
世界文化遺産である富士山を、普遍的な価値と芸術的源泉として継承していくために今伝えるべきこととは
はじめに、日本の象徴として君臨する富士山は2013年、「信仰の対象と芸術の源泉」として世界文化遺産に登録された。(註1)単独峰である富士山の雄大な稜線美の概観は、八面玲瓏と讃えられ、古来より多くの芸術家たちを魅了してきた。普遍的な価値を持ち、江戸時代後期を代表する浮世絵師、葛飾北斎(1760~1849年)(註2)の《冨嶽三十六景》(1830~1832年頃)において、世界的にその存在を轟かせた。その後写真技術と携帯電話の発展により、世界中からこの景観を求めて多くの人々が撮影に訪れている。本稿では芸術的観点から,人々はどのように富士山を捉えてきたのか調査考察し、今後の展望を示す。
1 基本データと歴史的背景
富士山は世界でも数少ない玄武岩でできた成層火山であり、活火山である。標高3776.24m、年齢でいえば約10万年歳であり、火山のなかでは若い火山である。古来より神仏の棲まう聖なる山として、景観美の静姿と、噴火を繰り返す荒ぶる山としての動姿を両局面にもち、人々は遥拝することで崇めてきた。
江戸時代1707年の噴火(宝永の大噴火)(註3)を期に富士山は静穏状態となり、「江戸八百八講」とも称された「富士講」(註4)を中心に、修行の山へと変容を遂げていく。やがて東海道開通(註5)により旅が可能となり、民衆化されていった。
芸術面においては、富士山絵画として最古とされる《聖徳太子絵伝》(2)を始めとし、北斎や横山大観(註6)の作品が世界中に評価され発信された。やがて写真技術の誕生により、日本紙幣にも起用された岡田紅陽(1985~1972年)などを中心に、多くの写真家たちを虜にした。現在も活躍する大山行男(1952年~)などの写真芸術家のみならず、国内外から様々な人々が写真におさめ、それは単なる記念撮影の枠を超え、芸術作品として残されている。
2 特筆すべき点
富士山を題材とした代表される作品を取り上げる。《聖徳太子絵伝》(延久元年)(註7)は、聖徳太子が甲斐の黒駒に乗り富士山に登頂したとされる題材により、富士山の偉大さと霊山としての存在を広げた。また、《富士参詣曼荼羅図》(狩野元信印 16世紀半ば)(註8)は、富士山頂に阿弥陀三尊の来迎図を配し、人々の信仰心を高めた。ほかにも河村岷雪(生没年不詳)は、各地から眺めた富士山の図を、漢詩・和歌・俳句などを添えて構成し、富士山を様々な視点、場所から描いたという点で、後の浮世絵師たちの源泉とされる。
そして海外でも高く評価された《冨嶽三十六景》において北斎は、遠近法や透視図法(註9)などの技法を取り入れ、独自の色彩であるベロ藍(註10)により富士山を表現した。これまで観てきた風景などを、再構築したうえで北斎らしいユーモアを交え作品を完成させた。富士山という一つの対象物を一景一景違う表現で描くことで、その存在感を際立たせ、さらに大胆な構図は世界の芸術家たちに影響を及ぼした。北斎にとって富士山は、没年の年《富士越竜図》(1849年)という作品を残すまで生涯向かい合った重要な画題であった。
やがて写真技術が発展する。
実用的写真技法を発明したとされるダゲール(1787年~1851年)は、写真とは自然を描くのに役立つ科学的・物理学的技法としている。 一方自然科学者であるトルボット(1800年~1877年)は、人間が手で模写するのではなく、自然が自動的に痕跡を残す点を重視した。(註11)これが、北斎などの絵画的関心と深く結びついていたダゲールの表現から、自然の形態を正確かつ反復可能な技法のトルボットを経て、富士山写真家の紅陽へと繋がる。そして世界的なSNSの普及へと社会現象を起こすこととなるのである。
絵画はそのストーリー性と存在感を示し、写真はさまざまな姿を刻一刻瞬時にその場で映し出す。逃せない一瞬の神秘性を司るのが富士山である。以下に富士山写真家を取り上げる。
紅陽(註12)は、《湖畔の春》(1939年)において、「富士山と桜」という日本のイメージを定着させた。また旧五十銭紙幣の富士山図柄は、紅陽の写真がもとになっており、のちに「本栖湖から見た逆さ富士」は旧千円札紙幣の図案の原点ともいわれている。
