天下の奇祭「古川祭の起し太鼓」 ―祭りと地域愛着より今日的な意義とは―

中山 義聡

はじめに
「古川祭の起し太鼓」とは、毎年4月19日の夜に開催される例祭のことである。数百人の晒し(さらし)姿の裸男たちが大太鼓を乗せた櫓を担ぎ、その上に乗った太鼓打ちが大太鼓を打ち鳴らし町内を練り歩く勇壮な神事である。その飛騨市古川町は(資料1)、白壁土蔵と格子戸の伝統的な古い家並みが続き(資料2)、落ち着いた城下町など商家町の町並みを今日まで維持している(1)。冬は厳しく、雪が舞い、あたり一面は銀世界となる。春の訪れは遅く、雪が消えると梅、桜、桃の花が咲き誇る。その春の訪れを告げる祭礼「古川祭」は(2)、町に伝わる地域の氏神を中心とした宗教儀礼と地域共同体の慣習が結びついた伝統行事として地域づくりの核となってきた。その祭りが持つ価値や意味、役割について考察する。

1.基本データと歴史的背景
起し太鼓の文献より(3)、天保2年(1831)江戸後期には朝方に祭礼関係者が町内の人々を起こす「祭りが始まる合図」の朝太鼓・目覚まし太鼓が行われていた。各地に見られる「祭りの開始を知らせる太鼓」の風習が古川では独立した大きな行事として発展した。

1-1祭りの様相
天下の奇祭(4)「古川祭の起し太鼓」は、起し太鼓(大太鼓)(資料3)へ、付け太鼓(小太鼓)(5)(資料4)が体当たりする荒々しい様相が幕末頃から加わり、大正期から昭和初期に現在へ繋がる壮観なスタイルが確立された。そこに「古川やんちゃ」の気質が結び付き(6)、町民の豪毅と情熱に支えられたことで守り伝えられ、先人から受け継がれた伝統文化に根差し、日々の暮らしの中で育まれ、心の拠りどころや誇りとして町の人々の活力の一役を担ってきた。祝い唄が聞こえ、ドーン、ドーンと大太鼓の響きと櫓がゆらりゆらりと町いっぱいに練り歩く様は勇壮で豪快である(資料3、資料5)。各街角では「付け太鼓」と呼ばれる小太鼓を持った集団が待ち構え、大太鼓の櫓に突撃する。櫓に付け太鼓をより近づけることが最大の名誉とされ、我先にと激しくぶつかり合う。これが祭りの見所であり「天下の奇祭」と注目を集める強い見世物性を持つ要素となっている。

2.評価できる点-現在に繋がる理由
2-1祭りが地域に果たしてきた役割
古川町の氏子を対象に立命館大学大学院理工学研究科の森島明日香氏による研究論文(7)では、祭りの行程への参加経験が地域への愛着や誇りと意識的に関係し、祭りの準備・片付けなどの裏方行程や提灯行列など広い行程への関わりが世代間を越えた交流と地域愛着の醸成に繋がっていると指摘されている。これは、若者たちが地域の一員として成長していく場となり、氏子単位の役割分担を子供から高齢者まで広い世代で担当し(資料6)、上の世代が教えるというよりも、下の世代が上の世代の背中を見て学ぶという継承スタイルが起し太鼓の荒事的な身体技法や役割分担の暗黙知が伝達される場となっている。人口減少、少子高齢化が進む中で、現在でも多世代が向き合って定点の時間や空間を共有しながら(8)、地域コミュニティの結束を強める重要な役割を果たしている。祭りへの主体的な関りが伝統の尊重や継承となり、住民の精神を支え、それを誇りにしている点も評価できる。

2-2祭りの存在そのもの
毎年4月の例祭が「必ずそこで会う」、「自分の役割」、「来年もできる」という繰り返しの経験が積み重なり、「好き」や「誇り」だけでなく、「自分も祭りの一部」、「帰属」、「未来への責任」といった愛着の感情がいっそう強化される仕組みが働きながら自分ごととして捉えている(9)。

