緑の公園都市から世界へ発信するショコラティエ

多幡 秀隆

〜終わりなきカカオ探求

1.はじめに
三田市は、兵庫県南東部にある緑豊かな公園都市である。(写真2)阪神地域では最も北にある新しく開けた郊外の衛星都市でありながら、少し車を走らせれば、鹿や猪が住む山に到達する。新しさと古さが共存する街である。
パティシエ エス コヤマ は、駅から離れた住宅街の中にあり、開業する立地としてはあまり良くない立地である。しかし、チョコレートや小山ロールを求めて訪れる人が絶えず毎日行列を成しているのである。
小山進氏が、緑豊かな三田市からパリのサロン・デュ・ショコラで、チョコレートの本場と言われるフランスの食通たちをも唸らせるチョコレートを発信出来る理由を、チョコレートの歴史を交え考察する。
2.基本データ 

株式会社 パティシエ エス コヤマ概要
代表 小山進
〒669-1234
兵庫県三田市ゆりのき台5-32-1
079-564-3192
http://www.es-koyama.com/
沿革
2003 兵庫県三田市にてパティスリー
「パティシエ エス コヤマ」open
その後第2棟 「Musée 」竣工
カフェ「eS LIVING hanare」
ショコラブティック
「Quartieme chocolat 進」open
第3棟 「FRAME」竣工
コンフィチュール&マカロンと
ブーランジュリーブティックが入る
2011.10月 
世界最大のチョコレートの祭典
「Salon du Chocolat Paris」(註1)
に初出展
外国人ながら、日本人初となる
最高位「5タブレット星付き」
を初出品で獲得
同時に
「外国人部門最優秀ショコラティエ賞」受賞
2013 第4棟 チョコレート専門店
「Rozilla(ロジラ)」open
設計 デザイナー 橋本夕紀夫氏
施工 世界的左官職人 久住有生氏
12歳以下しか入れない子どものためのパティスリー
「未来製作所」をopen
3.チョコレートの歴史
チョコレートの起源はスペイン人による征服より、何千年も前の中央アメリカにある。アメリカ大陸最初の文明オルメカ文明である。オルメカ文明は紀元前1500年頃生まれた。後にヨーロッパ人により『テオブロマ カカオ』(図1)と呼ばれるカカオの木は、当時『カカウ』と発音されていたと推定される。その後、カカオはマヤ文明などに受け継がれた。
マヤ族はカカオから飲み物を作っていた。(図2)
高貴な王族などの精力剤としてトウガラシなどと混ぜて飲まれていた。
カカオは、コルテスやコロンブスにより、ヨーロッパへもたらされた。
カカオにはポリフェノールの含有量により3種の系統がある。(図3)(註2)含有量が最も少なくカカオ独特の芳香を誇るのはクリオロ種であるが、稀少品種で1%の生産量に過ぎない。
ファラステロ種は、ポリフェノールを豊富に含み栽培が容易で生産量の85%を占める。苦味が強いがミルクとブレンドすると良い味わいになる。
トリニタリオ種は、クリオロとファラステロを交配した改良品種で、香味と病気に強い事を兼ね備え、生産量の15%を占める。
4.評価すべき点
⑴パイオニアである。
2011年に、小山進氏は、それまで日本人(日本在住の個人)は誰も出ていなかったフランス、パリのサロン・デュ・ショコラへ出品した。それは、その年の3月起こった東日本大震災で日本の食への欧米からの安全性への不信感を払拭し、日本人を元気づけるためでもあった。2011年の作品『C.C.C.デギュスタシオンNo.5 2011』で、小山氏は、マダガスカルクリオロ、コスタリカトリニタリオと大徳寺納豆などを用い、見事に初出品で、最高賞を受賞したのである。
⑵思いもつかない素材を使用
2011の大徳寺納豆に始まり、2012もフキノトウのミルクチョコレートでほろ苦さ、地元兵庫県西脇産の金ゴマの香ばしさ、フレッシュな酒粕のフルーティーさや甘さ、桜の樹をスモークし、欧米人にも日本人ですらなかなか思いもつかない素材をチョコレートに用い、見事なマリアージュを成し遂げた。フルーツは誰もが思いつくが、日本独自の素材でジャポネスク、いや小山イズムを表現した。
