
手稲区マスコットキャラクター「ていぬくん」にみる地域愛 —公共コミュニケーションデザインとしての考察—
0.はじめに
ていぬくんは、札幌市手稲区のマスコットキャラクターである。本稿では、地域に根差したデザイン活動として、ていぬくんを取り上げ、その成立過程、運用体制、露出環境、住民への浸透度を調査し、プロダクトとしての強みや今後の展望を考察する。
1. 基本データと歴史的背景
ていぬくんは、2009年に手稲区制20周年を記念し実施された公募により、221件の応募作の中から選定され誕生したキャラクターである[註1]。「手の形をした犬」という造形と、「ていぬ」という名称は、区の標語である「ていねっていいね」と語感的に響き合う、駄洒落的発想を核としている。白と赤を基調としたシンプルな配色に加え、手稲の特産品を好物とするなど、地域性を反映した設定も付与されている(資料1)。公共・民間を問わず無償利用が可能で、手稲区に活力を与え、手稲区への愛着を高めてもらうことを目的としている[註2]。
生い立ちとしては、手稲山で発見されたのち、イベントやグッズ販売などを通じ区のために活動してきたが、住所は定められていなかった。2013年7月23日、「ふみの日記念ていぬフレーム切手」の販売に合わせ、「住所を定めたい」との要望を受け、住民票が交付された[註3](資料2)。
運用体制の特徴としては、権利主体と意思決定の構造が挙げられる。ていぬくんの権利は市民団体「ていぬ活用委員会」が所有・管理し、事務局は区役所内に置かれている。窓口となっている手稲区役所市民部の地域振興課 中崎洋岳さんへのインタビューによると、同委員会は地元商店街関係者や区内大学の学生などで構成され、「地域に愛されるキャラクター」を活動方針として掲げ、全国的な知名度拡大よりも手稲区内での価値最大化を優先している。年4回程度の会合を通じ、グッズ企画やイベント連携、利用申請の審査、広報調整などを行っており、市民主体のボトムアップ型管理と行政との協働が両立した運営体制となっている。
実際には、商店街や区役所の掲示物、公園の石像、駅構内の掲示など、多様な場所でていぬくんが活用されている。着ぐるみでのイベント参加や、公式SNSでのキャラクター利用、グッズ展開も行われている(資料3)。
2. 事例のどんな点について積極的に評価しているのか
ていぬくんは、「親しみやすさ」と「地域への定着」を複数のデザイン的・制度的要素によって実現している。以下では、その特徴を整理する。
2-1.ネーミング
「ていぬくん」は、手稲区の地名「ていね」と「手」「犬」を掛け合わせた親しみやすい言語構造を持つ。直感的に理解でき、語感も柔らかく、覚えやすい。地域名とキャラクター像が自然に結びつく点は、公共空間で用いられる名称として有効である。
2-2.輪郭とモチーフ
次に、丸みを帯びた動物モチーフである点も重要だ。これらの要素は安心感と親近感を与え、世代横断的に受け入れやすいことがShakirov、Ekström、辻らにより論じられている[註4、5、6]。公共主体の情報発信は硬質になりがちであるが、これらの要素を介することで心理的なハードルが下がり、情報や存在そのものが受け入れられやすくなる。公共コミュニケーションの媒介として適切な造形を備えているといえる。
2-3.配色
白と赤を基調としたシンプルな構成が採用されている[註7]。コントラストが明確で視認性が高く、公共空間において埋没しにくい。この配色は、日本の国旗やJALのロゴ、さらには札幌市民に親しまれてきた老舗飲食店「みよしの」のロゴやキャラクターとも共通する(資料4)。本研究では、配色の意図的参照を断定するのではなく、日本社会で共有されてきた視覚文化の受容に着目する。この色彩的共通性は、特定の対象を直接的に想起させるというよりも、蓄積された視覚記憶と無意識のレベルで接続する働きを持つ。その結果、ていぬくんは説明を介さずとも見慣れた存在として受け入れられやすくなっていると考える。この点は、公共コミュニケーションデザインとして高く評価できる要素である。
2-4.利用条件および接触頻度
ていぬくんが無償で利用可能である点は、大きな評価点である。自治体に限らず、地域団体や個人による二次利用が促進され、フリー素材の公開(資料5)によって利用のハードルは低く保たれている。実際に、公共施設に限らず、医療・教育・交通といった準公共圏、民間企業の案内表示や装飾、LINEスタンプといった私的圏にも利用が広がっている。その結果、計画的な大規模広告展開を行わずとも、ていぬくんが区内の生活動線上に点在する環境が形成されている。
このように、ていぬくんは複数の生活領域にまたがる視覚的反復性を持ち、単発的なイベント露出とは異なる、日常記憶として定着しやすい構造を備えている。また、この仕組みは、特定の媒体やSNSに依存せず、生活空間の各所に分散的な配置を可能にする設計であるといえよう。
