糸島生まれの福岡のソウルフード「牧のうどん」
1 はじめに
福岡の名物料理は何かと聞かれたら、とんこつラーメンやもつ鍋などと答える人が多いだろう。その中でもメジャーな存在は「一風堂」や「一蘭」など全国区の有名店があるとんこつラーメンだ。そのため、福岡ではラーメンが最も人気の麺料理と思われがちだが、実はそうとも言えない。天神サイトが、「うどんとラーメン、どちらが好きですか?」とユーザーアンケートを行ったところ、うどん76%、ラーメン24%で、うどんが圧勝している。この結果だけで、福岡ではうどんの方が人気であると結論付けはできないが、回答者の年代は幅広く、男女も混在しており、客観的なデータとして評価できる。〔註1〕本稿では、数ある博多うどん店の中から、福岡県糸島市に本店を構える「釜揚げ牧のうどん(以下、「牧のうどん」という。)」を取り上げ、同店の地域デザインと食文化の継承について評価する。
2 基本データと歴史的背景
(1)博多うどん
日本の三大うどんとは、秋田の稲庭うどんと香川の讃岐うどんの二つは確定していると言われ、三つ目は群馬の水沢うどんや長崎の五島うどんなど様々な意見がある。〔註2〕福岡の博多うどんには三つ目を争うほどの知名度はないが、博多駅近くの承天寺には「饂飩蕎麦(うどんそば)発祥之地」と刻まれた石碑があり、博多は日本のうどんの発祥地と言われている。
また、福岡県内で最古のうどん店「かろのうろん」の開業が1882年であることに対し、博多のとんこつラーメンの先駆け「三馬路」の開業は1941年であり、博多うどんはとんこつラーメンの半世紀以上前から市民に親しまれてきた。〔註3〕
(2)牧のうどん
牧のうどんの創業は1973年である。その原点は製麺所で、現在の社長の祖父が戦後間もなく農家の穀物を水車でひいて粉にする商売を始め、その対価としてもらった粉でうどんを作り、製麺所を立ち上げた。〔註4〕糸島で製麺所を始めた理由は、水がきれいで、田舎で土地も安かったこと、また、製麺所という商売はこちらから売りに出かけるため、不便な場所でも支障はなかったからという。やがてこの製麺所のうどんが上手いと評判になり、その場で茹でて食べさせてくれと言ってくる人が増えてきた。中には丼持参で来る人もおり、それならばうどん店を始めようとなった。しかしながら、製麺所という商売上、人口の多い市街地へ出店し、取引先である他のうどん店と競合するのは申し訳なく、製麺所の近所である現在の加布里本店(以下、「本店」という。)の場所で創業した。〔註5〕それから約50年、牧のうどんは、福岡県内に14店、佐賀県内に3店、長崎県内に1店の計18店を展開する人気のうどん店となった。〔註6〕
牧のうどんの特徴は、めんの柔らかさを選べることだ。博多ラーメンはめんの硬さを選べるが、牧のうどんでは柔らかさを「かた」「中」「やわ」から選べる。これは他の博多うどん店には見られない、牧のうどん独自のシステムである。また、「出汁を吸い込み、いつまでたっても減らない魔法のうどん」であることも特徴だ。〔註7〕実際に牧のうどんを食べてみると分かるが、本当に食べても食べてもめんが減らない。その一方で、出汁はどんどん減っていく。そのため、注文したうどんと一緒に追加用の出汁が入ったやかんも運ばれてくる。その出汁を自分でつぎ足しながら食べるのが牧のうどんの食文化だ。この魔法のうどんについては、実際に食べてみると一目瞭然であるため、ぜひ来店の上、体験してもらいたい。
3 牧のうどんの評価
牧のうどんには特筆すべき点が2点ある。一つ目は、店舗展開にみられる「地域デザイン」である。牧のうどんの全18店舗を地図上で見ると、本店を中心に、東は九州一の人口を誇る福岡都市圏、西は二丈バイパスから西九州自動車道沿いに佐賀県及び長崎県に分布している。〔資料1〕例外は南東方向にポツンと存在する鳥栖店だが、こちらも本店から西九州自動車道・福岡都市高速道路・九州自動車道というルートで結ぶことができる。これらから、牧のうどんの各店舗は本店を中心に「限られた地域」に展開されていると言えるが、この地域のデザインに特色がある。地域とは、町内、小・中学校区、行政区など様々な捉え方があり、一般的には面で捉えることが多いが、牧のうどんはこの地域を本店からの移動時間でデザインしている。なぜならば、牧のうどんでは、本店とその近くにある製麺所で全店舗分のうどんと出汁を作り、各店舗へ運んでいる。それらの品質を落とさずに運ぶことが出来る時間が1時間半であるため、その範囲内に限り出店しているのだ。〔註8〕この点について、地図アプリで本店から各店舗までの移動時間を検証してみたところ、17店中、15店が60分以内、残る2店のうち鳥栖店は55分から90分、最も離れている三川内店でも70分から100分であり、デザインに沿った店舗展開がなされていることが分かった。〔資料2〕以上のように、地域を移動時間という独自の視点でデザインしている点について、積極的に評価したい。
