街頭紙芝居の価値と歴史を未来につなぐ    ~塩崎おとぎ紙芝居博物館~

辻野 珠代

1、はじめに
街頭紙芝居とは「街頭」で「原画」を使用し演じられた紙芝居で、自転車の荷台に水あめなどのお菓子が入った引き出しのついた箪笥のような舞台を使用し、路地や公園で演じられてきた紙芝居の事を指す。
紙芝居屋は1950年頃には日本全国で5万人もいたといわれる。水あめをなめながら見た紙芝居の楽しさを回想する大人は多く、内容は娯楽的なものが多かった。
街頭紙芝居は昭和30年に入りテレビの普及と共に衰退し、昭和36年には壊滅したと加太こうじ著「紙芝居昭和史」(立川書房)の中では記載されているが、「一般社団法人塩崎おとぎ紙芝居博物館」(以下塩崎おとぎ紙芝居博物館と記す)の創設者塩崎源一郎氏は1947年から2000年に他界するまで日本で唯一の紙芝居の絵元としての活動を行った。
私は西成区に20年暮らした経験があり、その西成区の文化資産といえる「塩崎おとぎ紙芝居博物館」を調査研究し街頭紙芝居の価値と歴史、その未来に関して考察する。

2、塩崎おとぎ紙芝居博物館の基本データ
創設者 塩崎源一郎(1912年~2000年)
1947年 紙芝居総合センター三邑会設立
1994年 塩崎おとぎ紙芝居博物館開館
2010年 一般社団法人塩崎おとぎ紙芝居博物館として法人化
代表理事 佐野浩一
会員数 11名(2023年4月現在)
所在地 大阪市西成区花園南1-12-24
形態  木造2階建て
HP   https://siozaki-kamishibai.jimdofree.com
蔵書数 連載物(1巻10枚)284タイトル20512枚※欠番ありのため枚数があわない
漫画紙芝居(1巻10枚)約5200巻 52000枚※5200巻すべては揃っていない
クイズ紙芝居(1巻7枚)約1700巻
(写真資料1から3 所蔵リスト 資料4.5参照)

3、塩崎おとぎ紙芝居博物館のできた経緯と特性
〇経緯として
塩崎氏は、1999年に発刊した小冊子に次のように述べている。「私は、第2次大戦直後の荒廃した世にあって、こどもの心を明るくしようと一念発起し、街頭紙芝居の絵元(制作元)紙芝居総合センター「三邑会」を設立しました。
街頭紙芝居の絵元とは、紙芝居画家に絵を描かせ(製作)、紙芝居屋に絵を貸し出す(配画)紙芝居業者の中心的存在です。
1955年、私は所蔵する紙芝居画3万巻(一巻は10枚合計30万枚)を紹介する「塩崎おとぎ紙芝居博物館」を創設しました。紙芝居画はすべて手描きで、世界に1枚しかないものばかりです。その中には、酒井七馬(手塚治虫の師匠)や武部本一郎(SF画に巨匠)、躍動する時代劇画と美人画の名手、佐渡正史郎、山口正雄、忽那峰秀などの名画も含まれています。(中略)
かつて、日本のあらゆる町や村で、子どもたちの心を捉えて離さなかった街頭紙芝居は、今、この塩崎おとぎ紙芝居博物館に生きているのです。(中略)
この街頭紙芝居を、21世紀の世界の子供たちに紹介することが、私の指命であると決意しそれを実行しております。(後略)」
2000年5月25日に逝去した後は、妻の塩崎ゆうが館長を引き継ぎ、2010年一般社団法人塩崎おとぎ紙芝居博物館として法人化された。

〇特性
塩崎源一郎氏は戦後、紙芝居の絵元(貸元)「三邑会」を立ち上げた。TVの出現が大きな契機となり、全国各地にあった絵元は次々に廃業し、昭和40年後半には塩崎氏は全国でたった一人の絵元となった。
三邑会には、約3万巻の紙芝居が保存され、会員に原画を貸し出し、多い時には50人前後の紙芝居屋が出入りしていた。現在でも11人の会員に絵を貸し出している。
28年続いた漫画紙芝居「チョンちゃん」はこどもの日常を描いた1話10枚で構成され、1947年から1975年まで約5200巻制作され4代にわたる作者が制作した。サザエさん(漫画)6447 話には及ばないが、紙芝居としては超長編と言える。
大阪の西成区だけでも敗戦直後は20数件の絵元があり、他の絵元との競争に打ち勝つために、レベルの高い作品を制作し配給した。
作者として経緯に挙げられた画家の他、熱田十茶(小寺鳩甫)、歌法師(吉本多歌弥)など優れた画家が多く絵を描いた。中でも漫画家酒井七馬氏は戦後「関西マンガクラブ」を主宰し、ストーリー漫画の始まりと言える手塚治虫の新宝島(1947年発刊)の原作、構成を手掛けた。
SF界の巨匠と呼ばれた武部本一郎は1953年頃から宇田野武の名で街頭紙芝居も手掛け三邑会に芸術的な紙芝居を残した。
塩崎氏は、街頭紙芝居原画を後世に残すため、1978年132巻を早稲田大学演劇博物館へ、大阪国際児童文学館に約4000巻、生まれ故郷の長野県須坂市博物館などへ寄贈を行った。

