文化芸術の新発信地における建物の「らしさ」表現の重要性について -宝塚市立文化芸術センター-

小高 和代

はじめに
兵庫県宝塚市は兵庫県南東部に位置し、北側には長尾山山系、西側には六甲山系の山並みに囲まれている。その山並みの中央である市の中心地を武庫川が流れ宝塚独特の地形景観をみることができる(資料1)。この宝塚の中心は、交通拠点のJR宝塚駅、阪急宝塚駅(阪急今津線、宝塚線)を有する宝塚駅前地区である。宝塚には、年間約850万人(註1)の観光客が全国から訪れる。それは、「歌劇と温泉のまち」としての知名度が高いこと、市内に歴史ある神社仏閣が存在している点にある。特に、宝塚駅前地区は、華やかな街並みを維持し活気ある場所となっている。この宝塚駅前地区に、宝塚市立文化芸術センターが手塚治虫記念館に隣接して2020年6月にオープンした(資料2、3)。本稿では新施設である宝塚市立文化芸術センターにおける公共施設の「宝塚らしさ」の継承表現に視点をあて、この施設の文化資産としての今後の可能性を考察する。

1.宝塚駅前地区と文化芸術センターの歴史的背景(資料4)
宝塚駅前地区は、阪急東宝グループ創始者である小林一三氏(1873-1957)が開発した場所である。1950年代から2003年3月までは阪急電鉄(株)が運営する宝塚ファミリーランドが存在していた。宝塚ファミリーランドは、関西エリアにおける観光拠点として賑わいをみせていた。しかし、1995年の阪神・淡路大震災における被害と、2001年ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの開業は、ファミリーランドの客足を縮小へと導く。2003年閉園となる。同年、ファミリーランド内で運営されていた植物園は新たに公園として整備され、同社運営の宝塚ガーデンフィールズとして開園されるが、10年の営業を経て2013年12月に閉園を迎えることとなる。閉園前に宝塚市と阪急電鉄(株)の協議が行われ、宝塚ガーデンフィールズの土地の一部を宝塚市が取得することになる。
宝塚市立文化芸術センターは、2014年に基本構想が策定される。2016年3月までワークショップ、意見交換会、地域住民説明会を実施し、跡地における文化芸術施設と庭園事業実施設計が策定されその後、センター工事、庭園工事を経てコロナ禍の2020年グランドオープンを迎える。

2.基本データ
正式名称   宝塚市立文化芸術センター
所在地    兵庫県宝塚市武庫川町7番64号
敷地面積   3,352.69平方メートル
庭園敷地面積 7,504.94平方メートル(駐車場及びメインガーデン裏斜面を含む)
総事業費   39億円
延床面積   3,110.89平方メートル 鉄骨造地上2階建
設計・デザイン 東畑建築事務所・地域計画建築研究所・E-DESIGN設計共同体

3.事例の評価
民間事業から引き継がれた宝塚市立文化芸術センターは、「宝塚らしさ」を掲げている。地域におけるこの継承表現がどのように空間デザインとして機能しているかを隣接の手塚治虫記念館と比較し考察する。

宝塚市は、「宝塚らしさを感じる」景観形成のため、2012年10月25日に宝塚市景観計画が策定されている。武庫川の両岸と駅から文化芸術センター辺りまでは、観光プロムナード地域の景観形成にあたり、建築物はモダンな雰囲気を醸し出す意匠、色彩とすること。外観の色彩は、宝塚カラーを基調とすること。外壁、屋根の明度・彩度にも規定がある。これらは街並みとして機能する宝塚らしさである。また宝塚らしさには、自然、文化や歴史も含むすべてを指す。

3-1 宝塚市立文化芸術センターは宝塚カラーを主張しない景観(資料5)
阪急宝塚駅をスタート地点にして遠くを見渡すと山の稜線と武庫川の自然を感じる。文化芸術センターに向かう道は、「花のみち」と言われる桜で整備された道を進むことになる。花のみちを進むと芸術文化センターオープンとほぼ同時期に、移転し開業した宝塚ホテルが見えてくる。隣接して宝塚大劇場と宝塚音楽学校が続く。この辺りの建物はまさに「宝塚らしさ」を感じる景観形成のための宝塚カラーである白壁にオレンジの屋根が使われており、華やかなイメージを感じる。さらに進むと、火の鳥が出迎える手塚治虫記念館が見え、その先に文化芸術センターが建っている。このあたりで文化芸術センターの建物を眺めてみる。緑の屋根は丘のように見え、建物の大きな窓が存在感を出しているが、急に華麗なイメージから一転した風景を感じる。遠くに長尾山系の山並みが見え、建物は山との一体感となり、滑らかな屋根の稜線やカーブラインの柔らかな印象がなぜか自然で心地よく感じる。ここのコンセプトの存在感を控えめに主張したデザインは、手塚治虫記念館だけではなくこの場所に来るまでの駅前地区の建物を全く邪魔しない。ここでの「宝塚らしさ」は、色彩からの景観ではなく宝塚の自然の「らしさ」がうまく機能していることを確認する。