3.他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
地域キャラクターを評価する際、単純な人気や知名度による優劣比較は必ずしも有効とは言い難い。本稿では、無償利用という観点で知られるくまモンと、札幌市内10区のご当地キャラクターとの比較を通じて、ていぬくんの特性を検討する。
3-1.くまモンとの比較
両者は無償利用という点では共通しているが、想定されている使われ方には明確な違いがある。くまモンは熊本県全体を対象としたキャラクターとして設計されており、県外への情報発信や観光振興、経済波及効果の創出を主目的としている[註7]。キャラクター自体が県を代表するシンボルとして機能することが重視され、その活用の重心は外部に向いている。
これに対し、ていぬくんは手稲区という比較的小さな行政単位を対象とし、外部への強い発信よりも、地域内部での循環を主眼としている。日常生活の中で多くの人に活用されることで手稲区に活力を与え、区への愛着を深めてもらうことを目的としている[註8]。
このように、両者は同じ無償利用制度を採用しながらも、設計思想は異なる。くまモンがイベント性や話題性を伴う強い可視性を獲得してきたのに対し、ていぬくんは生活空間に溶け込み、日常的な接触を積み重ねることで、静的で持続的な愛着を形成している点に特徴がある。
3-2.札幌市内キャラクターとの比較― 認知度調査から見える特徴 ―
次に、札幌市内に存在する他区のキャラクターとの比較を行う。
筆者が実施した認知度調査(n=40、手稲区民20名、区外市民20名)では、手稲区民におけるていぬくんの認知度は100%で、他区と比較しても群を抜いて高い結果であった(資料6)。さらに、ていぬくんは他区の市民にも比較的認知されていることが確認された。ていぬくんのシンプルな配色と曲線主体の輪郭は、視認性が高く、親しみやすさを喚起しやすい構成であり、色数が多く複雑なデザインを持つキャラクターと比較した際の優位性といえる。
以上より、ていぬくんは優れたデザイン性と無償利用制度を基盤として、生活動線上に接触する機会を分散的に配置し、強い主張に頼ることなく地域の日常に組み込まれたキャラクターとして機能していると評価できる。
4.今後の展望について ― 地域の触媒としての持続可能性 ―
これまでの分析から、ていぬくんは区民の生活に溶け込み、地域の触媒的存在として成立していることが明らかになった。
地域の触媒とは、活動や交流が生まれる際に媒介として静かに関与する存在であり、ていぬくんは日常の場に自然に配置されることで地域内のつながりを形成してきた。今後も公的・私的を問わず利用されることで、地域の日常に根ざした文化活動をつなぐ象徴として機能していくと考える。特に無償利用制度は、住民や地域団体による自発的な活用を促し、世代を問わない反復接触の基盤となる。また、近年は、Xの手稲区公式アカウントにおいて、ていぬくんを利用した写真投稿を行うなど(資料3)、SNSにおける積極的な発信は拡大傾向であり、現実空間での接触を補完している。
5.まとめ
ていぬくんは、行政と地域が協働し、デザインの親しみやすさと無償利用という開放性を軸として、日常空間へ浸透させてきた好例である。市内での高い認知度と地域への愛着が確認され、短期的な話題性ではなく、生活動線上での反復接触を通じて公共的価値を生み出してきた点は高く評価でき、地域に根ざした文化資産としてのキャラクターの在り方を示す一事例といえる。
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資料1 ていぬくん外観とプロフィール(札幌市手稲区役所ホームページより) -
資料2 ていぬくん特別住民票(札幌市手稲区役所ホームページより) -
資料3 ていぬくんの活用例(公式グッズのみ札幌市手稲区役所ホームページより掲載。その他はすべて筆者撮影) -
資料4
上段 ていぬくんの配色
下段(左から)JALロゴ、日本国旗、札幌の老舗飲食店「ぎょうざとカレーのみよしの」ロゴとキャラクター「ぽっぷすぼうや」 -
資料5 ダウンロード可能なイラスト素材(札幌市手稲区役所ホームページより、一部抜粋) -
資料6
左 札幌市10区のキャラクター一覧
右 札幌市の区キャラクター認知度調査(2025年8月、筆者実施)
※本研究において使用した手稲区マスコットキャラクター「ていぬ」に関する画像資料は、非営利の学術研究目的として、手稲区市民部地域振興課に事前確認を行い、使用について問題ない旨の確認を得た上で掲載している。他区キャラクターについては、公式に利用条件が明示された公開資料のみを比較目的で使用し、出典を明記している。
参考文献
<引用文献・引用資料>
1)札幌市手稲区役所ホームページ ていぬの部屋 手稲区マスコットキャラクター「ていぬ」誕生まで、https://www.city.sapporo.jp/teine/20pj/character/selection.html、2026年1月17日閲覧。