4、街頭紙芝居の歴史
日本独自の文化財である紙芝居の原型は平安時代の「源氏物語絵巻」に見ることができる。
以後、江戸期の影絵、のぞきからくり、写し絵、立ち絵、飴売りなどが紙芝居の前身である。
昭和5年に後藤時蔵・永松武雄の「魔法の御殿」(蟻友会)が「平絵紙芝居」として誕生した。「黄金バット」に象徴される空想科学活劇紙芝居が人気を集め「街頭紙芝居」は社会的存在として位置づけられた。
戦時中は「国策紙芝居」が数多く制作され戦争に利用された。戦後、テレビの出現で衰退するまでの10年間が街頭紙芝居の黄金期であった。

5、国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか?
昭和30年代後半、絵元は次々に廃業し街頭紙芝居原画も焼却、廃品として処分された。
しかし仙台では井上藤吉氏(2007年83才で逝去)が30年以上紙芝居屋として活動を続けた。
井上氏(大正12年生まれ)は東日本最大級とされる40000枚を超す街頭紙芝居原画を所有していた。宮城最後の紙芝居屋井上氏は昭和51年東京の絵元から原画を譲り受けた。井上氏が宮城図書館に寄贈した5652点(紙芝居5645点57075枚他関係資料)が2006年(平成18年)国の有形登録文化財(美術工芸品)として登録された。これは、大衆文化、児童文化の歴史を実証する意義と、手描き一点物としての価値が認られたことを意味する。
塩崎氏の所蔵する紙芝居原画数は、井上氏所蔵の4倍ある。井上氏の原画の内訳は1巻から最終巻まで残っているものは少なく保管状況もよくなかった。塩崎氏保存の紙芝居は欠番こそあるものの、最終巻迄そろっているものが数多くあり、絵に迫力があり量、質ともに高いことが特筆事項として挙げられる。

6、街頭紙芝居の今後の展望について その価値と未来
紙芝居は盛衰を繰り返し街頭から姿を消して久しい。しかし塩崎おとぎ博物館には現役の紙芝居屋が数名活動を継続している。今日のように多種多様のメディアがあり、社会の情報化が進んでも、その形態を継続していること自体に大きな価値がある。
また、所蔵する原画は登録有形文化財となった井上氏所蔵の原画に比して質が高く価値があり文化財申請を行えば登録有形文化財となる可能性は高いと推測する。
紙芝居は演者、紙芝居、観客の3者が重要であり、未来にその文化資産を引き継ぐ為には、原画だけでなく「語り」「風景」も同時に保存していく必要があるのではないか。
また、後継者の育成をどのように行っていくのか、原画の活用と保存という相反する行為をどう未来につなげていくのか等、難しい課題を克服する必要性を感じる。

7,まとめ
昭和の時代に街頭で演じられ、今に生きる魅力を持つ紙芝居の価値は次世代へと引き継いでいかなければならない。開かれた劇空間であり、双方向メディアである紙芝居は世代を結び付け、交流を生み、地域を活性化する力を持つ。街頭紙芝居原画には児童文化の歴史を実証する意義と日本紙芝居文化の原点としての重みがあり文化資産として未来へつないでいく価値を持つといえる。

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  • 81191_011_31786040_1_2_%e5%86%99%e7%9c%9f%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%92%e5%a1%a9%e5%b4%8e%e3%81%8a%e3%81%a8%e3%81%8e%e7%b4%99%e8%8a%9d%e5%b1%85%e5%8d%9a%e7%89%a9%e9%a4%a8%ef%bc%92%e9%9a%8e%e8%b6%85 写真資料2 1945年(昭和20年)9月、敗戦から1か月後に大阪に戻った塩崎は演習中のけがの後遺症で足に障害が残った。それがきっかけで、紙芝居の絵を作り、演じる業者に貸し出す絵元となった。現在は博物館として紙芝居原画の保存、貸し出し、修復、資料展示をしているが、当時は出入り業者は常時3、40人、多いときは50人くらいいた。(2022/11/25筆者撮影)
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  • 0_page-0005 所蔵紙芝居リスト(塩崎おとぎ紙芝居博物館蔵)三邑会(塩崎おとぎ博物館となる前の名称)には、才能のある画家が集まった。その訳は画家や文案者に支払う制作費や脚本料は他の絵元に比して高額であるため良い人材が集まり良い作品を生み出すため紙芝居の人気も高かった。昭和20年代には山本梧晴、昭和30年代には佐久良五郎、佐渡正志良、武部本一郎などの画家が数多くの紙芝居を描いた。
  • 81191_011_31786040_1_4_e58699e79c9fe8b387e69699efbc93_page-0001 写真資料3 塩崎おとぎ紙芝居館2階の西の間には、塩崎氏が絵の手入れを行っていた作業机が残されている。こどものいない塩崎夫妻は紙芝居原画をわが子のように大切に思い、傷んだ絵を修復し、汚れを落としラッカーの上塗り作業を紙芝居が衰退したあとも後世に残すため実施した。
  • %e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%94_page-0001 資料4 街頭紙芝居最後の絵元となった塩崎源一郎氏
  • %e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%95_page-0001 資料5 大阪府紙芝居業者数(2003年 大阪府生活文化部子ども青少年課調べ)
    年齢別紙芝居業者数(1974年大阪府青少年対策課調べ)