その後も、焦がし醤油、煮切り醤油とシェリーペドロヒメネス、奈良漬を瞬間高温高圧プレスしたり、スペインヌーボーのシェフがやるように、科学的知識を応用し、日本人の感性を存分に発揮したサプライズな味覚を創り出している。
⑶デザイン性
小山氏のこだわりはボンボンチョコレートそのもののデザイン性にもあり、風を吹き入れ丹波焼のような感覚を表現したり、チョコレートの商品一つ一つの宣材写真にもプロのカメラマンと共同で、そのままアートになりうる写真を製作している。私はこの写真だけで展覧会が出来ると思う位だ。また、パッケージデザイン、さらに直接取材して驚いたのは、2017年新たにオープンされたデコレーションケーキ専門店『夢先案内会社FANTASY DIRECTOR』この建物の外観を自ら粘土の模型の細部を立体でデザインし、それをそのまま世界的左官職人の久住氏が、再現しているのだ。(註3)
⑷カカオ産地への訪問
小山氏はまた、カカオの産地へ訪問し、現地カカオ農園で、産地ごとのカカオの状態を調べ、自分の創作に最適なカカオを選んでいる。註2で述べたように、カカオは交配が進み、また同じ品種でも土壌により風味が異なるのは、ワインと同じである。(註4)
⑸スイーツランドとしての展開性
パティシエ エス コヤマの敷地内の外壁に「エス コヤマ ランド」とでもいえる全体の地図が描かれている。まるでディズニーランドのようだ。ディズニーと同じく次第に新たな施設(パビリオン)が増え、スイーツのワンダーランドになり、リピーターも絶えない。
5.他の事例。大手メーカーの参入。
小山進氏がパイオニアとなったパリのサロン・デュ・ショコラ。今では、辻口氏や鎧塚氏や、他の日本人ショコラティエも参加している。そこへ、大手メーカーである明治が、「ザチョコレート」シリーズで参加してきている。同じパッケージデザインで色を変え、数種類展開しており、2017は「デザイン賞」を受賞した。中でも、「エレガントビター」はブラジルカカオを用いた香りが良くフルーティで酸味が溢れており、ビターテイストな、ベネズエラのカカオを用いた「コンフォートビター」と並び評価されている。
大手メーカーが、豆の現地での仕入れ、製作方法にこだわり、安価で素晴らしい品質のチョコレートをコンビニエンスストアやスーパーで買えるように努力した事は評価すべきだ。
しかし、これもパイオニアである小山進氏があっての事で、小山進氏はフランス以外の国際チョコレートコンクール、インターナショナルチョコレートアワーズにも、出品し、多数毎年受賞されているが、明治もインターナショナルチョコレートアワーズにも出品している。小山氏は、メジャーリーグの野茂のような存在なのだ。
まさに、池井戸氏の『下町ロケット』や『陸王』のような事が起こっているのだが、小山進氏は、元々TVチャンピオンで連続優勝し、『小山ロール』(註5)というクリームとフワフワでしっとり滑らかな特筆すべきロールケーキを生み出したり、三田市で開業する前には、全国のケーキ屋のアドバイザーをしていた事もあるアイデア溢れるクリエイター。絵画に例えれば、明治は、量産された良質なポップアート、小山進氏はピカソやゴッホのような真似出来ない作品なのであり、世界からパティシエやショコラティエが三田市の店舗にまで見学に来るくらいであり、今後も日本はおろか、世界のチョコレートを牽引する存在だ。
6.今後の展望
今後の展望として、もし批判的に見るところがあるとすれば、小山進氏の味覚、表現力が優れすぎていて、講演会、お菓子教室なども忙しく、執筆もこなしている事もあり、多忙過ぎで体調を崩す事がないか(註6)、小山氏の技量に近づける組織内の後継者が2、3名現れるかどうかだろう。野球に例えれば、V9巨人には王長嶋がいた。そこまでいかずとも、2.3点でも生み出せるスタッフが現れたなら、今後もより発展していかれる事だろう。(註7)
すでに、にしのあきひろ氏とコラボした絵本や、パティシエ エス コヤマのお菓子にインスパイアされた楽曲のアルバムなど、『パティシエ エス コヤマ』の世界は、菓子の世界を飛び出し、創造の世界を広げている。
カカオは、産地国により、また同じ国でも畑の違いにより、無限のバリエーションがあり、小山氏のカカオ探求の旅は果てしなく続いていく。

