歴史と文化のまち、古河市に根付く「小さな」アートプロジェクト
1990年以降、日本各地で多くのアートプロジェクト(以下AP)が盛んに行われている。本稿では、このようなAPの中から、茨城県古河市を拠点に活動する「a ri A Ru Creationz」(ありあるクリエーションズ、以下「ありある」)をとりあげ、同APの設立メンバーである、恒星氏とヨシズミ・トシオ氏への直接取材を踏まえたうえで[1][2]、その活動の特色を明らかにし、今後の展望を考察する。
1. 「ありある」の概要
「ありある」は、2004年に2人の芸術家、恒星氏とヨシズミ・トシオ氏により始められた。プロジェクトの主宰は恒星氏がつとめ、両氏を含め、音楽家、ダンサー、舞踊家など全6名がコアメンバーとして、「こんなこともありなのか、こんなこともあるのか」というモットーのもと、身近な暮らしの中で文化芸術に触れる機会を増やすことを目的に、これまで65回の活動を重ねてきている。
「ありある」の活動は主に国内が中心で、万葉の時代からの歴史が培われてきた古河市における文化施設や歴史的建造物、そして隣接する埼玉県の埼玉県立近代美術館など、地域の住民が気軽に訪れることができる場所で行われている。その活動内容は、①芸術作品の展示、②総合パフォーマンス公演、③ワークショップの3分野で、国内のみならず海外作家の招聘も行われ、これまでに海外11カ国、総勢約50名にのぼる作家が紹介されている。
2. 「ありある」の活動の価値
「ありある」では、芸術家が閉じた存在としてではなく、その専門性を越えて、地域において文化芸術を体験する機会を提供している。以下、「ありある」の具体的な活動を分野ごとに概観した上で、その価値を考察する。
(1)芸術作品展示
「ありある」における芸術作品の展示は、版画、水墨画、油彩画を手掛け、海外の国際展覧会において数多くのグランプリ受賞の実績を持ち、2022年に画業50周年を迎えた国際的に著名な作家のヨシズミ・トシオ氏と[図1]、同じく海外の国際展覧会で多くの受賞実績がある恒星氏[図2]の二人の個展に加えて、両氏の国際的な人脈を通じて海外から招聘された作家の作品の展示[図3]を中心に構成されている。このような芸術作品の展示のキュレーションは、ヨシズミ氏、恒星氏の2人が担っており、まだ日本ではよく知られていない東欧を含めた海外の質の高い作品が紹介されている。
(2)総合パフォーマンス公演
総合パフォーマンス公演は、「ありある」のメンバーを中心に、音楽、身体芸術、建築、デザイン、写真、伝統工芸など多岐にわたる分野の表現者が集まり、創る人と観る人がコミュニケーションできる形で開催されている。例えば、4,000年以上前のインダス文明の土器・土偶と、現代作家による作品を同時に展示した空間でパフォーマンスを行い、文化芸術を未来にどう繋げていくのか考えるといった公演や、学を究めた者をさす「無学」という言葉を掲げ、未来を生きる上でのヒントを探るというテーマに基づいた高校生、大学生との共作によるパフォーマンス『無学のすゝめ』などが行われている[図4]。このような総合パフォーマンス公演のキュレーションは恒星氏が担っており、芸術家の視点から高い質が維持されている。
(3)ワークショップ
ワークショップでは、小学校において生徒と親が、地元の農作物から天然の色を煮だし、その色を使って巨大な絵を描くといったものや、当日の夜に開催されるパフォーマンスの舞台美術を参加者が出演者と共に制作するといったものが、地域の歴史的文化施設などで開催されている。そこでは、参加者が制作活動を通じて、作る喜びを実感し、地域の歴史や文化を感じながら新たな価値を見出すことが目的とされている[図5]。
文化庁の『文化に関する世論調査』(令和4年3月)によると、文化芸術鑑賞の阻害要因として、鑑賞のための物理的な距離や、経済的な問題が上位にあげられている[3]。このような地方における文化芸術に関する社会的な問題に対し、「ありある」は上記のような活動を通じて、地域の人々が質の高い文化芸術に気軽に触れ合える機会を提供し続けてきた。このようなことこそが「ありある」の最大の価値といえる。
3. 他事例の比較から見た優位性
APの価値を考える上で、①内容の質、②リーチの広さ、③継続期間の3要素が重要と考えられるが、この観点から2016年に開催された、「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」(以下「県北」)との比較を通して、「ありある」の優位性を明らかにする。
「県北」は総合ディレクターに南條史生氏(森美術館館長、当時)を迎え、22 の国と地域から85組のアーティストが参加し、延べ観客数776千人を達成した大型APである[4]。組織運営は実行委員会形式をとっており、自治体が主導する体制となっている。なお、第一回展は成功裏に閉幕したが、2017年の茨城県知事選で24年ぶりの知事交代が生じ、地域振興における経済的効果が問題視され、中止が明らかにされた[5]。
ここで上記の3要素における比較を行う。まず①に関して「ありある」では、上述のように高い質が維持されていると言えるであろう。一方「県北」では、来場者アンケートで88%が満足と回答、次回の再訪意向も84%と高く、その質の高さが推察される[4]。②に関して「ありある」は、活動の全てを自主財源で賄っており、財政的な制約から大々的なプロモーションが行えず、十分なリーチは獲得できていない。一方「県北」では、来場者は幅広い年齢層にまたがり当初目標の倍以上の来場客数を達成しており、十分なリーチを獲得したと言えよう[6]。最後に③について「ありある」は、2004年以降、休眠期間もなく現在まで活動を継続しており高い評価が与えられる。一方「県北」に関しては、上述の理由から政治的判断により中止が決定し、1回限りの開催で幕を閉じることとなった。
続いて、継続期間という観点からより詳しく見てみたい。[表1]の上段に示したように、「県北」の資金調達構成をみると、公的資金への依存度が77%にも上り、チケット販売等の自主財源への依存度は11%に過ぎない。同様の分析を2000年から続く「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」でも行い、その結果を[表1]の下段に示した。同APの自主財源比率は25%で、公的資金調達における国庫補助金への依存度も37%と高く、「県北」のケースに比べて安定した資金調達構造となっている。APでは、地域住民、芸術家、企業、自治体といった利害関係者間における調整と、その結果を反映した安定的な資金調達構造が継続性を担保する上で重要な要因となる。この観点において「ありある」は、関係者間での目的のズレなどから生じるリスクを内包する外部資金には依存せず、自主財源による活動により利害関係者からの影響を最小限にして、自律的な活動を長期に渡って可能にするモデルを有しており、この点が優位性として特筆される。
