
大内氏が築いた文化の継承 ― 萩市との比較を通じて
はじめに
1550年、フランシスコ・ザビエルは山口の街を訪れ、「国内でも一番大きな城下町の一つ」と評した(1)。西国の一地方都市に対してこのような評価が与えられた背景には、当時の山口が単なる城下町ではなく、西日本屈指の国際都市として成熟していたと考えられる。
この時期の山口を治めていたのは有力守護大名の大内氏(2)である。大内氏は、朝鮮や明との海上交易を通じて積極的に外交・文化交流を行い、海外から新しい文化や技術を受け入れていった(3)。さらに、当時政治・経済・文化の拠点でもあった山口には、雪舟(4)などの禅僧や連歌師ら多くの文化人が集い、京都文化と大陸文化が融合した「大内文化」と呼ばれる独自の文化圏が形成された。
大内氏が14世紀から16世紀半ばまで約200年間治めた山口には、現在もその痕跡が随所に残っている。本稿では、大内文化を「デザイン」という観点から捉え、幕末・維新関連遺産によって独自の文化景観を形成している萩市と比較しながら、大内文化の継承の現状と課題、そして今後の可能性について論じるものである。
1. 大内文化の概要
大内文化は、中世西日本における有力守護大名・大内氏が形成した政治・文化の総体であり、京都文化と大陸文化を融合させつつ、独自の発展を遂げた点に特徴がある(5)。単なる中央文化の模倣ではなく、周防という地域の風土を背景に新しい文化的価値を創造した点に、大内文化の特色があると言える。
大内文化を象徴する(6)代表的な文化財が、瑠璃光寺五重塔である(図1)。五重塔は室町時代中期に、大内盛見が兄・義弘の菩提を弔うために建立したもので、高さは初重縁上から相輪を含めて29.99メートル(7)、檜皮葺きの屋根は緩やかな曲線を描き、周囲の景観に溶け込むような静かな美しさをたたえている。国内に現存する五重塔は新旧あわせて80基以上あるとされるが、檜皮葺きを保持する塔はわずか4基とされ、その希少性は大きな価値をもたらしている(8)。
造形的な特徴としては、各層の軒の出が深く、一層から五層にかけての屋根の低減率がおよそ70%となっている点が挙げられる(9)。これにより塔全体の安定感と一体性が生まれ、視覚的に無理のない調和が保たれている。また、建築様式は和様を基調としつつ、第二重に縁と高欄を巡らし、逆蓮華文様を施すなど、禅宗様の意匠が局所的に取り入れられている。内部の須弥壇は欅材による円形であり、他地域の塔にはほとんど見られない独自性を持つ(10)。これらの構成要素は、大内文化が中央文化を受容しながらも独自のスタイルを確立した証拠である。
また、大内塗や大内人形(11)といった工芸も山口を代表する文化資源として今も継承されている。朱塗りと金箔を組み合わせた大内塗は、武家文化と公家文化の融合を象徴する様式であり、側面には大内氏の家紋が金箔で施されることが多い(12)。大内人形では、男女一対の人形の衣装や装飾に大内塗の技法が用いられ、地域アイデンティティを示すシンボル的存在として広く親しまれている。
2. 山口市における大内文化継承の現状と評価点
山口市は現在、大内文化を地域資源として活かすために、「大内文化まちづくり推進計画」を掲げ(13)、景観整備、観光導線のデザイン、伝統産業の振興など複数の側面から継承を進めている。ここで評価できる点は、主に二つにある。
第一に、造形美を基軸とした景観整備の完成度が高く、来訪者に強い印象を与えている点である。瑠璃光寺五重塔の端正な比例、屋根形状と軒の重なりが生む陰影、周囲の自然との調和は、専門知識の有無にかかわらず理解されやすい。近年ではライトアップ(14)やプロジェクションマッピングを取り入れ、夜間景観として新たな魅力を創出している(15)。歴史的景観の価値を損なうことなく、現代的表現を加えた点は、大内文化の新たな入口を広げた取り組みとして評価できる。
第二に、保存行為そのものを学びの機会とする工夫が進んでいる点である。瑠璃光寺五重塔の檜皮葺き屋根の葺き替え工事では、塔全体が覆われた状態でも来訪者の関心を損なわないよう、外部に大内氏の当主の解説パネルを設置し、工事の工程や歴史的意味が可視化された。また、工事期間中は五重塔内の「阿弥陀如来坐像」と「大内義弘公入道像」が寺内の御堂に遷座され、期間限定で特別公開された(16)。
加えて、市は一般向け解説書『大内氏がわかる本』(入門編・興亡編・文化交流編)を刊行し、令和7年度には児童向けの『大内氏がわかる本 五重塔のひみつ』を制作するなど、知識継承に向けた政策を進めている。
一方で、課題も存在する。大内文化の主要な文化財や観光拠点が特定の地点に集中しており、都市全体を貫くような「物語的連続性」や「面的な回遊性」が十分に形成されていない点である(地図1)。建築・工芸・景観といった文化資源は「点」としては力を発揮するものの、都市の広がりの中で「線」あるいは「面」として結び付ける仕組みは限定的である。歴史的背景や物語を踏まえながら町歩きをすることで、時間軸を追体験できる深い観光体験を生み出すには、空間的な連携の再構築が求められる。