  • 1 写真1 小山進氏 プロフィール写真
    パティシエ エス コヤマ様より
  • %e5%9b%b32 写真2 http://sandanet19881108.seesaa.net/article/398844390.html
    兵庫県三田市にあるニュータウン ブログより
  • 3 図1 『チョコレートの歴史』ソフィー・d・コウ、マイケル・D・コウ p23より
    カカオの木
  • 4 図2 『チョコレートの歴史』ソフィー・D・コウ、マイケル・D・コウ p66より
    カカオドリンクの様子
  • 5 図3 http://cocoalabo.com/know/detail/cultivation.html
    「ココアラボ」より
    基本となる3種
  • 6 写真3 https://www.williescacao.com/world-cacao/different-cacao-varieties/
    産地によるカカオポッドの多様性
  • 7 図4 カカオの遺伝的多様性の起源、広がりと現在の世界的な分布
    Motamayor, et al. (2008) Geographic and Genetic Population Differentiation of the Amazonian Chocolate Tree (Theobroma cacao L). PLoS One 3(10): e3311. doi:10.1371/journal.pone.0003311
    http://www.springer.com/cda/content/document/cda_downloaddocument/9783319247878-c1.pdf
  • 8 図5
    Motamyorによる10種のカカオの分布
    Motamayor J.C., Lachenaud P., Da Silva e Mota J.W., Loor Solórzano R.G, Kuhn D.N., et al. (2008) Geographic and genetic population differentiation of the Amazonian chocolate tree (Theobroma cacao L.) PLoS One, 3 (10): e3311 (8p.).