3.福井県鯖江市JK課との比較による特筆点
鯖江市JK課プロジェクト(10)は鯖江市市役所が主導の女子高生協働プロジェクトである(2014年発足)。地元女子高生(JK)・市民・行政がゆるいボランティアで活動し、若者主導のまちづくり(イベント企画)や若者視点の地域活性化など、日本初のJK自治体課である。
起し太鼓は伝統文化の保存「歴史的な祭り」、鯖江市JK課プロジェクトは現代的な地域活性化「若者主導の市民協働プロジェクト」であり、異なる形態でのアプローチではあるが、どちらも地域活性化と地域愛着の共通点がある。
JK課は、女子高生が「おされる会」(仮装交流)や「ピカピカプラン20」(ゴミ拾い)、夏フェスの企画などを市職員とお菓子を囲むゆるい打合せで進行する。行政支援のもと、ジェンダー平等や若者参加による現代的イベントでSNS映えや謎解きを活用したライトな市民参加が特徴的である。JK課は女子高生の「ゆるさ」を武器に大人を巻き込み、SDGsや第三の居場所づくりを目指すボトムアップ型である。イベントは安全・現代志向で行政の市民協働モデルとして全国的にも評価されている。対して、起し太鼓は夜の町を大太鼓櫓練り歩き、付け太鼓と街角で激しいぶつかり合いを繰り広げる移動型祭礼で裸の男の汗と大太鼓の響きが町全体を包み、「人と空間をつなぎ直す」都市型祝祭といえる。宗教的儀礼でもあるが大太鼓が「春を告げる」「町民を起こす」という時間・空間のスイッチングと街空間を舞台化した起し太鼓が人々の記憶や意識に定着し、視覚的にも痕跡として空間に刻まれる(11)。攻撃的で「やんちゃ魂」を象徴しながら観客の熱狂を誘う。よって、伝統の「動」と現代の「ゆるさ」が対比される。
起し太鼓の特筆点は、裸男衆による起し太鼓(大太鼓)に付け太鼓(小太鼓)が体当たりする攻撃であり、「天下の奇祭」と称されるところにある。起し太鼓は、一夜の即興性と衝突する身体の予測不可能なダイナミズムが際立って、全国唯一の「移動型裸太鼓祭」として特異である。町全体を「起こす」空間演出は、現代の「ゆるいイベント」では再現しがたい身体の共同体形成を実現している。また、ユネスコ無形文化遺産としての国際的価値も評価され伝統の持続可能性を示している(12)。女子高生主導の現代プロジェクトが「未来志向」であるなら、起し太鼓は「過去と現在を繋ぐ」歴史的な装置となる。参加のリスク(怪我)と報酬(達成感)の高さが、JK課の安全イベントとのコントラストで祭りの本質的な魅力「命がけの共同衝動」を浮き彫りにする。このエネルギーは、デジタル時代に失われつつある「身体を通じた地域絆」の希少モデルではないだろうか。

4.今後の展望
起し太鼓は、その格式や美しさのみならず、地域住民が一体となって運営・継承するその姿勢にこそ、地域愛着の根源があるといえよう。屋台組(各町内)や若者組によって年齢や職業を超えた結束が形成され、祭りが地域社会の「共同体意識の再生」の場として機能している。このような社会的側面は過疎化や人口減少が進む地方において、文化イベントを超えた重要な意味を帯びている。現代社会ではグローバル化や情報化の進展によって地域性が相対化されつつある。若年層の流出により「地元」で暮らす人々も多様化し、地縁による繋がりは必ずしも自明ではない。しかし、起し太鼓が、「帰る場所」としての郷土の象徴的存在となり人々の心に地域への誇りや愛着を呼び起こす。特に近年では、地元出身者が都市部から一時帰郷して祭りに参加したり、外からの移住者が積極的に担ぎ手に加わったりする例も見られ、多様な地域参加のあり方が模索されている。ここに地域文化の持続可能性を支える新たな関係性の萌芽がある。「古川祭の起し太鼓」は伝統保持だけではなく、地域が自らの文化を通じて未来を構想するための現代のニーズや課題に対する意義深さを考えなければならない。地域愛着とは懐古的な感情ではなく、変化の時代における共創意識の名であり、起し太鼓がその具体的実践として今後も地域の灯を照らし続けるに違いない。

まとめ
古川祭の起し太鼓は、地域愛着の象徴として欠かせない意義を持つ。古川町の住民が一体となって起し太鼓(例祭)を担う姿は、過疎化が進む地方で共同体意識を再生し、文化政策の実践モデルを示している。我が町に限らず、どこの地域でも祭礼の継承には限界や課題が存在する。その克服には、暮らす人々の対話が大きな可能性を秘めている(13)。地域社会の人々の継続的で多様な対話の中から社会の変化に対応しながら精神や価値を守り続けていく。過去の価値観や伝統と向き合いながらも、文化的・社会的な意味の再認識と新しい創造性を生む原動力によって、明確に目的をもった形でデザインされることが(14)今日的な意義に繋がると考える。