現代写真家の大山は、「ときに魔性をあらわし、平静をよそおう。千変万化、変幻自在、森羅万象」と富士山の自然が織り成す予測不能な光景は無限に造り出されると語る。(註13)同じくオイ(1985年~)(註14)は、展覧会にとどまらず、SNSなどを通じて積極的に作品を紹介している。オイ自身「富士山とは?」という問いかけに「家族です」と答えが返ってきた。気象条件や季節、時間帯など、コンディションを観察し、語りかけ、大きな愛を感じさせる言葉である。刻一刻と姿を変え、「富士の笠雲」「逆さ富士」「ダイヤモンド富士」「赤富士」と呼ばれるものは、まさに一瞬を逃しては出会えない自然の神秘である。
3 同様の事例としての比較
同じく世界遺産に認定された屋久島は、1993年日本で初めて世界遺産に登録された。樹齢数千年の巨大杉が生き永られてきた自然遺産である。
同じ自然物でありながら、富士山は信仰や芸術に影響を与えた人間文化との関わりが認められたのに対し、屋久島は生態系・原生自然の価値として、自然そのものの希少性が評価された。屋久島は人間の手が及ばない自然であり、映像や環境思想ヘの影響が強い。(資料4)
自然保護と維持の面では課題多き富士山ではあるが、世界的に日本の象徴として名高いことからも、国内外問わず多くの芸術家たちの注目度と関心度は高い。そして富士山周辺に訪れる人々にとって、迫力せまる偉大さと景観美は、目にしたものにしか味わえない究極の醍醐味である。
4 今後の展望について
近年の特徴として、絵画において新たな鑑賞が注目されている。最新技術の活用として、プロジェクションマッピング、VR(仮想現実)、AR (拡張現実)、デジタルインスタレーション(註15)、また没入型体験として、「イマーシブアート (immersive art)」(註16)など、空間全体を作品として鑑賞することで、北斎などの魅力を再注目させている。これにより作品の細やかな部分や制作技術の研究も進み、富士山も評価の対象となっている。
一方で、NPOの活動家である渡辺豊博(1950年~)(註17)は、心癒され恩恵を受けている私たち自身が、無知という暴力や無意識の行動により富士山を傷つけていることに警鐘を鳴らす。(註18)芸術においてさらに発展するためには、この景観を維持・継承することを重視しなければならない。
富士山の世界遺産登録に際し、国際連合教育科学文化機構(ユネスコ)の諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)は、保全状況において宿題を課した。信仰性などの過去の価値が高く評価された一方で、環境保全や安全性の確保、開発の抑止、景観保護などの問題について、適切な対応が求められたのである。
5 まとめ
富士山の普遍的な稜線美は日本の象徴として多くの人々を魅了し、現在に至る。芸術家たちも独自の視点で作品を残してきた。北斎が示した「構図の革新」 が、その後の視覚文化に影響し、写真芸術が発展するなかで、「国民的景観」として根付いてきた。現代では観光写真・SNS投稿が「北斎的富士山」の大衆的再生産となっているのである。
目前に広がる臨場感溢れる富士山を写真におさめるとき、現代の人々は、民衆の生活を軸に描いた北斎のように、アイテムを付ける。ダイヤモンド富士の太陽、富士山周辺の特有の雲、鳥居越しの富士、コンビニエンスストアと富士、昔ながらの街並みと富士、駅舎と富士とそれぞれである。(資料1・6)北斎から受け継がれた、芸術的視点からの富士山が、今、もっとも手軽で扱いやすい携帯電話のカメラ機能で撮り続けられ、作品として残されていくのである。
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資料1
筆者撮影、様々な姿を見せる富士山
気象条件・時間帯・雲の動きや見る角度など富士山の表情は無限大である。 -
資料2
葛飾北斎の《冨嶽三十六景》は現在でも、写真芸術など幅広く受け継がれている。
【出典】
葛飾北斎《凱風快晴》
The Metropolitan Museum of Art, Public Domain.
