鹿児島ジャズフェスティバルに期待されるイベントの変容について
はじめに
鹿児島ジャズフェスティバル(以下「KJF」)は、2017年に一人の若手ジャズピアニスト・松本圭使氏が始めたイベントである。 鹿児島を愛し、鹿児島に拘る若者が担うイベントに期待される、今後の変容について考察する。
1 基本データと歴史的背景
① KJFの概要
KJFは、鹿児島市の繁華街・天文館地区を中心に開催される都市型のジャズフェスである。メインステージを天文館内の公園(約3,600坪)とし、ウェルカムステージを九州新幹線の玄関口・鹿児島中央駅前の広場(2018年~)に。サテライトステージとして天文館内のアーケードの一画や、店先の駐車場など3~4か所に設え、2日間(2019年からは3日間)にわたりジャズのセッション(即興演奏)が野外で繰り広げられる。開催日時は9月第2週の週末(金~日曜日)で、正午前後から午後9時まで。観覧は全て無料である。 出演者は地元アマチュアバンド(小学生ビッグバンド、大学ジャズバンド部)と国内外30名超のプロミュージシャンである。
② 鹿児島におけるジャズフェスの歴史
大正時代に日本に入ってきたジャズは、1950年代後半にジャズ喫茶という日本独自の文化を生み、全国に拡がったといわれており、鹿児島も県内各地にジャズ喫茶がある。ジャズライブは、ジャズ喫茶のオーナー等が主催し店内で行われてきたが、ジャズフェスとしては1960年代に地元新聞社との共催イベントがあったようである。その後1980年代にも鹿児島市郊外の広場でオールナイトライブが開催されたが2年で終了している。 近年では、鹿屋市と志布志市で「鹿児島おおすみジャズストリート」(2011年)、天文館で「Sweet Potato Jam」(2011ー2015年)が実施されるも一過性に終わっている。このように鹿児島におけるジャズフェスは、長く続かない状況であった(註1)。
③ 実行委員長・松本圭使氏について
松本圭使(まつもとけいし)氏は、1984年に生まれ、鹿児島県薩摩川内市で育つ。3歳からピアノをはじめ、17歳でジャズに触れバンドを結成。地元ピアニストから指導を受けつつ活動を展開し、当時からセンス良く端正な演奏が評判を呼んでいる(註2)。19歳でニューヨークに渡り1年半留学し、活動拠点を鹿児島に定めて帰国する。本人によれば、インターネットが普及する今後は、情報はどこでも手に入るため都会に拘る必要はないという理由である(註3)。
2014年には世界最大級「モントルー・ジャズ・フェスティバル」の日本初開催のピアノ・ソロ大会に挑戦し、地方在住ピアニストとしてただ一人、ファイナリストの4人に選出されている。また、2016年には文化芸術への貢献者に贈られる鹿児島市の春の新人賞を受賞している。
このように松本氏は、鹿児島という地方の、井の中の蛙的アーティストではなく、確かな実力と信念を持つ若者であるといえる。
2 KJFの評価すべき点
KJFの特徴は、オーセンティックな楽曲とセッションである。
オーセンティックな楽曲は、今も多くのCM等で使用される耳馴染みのある音楽であり、ジャズに興味がない観客にも親しみを感じてもらいやすい。また演奏者にとっても、ベテランはもとより若手のアーティストやアマチュアでも対応できるという利点がある。
セッションは、その瞬間で紡ぐ演奏者同士の音の化学反応であり、本来のジャズの自由さを想起させ、その醍醐味が味わえる。「ジャズ」を冠するフェスは数あれども、本物のジャズに拘ったイベントは貴重であるといえる。
また、タイムスケジュールも工夫されている。
ウェルカムステージは正午頃に始まり、午後3時から始まるメインステージとの開始時刻を重ねていない。これは、駅前広場から天文館へ誘うようにしているためと考えられる(鹿児島中央駅から天文館へは徒歩20分、路面電車10分)。メインステージ終了後の午後7時頃から始まるサテライトステージは、演奏者も移動することになるため、観客は気に入った演奏者を追うことができ、回遊効果があるといえる。
鹿児島市の陸の玄関口から残暑が厳しい鹿児島の日差しと共に始まったジャズの音波は、時間が経過するにつれ繁華街の天文館へその賑わいを移しながら夜を迎える、という仕掛けである。
3 他の同様の事例との比較
今や様々な規模・形態のジャズフェスがあるが、KJFと同様に、歴史が浅い飛騨高山ジャズフェスティバル(以下「H J F」)と比較してみることにする。
H J Fは、2018年に岐阜県飛騨市在住の5人の有志が始めたイベントである。会場は重要文化財である合掌造りの古民家が並ぶ野外ミュージアムにステージを4つ設け、5月下旬の土曜日に開催している。初回は14〜26時、2回目(2019年)は正午〜24時までであった。(3回目の2020年は中止)
KJFと異なる点として
・都市型フェスではない
・有料イベント
・主にバンド単位の招聘
などがある。
H J Fは、会場そのものに魅力があり、有料とすることで入場を制限し文化財へ配慮している。観客にとっては、目当てのバンド演奏を特別な空間で聴ける貴重な体験になる。
