
黄金の絨毯に染まる町 ~銀杏のまち祖父江町~
1. 基本データと歴史的背景
「銀杏の町」と呼ばれる愛知県稲沢市祖父江町は、愛知県の西端に位置し、西を木曽川が流れ、対岸は岐阜県羽島市、南に海津市が隣接する。さらに西側には長良川、揖斐川が流れ、これら「木曽三川」は古くから洪水の多い輪中地帯を形成してきた。村落を守る囲堤は治水技術の進歩により今では農村風景の象徴となり、穏やかな田園地帯を彩っている。この地域の土壌は木曽三川の沖積層による肥沃な壌土で、農業に適しており、イチョウ栽培の基盤となっている。(図1)
西にそびえる伊吹山(標高1,377m)から吹き下ろす「伊吹おろし」は冬の厳しい風害をもたらす。この風から家屋の屋根を守るため、江戸時代から神社・仏閣・屋敷周りにイチョウの植樹が始まった。イチョウは火に強く防災効果が高く、また凶作時には非常食として銀杏が活用された。約100年前に食用銀杏の品種改良が進み、久寿、金兵衛、藤九郎、栄神などの品種が開発され、日本一の銀杏産地へと発展した。農林水産省の令和4年(2022年)特産果樹生産動態等調査によると、愛知県の銀杏収穫量は263.9トンで全国2位、全国シェア約30%を占め(図2)、その大部分が祖父江地区産である。祖父江町単独では約250トン(全国生産量の約25%)を生産し〔脚注1〕、大粒で高品質な「祖父江ぎんなん」としてブランド化されている。現在、祖父江町内には約11,000本のイチョウがあり、樹齢100年を超える木が数多く存在する。〔脚注2〕晩秋にはこれらの木々が一斉に黄葉し、町全体に黄金色の絨毯を敷きつめたような壮大な景観を生み出す。この景観は、肥沃な木曽三川の土壌と人々の生活の工夫が長年かけて育んだものといえる。銀杏の生産は地域経済の柱となっており、毎年秋の収穫期には農家が手作業で実を収集し、加工・出荷を行う伝統が受け継がれている。
2. 積極的に評価する点
祖父江イチョウ並木の最大の魅力は、人工的な観光造園ではなく、防風・防災・食料確保という実用的な目的から自然発生的に形成された「生活景観」である点だ。こうした人間と自然の共創による美しさは、他の観光地では得難い独自の価値を持つ。江戸時代からの植樹が、現代のブランド産品へと進化した過程は、地域の適応力と革新性を現している。
イチョウの多くは私有地にあり、寺社、個人宅、銀杏畑に点在する。名鉄山崎駅近くの真宗大谷派祐専寺にある「祐専寺イチョウ」は樹齢推定250~300年、稲沢市指定天然記念物で、地域品種の原木とされる巨木である。幹周り約5m、高さ約20mのこの木は、秋には周辺を黄金色に照らす。(図3)1997年から続く「そぶえイチョウ黄葉まつり」(第28回は2025年11月22日~30日開催)では、祐専寺や祖父江ぎんなんパークが主会場となり、ステージイベント、写生大会、写真コンテスト、特産品販売、翡翠色に輝くぎんなんの試食が行われる。夜間のライトアップでは、黄葉が幻想的に輝き、訪れる人を魅了する。このまつりは私有地中心の景観を守るための地域活性化策としても機能しており、参加者は地元産銀杏の魅力を直接体験できる。(図4)
銀杏の生産データからもその価値がわかる。祖父江ぎんなんは大粒でモチモチとした食感が特徴で、東京の一流料亭や全国の市場に出荷されている。農林水産省の統計では、愛知県の銀杏出荷量は全国トップレベルを維持しており、祖父江町は県内生産の大部分を担う。こうした経済的側面が景観の持続可能性を支え、防災樹から食用作物、そして観光資源へ変遷した過程は、地域の生活文化を視覚化したものと言える。評価すべきは、この景観が単なる視覚的美しさではなく、生産活動と密接に結びついた「生活の様式美」である点だ。
3. 京都府和束町の茶畑景観との比較
京都府和束町はNPO法人「日本で最も美しい村」連合に加盟し、失われやすい農山漁村の景観・文化を守りつつ、地域自立を目指す活動を展開している。同町の象徴は「茶源郷」と呼ばれる茶畑景観で、宇治茶の主産地として鎌倉時代から続く800年以上の歴史を持ち、山腹の急斜面を一つ一つ開墾して作り上げられた棚田のような茶畑は、日本人の心に残る農村原風景そのものである。茶畑は通年で緑豊かな景観を提供し、収穫期の新芽摘みや製茶工程が地域の生活文化を体現している。(図5)
