
『時計台』〜時を告げる建築文化資産の継承
はじめに
北海道札幌市中心部に位置する通称「時計台」は、札幌市を象徴する歴史的建造物として広く知られている。しかしながら、その正式名称が「旧札幌農学校演武場」であること、また北海道開拓期において教育・文化を担った施設であった来歴については、必ずしも十分に周知されているとは言い難い。
本建築は1878年の建設以降、147年にわたり現存し、創建当初より「時を告げる」機能を継続してきた極めて稀有な木造建築である。
本報告書では、札幌市民に親しまれてきた「時計台」という存在に着目し、建設から現在に至るまで継承されてきた時計機能および建築意匠を、伝承のデザインという視点から社会的遺産として評価する。そのうえで、次世代へと継承していくための今後の可能性について考察することを目的とする。
1.基本データ
名称:旧札幌農学校演武場
所在地:北海道札幌市中央区北1条西2丁目
建設年:1878年(札幌農学校開講と同時に建設)
※1906年、約130メートル南方へ曳家により移設[資料1]
※時計塔稼働開始:1881年8月21日
構造:木造2階建
延床面積:759.811㎡(東階段室59.429㎡を除く)[資料2]
設計:北海道開拓使工業局 安達喜幸
使用時計:アメリカ合衆国 ハワード社製機械式時計
2.歴史的背景
正式名称は旧札幌農学校演武場であるが、通称「時計台」としての知名度が高いため、本報告書では以下「時計台」と記す。
明治政府による北海道開拓政策の一環として、高等教育機関の設置が求められ、1877年に札幌農学校が開校した。時計台は、その教育活動を支える施設として、初代教頭クラーク博士の基本構想を基に、開拓使工業局主席技術者・安達喜幸および第二代教頭ホイーラーの設計・監修のもと、1878年に農学校演武場として建設された。
当初、建物に時計塔は設置されていなかったが、完成式に出席した黒田清隆開拓長官の指示により時計塔の設置が決定され、1881年より稼働を開始した。
建設当初、1階は研究室および講義室として使用され、2階は演武場として訓練や体育授業、入学式・卒業式などの式典の場として活用された。
1906年、札幌市の道路整備に伴い札幌農学校は現在の北海道大学所在地(札幌市北区北8条西5丁目)へ移転し、時計台は札幌区により買い取られ、約130メートル南方の現在地へ曳家によって保存された。
1961年に札幌市有形文化財第1号、1970年に国の重要文化財に指定され、その後、1996年に環境庁『日本の音風景百選』、2009年には日本機械学会『機械遺産』に認定されるなど、多面的な価値が評価されている。さらに2021年、稼働開始時期の再検証により、日本最古の現役時計塔であることが明らかとなり、時計台は建築史のみならず、時間文化を伝える文化資産としても極めて重要な存在であることが再確認された。
3.評価すべき点
本建築は、日本在来の軸組工法を基盤としながら、2階部分には当時アメリカ中・西部で普及していたバルーンフレーム構法[資料3]を採用しており、和洋折衷の構造的特徴を有している。これは、北海道開拓期における西洋建築技術の導入と、その地域的適応のあり方を具体的に示す貴重な事例である。
また、5層構造で構成された時計塔は、最上部の鐘楼から石の重りが1階まで垂直に下がる機構を備えており、木造建築の内部空間を最大限に活用した合理的な設計といえる[資料4]。時計は建物の中でも視認性の高い位置に設けられ、時刻を知らせる機能を聴覚だけでなく視覚によっても認識させる役割を果たしている。この点は、都市景観における象徴的存在としての時計台の性格を強く印象づけるものである。
1881年の稼働開始以来、大きな狂いなく当初の手法を保ったまま時を告げ続けてきた事実は、時計機構そのものの優秀さに加え継続的な保守・修理を担ってきた人々の存在によって支えられてきた成果である。時計台は、物質的遺構にとどまらず、技術と人の営みが継承されてきた「生きた文化資産」として評価される。
さらに、建築物の多面的な活用も評価に値する。現在、1階は展示室として、2階の時計台ホールは一般に貸し出され、演奏会や集会、結婚式など、市民に開かれた空間として活用されている。
4.特筆すべき点
時計台は、建設当初の位置から約130メートル南方へ曳家によって移設を経て、現在に至るまで保存されている。都市の発展や再開発が進む中で、同一地区にほぼ建築時と同じ状態を保持したまま147年にわたり現存する貴重な木造建築であり、文化資産として特筆すべき価値を有している。
また、旧札幌農学校演武場として建設された後、時代の変遷に応じて用途を変えながらも、市民に活用され続けてきた点は、建築が地域社会の中で生き続けてきた存在であることを示しており、その存在意義を再考する重要な視点となる。
4-1.時計塔の時計維持
時計台は、147年の間に仮庁舎、裁判所、公会堂、図書館など、さまざまな役割を担ってきたが、設置当初から現在に至るまで一貫してその役割を果たし続けているのが、時計塔の時計である。
これまでに交換された部品は、重りを吊るすワイヤー、文字盤の木製の針、欠けた歯車の歯2本、数本のネジ、巻き上げハンドルの軸1本にとどまり、それ以外は設置当初の状態を維持している。
時計の最初の整備を担ったのは、札幌農学校のアメリカ人教師であるピーボディであり、その後、日本人教師の工藤清一が引き継いだ。1888年に札幌市の標準時計に指定されて以降は、中野時計店の職人が点検・修理を行ってきた。しかし一時期、管理体制が定まらず、数年間にわたり時計が停止していた時期があった。