《甲州三坂水面》
upload wikimedia.Commons
(葛飾北斎の原著作物の国および著作権の保護期間が 著作者の生存期間プラス 100年以下であるその他の国や地域において、 パブリックドメインとなっている)
紙幣画像
•「日本銀行発行の日本銀行券 (旧千円券) 」
Bank of Japan公式
www.boj.or.jp -
資料3
岡田紅陽美術館、大山行男ギャラリー(ハーブ庭園旅日記富士河口湖庭園ふじさんデッキ内)は、富士山麓に位置し、作品を拝観した上で実際の富士山を臨むことができる。作品と実際の対象物を共に楽しめる醍醐味である。 -
資料4
「世界遺産としての富士山と屋久島の比較」(筆者作成)
共に世界遺産に登録された富士山と屋久島は、貴重な植生の「垂直分布」(標高の違いにより自然環境や植生が変化すること)の自然系であり、自然に恵まれている。故に、数多くの芸術家たちを魅了してきた。一方で観光地化により、自然破壊や環境保全の問題は両者が抱える課題である。 -
資料5
富士山山麓地域では、公共交通道路の通行を妨げる、観光客の写真撮影が問題視されている。
写真撮影のマナーや取り締まりは、日々大きな話題と課題になっている。 -
資料6
富士山のみの対象物を表現することと並行して、近年では「○○と富士山」といった写真撮影が注目されている。
参考文献
【註釈】
(註1)世界文化遺産
2013年6月22日カンボジアブノンペンで開催された「世界遺産委員会」において富士山は「信仰の対象と芸術の源泉」として、25の「構成資産」と共に世界文化遺産に登録された。
「信仰の対象と芸術の源泉」としての普遍的価値とは時代や地域、文化、個人の立場を超えて、誰にとっても重要であるとみなされる価値のことであり、特定の国や集団だけでなく、人類全体に共通すると考えられる価値観のことである。
(註2)葛飾北斎(1760年~1849年)
富士山を単なる風景や名所ではなく、人々の日常・労働・自然現象と交差する存在として再定義した。視点の多様性と独自の大胆な構図や表現方法は多くの芸術家たちに影響を及ぼした。
(註3)宝永の大噴火
1707年、旧暦宝永4年11月23日から約16日間続いた富士山における最後の大噴火であり、江戸(現在の東京)まで火山灰が降下したとの記録がある。この噴火により、南東斜面に「宝永火口」が形成され、富士山の容姿が変わったことで、新しい富士像が登場した。とくに静岡県側からは稜線の景観に変化がみられる。
(註4)富士講
江戸時代長谷川角行を開祖とする山岳信仰。白装束に金剛棒を供え「懺悔、懺悔、六根清浄」と唱えながら、登頂することで、罪が許され新しい自分に生まれ変わるという信仰。各地域の代表者が登拝し、富士山の石を拾い帰り、故郷に富士山を模した「富士塚」を築くことで、誰でも参拝できるようになった。
(註5)東海道開通
江戸時代(1601年)、徳川幕府が江戸の日本橋と京都三条大橋を結ぶために整備した街道(約490㎞)であり、宿場数も53次存在したとされる。参勤交代の円滑化が目的であったが、流通の発展等により庶民の旅が一般化されるようになった。これにより富士山は、視覚イメージを決定づけ、日本的景観意識の形成に大きく寄与した。
(註6)横山大観(1868年~1958年)
近代日本画を代表する画家である。富士山を「精神的象徴」として捉え、生涯にわたり数百点以上の富士山図を制作した。《霊峰不二》(大正末期~昭和初期)や《日出処日本》(昭和初期)が代表作である。
(註7)《聖徳太子絵伝》(延久元年)
東京国立博物館所蔵の国宝であり、現存最古の富士山画とされている。
(註8)《富士参詣曼荼羅図》(16世紀半ば)
狩野元信の印が記されており、各種の堂社など、霊場への参詣を促す目的で制作された。
(註9)透視図法
葛飾北斎が西洋から伝来した「線遠近法」を日本風に消化し、浮世絵に革新的な空間表現をもたらした技法である。物体が遠くほど小さく見えるという視覚原理である。
(註10)ベロ藍