3. 萩市との比較
3-1. 萩市を比較対象とする理由
山口市の比較対象として萩市を選ぶ理由は、両市が同じ山口県内に位置し、同じ文化圏・行政圏に属しているにもかかわらず、歴史文化の継承方法に明確な差異が見られるためである。共通基盤を持ちながら異なる戦略を採用している点が、比較対象として妥当だと考えた。
3-2. 萩市の特徴
萩市には、鍵曲や長屋門、土塀といった、防衛性と秩序を示す城下町景観が良好に残っている(17)。これらは重要伝統的建造物群保存地区として保全され、統一感のある町並みは高い文化財的価値を有する。さらに、萩市は幕末維新の舞台として広く知られ(18)、吉田松陰(1830~1859)や高杉晋作(1839~1867)などの史跡が市内に点在することで、歴史的人物の物語と都市空間が密接に結びついている(19)(図2)。
そのため、訪れる者は町歩きだけで幕末の時代空間を追体験できる「タイムスリップ型」の都市体験を得られる。古地図を片手に現在の町並みを歩けるほど、江戸時代の町割りが良好に継承されている点は特筆される(20)。また、萩では景観法に基づき看板や照明の過度な整備が抑制されている(21)。たとえば、平成31年「屋外広告物の基準」が運用され、建築物の高さや形態、色彩が定められた(22)。観光的演出を抑えることで、歴史的景観と連続性が守られている。
3-3. 山口市との対照性
これに対して山口市は、歴史理解を前提としない直感的な造形美の提示や、夜間のライトアップ、現代的演出を重視することで、幅広い来訪者の入口を開く戦略を採っている。山口が造形美と参加型体験によって文化を現代的に翻訳しているのに対し、萩は都市そのものを原型に近い形で保存することで物語の深さと連続性を提示する。両者は文化継承の方針が明確に異なり、対照的である。
4. 今後の展望
今後の山口市に求められるのは、既存の造形美を基盤としつつ、萩市が提示する「物語性の深さ」や「史跡間の空間的連結」を適度に取り入れることである。現在進められている大内文化特定地域プロジェクトでは、道路・公園・町屋・河川整備を相互に関連付けながら、面的な連携を目指す取組が始まっている(23)(図3)。これをさらに発展させ、歴史的背景を踏まえた回遊導線や文化的テーマに基づく歩行者動線を構築することができれば、造形的魅力と歴史的深さの両立が可能となる。
5. まとめ
山口市は大内文化を単に保存するのではなく、視覚的・体験的デザインを通じて現代に生かそうとする姿勢を明確にしている点で高く評価できる。一方で、これらの取り組みを都市全体のデザイン戦略として統合し、保存と創造の両面を調和させる仕組みの深化が課題として残されている。今後は、大内文化の独自性を基軸としながら、面的な連携や物語的連続性の強化を図ることで、山口市らしい持続可能な文化継承の構築が期待される。
参考文献
【註釈】
(1)山口へ向かう直前にも、ヨーロッパのイエズス会員にあてた手紙で「日本で最強の領主がいる山口と呼ばれる地へ行く」と綴っている。
山口市『山口市史 史料編 大内文化』2010年、297-313頁
(2)周防と長門を領国とした一族。1360年に大内弘世が現在の山口市に本拠地を移したとされる。
できごと年表、大内文化まちづくりhttps://ouchi-culture.com/history/(2026年1月3日閲覧)
(3)勘合貿易などを通じて。特に大内政弘から義隆にかけて、東アジアとの交易によって豊かな経済力を持っていた。
平瀬直樹『大内義弘 天命を奉り暴乱を討つ』ミネルヴァ書房、2017年、183頁
(4)水墨画家として活躍した禅僧。作品の6点が国宝に指定されている。教弘の時代に禅僧の1人として山口に招かれ、その後政弘が当主になった後は大内氏の遣明船で明に渡った。山口には大内氏の支援でつくられたアトリエ、雲谷庵があったと伝えられる。
越前屋正『日本の美を訪ねて 雪舟の旅』県新印刷所出版局、1985年
(5)朝鮮、中国(明)、琉球王国とも活発な貿易を行っていた。
大内文化とは、大内文化まちづくり
https://ouchi-culture.com/about/(2026年1月3日閲覧)
(6)山口市民も山口市で最も誇れる地域資源として、瑠璃光寺五重塔をあげている。
資料編④「市民意識調査結果概要」273頁、山口市ホームページ(最終更新日:2019年11月29日)(2025年12月28日閲覧)
(7)藤森照信、前橋重二『五重塔入門』、新潮社、2012年、97頁
(8)『山口 曹洞宗保寧山 瑠璃光寺』瑠璃光寺、1994年(パンフレット)
(9)正確には逓減率0.681%である。(7)と同頁参照。
(10)瑠璃光寺『国宝瑠璃光寺五重塔保存修理事業』(パンレット)
(11)大内人形は、大内弘世がホームシックの妻のために京都の人形師に作らせたことから始まり、現在では夫婦円満の象徴として山口の伝統工芸品となっている。
山口市文化交流課「大内文化まちづくり 大内塗」