2)手稲区マスコットキャラクター「ていぬ」使用の手引き、https://www.city.sapporo.jp/teine/20pj/character/documents/teinutebiki.pdf、7ページ、2026年1月18日閲覧。
3)札幌市手稲区役所ホームページ ていぬの部屋 手稲区マスコットキャラクター「ていぬ」プロフィール、https://www.city.sapporo.jp/teine/20pj/character/prof.html、2026年1月17日閲覧。
4)Timur Shakirov “The Impact of Emotional Design Features on Character Perception”、https://www.researchgate.net/profile/Timur-Shakirov-4/publication/381609657_The_Impact_of_Emotional_Design_Features_on_Character_Perception/links/6675f24ed21e220d89c82468/The-Impact-of-Emotional-Design-Features-on-Character-Perception.pdf?_tp=eyJjb250ZXh0Ijp7ImZpcnN0UGFnZSI6InB1YmxpY2F0aW9uIiwicGFnZSI6InB1YmxpY2F0aW9uIn19、Breda University of Applied Sciences、Master’s thesis、2024年、34-35ページ、2026年1月17日閲覧。
5)Hanna Ekström” How Can a Character's Personality be Conveyed Visually, through Shape”、https://www.diva-portal.org/smash/get/diva2:637902/fulltext01.pdf
、Gotland University、School of Game Design、Technology and Learning Processes、Bachelor’s thesis、2013年、6-8ページ、2026年1月17日閲覧。
6)辻幸恵「若者に好まれるキャラクターの要因」神戸学院大学経営学論集、第12巻、第1号、10−11ページ、2015年。
7)柳田紀代子「自治体キャラクターの持続可能性について—熊本県PRキャラクターくまモンを事例に—」尚絅大学研究紀要 人文・社会科学編、第55号、36-40ページ、2023年。
8)手稲区マスコットキャラクター「ていぬ」使用の手引き、https://www.city.sapporo.jp/teine/20pj/character/documents/teinutebiki.pdf、3ページ、2026年1月18日閲覧。
<参考文献・参考資料>
・札幌市手稲区役所ホームページ「ていぬの部屋」、https://www.city.sapporo.jp/teine/20pj/character/room.html、2026年1月17日閲覧。
・手稲区マスコットキャラクターていぬ使用基準、https://www.city.sapporo.jp/teine/20pj/character/documents/siyoukijun20240607.pdf
、2026年1月17日閲覧。
・手稲区マスコットキャラクター「ていぬ」使用の手引き、https://www.city.sapporo.jp/teine/20pj/character/documents/teinutebiki.pdf
、2026年1月18日閲覧。
・「ていぬイラスト」ダウンロードページ、https://www.city.sapporo.jp/teine/20pj/character/teinuillust.html、2026年1月17日閲覧。
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・Timur Shakirov “The Impact of Emotional Design Features on Character Perception”、https://www.researchgate.net/publication/381609657_The_Impact_of_Emotional_Design_Features_on_Character_Perception、2024年、2026年1月17日閲覧。
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