河野 保博(非常勤講師)2026年3月卒業時の講評

年月 2026年3月
卒業研究のレポートを提出されたみなさん、お疲れさまでした。芸術教養学科での学びの集大成となる文化資産評価報告書の作成はいかがだったでしょうか。この卒業研究では、さまざまな場で実践されているデザイン・芸術活動に関して情報収集を行い、分析・考察して「文化資産評価報告書」を作成することが求められていますが、まず、何を対象とするのか、その選択が大事になります。みずからの目で観察し、調査しうる対象を選んでいるか。対象とどれだけ向き合うことができるのか、またはどのような問いが立てられるのか、それが大切になります。みなさんは芸術教養演習1や2、または他の科目を通じて、その視角や手法を獲得し、卒業研究において結実されたと思います。
ある一つの事柄に徹底的に向き合い、これはどのようなものなのか、四方八方から分析し、さらには他の事例や参考文献をもとにさまざまな角度から考え、一つの答えを見いだしていく、というのは学問の基礎であり、醍醐味であります。そのなかでは楽しいだけでなく、悩み苦しまれたこともあろうかと思いますが、そのような産みの苦しみを経て、みなさんは新たな価値を創造されました。みなさんの研究は(出来の良さに多少の違いはあれど)この世界に新たに生み出された学びの成果であり、お一人お一人から発出された社会への問いであります。このような成果が世の中に現れ、積み重ねられることによって、より良い未来を創造することが可能になります。まずはそのような貴重な成果が生み出されたことを言祝ぎたいと思います。

さて、今回も多くの卒業研究が提出されました。私が採点と講評を担当したのは以下の35点です(順不同)。
・品川区の町会支援と二葉神明町会の活動とその未来
・鳥羽山洞窟遺跡に刻まれた時代の連続性
・燕三条「工場の祭典」でつながる ~工場が開く時、人と町は磨かれる~
・沖縄首里城「龍頭棟飾」公開型復元モデルの意義 ―伝統技法・地域素材・造形デザインの文化継承の流れを小川から大海へ―
・正倉院宝物の文様を現代にひらくデザイン実践 ー「天平文様」プロジェクトの文化資産評価報告書 ー
・熊本城の「石垣」の魅力と今後について
・荏原神社の例大祭「南の天王祭」について
・駿府城瓦―歴史事象と新たな価値の創出
・帝釈天題経寺・胴羽目彫刻にみる「信仰と芸術の融合」——近代寺院文化の形成とその意義
・都井岬野生馬が織りなす原風景の文化的価値
・岐阜のシンボル 山城・岐阜城を考える
・『葉隠』から考える武士の美学
・産地施設の取り組みに見る九谷焼の現代的展開
・静けさの山・日の出山のポテンシャルを探る
・福島県会津地方における『古峯信仰』についての考察
・氷川神社の活動に関する提言
・砂町の富士塚にみる江戸の民間信仰とその文化的価値および継承
・謎の古高取「織部高取」の再現と伝承に挑む
・徳川美術館と今に息づく尾張家臣団
・富松城跡 神道文化による継承のデザインは子ども達へのバトン
・財政危機からの再生~和種薄荷産業の伝統継承と民間企業による攻勢~
・大内氏が築いた文化の継承 ― 萩市との比較を通じて
・篠田一族の影響を受けた相道寺焼
・川崎大師平間寺における「最強の不動明王を脇侍とする遍照金剛とは何なのか」
・みなかみ町「藤原盆」にみる途絶えた民芸品の価値と未来への継承の可能性
・進化する彦根仏壇~伝統と革新を融合させる井上仏壇店
・未来につなぐ古代の記憶 - しだみ古墳群とSHIDAMU
・根付文化を未来へ-根付師・陽佳の創作活動と継承への取り組み
・継承デザインとしての甲冑工芸 ――株式会社大越忠製作所「ボトルアーマー」にみる異分野協働の可能性――
・「蒲原神社」の盛衰と「六郎の御託宣」について
・戸隠神社 奥社の杜―人と自然の関係性を継承する信仰空間について―
・道具から文化財へ、地域の風土を伝える会津型
・亀戸天神社の藤まつり ―受け継がれる花の天神様―
・仲宿商店街に残る歴史的史跡と、レトロなデザインを用いた継承〜地域コミュニティに残る「昔ながら」の温かな交流〜
・「将棋のまち・天童」における将棋駒制作文化から生まれた芸術的な将棋の街