https://ouchi-culture.com/discover/discover-282/(2025年11月20日閲覧)
(12)KOGEIJAPAN「大内塗」
https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/ouchinuri/(2025/11/19閲覧)
(13)令和2年度から9年度を大内文化まちづくり推進期間としている。
山口市『大内文化まちづくり推進計画(概要版)』1頁、令和2年3月
https://ouchi-culture.com/basic_idea/(2025年11月21日閲覧)
(14)2024年6月1日から同年8月31日までの毎週土曜日に、工事用シートの透明の部分のみ、内部が見やすいようにライトアップされた。
(15)五重塔の改修中、観光誘客事業として「昇華 -shouka- 大内文化」が行われ、五重塔が位置する香山公園は、空間アートやプロジェクションマッピングによって華やかに演出された。
(16)ニューヨーク・タイムズ紙「2024年に行くべき52カ所」に「山口市」が選ばれました!!、おいでませ山口県観光サイト
https://yamaguchi-tourism.jp/feature/detail_119.html#652(2026年1月3日閲覧)
(17) 三浦浩之『にっぽん歴史町めぐり』エクスナレッジ、2023年、134頁
(18)明治維新に携わった歴史上人物ゆかりの地が、数多く存在するため。紹介した吉田松陰、高杉晋作のほかに、萩市ゆかりの人物として久坂玄瑞や伊藤博文、山縣有朋などもいる。
(19)吉田松陰を例にすると、生家を始め、教鞭をとった明倫館(藩校)や幽閉された野山獄、多くの志士を育てた松下村塾などが徒歩圏内にある。
(20)萩市では古地図を見て街を歩くイベントが開催されている。
「古地図を片手に、ぶらり萩あるき」 、萩まちじゅう博物館ホームページ
https://www.city.hagi.lg.jp/site/machihaku/kochizu-hagiburari.html(2025年12月28日閲覧)
(21) 『萩市屋外広告物等に関する条例について』、萩市ホームページ(2019年1月31日更新)
https://www.city.hagi.lg.jp/soshiki/56/2199.html
(2025年12月28日閲覧)
(22)萩市景観計画、萩市ホームページ(2019年4月18日更新)
https://www.city.hagi.lg.jp/soshiki/56/h26104.html
(2025年12月28日閲覧)
(23)「大内文化特定地域における歴史文化のまちづくりプロジェクト」において、山口市はまちのにぎわいを創出する施策として回遊・滞留機能の強化をあげている。実際に回遊促進のためレンタルサイクル事業を広くPRしたり、大内文化特定地域と雪舟の庭園がある常栄寺をつなぐバスやタクシーの運行に取り組んでいる。
山口市『大内文化まちづくり推進計画』23頁、令和2年3月
https://www.city.yamaguchi.lg.jp/uploaded/attachment/93914.pdf(2026年1月3日閲覧)
【参考文献】
山口市『山口市史 史料編 大内文化』2010年
紺野ゆかり『西国一の御屋形様 大内氏がわかる本 入門編』山口市交流創造部文化交流課、2021年
紺野ゆかり『西国一の御屋形様 大内氏がわかる本 興亡編』山口市交流創造部文化交流課、2022年
紺野ゆかり『西国一の御屋形様 大内氏がわかる本 文化交流編』山口市交流創造部文化交流課、2023年
平瀬直樹『大内義弘 天命を奉り暴乱を討つ』ミネルヴァ書房、2017年
瑠璃光寺『国宝瑠璃光寺五重塔保存修理事業』(パンフレット)
瑠璃光寺『山口 曹洞宗保寧山 瑠璃光寺』1994年(パンフレット)
藤森照信、前橋重二『五重塔入門』新潮社、2012年
饗庭伸『都市を学ぶ人のためのキーワード事典 これからを見通すテーマ24』学芸出版社、2023 年
山口市歴史民俗資料館『大内氏のトビラ 山口をつくった西国大名』山口市歴史民俗資料館、2019年
御園生翁輔『大内氏史研究 復刻版』マツノ書店、1977年
越前屋正『日本の美を訪ねて 雪舟の旅』県新印刷所出版局、1985年
三浦浩之『にっぽん歴史町めぐり』エクスナレッジ、2023年
山口市「大内文化まちづくり推進計画」
https://ouchi-culture.com/basic_idea/(2025年11月21日閲覧)
KOGEIJAPAN「大内塗」
https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/ouchinuri/(2025/11/19閲覧)
山口市文化交流課「大内文化まちづくり 大内塗」
https://ouchi-culture.com/discover/discover-282/(2025年11月20日閲覧)