一方、KJFは街を回遊する合間に、シンボル・桜島を見たり、時には噴火した桜島の火山灰を体感したりできる。 また、バンド単位では味わえない個のアーティストの魅力が発見できる。(KJFはオーセンティックな楽曲のみの演奏となるため、バンド単位ではなくアーティスト一人一人に丁寧に出演オファーをしている。)
なお、KJFとの共通点として
・地元の良さを知る地元を愛する若者が開催
・継続的な開催を展望
・中心スタッフが少数
などがある。
両イベントともに、ビッグイベントにし、国内外から多くの人を呼び込むことを目的としていない。地元の魅力を発信するも、まずは地元の人に良い音楽を楽しんでもらい、定着させることを望み、地元への貢献を願っているのである。それを可能にするのは、地元の良さを理解している若者であり、意思決定や概念がブレにくい少数のスタッフで構成される組織であることが重要だといえる。(KJFのスタッフは10人)
4 今後の展望について
2020年のKJFは、コロナ禍からオンライン開催としたが、その内容は単なるオンライン演奏ではなく、東京と鹿児島の遠隔セッションをも生配信するという、本来の拘りを踏襲したものであった。これは、非常に高度な技術を要する画期的なことである。
オンラインでは、演奏者も観客も移動する必要がなくなり、来場できない遠隔居住者や来場を躊躇う障害者等も参加できる。一方で、ライブならではといえる演奏者と観客のその場の一体感で織りなすセッションが味わえないのは実に淋しいところである。
よって、今後は、遠隔セッションを行う場合であっても、演奏するライブ会場には観客を招き、それを同時配信し、オンラインで聴く観客からのチャット参加をライブに反映させる仕組みを構築するなどの「ハイブリッド」の開催も検討して欲しい。ライブとオンライン配信といった新しい形態のイベントは、今後ますます必至になるであろう。
鹿児島から世界へ、KJFのテーマ曲「鹿児島おはら節ジャズバージョン」とともにその魅力を、新しい波で、発信し続けることを期待したい。
5 まとめ
KJFは、若者の郷土愛とアーティストとしての拘りから始まっている。松本氏は「ふるさとは遠きにありて思うもの」ではなく「故郷に居て実行する」ことを選んだ。 そんな松本氏の自由な発想と変化への柔軟な対応力は、多様性が叫ばれる現在では、実に重要な資質である。
KJFは単なる地方のジャズフェスではなく、音楽シーンにも新しい解決策と希望を提示する可能性を有している新しい形のイベントとして発展して欲しいものである。
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鹿児島ジャズフェスティバル パンフレット(2017~2019年)(筆者私物) - 鹿児島ジャズフェスティバル2017メインステージ(天文館公園)の様子(2017.9.9筆者撮影)
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鹿児島ジャズフェスティバル2017サテライトステージ(協力店の駐車場)の様子(2017.9.9筆者撮影) -
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鹿児島ジャズフェスティバル2018メインステージ(天文館公園)の様子(2018.9.9筆者撮影) -
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鹿児島ジャズフェスティバル2018サテライト会場(アーケードの一画)の様子(2018.9.9筆者撮影) -
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鹿児島ジャズフェスティバル2020オンラインの画面(司会をする実行委員長・松本氏)(2020.9.12筆者によるスクリーンショット) -
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鹿児島ジャズフェスティバル2020オンライン販売のTシャツ(出演ジャズシンガー・和田明氏のイラスト)(筆者私物)
参考文献
(註1)「も記録」2017年10月(森田孝一郎氏ブログ)mojazz.air-nifty.com
(註2)2002年11月15日、南日本新聞 夕刊、002ページ
(註3)YouTube「ジャズフェスティバルは誰でも作れる!?必要なのは〇〇!!【鹿児島ジャズフェスを作ったピアニストに聞く!】 松本圭使×松原慶史 対談 前編」
鹿児島ジャズフェスティバルホームページ https://kagoshimajazzfestival.com/
森田孝一郎著『Keep Swingin'』、デザインエッグ株式会社、2017年
菊池昭典著『ヒトを呼ぶ市民の祭運営術 定禅寺ストリートジャズフェスティバルのまちづくり』、学陽書房、2004年
永井純一著『叢書 現代社会のフロンティア23 ロックフェスの社会学 ー個人化社会における祝祭をめぐってー』、ミネルヴァ書房、2016年
飛騨高山ジャズフェスティバルホームページ https://hidatakayama-jazz.com