鹿沼秋まつりにおける彫刻屋台について

河野 百夏

1 はじめに
鹿沼秋まつり(以下、秋まつり)は、毎年10月第二土・日曜日に栃木県鹿沼市(栃木県宇都宮市に隣接する人口約10万人の市)の今宮神社で行われる例祭である。秋まつりでは、氏子町の27町から1台ずつ、「動く陽明門」とも言われる豪華な彩色彫刻や白木彫刻の囃子屋台[註1]が繰り出す。この屋台行事は平成15年に国の重要無形民俗文化財、平成28年にユネスコ無形文化遺産に登録され、毎年約30万人が訪れる。秋まつりの特色と言える、時代の流れに合わせ受け継がれる彫刻屋台の構造や装飾といった変遷とそのデザインについて考察した。

2 起源
日照りが続き大旱魃となった1608年、今宮神社で氏子や近村住民が今宮の神に三日三晩雨乞いをし、雷雨が起こった。この霊験に感謝し神幸が行われるようになったのが秋まつりであり、その付祭として氏子が移動可能な屋根付舞台で踊り盛り上げたのが屋台行事である。日光東照宮建造に携わった職人が冬に日光山を下り、江戸と日光を結ぶ宿場町があった鹿沼で彫刻屋台を製作した。

3 彫刻屋台について
3-1 歴史と背景
享保年間は日光の屋台構造や機能を模した底抜屋台や吹抜屋台が飾幕で飾られた通祭屋台[註2]であった。天明年間になると踊りや芝居が行われ、踊屋台として飾幕と車輪が付いた。寛政年間の彩色彫刻や飾幕と張出屋台[註3]、車輪付きの踊屋台が現在の彫刻屋台の祖形だ。文化・文政年間、踊・芝居が豪華になり彩色彫刻と黒漆塗りをその背景とするようになった[添付1]。現存する最古屋台は文化年間1804年製作だ[添付2]。職人たちは豪華彫刻で腕を競い合うが、1827年、祭礼仏事の踊・芝居禁止令、質素倹約令により白木造白木彫刻屋台に移行し、この時代製作のものは踊屋台の機能がない[添付3]。明治初期からは構造が簡略化され、花屋台に白木彫刻を付加した囃子屋台となる。以上が彫刻屋台に彩色彫刻や白木彫刻などがある理由である。質素を求められた時代にも職人は作品を彫り続け腕を競い合ったことがわかる。

3-2 構造と彫刻
彫刻屋台は幅3.5メートル、長さ4.5メートル、高さ4.5メートルが標準の四輪単層館型[註4]だ。町の歴史や製作年代により各屋台デザインが異なる。全面の絢爛豪華な彫刻は「葡萄と栗鼠」や「牡丹に唐獅子」など故事を題材にした花鳥や鳥獣などが彫られている。屋台前後の屋根破風板の鬼板・懸魚[註5]は魔除けの意味を持ち龍や唐獅子、鳳凰などの霊獣が多い。かつて踊屋台だったため脇障子は左右開閉、表裏から見られる構図で、筋交いや釘等を使用していないのが特徴だ。

3-3 単層館型と内輪
1660年建立の今宮神社の鳥居は低く屋台は単層館型で、繰り込みの際に鬼板を倒していた。また屋台運行時に電線が危険なため屋根係が乗るが、屋根係も鳥居をくぐるたびに降りていた。1993年鳥居新造後からそのまま鳥居をくぐれるようになったが、今でも屋根係が乗る[添付4]。
車輪は本体の内側につき(内輪)、車隠しに彫刻が飾られる。内輪の理由は、鹿沼宿には江戸~明治期まで道路中央に生活用水堀があり橋が多く道幅が狭かったこと、また1808年に拡幅するまで今宮参道が狭かったことである。道が改善された今も内輪のままだ。

