきたことは、地域文化の保護と継続において極めて重要な役割を果たしていると評価する。
また、笹巻き文化は地域の文化を次世代に伝える教育的な側面でも評価され、最近では多くの地域イベントが開催されている。特に子どもたちが参加できるワークショップは、若年層への伝統文化の継承を促進する効果的な取り組みとされる。これにより、笹巻き作りを通じた地域文化の共有が進んでいる。(註6)
さらに、地域経済にも貢献している。地元の直売所やイベントでの販売活動を通じて、笹巻きが地域ブランドの向上に寄与しているだけでなく、ふるさと納税やSNSなどを活用してその魅力を国内外に発信することで観光産業との連携が進み、地域の活性化が図られている。
笹巻きに使用される材料や製法は、自然との調和を大切にしている点が特徴である。笹の葉や灰汁、もち米など、地域の自然資源を活用することで、環境に配慮したエコロジカルな製法が根付いている。この持続可能な特徴に加え、近年の研究で笹の葉や灰汁に含まれる成分が美容や健康に効果があることが注目され、健康志向や美容意識の高い現代の消費者に対する新たな価値を提供する。これらの要素が総合的に評価されている。(註7)
3. 鶴岡雛菓子と笹巻きの事例と比較して特筆される点
鶴岡には鶴岡雛菓子という、雛祭りを彩る装飾菓子がある。菓子職人たちの高度な技術と美意識が表現され、芸術性の高い鶴岡の食文化の一つである。大きく分けて「盛菓子」と「生菓子(練切)」の2種類が存在し、特に現在の主流である生菓子は、鶴岡の特産物である桜鱒やサクランボなどを精巧に模した細工が施されている。菓子職人の減少が課題となっており、地域の菓子店や職人たちが技術向上に励み、次世代への継承が積極的に進められている。(註8)
これに対して、笹巻きは家庭や地域コミュニティを中心に受け継がれてきた。家庭ごとに伝わる作り方には微妙な違いがあり、その家庭ならではの味や形が守られてきた点も特徴である。菓子職人のような特別な修行や、専門的な環境を必要とせず、家庭内で手作りされるため、自然と若い世代に伝えられる柔軟な継承が可能であった。
このように、鶴岡雛菓子と笹巻きはそれぞれ異なる形で継承されながらも、鶴岡の風土と行事などの伝統を次世代へとつないでいる点で共通している。しかし、笹巻きの「生活に根付いた親しみやすさ」と「持続的な継承の柔軟性」は特筆すべき魅力である。【資料5】【資料6】
4. 今後の展望
笹巻き文化の継承においては、少子高齢化や都市部への若年層の流出といった課題がある一方で、地域内外の若い世代が伝統文化に興味を持ち、その技術を学ぶ機会が増えている。特に、地域の食文化を担う若手料理人たちが笹巻きを新たな形で活用・発信する動きが見られ、伝統と革新が共存する形での継承が進んでいる。
また、かつては家庭内で親から子へと伝えられてきた笹巻き作りも、近年では直売所での材料調達が可能となり、伝承の形が変化している。さらに、家庭内だけでなく、地域のイベントや教育の場を通じた継承の仕組みが整備されつつあり、学校教育への導入や担い手の育成が課題として挙げられている。
今後の展望としては、地域行事を活用した体験機会の拡充や、学校教育との連携を強化することで、若年層への継承を促進することが求められる。加えて、観光資源としての活用やオンラインを活用した情報発信により、地域外の人々にも笹巻き文化を広めることが可能となる。さらに、自然環境の変化に対応しながら、笹や灰汁の供給源を確保するための環境保全活動も並行して進める必要がある。【資料7】【資料8】
これらの取り組みを通じ、地域の伝統文化としての笹巻き作りは、単なる郷土料理の枠を超え、地域のアイデンティティを象徴する文化資産として、新たな形で継承されていくことが期待される。伝統を守りながらも時代の変化に適応し、持続可能な形で次世代へと受け継がれていくことこそが、笹巻き文化の継承の展望である。
5. まとめ
今回の調査・取材で明らかになったのは、笹巻き文化の継承が、地域行事やイベントを通じて広がりを見せている点である。核家族化が進む中、家庭内の伝承に限らず、地域の人々が集まり、互いに技術を学び合うことで、新たな形の継承が生まれている。こうした交流は、人と人との絆を深めるとともに、笹巻きの懐かしさを感じさせる「故郷の味」として遠方の家族や知人に贈る習慣にもつながっている。長年作り続けてきた継承者の中には、さらに美しく、芸術的な巻きかたを目指す声もあり「食べるアート」としても新たな価値が加わる。食べてしまえばなくなってしまう儚い存在だが、その儚さこそが美しさの一部でもある。
一時的な取り組みだけでは、真の継承者を育てることは難しい。笹巻きは、単なる食習慣の一部にとどまらず、「地域を象徴する食文化」へと発展してきた背景があり、そもそも、この文化は地域住民の日常生活の中で自然に受け継がれてきたからこそ、守られてきたものだからである。笹巻きを作り続けるためには、地域への愛情と郷土文化への深い理解が不可欠である。時代とともに継承の方法や視点は変化しているが、地域全体での継続的な取り組みと、心のこもった人々のつながりが何よりも重要である。こうした人々のつながりこそが、笹巻き文化の根幹を支え、次世代へと受け継がれていく原動力となるのだ。