北斎の作品の鮮やかな青色は、当時輸入された新しい顔料 「ベロ藍」(プルシアンブルー)を使用したものであり、この色彩が波の冷たさや力強さを視覚的に表現した。ベロ藍はプロイセン王国のベルリンで偶然に発見された合成顔料であり、水に溶けやすくぼかしに適していた。
(註11)ダゲールとトルボット
ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールはフランスの画家であり舞台芸術家である。「ダゲレオタイプ(銀板写真)」の発明者として、絵画中心だった視覚表現に機械による記録性をもたらした。ウイリアム・ヘンリー・フォックス・トルボットはイギリスの自然科学者であり、数学者・考古学者である。複製が可能である「カロタイプ」の発明者である。
(註12)岡田紅陽(1985年~1972年)
本名、岡田腎治郎は、新潟県出身で、山梨県南都留郡忍野村を拠点に富士山撮影に生涯を捧げた昭和を代表する写真家である。1943年《神韻霊峰》を昭和天皇に献上するなど、富士山を日本の象徴として定着させた一人である。
(註13)大山行男(1952年~)
山梨県南都留郡富士河口湖町富士ヶ嶺を拠点に活動する写真家であり、自作のエイトバイテン(8×10)の大判カメラを使用して富士山、樹海の撮影を行っている。また、2004年このカメラを使用し、ジェットヘリコプターから空撮も始めている。(ハーブ庭園旅日記富士河口湖庭園ふじさんデッキにて展示)
大山行男『神さぶる山へ-語りつぎ 言い継ぎ行かん 富士の高嶺は』新泉社
(2019年1月15日) 引用(頁表記無し)
(註14)オイ(1985年~)
山梨県富士吉田市在住の富士山写真家として活動するフリーカメラマン。富士登山をきっかけに富士山の魅力に取りつかれ、2011年から富士山の無限の表情を探求し撮影を続けている。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じ、作品発表や撮影スポット紹介、ファンとの交流など活動を続けている。「富士山は家族」というコメントは筆者のインタビューによるものである。(2025年11月18日)
(註15)デジタルインスタレーション (Digital Installation)
デジタル技術を用いて空間全体を作品化するア ート表現のことであり、映像、音響、センサー、プロジェクション、コ ンピュータ処理などのデジタル技術を組み合わせ、観客がその場に入り、体験する「体験型・空間型アート」である。
(註16)イマーシブアート(Immersive Art)
鑑賞者が作品の 「中」 に入り込むような没入体験をする芸術表現であり、アート鑑賞の新しいスタイル、「イマージブ (没入体驗型) 辰覧会」 が人気である。イマーシブ展覧会とは既存のアート作品をベースにデジタル映像を制作し、音楽や光、香りなどの演出を加えて、来場者に没入感を体験してもらおうとするプログラムである。
(註17)渡辺豊博(1950年~)
2008年より都留文科大学文学部社会学科教授を務め、自ら提唱する「富士山学」を開講するなど、富士山の「光と影」の事実と実態を発信している。現在「NPO法人グラウンドパーク三島」「NPO法人富士山測候所を活用する会」の専務理事などを務めている。
(註18)
渡辺豊博『富士山の光と影 傷だらけの山・富士山を、日本人は救えるのか⁈』清流出版株式会社(2014年6月16日) 48頁1行目~7行目引用
【参考文献】
・「富士山ー信仰と芸術ー」展実行委員会 『特別展 世界遺産登録記念 富士山-信仰と芸術-』 静岡県立美術館 山梨県立博物館 平成27年9月4日
56頁~60頁
・國學院大學博物館 吉田恵ニ 他『富士山-その景観と信仰・芸術-』國學院大學博物館 2014年9月1日
・NPO法人富士山を世界遺産にする国民会議『富士山 信仰と芸術の源』株式会社小学館 2009年4月1日
第2章① (高階秀爾 著)②(久保田淳 著)
240頁(遠山敦子 著)
