小江戸川越のまちづくり

本間 秀昭

はじめに
埼玉県川越市は江戸時代、川越藩として繁栄し、新河岸川舟運や川越街道による物資の集散とともに江戸の文化がもたらされた。昭和40年代以降、全国的に歴史的な町並みの保存運動が起こると、小江戸と呼ばれるようになった。現在は、「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(通称 歴史まちづくり法)」を活用して重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建地区)を中心に歴史的風致の維持向上に取り組んでいる。
「都市の健全な発展及び文化の向上」(「歴史まちづくり法」第一条)をめざす川越市のまちづくりについて、文化庁HP(https://www.bunka.go.jp)の「重要伝統的建造物群保存地区一覧」に掲載の川越市の資料および国土交通省HP(https://www.mlit.go.jp)の「歴史まちづくり」に掲載の川越市歴史的風致維持向上計画・評価シートをもとに現地も調査し、現状と課題について考察する。

1. まちづくりの現状
平成20年(2008年)の「歴史まちづくり法」の制定を受けて、平成23年(2011年)に第一期歴史的風致維持向上計画が国より認定され、現在は第二期計画(期間 令和3(2021)~令和12(2030)年度)が進められているが、各計画の評価シートからは以下のような成果を上げていることがわかる。
・伝統的建造物以外の建造物等に対しても伝統様式に準じた外観の整備費用を修景事業として補助しており、重伝建地区の一帯に歴史的な町並みが形成されている。
・地域住民も含めた事前協議組織「川越町並み委員会(旧町並み委員会)」により住民主体の保存活動になっている。
・重伝建地区の町並み保存の取り組みに加えて、平成28年(2016年)に氷川神社の川越祭りがユネスコ無形文化遺産に登録され、川越市の観光客数は平成23年(2011年)の602.7万人から令和元年(2019年)の775.7万人に増加している。なお、コロナ禍の影響から令和2年(2020年)と令和3年(2021年)は385万人と392万人となっている。
川越の重伝建地区は、商売替えしている店もあるが土蔵造りの店蔵が店舗として活用され、江戸時代の風情を残す町並みを多くの観光客が訪れている。令和3年(2021年)の観光客への川越についてのアンケート調査(注1)の満足度では大変満足18.5%、満足59.3%と、約78%が満足以上と回答している。
(注1) 川越市観光アンケート調査報告書(令和3年(2021年)1~12月 有効回答1,181名)
川越市公式HP-観光統計資料 (city.kawagoe.saitama.jp)
一方、観光客の増加に伴ってオーバーツーリズムの問題が発生し、とくに、重伝建地区の中心を通る道路は幹線道路で車両の交通量が多く、車両と歩道からはみ出した歩行者が接触する危険がある。上記アンケート調査の要望事項では、駐車場やトイレ、無料休憩所などの施設整備に続いて、交通の安全性向上への要望が26.4%となっている。一方通行や歩行者天国を求める声があるが、一方通行は市民が反対し、歩行者天国はイベント以外では実現していない。
また、令和3年(2021年)のGPSデータのエリア別観光客人数(注2)は、一番街と言われる重伝建地区の蔵造りの町並み周辺のエリアが約77%を占めており、もっと広く川越の歴史を感じてもらえるように回遊性の向上を図ることが課題である。
(注2)川越市公式HP-川越市入込観光客数
(www.city.kawagoe.saitama.jp › welcome › kankotokeishiryo › irikomi)
(参考) 川越市公式HP-観光スポット/川越市 (city.kawagoe.saitama.jp)のゾーン地図

2. まちづくりの歴史
川越は明治以降も南地区の鉄道駅を中心に発展したが、現在の重伝建地区の蔵造りの町並みはさびれ、生活に不便だと蔵を壊して建て直す店や、蔵造りは古めかしいと看板で蔵を覆う店もあった。
昭和40年代、全国的な開発の波とともに古い町並みの保存運動が起き、川越においても1792年建築の「大沢家住宅」が昭和46年(1971年)に国の重要文化財の指定を受けた。大沢家住宅は江戸で流行していた耐火の蔵造りで明治26年(1893年)の川越大火でも焼失を免れた。そのため、大火後の町の再建は蔵造りで行われ現在の町並みができあがった。川越の蔵造りの町並みは昭和50年(1975年)の文化財保護法の改定で制定された重伝建地区の候補になったが、建物の改築が制限され生活や商売が不便になるとして住民が反対した。
しかし、昭和60年代に、保存だけでなく江戸の町の風情を残す町並みを生かしたまちづくりとして動き出した。昭和62年(1987年)に地区の商業協同組合が専門家や行政と事前協議組織「町並み委員会」をつくり、翌年、基本目標に「現代にふさわしい居住環境の形成と豊かな生活文化の創造」を掲げる自主協定「町づくり規範」が作成され、平成11年(1999年)に蔵造りの町並みを中心とした商家町が重伝建地区に選定された。