4. 今後の展望
「ありある」の課題は上述の通り、資金的要因からプロモーションが十分できず、活動規模に制約が生じている点にあるが、この課題の克服は可能であろうか。日本各地には、「合同会社みちひらき」[7]、「みなとメディアミュージアム」[8]など、長期に渡って活動を続ける小規模APが点在している。このような各地域に根ざしたAPと有機的なネットワークとして結びつくことで、情報や知見の共有、ネットワーク全体としての知名度向上を通じて、財政的な制約を軽減し、より広範に支持者を獲得する可能性が開けると思われる。また、内外における異分野など、既存の関係性とは異なるクラスターにリワイヤリングすることで、より多様な形での活性化も可能となろう。
5. おわりに
日本のAPの内容は様々で、その定義も未だ定かではなく、海外から導入された概念を十分咀嚼できていないようにも見受けられる。APの本来の目的は、人々が文化芸術に触れやすい環境づくりを通じて、時間をかけながら地域のアイデンティティを確立して多様な価値観を共有することにあり、その結果として地域活性化が開けてくるものと考えられる。しかしながら地域振興という側面が強調されすぎ、このような原則から逸脱するAPも多く存在するのではないだろうか。「ありある」は、古河という地域が蓄積してきた歴史的な文化資産を背景にして、AP本来の目的に沿った活動を自律的かつ持続性ある形で進めており、その取り組みの重要性は今後ますます高まるであろう。
参考文献
[注]
[1]2022年10月7日 a ri A Ru Creationz、恒星氏インタビュー(於 茨城県古河市)。
[2]2022年9月17日a ri A Ru Creationz、ヨシズミ・トシオ氏インタビュー(於 茨城県古河市)、2022年11月20日 a ri A Ru Creationz、ヨシズミ・トシオ氏インタビュー(於 埼玉県久喜市)。
[3]文化庁 『文化に関する世論調査』 2022年3月。
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/bunka_yoronchosa.html
(2023年1月9日閲覧)
[4]茨城県北芸術祭実行委員会 『KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭 総括報告書』、2017年5月。
https://www.pref.ibaraki.jp/soshiki/kikaku/kenpokusinkou/documents/2016_soukatsuhoukokusho.pdf (2023年1月9日閲覧)
[5]茨城県議会会議録 平成31年第1回定例会(第2号)本文 大井川知事第9発言。
https://www.pref.ibaraki.dbsr.jp/index.php/5125431?Template=doc-one-frame&VoiceType=onehit&DocumentID=2626(2023年1月9日閲覧)
[6] 小原 博一、奥沢 貴広、赤津 一徳 『県北臨海地域「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」と地方創生』、常陽地域研究センター、2017年。
http://www3.keizaireport.com/report.php/RID/309013/?Series(2023年1月9日閲覧)
[7]合同会社みちひらき ホームページ https://michi-hiraki.jp/(2023年1月9日閲覧)
[8]みなとメディアミュージアム ホームページ https://minato-media-museum.com/(2023年1月9日閲覧)
参考文献
a ri A Ru Creationz ウェブサイト https://www.facebook.com/ariarucreationz/2023年1月9日閲覧)
ヨシズミ・トシオ ウェブサイト https://toshio-yoshizumi.themedia.jp/(2023年1月9日閲覧)
恒星 ウェブサイト https://kohsei.themedia.jp/pages/1696643/page_201602191132(2023年1月9日閲覧)
古河市教育委員会『古河史略―古河いまむかし』、古河市教育委員会、1996年。
熊倉純子監修、菊地拓児 長津結一郎 アートプロジェクト研究会編『日本型アートプロジェクトの歴史と現在 1990年→2012年』、公益財団法人東京都歴史文化財団東京文化発信プロジェクト室、2013年。
https://tarl.jp/library/output/2012/art_projects_history_japan_1990_2012/(2023年1月9日閲覧)
熊倉純子監修、長津結一郎 アートプロジェクト研究会編『「日本型アートプロジェクトの歴史と現在 1990年→2012年」補遺』、アーツカウンシル東京、2015年。
https://tarl.jp/library/output/2015/art_projects_history_japan_1990_2012_hoi/(2023年1月9日閲覧)
藤田直哉編著『地域アート 美学/制度/日本』、堀之内出版、2017年。
南條史生、茨城県北芸術祭実行委員会監修『KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭 公式ガイドブック』、生活の友社、2016年。
山下 晃平「「JAPAN牛窓国際芸術祭」考」、『美学』2017 年 68 巻 1 号 p. 73-84。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bigaku/68/1/68_73/_article/-char/ja/(2023年1月9日閲覧)
秋元雄史 『直島誕生』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018年。