美濃歌舞伎保存会の活動から見る地域芸能、地域社会のこれから

髙木 満

はじめに
地域の芸能として全国各地で伝承されている地歌舞伎、中でも岐阜県東濃地方には30もの保存団体があり活発な活動が行われている。伝統芸能が衰退し、継承することが危ぶまれる中で、地域社会に根差し、存在感を保ち続ける地歌舞伎の今後の在り方について。岐阜県の保存団体の中でも個性的な活動を続ける『美濃歌舞伎保存会』を軸に考察する。

基本データ
「美濃歌舞伎保存会」
所在地 岐阜県瑞浪市明世町戸狩331(ミュージアム中山道)
「相生座」
所在地  岐阜県瑞浪市日吉町8004-25
1890年に岐阜県益田郡下呂町宮地に建設され、1971年に、取り壊される予定であった建物を現在の地に移築。使用できない状態となっていた舞台材料と機構は、明治初期まで愛知県名古屋市大曽根にあり、その後旧恵那郡明智町に移築されていた常盤座の舞台機構を移設し、二つの芝居小屋を合体復元したものである。
現在は「美濃歌舞伎博物館 相生座」として衣装や小道具などが展示され、毎年9月に公演が行われる美濃歌舞伎保存会の活動拠点となっている。

地歌舞伎とは
歌舞伎は庶民の娯楽という性質上、武家のお家騒動や市井のスキャンダルを題材として扱った演目が多く、幕府はたびたび取り締まりを行った。興行停止となり江戸や大阪を追われた歌舞伎役者は地方へと逃げ込み、田舎の町で興行を始める。当時は街道が整備された事により、庶民の間でも旅行ブームが到来し、その道中、人々を魅了したのが歌舞伎である。それは、娯楽の無かった農村の人々にとって大きな衝撃であり、着物の種類に至るまで厳しく決められた身分社会の中で、誰でも美しい衣装をまとい、刀を差して武士になりきる事が出来る歌舞伎に憧れた人々は、地元に帰り自分たちでやり始めるのである。その熱狂ぶりは、農作業がおろそかとなるほどで、ここでも歌舞伎は取り締まりの対象となる。しかし農民たちは、神社の祭礼など、神に奉納するという形をとる事で規制をかいくぐり、歌舞伎をやめる事はなかった。歌舞伎役者の中には農民たちの指導をし、その地にとどまった者もあり、地域芸能としての地歌舞伎が各地で定着してゆくのである。

美濃歌舞伎保存会発足の歴史的背景
岐阜県瑞浪市日吉町は古くから地歌舞伎の盛んな土地であった。娯楽の少ない農村地帯であった事が理由として上げられるが、それ以上に中山道の存在は大きく、この地を治めていた尾張藩は、中山道を守るため撫民政策をとり、地歌舞伎をすることをおおめに見ていた。これにより活発な活動をすることが出来たため、地域に根差した文化となっていった。戦後に至っても、地域の公民館はどこも歌舞伎の舞台として使う事が出来るようになっていたほどであるが、高度経済成長による若者の都市部への流出と新しい娯楽の台頭、生活の欧米化により、衰退してゆく。そんな中、この状況を憂い、地元の文化を残そうと立ち上がったのが小栗勝(克介)さんである。小栗さんは青年時代に自身が熱狂した地歌舞伎の文化を残すため、1971年、自らの会社である日吉ハイランド倶楽部の運営体系に初めから地歌舞伎の保存事業を盛り込み、社員総出で地歌舞伎に取り組んだ。こうして美濃歌舞伎保存会の活動がスタートする。

一企業による運営という特殊性
地域芸能や伝統文化の継承、建築物の保存は、行政によるものと考えられがちであるが、美濃歌舞伎保存会は一企業の運営体系に組み入れられたものであり、相生座は個人の持ち物である。相生座以外にもミュージアム中山道という施設を持ち、地域の人たちや地歌舞伎に興味のある人たちの協力を得ながら活動を続けている。特に衣装の保存活動は、地域にあった衣装屋の廃業を機に譲り受けたおよそ3000点の衣装や小道具を管理保存し実際に舞台で使用している。また、新しい衣装の制作にも取り組んでおり、金糸を使った刺繍の技術を身に着けるため、京都の繍匠、樹田紅陽さんを招き勉強会を行ったりしている。三味線や浄瑠璃、化粧などについても定期的に勉強会が開かれ、裏方ばかりではなく、舞台で演じられる外題についても、昔の村の人々が書いた台本を研究することによりその地域ならではの演技やセリフ回しなどを伝える努力がなされている。地域文化を守りながら、地域にとらわれない柔軟な対応もなされており、他地域への衣装の貸し出しや地歌舞伎そのものに対する研究も、他県、他地域の研究への協力も惜しまない。こうした活動の在り方は、一企業の立場であるからこそできる事であると考える。