4 秋まつりと彫刻屋台
4-1 繰り込みと繰り出し
祭当日、屋台は今宮神社の大鳥居を一台ずつくぐり囃子奉納する。全台の繰り込み後、夕刻には境内に並ぶ屋台に提灯が灯り、繰り込みと同じ順に繰り出す。1882年祭典議定によるとかつて繰り出しは繰り込みの翌日、神輿御巡幸に続いて行われ、一晩境内に屋台が並んでいた。1968年からは同日繰り出しとなった。

4-2 「ぶっつけ」
9月上旬、本屋台を模したリヤカーの仮屋台が今宮神社にお囃子と繰り込み奉納し、本祭りへの参加意思を表す行事は「ぶっつけ」と呼ばれる。そして秋まつり両日、主要交差点で向かい合う二台以上の彫刻屋台が囃子競演を行う祭一の見所も「ぶっつけ」と呼ばれる[添付5]。初めは一定の距離を保ち向かい合う屋台同士が時間経過と共に囃子音量を上げ接近する。現在は5分程で終わるが、かつてはどちらかの調子が狂うまで競演を続けた。この二つの行事から秋まつりは「ぶっつけ祭」とも呼ばれる。

4-3 「一斉きりん」
祭二日目午後、市街地中央で屋台揃い曳きが行われ、夕刻の「一斉きりん」に向け屋台が練り歩く[添付6]。「一斉きりん」とは、全ての屋台を一斉に方向転換させる技術である。その方法は、ネジ溝が刻まれた軸棒にクロス状に金属棒を差し込み回して持ち上げる方法(ネジ式ジャッキ)と、オイルに圧力をかけ持ち上げる方法(油圧ジャッキ)である。現在は軽量で小型の油圧ジャッキが多く使われる。また、江戸時代からの伝統技術である二本の長いテコ棒とウシという回転台やウマと呼ばれるテコ台を使いテコ廻しを行う町もある[添付7]。

5 西下ヶ橋町屋台との比較
5-1 構造
栃木県内の屋台は大きく「鹿沼型」と「宇都宮型」に分けられる。鹿沼型は間口6尺×奥行12尺基準、宇都宮型は間口5尺×奥行10尺基準である。内輪車隠し有りの鹿沼型に対し、宇都宮型は外輪で車隠しがなく、屋台形式の違いがある。
筆者の住む宇都宮市西下ヶ橋町の彫刻屋台は典型的な宇都宮型の囃子屋台である。明確な制作年月は不明だが江戸末期と推測され、製作や修復は鹿沼彫刻屋台と同じく鹿沼在住の職人が行っている。踊り場があり、屋台本体は黒漆塗り、龍や波、花鳥、鯉、親子獅子などの豪華な彩色彫刻が施されている[添付8]。

5-2 神社と祭
西下ヶ橋町の屋台繰り出しは神社祭礼の付祭ではないため、現在は6年に一度の開催だ。地元の八坂神社や高尾神社との結びつきは薄く、地区自治会主体である。鹿沼の屋台行事はその起源から住人との結びつきは強く、奉納により祭の意味合いも強い。西下ヶ橋町のある河内地区にも数台の屋台があるが、各屋台は各町内のみを独自に廻り、鹿沼のように屋台同士が並ぶことはない。鹿沼の彫刻屋台は祭の賑やかさや勢いが他より秀でている。

6 評価
筆者が評価している点は、時代に合わせ変化しながら伝統が受け継がれていることである。特に、20台以上の製作時代が異なる屋台が存在する点が魅力的である。屋台の構造、彫刻、彩色、方向転換技術それぞれに各時代の歴史がうかがえる。
また、彫刻屋台を維持し続ける職人の技術も重要である。現在は各町に大きな屋台蔵が整備され組立てたまま蔵保管も可能だが、かつて全ての屋台は各町民が祭前日に組立て、祭後に解体し石蔵に保管した。そのため、筋交いや釘を使用しないといった分かり易い構造で製作する必要があった。動きが多く一般的な大工技術では破損や劣化が多いため、丈夫な造りの特有の技術が必要となる。見た目の美しさだけでなく、屋台を扱う側にとっても優れたデザインである。現在、彫刻屋台の修復は主に「鹿沼の名匠」と呼ばれる彫師、彩色師、車師、屋台大工と、地域の大工など鹿沼在住の職人が行っている。そしてその屋台を町民の手で祭に繰り出す。製作から祭当日まで地域一体となり協力している様子は、まさに鹿沼が守り続けている伝統である。