参考文献

【参考資料】
資料1 岐阜県飛騨市位置図ほか(出典:国土地理院地図を加工(トレース)作成して掲載)
資料2 古い町並み、白壁土蔵と格子戸(写真)
資料3 起し太鼓(写真)
資料4 付け太鼓(写真)
資料5 令和7年 起し太鼓の順路(出典:飛騨市観光協会パンフレットより抜粋)
資料6 役割分担(写真)

【註】
(1)広瀬俊介『町を語る絵本 飛騨古川』飛騨市 2004年3月31日 P46-49
(2)古川町教育委員会『令和五年の古川祭』オフィスぼんぼり 2025年3月31日
・古川町教育委員会『平成元年の古川祭』(有)竹本写植 2021年3月
(3)古川町教育委員会『飛騨市歴史文化調査室報 第5集』 (有)竹本写植
2024年3月29日 P69-79
(4)宮田松秋『ふるさとシリーズ№1 古川祭・起し太鼓』まんだら舎出版部
1984年4月1日 P71-75
・勇猛で激しい男たちの肉弾戦や独自の風習が「天下の奇祭」と称される。
(5)宮田松秋『ふるさとシリーズ№1 古川祭・起し太鼓』まんだら舎出版部
1984年4月1日 P72-73
※付け太鼓とは、直径13~15cm、長さ約3.5mの丸太に小太鼓を縛り付けて、垂直に立てその上で技(曲芸)の披露や大太鼓の櫓へ突撃する時に使用する棒。
(6)宮田松秋『ふるさとシリーズ№1 古川祭・起し太鼓』まんだら舎出版部
1984年4月1日 P79-81
・「古川やんちゃ」とは、岐阜県飛騨市古川町の人々、負けず嫌いで頑固さや、がむしゃらにやり抜ける人情味溢れる気風を象徴する。それが、祭りに参加する男たちの気質を表現し、一つの解決に団結し、ひたむきに立ち向かい勇ましく情熱的な精神を表す。
(7)立命館大学大学院理工学研究科の森島明日香氏・金 度源氏・大窪 健之氏による研究論文「祭りの行程への参加と地域愛着・世代間交流計画との関係性 -岐阜県飛騨市古川町の古川祭を対象として」
公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集第58巻第3号、2023年10月
この研究は、古川祭の氏子545名を対象としたアンケート調査から「どのような祭り行程への参加が地域愛着や世代間交流の深化に寄与するのか」を明らかにすることを目的として統計的に検証している。
(8)川添善行・早川克美『芸術教養シリーズ19 私たちのデザイン3 空間にこめられた意思をたどる』 藝術学舎 2014年第1刷  P9
(9)野村朋宏『芸術教養シリーズ26 伝統を読みなおす5 人と文化をつなぐもの ―コミュニティ・旅・学びの歴史』 藝術学舎 2014年第1刷  P10
(10)福井県鯖江市JK課プロジェクト、2014年に鯖江市の市民協業推進プロジェクトとして発足する。現役女子高生(JK)が中心となって自由にアイディアを出し合い、自分たちのまちを楽しむ企画や活動をおこなっている。10年以上継続され、全国的なモデルケースとして評価されている。
(11)中西紹一・早川克美『芸術教養シリーズ18 私たちのデザイン2 時間のデザイン ―経験に埋め込まれた構造を読み解く』 藝術学舎 2014年第1刷  P12-14
(12)古川祭が、日本全国33件の「山・鉾・屋台行事」の一つとして、2016年にユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に登録される。
(13)岩本広輔『芸術教養シリーズ33 私たちのデザイン6 対話をめぐる旅 ―豊かな関係のデザイン』 藝術学舎 2025年3月25日  P9
(14)早川克美『芸術教養シリーズ17 私たちのデザイン1 デザインへのまなざし―豊かに生きるための思考術』 藝術学舎 2014年第1刷  P24
・野村朋弘『茶道教養講座① 伝統文化』株式会社淡交社 2018年3月16日 P201-202