いずれも対象への関心と調査の工夫がうかがえる力作であり、テーマ設定の多様さそのものが、本学科での学びの広がりを示していると感じました。読み応えのあるレポートが多く、みなさんの関心の高さや鋭い視点に教員も大いに刺戟を受けました。
この中で特に良かったものを二つ紹介しましょう。
一つ目は「砂町の富士塚にみる江戸の民間信仰とその文化的価値および継承」です。こちらは砂村富士の歴史的背景から信仰の継続性、地域社会との関係、さらに他事例との比較、今後の展望までを先行研究と現地調査をもとに丁寧に、かつ段階的に整理した構成が秀逸でした。各章が明確に役割を持ち、論点がぶれずに積み上がっていくため、読み手は自然と理解を深められる構成となっていました。そして、現地調査・史料・比較事例を有機的に結びつけ、文化財を「生きた信仰」として捉えた視点、主題とした事例の特筆性を他の事例との比較から丁寧に抽出し、説得力を生んでいます。論理性と読みやすさを兼ね備えた完成度の高い研究でした。
もう一つは「帝釈天題経寺・胴羽目彫刻にみる「信仰と芸術の融合」——近代寺院文化の形成とその意義」です。こちらも文章が明快で構成もよく、授業の趣旨を正確に踏まえた優れた内容でした。題経寺の胴羽目彫刻を「信仰と芸術の融合」という明確な視点から論じ、歴史的背景・宗教的意義・芸術性・社会的影響を段階的に整理した構成が非常に優れています。特に、近世から現代までの変遷を一貫した論理で追い、東照宮との比較によって題経寺の独自性を際立たせた点、「信仰・芸術・観光」の交錯を分析した独自の視点、丹念な現地調査と先行研究に基づく考察も丁寧で、とても読み応えのあるものでした。
それぞれの卒業研究については個別に講評しておりますので、ここでは全体的な話をしたいと思います。まず、今回の卒業研究では、シラバスにあるように五つの内容(1.基本データと歴史的背景、2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか、3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか、4.今後の展望について、5.まとめ)が求められ、それに対して、四つの評価基準(文章の表記の正確さと構成の明瞭性、授業の趣旨および課題内容の理解、受講生自身の見解の提示、着眼点の独自性)をもとに採点しました。これら四つの基準を満たした上で、求められた内容に即して、対象を分析し、考察されたレポートについては高評価を付けました。一方、求められた内容に沿っていない、不足しているものは当然ながら評価が伸びにくくなります。
内容については概ねその項目を満たし、必要十分に執筆されていたと思います。なかには註や添付資料を十二分に活用し、ご自分の調査成果を丁寧に示してくださった方もいらっしゃいました。写真や図表、種々のデータを提示して、具体的に示されると説得力のある文章となります。基本データと歴史的背景については多くの人がしっかりと調べられていたと思います。これからを考えるためには、対象がどのようなものなのか、今のありようを捉えるだけでなく、どのようにかたちづくられて今に至るのかを考える必要があります。
一方、事例のどんな点について評価しているのか、他の事例と比較して何が特筆されるのか、という点はうまくできている方とそうでない方に分かれました。事例を分析して、要素を抽出して評価することが求められます。この点がしっかりと分析されている方は今後の展望についても問題なく述べられていたと思います。また、対象だけでなく、他の事例を参照して、つまり相対化することも必要になります。単純に比べて良い悪いではなく、なぜ相違するのか(共通点も含め)、その理由を考えたうえで比較検討しなければなりません、また、なぜそれを比較対象とするのかということも明示する必要があります。今回は比較対象を選んだ理由がないレポートが目立ちました。
そして、今後の展望についても根拠をもって論じる必要があります。「考察する」ということは何らかの根拠を持って自分の意見を提起するものです。これからのかたちをきちんと考えられたものは高評価となりました。ただ見通しを述べるもの、希望的な観測に終わっているものは低い評価となりました。参考事例、または先行研究を参照して、根拠を示しながらあるべきかたちを模索する必要があります。最後のまとめですが、ここはこれまでの考察を締め括るものです。主観的な感想を述べるところではありません。また、新たな提示や考察を行う場所でもありません。レポートの本文で論じた内容をまとめて欲しいと思います。
そういった意味でも、「文章の表記の正確さと構成の明瞭性」が問われます。レポートは学術的な文章ですので、アカデミック・ライティングが求められます。ご自身の考えや意見を他者に理解してもらうために必要な文章作成です。みなさんが「素晴らしい」や「遺したい」と思った事柄をただ心情的に述べ、共感を求めるのではなく、なにが「素晴らしい」のか、どうして「遺さなければならない」のかを客観的に示し、読み手に納得してもらうことが必要になります。そのためには自分の考えをさまざまな根拠をもって補強して主張すること、論理的な構成が求められます。限られた字数のレポートで自身の考えを客観的に主張するためには構成を工夫し、明確な論理構造を示す必要があります。今回のレポートでも推敲を重ねられた読みやすい文章もあれば、思いの強さは伝わる一方で、論理構成の整理が十分でないものもありました。初めて読む人(未知の読者)にも伝わるように書くことが大事です。
また、「授業の趣旨および課題内容の理解」という点では、授業の趣旨はみなさん理解されておりますが、課題内容の理解に今一歩のレポートがありました。あるレポートでは、内容のある一つに特化してしまい、他が圧迫されてしまっているもの。例えば基本データがレポートの大半を占め、評価や考察が薄くなってしまっているものもありました。レポートでは五つの内容についてまんべんなく記すことが求められております。課題の趣旨に沿って章立てを考え、バランスよく配分することが大事です。
そして、そのなかで「受講生自身の見解の明示」や「着眼点の独自性」を示すことが求められます。見解の提示はほとんどの方ができておりましたが、それがどのような根拠をもって主張されているのか、ただ主観的な真情の吐露ではなく、客観的な根拠をもって主張されることが必要となります。そのためには先行研究やさまざまな資料をもとに論述することが必要になります。着眼点の独自性もこれまでの厖大な研究のなかでご自身の成果がどこに位置づけられるのか、研究の文脈のなかで示されるものになります。オリジナリティーといっても、根拠がなければそれはただの思い付きにすぎません。思い付きは大事ですが、それをどのように主張することができるのか、これまでの研究のどこに位置づけられるのかを、これまでの研究成果のうえに示すことが必要になります。そのためにはこれまでの研究成果に学び、考えを深めることが肝要です。
みなさんは卒業研究をまとめられましたが、それで終わりではなく、対象に向き合った一つのスタートともいえます。ぜひ、これで終わりにせず、個別の講評や教員それぞれの総評を読んでいただき、考えを巡らせて、また新たな研究に進まれることを期待します。

いろいろなことを申して参りましたが、みなさんの学修の成果は卒業に値するものであります。結果だけでなくプロセスも含め、素晴らしい時間を過ごされました。この時間はこれからの人生をより豊かにするものであると信じております。これからもどうぞ学び続けられ、日々の生活を豊かなものにしていただければと思います。

改めまして、ご卒業おめでとうございます!