7 これからの彫刻屋台
彫刻屋台は、彫刻だけでなく構造や車輪幅などが各時代のまま受け継がれ、デザインを守りながら多様化した。屋台が現在まで地域の中で受け継がれてきたように、今後も時代に合わせて変遷しながら後世に繋がっていくと考える。彫刻屋台が維持されるには、職人の力、その技術が何より大切である。そして屋台行事として存続するには、地元住民の力が不可欠となる。各町に一台ある彫刻屋台は長年住民により守られ、屋台行事はユネスコ登録により県内外、海外から多くの関心を集めている。祭だけでなく鹿沼市にある彫刻屋台展示館[註6]の来場者数も増えている。彫刻屋台を後世に繋げる役目を果たすのは鹿沼市民だけではなくなったことを示していると考えられる。彫刻屋台が鹿沼と世界を繋ぎ、今後もより多くの人々が秋まつりに訪れ、時代に合わせて変化していくことで、彫刻屋台が受け継がれ続けることを願う。

  • %e6%b2%b3%e9%87%8e1 [添付1]戸張町屋台(文政11年製作 黒漆塗彩色彫刻屋台) 2018年10月7日筆者撮影
  • %e6%b2%b3%e9%87%8e2 [添付2]下横町屋台(1804年製作 黒漆塗彩色彫刻屋台) 2018年10月6日筆者撮影
  • %e6%b2%b3%e9%87%8e3 [添付3]麻苧町屋台(安政3年製作 白木造白木彫刻屋台) 2018年10月6日筆者撮影
  • %e6%b2%b3%e9%87%8e4 [添付4]大鳥居と屋根係 2018年10月6日筆者撮影
  • %e6%b2%b3%e9%87%8e5 [添付5]「ぶっつけ」 交差点で囃子競演をする7台の彫刻屋台 2018年10月7日筆者撮影
  • %e6%b2%b3%e9%87%8e6 [添付6]「一斉きりん」 夕刻に提灯が灯り一斉に屋台回転を行う 2018年10月7日筆者撮影
  • %e6%b2%b3%e9%87%8e7 [添付7]「テコ廻し」 2本の長いテコ棒を使った屋台方向転換 2018年10月6日筆者撮影
  • %e6%b2%b3%e9%87%8e8 [添付8]西下ヶ橋町彫刻屋台 宇都宮型の外輪が特徴 2018年10月19日筆者撮影

参考文献

脚注
[註1]屋台は大きく彩色彫刻漆塗屋台、白木彫刻漆塗屋台、白木彫刻漆塗り屋台に分けられる
[註2]付祭で曳かれる小さな屋台
[註3]踊台(張出屋台)が付いた屋台
[註4]唐破風の屋根をのせた単層の四輪屋台
[註5]屋根破風板の上に鬼板(おにいた)、下に懸魚(げぎょ)が付いている
[註6]「屋台のまち中央公園」「木のふるさと伝統工芸館」「仲町屋台公園」「文化活動交流館」にて屋台見学 が可能

参考文献等
・『鹿沼秋まつり公式サイト』(www.buttsuke.com/)
・中島正 『鹿沼今宮神社の祭礼と屋台』 2009年
・鹿沼秋祭り実行委員会事務局 『鹿沼秋まつり』 2017年
・『2018鹿沼秋まつり公式ガイドブック 鹿沼彫刻屋台秋まつり』 2018年
・池田貞夫・黒崎孝雄 『河内町西下ヶ橋町屋台 調査報告書』 2001年
・住吉晴 『河内町の屋台と天棚』 河内町文化財保護審議委員 2007年

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