後継者不足と過疎化
現在、地歌舞伎が抱える最も大きな問題は後継者不足である。伝統芸能が今も残る地域は、山間の農村地域である事が多く、若者の都市部へ流出が避けられない状況にあり、後継者を育てようにも若者がいないというのが現状である。岐阜県内のいくつかの保存会への取材。県外では長野県大鹿村での取材でも同様の話を聞く事が出来た。これは村の祭りで神社に奉納される神楽や獅子舞なども同様の状態であると言え、問題がそのまま地域の過疎化を意味しており深刻である。また、こうした状況は、日本だけの事ではなく、経済成長が著しい中国や韓国、ロシア、中央アジアでも同じような状況が見られ、特にチベット族やモンゴル族の英雄叙事詩「ケサル王物語」や「ゲゼル・ハーン物語」キルギス族の長編叙事詩「マナス」などの耳で聞く文芸の衰退は深刻である。歌や踊り、楽器の演奏などの芸能は、本質的にはその場限りで後に形の残らないもので、そこで暮らし、先祖とのつながりや人々の交流の中で次の世代へと引き継がれるものである。歌舞伎における浄瑠璃や三味線なども、音の感覚や、間や呼吸のとり方など、実際に目で見て感じてこそ継承される。人口の減少により地域という枠組みがその役割を果たす事が出来なくなってゆく中、美濃歌舞伎保存会の在り方は、枠組みを企業という形に置き換えることで新しい形の再構築の在り方を提示する取り組みと捉える事ができる。

今後の展望
日本は、少子高齢化により、限界集落と呼ばれる地域ができ、今後、多くの市町村がなくなる可能性があると言われている。政府の少子化対策も現状の若者の人数を考えれば、突然、子供の数が増えることは考えらない。そうした状況下で地域社会を行政の力だけで維持するのは難しくなっていると言えるのではないだろうか。世界的に見ても先進国を中心に同じような状況が見られ、その先頭を走っているのが日本である。しかし、バブル経済の崩壊から長い不況の時代がつづき、東日本大震災を経験した今の日本人は、「最後に頼れるのは人とのつながりである」という考え方に変化しつつあり、欧米化一辺倒の考え方から、地域の文化を大切にし、つながりを取り戻そうとし始めており、その中で地歌舞伎にも注目が集まり始めている。総合芸術である歌舞伎は。多くの人たちが舞台という一つの目標に向かう事で成り立っている。地歌舞伎ではそれらをすべて地域の住民が行っており、地域社会と密接にかかわって、人と人をつなぐ役割を果たしているのである。そして、美濃歌舞伎保存会の取り組みは、市町村という限られた枠組みでは無く、企業がその役割を担う事で柔軟に対応することができる環境を作り出している。
現在、岐阜県は、2020年の東京オリンピックの文化プログラムとして地歌舞伎の講演を開催する事を計画しており支援する体制をとっている。また、最近ではコスプレ文化の広がりにより、日本の伝統的コスプレともいえる歌舞伎にも海外からの注目が集まっている。インターネットの発達で、人のつながりのあり方が変化しSNSなどを通じ、世界中のだれとでもつながりを持つ事が出来る現代であるからこそ、少子高齢化の問題で先頭を走る日本は、観光客を呼び込む宣伝活動ばかりではなく、こうした、違う角度から見た地域社会のあり方を世界に発信していく必要があると考える。