3-2 庭園から宝塚らしさを思い出す景観(資料5)
文化芸術センターの庭園は、手塚治虫記念館と文化芸術センターをつなぐ芝生の庭園と英国人デザイナーポール・スミザー(PAUL SMITHER, 1970-)が設計した英国風ナチュラル庭園がある。宝塚ガーデンフィールズ時代の庭園をそのまま残し受け継いだ。この風景が、宝塚市民の時の記憶の中に刻まれている点は大きい。この場所から芝生の庭園に続く方向に目を向けると六甲方面には手塚治虫記念館が存在感を出している。長尾山系方面には文化芸術センターの大きなガラス窓が庭園の風景を映し出す。目の前にはキャンバスに描かれた自然の風景として記憶もよみがえる。つまり透明なガラス窓には、屋根の稜線の白、庭園の四季の色、そして庭園の一日の変化の色、時間の記憶がよく映え、公園の緑は「宝塚らしさ」の歴史の借景として機能していると認められる。

4.手塚治虫記念館の宝塚らしさ(資料6)
文化芸術センターの芝生のある庭園を挟んで反対側は、手塚治虫記念館である。ここは、阪急電鉄(株)所有地から手塚治虫(1928-1989)の親族が所有し、宝塚市が運営を任され1994年に開館した。建物は、ヨーロッパの古城をイメージしたデザインである。入り口には火の鳥が出迎え、建物が何であるか遠くからでも一目瞭然で理解できるように建てられている。外観はコガネムシ色の昆虫を思わせるイメージカラーと宝塚の景観形成基準に基づく明るいレンガ様な色合いで配色されている。色彩がまさに宝塚らしさの要素を持つ建物であると感じる。

5.2つの建物の景観による比較
文化芸術センターは、まず庭園のグリーンが目に飛び込んでくる。その先には、丘をイメージした曲線的な建物が存在し、そこは大きなガラス窓が印象的である。階を分ける部分だけ白がくっきり見えており、宝塚カラーは全く存在しない透明感が強い建物であると感じる。大きなガラスに映る庭園の色彩が目に優しく、建物全体で自然の宝塚らしさの景観を作り出している。庭園反対側の手塚治虫記念館は、入り口は手塚治虫氏の代表作を表現しているが色彩には宝塚カラーが見られ、しっかりと宝塚のイメージを主張していると感じられる。文化芸術センターの建物は、記念館の印象を邪魔せず自身の存在感を控えめにするコンセプトで考えられた。この点はうまく造られているが、もっと色彩を主張しても良かったのではないかと感じる。

6.今後の展望
文化芸術センターは、宝塚の既存の色彩イメージの建物ではないためひと目見て認知できる公共の建物と感じるものではない。しかし、庭園を残しつつ新しい建物ができたことは、市民に記憶と視覚から興味を与えているのは事実である。駅前から一番遠い位置に存在し、人の流れが少なくなるこの場所で、色を持たない建物が今後市民にどのように周知するのか見ていきたい。

7.まとめ
ル・コルビュジエ(シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ、1887-1965)が、「人間は木々に覆われて、そして調和の中に生きている」と緑の都市の概念を示している。その景観を再生しているような場所を造りあげた。そこは、宝塚らしさという地域らしさもあり景観計画と法に基づき作られていると理解できた。宝塚歌劇の文化と市のコンセプトから作られたデザインであると確認した。手塚治虫のアニメの芸術が宝塚市立文化芸術センターの誕生に大きく関わり、この建物が宝塚らしさの色彩とともに自然、歴史、文化や芸術からも作られている景観であると理解する。

参考文献

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たからづかし統計指標 2023年版 観光客動態調査結果
8,486千人内訳:日帰り客8,380千人、宿泊客106千人
県下では神戸市に次ぐ観光客数である。
https://www.citytakarazuka.hyogo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/045/373/kanko_senryaku_02.pdf
2023/10/20最終閲覧 宝塚市観光振興戦略(案)2021年度~2030年度 P.6
宝塚市をとりまく観光の現状と課題(1)観光入込客数

https://www.citytakarazuka.hyogo.jp/anzen/keikan/1001354.html
2023/10/20 最終閲覧 宝塚市ホームページ 宝塚景観計画について
https://www.citytakarazuka.hyogo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/001/354/sisin-kijyun_d1.pdf
2023/10/20最終閲覧 宝塚景観計画D1 観光プロムナード地域の景観形成方針
ノーマ・エヴァンソン著 酒井孝博訳『ル・コルビュジエの構想』2011年
P.44 株式会社井上書院

角野幸博『鉄道と郊外』2021年 鹿島出版会
山納洋『歩いて読み解く地域デザイン:普通のまちの見方・活かし方』2019年
株式会社学芸出版社
加藤幸枝『色彩の手帳:建築・都市の色を考える100のヒント』2019年
株式会社学芸出版者
立野井一恵『日本の最も美しい図書館』2015年 株式会社エクスナレッジ
田村博美『宝塚魅力のトレイル・ガイドブック』2021年 宝塚景観まちあるき会協会

https://kanko-takarazuka.jp 宝塚市国際観光協会ホームページ 2023/10/20最終閲覧
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2023/10/10 最終閲覧 宝塚市都市景観条例(H.24.3.30 条例第21号)
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2023/10/10 最終閲覧 宝塚らしさを感じる・宝塚市の都市景観 
https://www.city.takarazuka.hyogo.jp/kanko/bunka/1016594/1038819.html
2023/10/24 最終閲覧 宝塚市 受け継がれる記憶 宝塚ガーデン・フィールズから文化芸術センターへ
https://takarzuka-art-center.jp/about/design/
2023/10/24最終閲覧 宝塚市立文化芸術センター設計・デザイン
https://www.city.takarazuka.hyogo.jp/tezuka
2023/10/24最終閲覧 宝塚市立手塚治虫記念館

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