参考文献

1)塩崎おとぎ紙芝居館の人気者たち 塩崎おとぎ紙芝居館発行冊子 1999年
2)畑中圭一編 「紙芝居の歴史を生きる人たち 聞き書き『街頭紙芝居』」編集、発行子どもの文化研究所 2017年
3)第19回特別展「紙芝居展」紙芝居がやってきた 編集・発行 群馬県立土屋文明記念文学館 2002年
4)一般社団法人塩崎おとぎ紙芝居館発行 「ほんまもんの街頭紙芝居」パンフレット
紙芝居文化の会企画制作 紙芝居百科
5)ライティング工房 中村恵二編 現代紙芝居読本~お代は観てのお帰りに~ 現代紙芝居研究会 2022年
6)神奈川大学評論編集専門委員会 大串潤児編著 「国策紙芝居ー地域への視点・植民地の経験」お茶の水書房 2022年
7)黄金バットの歴史 powered by fc2hp 2014年
8)塩崎おとぎ紙芝居博物館発行 塩崎おとぎ紙芝居博物館だより 2018年から2022年0号から6号
9)紙芝居文化の会企画制作 「紙芝居百科」 童心社 2017年
10)鈴木常勝著 「紙芝居はたのしいぞ!」岩波ジュニア新書 2007年 
11)横浜市歴史博物館編集「大紙芝居展 よみがえる昭和の街頭文化」横浜市歴史博物館、(財)横浜市ふるさと歴史財団 2010年
12)鈴木常勝著「紙芝居がやってきた!」河出書房新書 2007年
13)鈴木常勝著「保育に生かす紙芝居」かもがわ出版 2008年
14)鈴木常勝著「メディアとしての紙芝居」久山社 2005年
15)上地ちづ子「紙芝居の歴史」久山社 1997年
16)加太こうじ「紙芝居昭和史」立風書房 1971年
17)浅井清二「紙芝居屋さんどこ行った」私家版 1989年
18)坂本一房「紙芝居屋の日記 大阪・昭和20年代」関西児童文化史研究会 1990年
19)鈴木常勝著「戦争の時代ですよ!」大修館書店 2009年
20)鈴木常勝著「上海裏町ブギウギ」新泉社 1995年
21)石山幸弘「紙芝居文化史」萌文書林 2008年
22)雑誌「大阪人」第56巻9号財団法人大阪都市協会 平成14年
23)らふ藝Books01「街頭紙芝居読本」猫三味線上演実行委員会 2003年
24)「紙芝居20年の歩み」子どもの文化研究所・紙芝居研究会 2001年
25)「アサヒグラフ/紙芝居集成」朝日新聞社 1995年
26)「所蔵紙芝居目録」大阪国際児童文学館 1991年
27)「国文学 解釈と鑑賞」(紙芝居は面白い!ー大衆文化を見直す)2011年
28)愛知大学一般教育研究室「一般教育論集<第25号>」p19~36 街頭紙芝居の俗悪性についてーメディアとしての紙芝居・その②ー 鈴木常勝
29)大塚珠代著「紙芝居がはじまるでぇ」 ライティング工房中村恵二 2022年
30)阪本一房/堀田穣「紙芝居をつくろう!」青弓社 2000年
31)大道芸アジア月報「紙芝居・のぞきからくり・江戸写し絵」坂野比呂志 平成19年
32)紙芝居文化の会「紙芝居百科」童心社 2017年
33)子どもの文化研究所 「紙芝居20年の歩みー紙芝居広場・総集編ー」渡辺享子、宮崎二美枝、日下部茂子 2001年
34)神奈川大学日本常民文化研究所論集12 香月洋一郎「歴史と民族」民俗資料としての紙芝居 p156~214 平凡社 1995年
35)上地ちづ子・児童図書館研究所「紙芝居‐選び方、生かし方」児童図書館研究会 武多和プリント 1999年
36)鬢櫛久美子 「紙芝居研究の現状と課題} 研究情報 子ども社会研究21号 2015年
p185-202
37)すみだ郷土文化資料館だより みやこどり 企画展 教育紙芝居の誕生 第46号 2015年(平成27年)10月発行

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