3. 川越のまちづくりの優れた点
川越の蔵造りは短冊敷地にあり、表道路に面した店蔵の奥に、住居棟や蔵などが建っている。川越の重伝建地区では、店蔵を保存して歴史的風致の維持向上を図る一方、奥の住居棟などは規制を緩和して「現代にふさわしい居住環境」への建て替えが可能で、裏通りは普通の住宅街になっている。重伝建地区に選定される以前から「町並み委員会」による住民主体の取り組みがあったことが、文化財保護と日常生活のバランスに配慮したまちづくりにつながっている。

4. 他地域の小江戸と比較した特色
江戸の面影を残す町並みの代表的なものとしてはほかに、千葉県香取市佐原の商家町と栃木県栃木市の在郷町がある。ともに重伝建地区に選定され小江戸と呼ばれている。
佐原、栃木は江戸時代、天領、旗本領、大名領に細分化されていたが、川越は江戸の北の守りとして代々有力大名が藩主となって17万石を誇った。幕府から厚い庇護を受けた喜多院が1638年に火災でほとんどの伽藍を焼失した際には、江戸城紅葉山御殿の一部が移築されている。また、川越城の守護神である氷川神社の川越祭りは、江戸天下祭りの山王祭りや神田祭りを手本にしており、その姿をよく伝えている。1848年に建てられた川越城本丸御殿は主要部が現在も残っている。
川越は商家町だけでなく江戸時代の城下町としての面影が一体的に残っている点が、佐原、栃木と比較した特色である。

5. 今後の課題
(1)重伝建地区
川越の重伝建地区は江戸情緒を楽しむ多くの観光客が訪れているが、蔵造りの構造を学んだり、歴史的風致を将来につなげていくために住民が取り組んでいる「現代にふさわしい居住環境の形成」を知ることができれば、観光客は蔵造りの町並みを生活文化としても理解できるようになる。そのためには、蔵造り資料館を活用した情報発信が考えられるが、現在、解体復元及び耐震化工事中で完成日は未定となっており、一日も早い完成が待たれる。
一方、オーバーツーリズムによる問題が発生しており、とくに交通の安全性の向上は喫緊の課題であり、歩行者天国実施日の拡大や交通整理員の配置など具体的な対策が必要である。
(2)回遊性の向上
県指定史跡川越城跡は現在、運動公園となっているが、本丸御殿前の構えや北門等の復元、富士見櫓跡や中ノ門堀跡などとの一体化により、歴史公園として再整備する事業が令和2年度(2020年度)から令和12年度(2030年度)にかけて段階的に進められている。これにより、川越城の総構が分かりやすくなり、蔵造りの町並みや喜多院、氷川神社などと一体となった城下町としての魅力度が高まり、現在は蔵造りの町並み周辺に集中している観光客の回遊性が向上すると思われる。

6. おわりに
川越市は令和4年(2022年)に市制施行100周年を迎え、記念企画の一つとして令和4年(2022年)11月から令和5年(2023年)1月まで市内を巡るスタンプラリーを行っている。観光客に蔵造りの町並み以外にも川越の魅力を感じてもらえるように、喜多院周辺を巡るコース(11月)、蔵造りの町並み周辺を巡るコース(12月)、本丸御殿、中ノ門堀跡など川越城関連スポットを巡るコース(1月)が設定されている。今後、川越城跡の歴史公園としての整備が進めば、川越は城下町の歴史と文化を感じられる観光地としてさらに発展していくことが期待される。

  • DSC_0062 江戸との舟運を支えた新河岸川
  • DSC_0030 蔵造りの町並み① 毎年10月に行われる氷川神社の川越祭りを控えて、紅白の幕が張られている。
  • DSC_0038 蔵造りの町並み②
  • DSC_0033 蔵造りの町並み③
  • DSC_0037 蔵造りの町並み④
  • DSC_0054 喜多院の本堂である慈恵堂。境内にある江戸城から移築された客殿、書院にはそれぞれ「徳川家光誕生の間」、「春日局化粧の間」が残されている。
  • DSC_0050 喜多院の南に隣接している仙波東照宮。徳川家康の遺骸を静岡から日光へ移葬する途中、喜多院で法要が営まれたことから、1633年に建立された。
  • DSC_0041 玄関、大広間、家老詰所などが残る川越城本丸御殿。一帯を歴史公園とする整備事業が進められている。

参考文献

・山口誠、須永和博、鈴木涼太郎『観光レッスン』新曜社、2021年
・重田正夫『川越藩』現代書館、2015年
・山野清二郎、松尾鉄城監修『うつくしの街川越』一色出版、2019年
・山下琢巳ほか「埼玉県川越市街における景観変化と観光化」(『城西大学経済経営紀要』35巻40号、2017年)

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