参考文献

註 1
フランスのチョコレート愛好家クラブ「C.C.C.(le Club des Croqueurs de Chocolat)は、ガイドブックを発行し、毎年「サロン・デュ・ショコラ パリ」開催に合わせて、その年を象徴する様々なショコラティエを表彰し賞を贈る「アワーズ デュ ショコラ」を行なっている。
註 2
大きく分けると、この 3 種だが、各地で交配が進み、
例えば、ベネズエラでも、産地により、カカオポッドの形も色も様々であり、(写真 3)
ワインのブドウが産地により異なるように、多種多様になってきている。
例えば、ベネズエラのチュアオは、カカオのロマネコンティといわれている。
カカオの 7 つの産地[アクラ(ガーナ)、スラヴェシ(インドネシア)、サンチェス(ドミニ カ)、カレネロ(ベネズエラ)、アリバ(エクアドル)、グレナダ(グレナダ)、ジャワファン シー(インドネシア)]を官能試験、嗜好試験で比べた論文では、口どけはサンチェスが早 く、スパイシーな香りはスラヴェシが強く、華やかな香りはカレネロ、アリバが、スモーキ ーな香りはスラヴェシが強く、酸味はジャワファンシー、サンチェス、渋みはジャワファン シー、『こく』はカレネロ、総合嗜好では、香りはアリバ、グレナダ、味はアリバ、カレネ ロなど、産地により、かなりカカオの味覚嗅覚に variety が異なり、これからも DNA 解析 により、カカオの改良が進むと思われる。(図 4)
Motamyor の 2008 年の分類によれば、カカオは Amelonad,Contanama,Boliviano,Criollo,
Curaray,Guiana,Iquitos aka IquitosMixedCalabacillo(IMC)、Maranon,Nacional,Nanay,Purus に細分される。(図 5)
註 3
久住有生氏は、もともとパティシエになりたかったが、世界的左官の父から、
ヨーロッパのケーキ屋を見てくるよう旅費を渡された。その際、「いくつかのヨーロッパの 建築を見てくること」も条件付けられた。これが、彼に衝撃を与え、左官として表現する道 を歩みはじめた。その久住氏がケーキを作る建物を建てているのだ。
『月刊よろず 2017 年 12 月号 「おいしい」の周辺 小山進 より引用』
註4
小山氏はこれまで、世界各地のカカオ産地を訪れている。エクアドル、マダガスカル、ベトナム、インドネシア、コロンビア、ペルー。それぞれ土壌、品種の交配により、香り、味わい、全て異なり、現地で得た体験から得たインスピレーションが作品に表現されている。小山氏は、「産地に近い考えを持ったチョコレート職人」を意味する『カカオティエ』を目指している。
註 5
『小山ロール』はパティシエ エス コヤマの原点ともいうべき目玉商品。1 日に 最大1600 本売れる。(平成 24 年時 点)ロールケーキは、どこのケーキ屋にもある定番アイテムだが、エスコヤマの『小山ロー ル』は、しっとり滑らかでフワフワして、クリームもコクがあり爽やかだ。構想から毎日試作を重ね、3 年掛けて出来上がった。生地は、よくあるパサパサした感じではなく、茶色い焼きっ面でしっとり滑らか。牛乳をたっぷり加え卵黄と卵白を別々に泡立てる方法にたどり着いた。生クリー ムには、少量のカスタードが味のつなぎとして入っている。さらに、中には、柔らかくホクホクした むき栗の甘露煮が入っている。長い吟味の末に出来上がった逸品なのだ。
註 6
小山進氏は、パーソナルトレーナーを付けて、定期的にトレーニングを行うなど体調管理に も力を入れ、まだまだ自分が後進たちのために、そして未来を担う子どもたちのために、表 現者(クリエイター)としての背中を見せ続けなければならないという姿勢を見せ続けてい る。
註 7
『未来製作所』は子どもたちだけが入れるパティスリー。これは、エス コヤマのためだけで はなく、今後、お菓子作りだけではなく、クリエイターとして様々な分野のプロを目指すこ とになるであろう子どもたちが現れてくれたら、日本の未来は明るい、と小山氏は考えてい る。もっと広い視点から、クリエイターとしての後継者を育てているのだ。
学校へも講演に出かけているのも、その思いからだろう。
参考文献
・パティシエ エス コヤマ 『Rozilla』にて小山進氏にインタビュー
2017.9.7(木曜)14時〜15時
・『「心配性」だから世界一になれた』祥伝社 2014 小山進
・『丁寧を武器にする』祥伝社 2012 小山進
・『チョコレートの歴史』ソフィーDコウ、マイケルDコウ
河出書房新社 1999
・『チョコレートの文化誌』世界思想社 2004 八杉佳穂
・『チョコレートの世界史』中公新書 2010 武田尚子
・『カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン』幸書房 2011
佐藤清隆 古谷野哲夫
・『月刊よろず』vol.2 vol3 vol4 2017〜2018
よろず相研 連載『「おいしい」の周辺』小山進
・『バレンタインチョコレートEXPO2018 ガイドブック』
阪急うめだ本店 2018.1月配布
・『サロン・デュ・ショコラオフィシャルムック2017』
KADOKAWA
・http://shop.cake-cake.net/es_koyama/cate3_select.phtml?CATE1_ID=12&CATE2_ID=521
エス コヤマ オンラインshop 『NOIR SPRIT OF CACAO 一覧』
2018.1月アクセス
・https://www.williescacao.com/world-cacao/different-cacao-varieties/
http://cocoalabo.com/know/detail/cultivation.html
ココアラボ 『ココアの豆知識』
2018.1月アクセス
・『カカオ豆産地とチョコレートのおいしさの関係』
葛西真知子、石川由花、酒巻旦子、奥山知子、芦谷浩明、上脇達也、
飯田文子
Nippon Shokuhin Kagaku Kogaku Kaishi Vol.54 No.7 332〜338(2007)
・http://www.springer.com/cda/content/document/cda_downloaddocument/9783319247878-c1.pdf?SGWID=0-0-45-1544498-p177709758
Motamayor, et al. (2008) Geographic and Genetic Population Differentiation of the Amazonian Chocolate Tree (Theobroma cacao L). PLoS One 3(10): e3311. doi:10.1371/journal.pone.0003311
2018.1月アクセス
・https://youtu.be/rAKfWidfgqw
エス コヤマ「DISCOVERY~終わりなきカカオ探究の旅~」ロング.ver
2018.1月アクセス