【参考文献】
・CiNii: https://cir.nii.ac.jp/crid/1390016427484577920
「祭りの行程への参加と地域愛着・世代間交流との関係性」
森島 明日香・金 度源・大窪 健之、立命館大学大学院理工学研究科 
公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集第58巻第3号、2023年10月
最終閲覧日2025年12月20日
・CiNii: https://cir.nii.ac.jp/crid/1390300910356681728
「地域コミュニティ活性化と新たな担い手確保のプロセス」
山下 真里佳、大阪工業大学大学院工学研究科 山本 雄大、大阪工業大学工学部
西堀 泰英、大阪工業大学工学部
公益社団法人日本都市計画学会 関西支部研究発表会講演概要集第22、2024年7月
最終閲覧日2025年12月20日
・廣瀬俊介『町を語る絵本 飛騨古川』飛騨市 2002年3月31日
・古川町教育委員会『令和五年の古川祭』オフィスぼんぼり 2025年3月31日
・古川町教育委員会『平成元年の古川祭』 (有)竹本写植  2021年3月
・古川町教育委員会『飛騨市歴史文化調査室報 第5集』(有)竹本写植 2024年3月29日 
・古川観光協会『ふるさとシリーズ№1 古川祭・起し太鼓』まんだら舎出版部
1984年4月1日 
・飛騨市教育委員会『古川祭史研究紀要 令和元年度版』たけもとプロジェクト
2020年3月31日
・起し太鼓の里協会『飛騨古川 古川祭ガイド』古川祭り会館 2000年4月19日
・古川町教育委員会『郷土古川』大進社 1977年4月1日
・川添善行・早川克美『芸術教養シリーズ19 私たちのデザイン3 空間にこめられた意思をたどる』 藝術学舎 2014年第1刷  
・野村朋宏『芸術教養シリーズ26 伝統を読みなおす5 人と文化をつなぐもの ―コミュニティ・旅・学びの歴史』 藝術学舎 2014年第1刷  
・中西紹一・早川克美『芸術教養シリーズ18 私たちのデザイン2 時間のデザイン ―経験に埋め込まれた構造を読み解く』 藝術学舎 2014年第1刷  
・岩本広輔『芸術教養シリーズ33 私たちのデザイン6 対話をめぐる旅 ―豊かな関係のデザイン』 藝術学舎 2025年3月25日  
・早川克美『芸術教養シリーズ17 私たちのデザイン1 デザインへのまなざし―豊かに生きるための思考術』 藝術学舎 2014年第1刷  
・野村朋弘『茶道教養講座① 伝統文化』株式会社淡交社 2018年3月16日
・野村朋弘『芸術教養シリーズ22 伝統を読みなおす1 日本文化の源流を探る』 芸術学舎 2021年9月1日
・司馬遼太郎『街道をゆく29 秋田県散歩、飛騨紀行』朝日新聞出版社 1990年9月1日
・中垣勝臣『継承する地域・創造する地域 -コロナ禍を越えて蘇るその魅力』 
株式会社成文堂 2024年3月25日


【取材協力(調査日順)】
・飛騨市古川祭史編集委員会協力員 松木和則氏(令和5年主事 玄武組)
調査日2025年5月24日、2025年12月25日
・飛騨市教育委員会 歴史文化調査室 
調査日2025年5月26日、2026年12月25日
・飛騨古川まつり会館 https://okosidaiko.com/
調査日2025年6月24日、2026年11月24日

【参考WEBサイト】
・飛騨市公式ウェブサイト  
https://www.city.hida.gifu.jp/ 最終閲覧日2026年1月13日
・飛騨市公式ウェブサイト ヒダスケ 
https://hidasuke.com/ 最終閲覧日2026年1月13日
・飛騨の旅 飛騨市公式観光サイト古川祭り 
https://www.furukawa-fes.com/ 最終閲覧日2026年1月13日
・飛騨の旅 飛騨市公式観光サイト/2025年飛騨古川祭の見どころ
https://www.hida-kankou.jp/features/177 最終閲覧日2026年1月13日
・福井県鯖江市役所JK課プロジェクト
https://www.city.sabae.fukui.jp/about_city/shiminkyodo/sabae_jk-kaproject/JKProject.html  最終閲覧日2026年1月13日
・厚生労働省 地域コミュニティについて
https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/001309344.pdf 
最終閲覧日2025年12月27日
・文化庁 無形文化遺産
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/mukei_bunka_isan/ 
最終閲覧日2025年12月27日
・ユネスコ無形文化遺産について(PDF)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/mukei_bunka_isan/pdf/about_bunkaisan.pdf  最終閲覧日2025年12月27日

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