・富士山世界文化遺産登録推進両県合同会議『世界遺産 「富士山 -信仰と芸術の源泉」世界文化遺産登録記念誌』富士山世界文化遺産推進両県合同会議 2014年3月26日
206頁~217頁
・小和田哲男他(かみゆ歴史編集部)『富士山の歴史 美術・文学・信仰・歴史ー知られざる富士山の歴史』株式会社普遊舎 2013年8月1日
・赤坂治績『ザ・富士山 対決!北斎vs.広重』株式会社新潮社 2014年2月25日
・小田全宏『なぜ富士山は世界遺産になったのか』PHP研究所 2013年8月27日
・渡辺豊博『富士山の光と影 傷だらけの山・富士山を、日本人は救えるのか⁈』清流出版株式会社 2014年6月16日
・渡辺豊博『富士山学への招待-NPOが富士山と地球を救う』春風社 2010年3月31日
・上村信太郎『知られざる雷士山 秘話 逸話 不思議な話』株式会社 山と淡谷社 2014年1月31日
・藤井勝彦「世界遺産 富士山を行く! 歴史、歩き方、楽しみ方のすべて」メイツ出版株式会社 2014年2月25日
・加門七海『霊峰富士の力 日本人がFUJISANの虜になる理由』株式会社講談社 2014年3月1日
・加藤哲弘編『芸術理論古典文献アンソロジー 西洋篇』(芸術教養シリーズ28) 藝術学舎 2014年
34章268頁 35章
・成瀬不二雄『富士山の絵画史』 中央公論美術出版 平成17年11月10日
・吉田忠正『世界に誇る日本の世界遺産3-富士山/紀伊山地』 株式会社ポプラ社 2014年4月 4~12頁
・吉田忠正『世界に誇る日本の世界遺産7ー屋久島/琉球王国』 株式会社ポプラ社 2014年4月
4~7頁 17頁 52頁
・武田剛『もうひとつの屋久島から~世界遺産の森が伝えたいこと~』株式会社フレーベル館 2018年3月
21頁 52頁 64頁 139頁
・有年泉豊明『葛飾北斎 冨嶽三十六景を読む』 株式会社目の眼 2014年11月1日 41頁、45頁
・日野原健司『北斎 富嶽三十六景』 株式会社岩波書店 2019年1月16日
・クールジャパン研究部『葛飾北斎 富嶽百景』 ゴマブックス株式会社 2013年8月26日
・谷昌之『もっと知りたい葛飾北斎生涯と作品』 株式会社東京美術 2005年8月30日
・鈴木昌子『ムーSPECIAL 富士山の秘密がわかる本 電子版』 株式会社学研パブリッシング2015年4月
・大山行男『神さぶる山へ-語りつぎ 言い継ぎ行かん 富士の高嶺は』新泉社 2019年1月15日
・大山行男『The Creation Vol.2 天と地の曼荼羅』株式会社 かぜたび舎 2023年4月1日
【参考Webサイト】
・四季の社おしの公園 岡田紅陽写真 美術館・ 小池邦夫給手紙芙術館
oshino-artmuseum.com (2026年1月10日閲覧)
・ハーブ庭園 旅日記 富士河口湖庭園
herb-fuji.com (2026年1月10日閲覧)
・大山行男オフィシャルウェブサイト
ohyamayukio.ip (2026年1月10日閲覧)
・富士山とともに|富士山写真の専門 サイト「富士山写真家 オイ」
fujisantotomoni.jp (2026年1月10日閲覧)
・すみだ北斎美術館-トップ
hokusai-museum.jp (2026年1月10日閲覧)
・HOKUSAI: ANOTHER STORY in TOKYO| 葛飾北斎 没入型展示会 (会期終了)
hokusai.anotherstory. world
(2026年1月20日閲覧)
・Digital x 北斎 【破章】 北斎VS廣重 美と技術の継承と革新 -NTT東日本 (会期終了)
www.ntt-east.co.jp
(2026年1月20閲覧)
・HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO | 葛節北斎 超没入北斎展(会期終了)
nokusai.anotherstory.world
(2026年1月20日閲覧)