  • 1 相生座正面 (2017年8月19日筆者撮影)
  • 2 相生座内部の展示 古い衣装が大切に保管されている(2017年8月19日筆者撮影)
  • 3 毎年9月に行われる公演の様子。演者も客も地域の人たちである。客席と舞台が一体となる。(2017年9月30日筆者撮影)
  • 4 三味線と浄瑠璃の練習風景。(2017年9月20日筆者撮影)
  • 5 金糸による刺繍、近年では一般に金糸が手に入らなくなってきており、こうした保存活動は重要な意味を持つ。(2017年10月6日筆者撮影)
  • 6 明治時代に書き残された歌舞伎の台本、こうした手書きの台本の当て字などの間違いを修正しながら地域の特色が残る台本へと作り上げてゆく。(2017年10月7日筆者撮影)
  • 7 手作りの小道具「諏訪法相の兜」知恵を出し合い、みんなで協力して作る。地歌舞伎ならではである。(2017年9月23日筆者撮影)
  • 8 歌舞伎役者体験での様子。こうした体験イベントを通し地歌舞伎を知ってもらう地道な活動である。モデルは筆者自身(2017年10月14日相生座スタッフ撮影)

参考文献

小栗勝(克介)、小栗幸江、日比野光敏、水野耕嗣、古川秀昭、箕浦由美子著『美濃の地歌舞伎』岐阜新聞社出版局 1999年
小栗幸江編『ぎふ地歌舞伎衣裳』岐阜新聞社 2015年
宮本辰雄編『大鹿歌舞伎の里』大鹿歌舞伎保存会 2010年
大鹿歌舞伎記録調査委員会編『国選択無形民俗文化財調査報告書 大鹿歌舞伎 研究編』大鹿村教育委員会 2000年
大鹿歌舞伎記録調査委員会編『国選択無形民俗文化財調査報告書 大鹿歌舞伎 資料編』大鹿村教育委員会 1999年
佐々木勇志、及川健智編『大人の学び旅2地歌舞伎を見に行こう』株式会社産業編集センター 2017年
大賀愛理沙、新山楓子編『別冊宝島2598号 歌舞伎への誘い』株式会社宝島社 2017年
日本放送協会 NHK出版編『NHK趣味どきっ! 中村獅童のいざ歌舞伎へ』NHK出版 2017年
宗方翔著『学校で教えない教科書 面白いほどよくわかる 歌舞伎』株式会社日本文芸社 2008年
橋本治著『大江戸歌舞伎はこんなもの』株式会社筑摩書房 2001年
山田昌弘著『なぜ若者は保守化するのか』東洋経済新報社2009年
野村総合研究所 松下東子、日戸浩之、濱谷健史著『なぜ、日本人はモノを買わないのか?』東洋経済新報社2013年
火田博文著『日本人が知らない 神社の秘密』株式会社彩図社 2017年
菅野俊輔編著『図解江戸の旅は道中を知るとこんなに面白い』株式会社青春出版社 2009年
星野紘著『世界遺産時代の村の踊り―無形の文化財を伝え残す』株式会社雄山閣 2007年
河合雅司著『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』2017年
瑞浪市教育委員会編『瑞浪市の文化財』瑞浪市 1969年
岐阜県教育委員会編『岐阜県文化財図録』岐阜県 1999年

中日新聞 東濃版 斉藤航輝記者『心一つに美濃歌舞伎』中日新聞2017年9月26日
中日新聞 東濃版 渡辺真由子記者『瑞浪で「美濃歌舞伎」公演』中日新聞2017年10月3日
岐阜新聞電子版 『地歌舞伎で五輪応援 県、定期公演を文化プログラム申請』2017年1月1日www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20170101/201701010152_28728.shtml
文化庁ホームページ 『全国の地芝居(地歌舞伎)調査報告書(平成27年度)』
www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/jishibai_jikabuki/pdf/h27_chosahokokusho.pdf
岐阜女子大学ホームページ 地域文化研究所 地芝居について www.gijodai.jp/chibunken/chishibai/
取材 
美濃歌舞伎博物館 相生座 館長 学芸員 小栗幸江 取材日2017年8月19日より複数回
松川竜之介稽古場 松川竜之介 取材日2017年8月19日より複数回
繍匠 樹田 樹田紅陽 取材日2017年10月9日
ハーバード大学大学院 音楽研究科 民族音楽学専攻 博士課程 マイケル・クシェル 取材日2017年9月9日、9月30日

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