その後、中野時計店で働いていた井上清が、自ら機械室に入り修理を行い、再び鐘を鳴らし始めた経緯がある。以降、その職務は息子の井上和雄に引き継がれ、現在は2名の職員によって保守管理が行われている。このように、時計台の時計は人の手による継続的な維持によって支えられてきた点において、無形の技術継承として評価される。
4-2.一世紀を超える二つの時計塔
147年の時を刻み続けてきた時計塔は、国内にもう一例存在する。それが、兵庫県豊岡市出石町に所在する辰鼓楼[資料5]である。
時計台は札幌農学校という学術的拠点から生まれた背景があるのに対し、辰鼓楼は城下町という歴史的景観の中に位置している。出石町は伝統産業や町並み全体の保存が進められており、辰鼓楼もその一部として町の象徴的な存在である。辰鼓楼は、旧藩医が私費でオランダ製の時計を購入し寄贈したことから始まっており、現在は4代目の時計が時を告げている。辰鼓楼は時計塔単体の構造であり、人々が利用する広間や室内空間を持つ時計台とは建築的性格を異にする。辰鼓桜と時計台は、時計という同一の機能を継承し維持してきた点、また地域の生活リズムを支えてきた点において共通する価値を有しており、いずれも評価に値する。しかし、辰鼓桜がこれまでに時計を 4 回交換してきたのに対し、時計台は修理を重ねながら維持されてきた。こうした違いに着目した両者の比較は、時計台の文化資産としての位置づけ相対的に捉える上で有効な視点である。
5.今後の展望・まとめ
時計台を未来へと継承していくためには、建築物および時計機構の物理的保存にとどまらず、その歴史的背景や文化的意義を社会に伝え続ける体制づくりが不可欠である。現地でガイド業務に携わる担当者への聞き取り調査からは、来館者の多くが時計台を「札幌の名所」としてのみ認識し、その来歴を十分に理解しないまま見学している現状が明らかとなった[資料6]。こうした状況に対し、ガイドは時計台が「何であるのか」を来館者に理解してもらうことを重要な役割として認識しており、時計台を文化資産として捉え直す実践を行っている。また、外国人観光客への対応においては、来館者の母国語に寄り添った説明を行うなど、現場主導による工夫がなされている。文化的背景の異なる来館者との心理的距離を縮め、時計台の価値をより深く伝える手段として有効であり、インバウンド推進が進む現代において、文化資産活用の先進的事例として評価できる。これらの実践は、人的継承を基盤とした文化資産活用の今後の展開可能性を示している。一方で、伝承を担う人材の不足は課題として残されている。時計台は、物的保存と人的継承の双方によって支えられてきた文化資産であり、その保存・活用の在り方は今後も評価に値するものである。
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表紙 札幌時計台 (2026年1月9日 筆者撮影) -
資料1
130m曳家する前の建築当時の場所(左)と現在の場所(右)
札幌市時計台HPより引用
(札幌市時計台 https://sapporoshi-tokeidai.jp 最終閲覧2026年1月19日) -
資料2
札幌市時計台HPより引用
(札幌市時計台 https://sapporoshi-tokeidai.jp 最終閲覧2026年1月19日) -
資料3
時計台2階バルーンフレーム工法の天井 (2026年1月17日 筆者撮影) -
資料4
時計塔の仕組み
①展示されている時計の文字盤(使用されている時計塔と同等のもの)
②文字盤裏側
③重り(箱の中には豊平川で拾った石が重りとして使われている)
④振り子
⑤時計塔と時計機械の案内図
⑥時計機械の保守作業の様子と道具
札幌市時計台2階展示コーナー(2026年1月17日 筆者撮影) -
資料5
『辰鼓桜』 豊岡市観光公式サイトより引用
(豊岡市観光公式サイト https://toyooka-tourism.com 最終閲覧2025年11月7日) -
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資料6
質問書(筆者作成) -
資料6
質問書の回答(公益財団法人)札幌国際プラザ 外国語ボランティア 佐藤勝也氏回答
参考文献
<参考文献>
野村朋弘編『伝統を読みなおす5 人と文化をつなぐものーコミュニティ・旅・学びの歴史』(芸術教養シリーズ26)、藝術学舎、2014年
遠藤明久著『開拓使営繕事業の研究』、出版社不明、1961年
札幌市教育委員会編(戸田正彦発行者)『時計台』、北海道新聞社、1978年
STVラジオ編(林下英二発行)『ほっかいどう百年物語上巻』、中西出版、2018年
船本秀男著『北加伊道』、財界さっぽろ、2017年
札幌市時計台外国語ボランティア編集『時計台の歩み』、札幌市時計台指定管理者発行、発行年不明(冊子)
<参考ウエブサイト>
札幌市
https://www.city.sapporo.jp/(最終閲覧2025年11月9日)
札幌時計台
https://sapporoshi-tokeidai.jp/(最終閲覧2026年1月19日)
時計台の鐘(さっぽろ時計台の会会報)
https://sapporo-tpkeidaisakura.ne.jp/(最終閲覧2025年11月3日)
豊岡市観光公式サイト
https://toyooka-tourism.com/(最終閲覧2025年11月7日)
辰鼓楼
https://www.nikei.com/(最終閲覧2026年1月20日)
<取材協力>
札幌市時計台
(公益財団法人)札幌国際プラザ
札幌市
<その他>
木村百喜子『時計台』〜時を告げる役割と建築物の重要性
京都芸術大学芸術教養学科 学科専門教育科目、芸術教養演習2(2025年冬期)提出レポート