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鶴岡市の笹巻き たけのこ巻き 三角巻き
(写真は 五十嵐 のりこ氏 提供 2025.1.18) -
筆者編集
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筆者編集
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筆者編集
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筆者編集
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筆者編集
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・以下の方々にご協力いただき、事前に準備した上記のアンケートを元に取材を実施した。
取材日:2024年12月7日
伊藤 ます子 氏
伊藤 みよ 氏
伊藤 年子 氏
五十嵐 のり子 氏
大滝 広美 氏
加藤 京子 氏
取材日:2024年6月22日
庄司 久子 氏
庄司 武美 氏 -
・事前に準備した上記の質問を元に取材を実施した。
取材日:2024年11月18日
鶴岡市企画部 食文化創造都市推進課 課長
(兼)ふるさと納税推進主幹(兼) 農林水産部農林水産物販売推進主幹
三浦 裕美 氏
参考文献
参考資料
(註1)山形県公式HP庄内地域の概況https://www.pref.yamagata.jp/337001/kensei/shoukai/about/sougoushichou/nyuusatsujouhou/gaikyo.html(2025.1.18閲覧)
(註2)食文化創造都市鶴岡 ユネスコ創造都市ネットワークについて
https://www.creative-tsuruoka.jp/information/(2025.1.18閲覧)
(註3)鶴岡おうち御膳 発行 山形県鶴岡市 編集鶴岡市食育・地産地消推進協議会 鶴岡市食生活改善推進協議会 (発行日2010年9月30日)138頁から141頁
(註4)文化庁HP文化財の体系図 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/gaiyo/taikeizu_l.html
(2025.1.20 閲覧)
(註5)鶴岡市公式HP食文化推進課「庄内の笹巻製造技術」が国登録無形民俗,に登録されました!https://www.city.tsuruoka.lg.jp/shisei/sogokeikaku/syokubunka/(2025.1.20 閲覧)
(註6)特に子どもたちが参加できるワークショップを多く開催している一例として参考。
サスティナ鶴岡公式ホームページhttps://sustaina.tsuruoka.cc/(2025.1.18閲覧)
(註7)つるおか伝統菓子伝承事業 「笹巻」調査報告書
編集 鶴岡市企画部食文化創造都市推進課
発行 山形県鶴岡市(発行日2023年3月30日)83頁84頁
(註8)令和4年度「鶴岡雛菓子」調査報告書(PDF)https://drive.google.com/file/d/1RNG-4FESFKp_WDSMM2vezEjknZR790Iq/view(2025.1.18閲覧)
食文化創造都市鶴岡 料理人先進都市プロジェクトhttps://www.creative-tsuruoka.jp/project/system(2025.1.18閲覧)
鶴岡ふうどガイド https://tsuruoka-fudo-guide.com/(2025.1.18閲覧)
芸術教養シリーズ22 伝統を読みなおす1 日本文化の源流を探る
編者 野村朋弘
発行 京都芸術大学 東北芸術工科大学 出版局藝術学舎 (発行日2014年12月1日)
芸術教養シリーズ23 伝統を読みなおす2 暮らしに息づく伝承文化
編者 小川直之・服部比呂美・野村朋弘
発行 京都芸術大学 東北芸術工科大学 出版局藝術学舎 (発行日2014年12月1日)
つるおか伝統菓子伝承事業「笹巻」調査報告書
編集 鶴岡市企画部食文化創造都市推進課
発行 山形県鶴岡市(発行日2023年3月30日)
取材協力者一覧
伊藤 ます子 氏
伊藤 みよ 氏
伊藤 年子 氏
五十嵐 のり子 氏
大滝 広美 氏
加藤 京子 氏
庄司 久子 氏
庄司 武美 氏
鶴岡市企画部 食文化創造都市推進課 課長
(兼)ふるさと納税推進主幹
(兼)農林水産部農林水産物販売推進主幹
三浦 裕美 氏