二つ目は、食文化を継承していくための「味のブレの共有」である。牧のうどんでは、出汁もうどんも生き物であり、自然素材の原料もいつも同じではないため、作るたびに味が変わって当前と考えられている。そのため、毎回出汁が出来たら各店長が集まって味見を行い、皆でその味を確かめながら今日はどう作るのかを確認し、各店舗へ出汁を運んでいる。〔註9〕このように日々の味のブレをポジティブに捉え、それを共有しブレに合わせた調理をすることで、いつもと同じ牧のうどんの味をお客様に提供するという食文化を継承しているのだ。この点についても積極的に評価したい。
4 他の事例との比較
他の事例として、博多ラーメンの有名店「一風堂」と比較する。一風堂は1985年に福岡市中央区で創業した。創業から約10年で、新横浜ラーメン博物館や東京で出店するなど早くから広域的な店舗展開を行ってきた。また、2008年のニューヨークでの開店を皮切りに国外進出も果たし、現在、日本国外で約140店を展開している。〔註10、註11〕なぜ、一風堂は国内外で多店舗展開を行うのか、それは博多で生まれたラーメンを筆頭に、愛すべき日本食を世界へと伝え続けるという理念によるものだ。〔註10〕一風堂の店舗展開は、一見すると地域限定の牧のうどんと対照的だ。しかしながら、両者には、博多で生まれた食文化を継承し、多くの人にその味を届けたいという思いは共通しており、その手法が異なるだけと考える。
5 今後の展望について
外食産業が抱える課題は、少子高齢化と人口減少による社会構造の変化への対応だ。特に、牧のうどんは郊外型の店舗展開であり、これに合致する。昨今、高齢ドライバーによる交通事故のニュースを見聞きする機会は多い。人は加齢とともに車の運転に支障が生じ、やがて運転免許返納へと繋がっていく。少子高齢化と人口減少が続く日本においては、高齢者の運転免許返納や運転控えはドライバーの減少に直結する。この傾向が続けば、車での来店がメインの郊外型店舗にとって死活問題となるだろう。この課題に対応するためには、車なしでも来店できる中心市街地への店舗展開を検討せざるを得ない。その試金石となるのが、2016年に開店した博多バスターミナル店と考える。牧のうどんにとって、福岡市の中心市街地への出店はキャナルシティ博多店の撤退以来、およそ10年ぶりであった。博多駅は九州の陸の玄関口であり、JR、地下鉄、バスと公共交通の利便性が良く集客力も高いが、一方で福岡市内でも特に地価が高いエリアでコストが嵩む。博多バスターミナル店が開店し約7年が経つが、同店はコロナ禍の逆風も乗り越え、この厳しいエリアの中で営業を続けている。この博多バスターミナル店の成功が、牧のうどんの新たな展開に繋がることを期待したい。
6 まとめ
以上のとおり、牧のうどんは、移動時間による地域デザインと、味のブレをポジティブに捉え共有するという特色を持ち、創業以来、長い年月を重ねながら福岡の食文化として根付き、愛され続けてきた。これからも福岡のソウルフードとして、地域限定で変わらぬ味を提供するとともに、将来的には郊外型と市街地型のハイブリットな店舗展開を行うことにより、さらに発展することを期待したい。
参考文献
〔註1〕
天神サイトホームページ「うどんとラーメンの派閥論争が決着!地元福岡の本音に激震!」
https://tenjinsite.jp/topics/topics/69737(2023年1月17日閲覧)
〔註2〕
うどんミュージアム ホームページ「日本三大うどんとは何うどんだ?」
https://udon.mu/8245(2023年1月17日閲覧)
〔註3〕
#FUKUOKAホームページ「福岡はラーメンよりうどんの街……ってホント!?」
https://www.city.fukuoka.lg.jp/hash/news/archives/102.html(2023年1月17日閲覧)
〔註4〕
糸島新聞社ホームページ「うどんだけでおなかいっぱいに 釜揚げ牧のうどん(糸島市神在)・上 シリーズ~糸島のすごい企業」
http://itoshima-np.co.jp/life/86/(2023年1月18日閲覧)
〔註5〕
サカキシンイチロウ『はかたうどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか』ぴあ株式会社、2015年、151から152頁
〔註6〕
株式会社釜揚げ牧のうどんホームページ「店舗住所」
https://www.makinoudon.jp/cont6/main.html(2023年1月18日閲覧)
〔註7〕
サカキシンイチロウ『はかたうどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか』ぴあ株式会社、2015年、60頁
〔註8〕
サカキシンイチロウ『はかたうどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか』ぴあ株式会社、2015年、159頁
〔註9〕
サカキシンイチロウ『はかたうどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか』ぴあ株式会社、2015年、146から147頁
〔註10〕
一風堂ホームページ「ABOUT IPPUDO一風堂について」
https://www.ippudo.com/about/(2023年1月24日閲覧)
〔註11〕
「食品・外食 海外に再展開」讀賣新聞2022年12月23日朝刊22面