祖父江のイチョウ景観も、生活の営みから生まれた点で共通するが、茶畑が通年楽しめるのに対し、イチョウの黄金色は晩秋のわずか1~2週間に集中する。この季節限定の「儚さ」が、逆に希少性を高め、訪れる人を強く惹きつける。四季の移ろいを尊ぶ日本文化らしい景観の魅力であり、両者は「生活が生んだ美」の好例として並び称される価値がある。さらに、生産面で比較すると、和束町の宇治茶は全国シェア約10%(令和4年データ)、祖父江町の銀杏は全国シェア約25%と経済的インパクトが大きい。景観の観光活用戦略としては、祖父江町が季節集中型のイベントで集客を最大化している点が特徴的である。
4. 祖父江イチョウ並木の今後について
「そぶえイチョウ黄葉まつり」は人気イベントで、2014年約177,000人、2023年約271,000人と増加したが、2025年はウェザーニュース等によると期間中約214,000人とやや減少した。〔脚注3〕それでもライトアップや多彩なイベントで多くの観光客を集め、地域経済に貢献している。
しかし、イチョウの多くが銀杏農家の私有地にあるため、景観維持には農家の存続が不可欠である。全国的な農業高齢化(2020年センサス:平均年齢68歳、65歳以上70%、後継者未確保7割超)が祖父江町にも影を落とす中、若手参入の兆しもある。〔脚注4〕「食べチョク」などのオンライン直売所に地元農家が登録しており、SNS活用の動きが見られる。〔脚注5〕行政の認定新規就農者制度支援や、農業インフルエンサーの起用事例(農林水産省)〔脚注6〕を参考に、デジタル発信を強化すれば、後継者育成と景観保全が両立する可能性が高い。銀杏生産の推移データを見ると、愛知県の収穫量は2015年の213トンから2022年の263.9トンへ増加傾向にあり、祖父江町の貢献が大きい。将来的には気候変動による不作リスク(例: 異常気象による実の落下)が懸念される部分もあるが、後継者の育成と併せて、品種改良の継続や加工品開発(銀杏茶やサプリメント等)で付加価値を高め、生産量の安定化を図ることが課題となる。
5. まとめ
晩秋の祖父江町は、約11,000本のイチョウが緑から黄葉へと移ろい、ピーク時には透き通るような金色の輝きを放ち、地面に降り積もった落葉が黄金の絨毯を形成する。(図6)わずか短い期間のこの圧倒的な美しさは、自然の力と人間の長い歴史が織りなすかけがえのない文化資産である。江戸時代からの防風植樹が現代の観光資源へとつながった過程は、そこに暮らす人々の豊かな発想力と逞しさを感じさせる。銀杏の生産データからもそれらを感じとることができる。祖父江町は全国の約25%を生産し、愛知県全体で263.9トン(令和4年)とトップクラス(国内2位)を維持。品質の高さから、高級食材としての需要も拡大中である。
稲沢市全体の人口は2025年時点で約132,442人〔脚注7〕と、名古屋のベッドタウンとして安定しつつ、市域の約40%が耕地面積を占める農業有利な環境にある。〔脚注8〕電車で名古屋まで10分というアクセスは、新規就農者誘致の強みだ。この景観を未来へ繋ぐ鍵は、新たな農業の形──SNS発信や直売プラットフォームの活用、行政の若手支援強化にある。それは祖父江のイチョウ並木を守るだけでなく、日本農業全体の後継者問題解決へのモデルケースとなり得る。黄金の絨毯は、次世代の手によって永遠に輝き続けるべき大切な宝である。
参考文献
【脚注】
〔1〕参考資料⑮で、農林水産省による調査で令和4年度の愛知県の銀杏収穫量は263.9tとあり、主要産地名に稲沢市、一宮市、春日井市とあるが、⑰愛知県HP掲載の資料による銀杏の主要生産地には稲沢市しか記載がない。稲沢市祖父江町の北に隣接して一宮市上祖父江がある。上祖父江も銀杏を生産しているが、「祖父江地区」として一体として捉えられている。春日井市は、銀杏の収穫量に関するデータが見つからなかった。そこで、愛知県の銀杏収穫量を稲沢市の銀杏収穫量と考え、⑯の祖父江町の収穫量90%として表記した。
また、令和6年度の稲沢市・一宮市の銀杏生産量について「祖父江ぎんなんブランド推進協議会」にメールでの問い合わせをしていた回答が、2026年1月7日に愛知西農業協同組合・一色下方営農センターの小川様からあり、稲沢市の生産量は約232トン、一宮市は約12トンとのことで、市町村別の公式データはないが、愛知県産の大半は祖父江町産であり、例年大分県と全国1位を争っているという回答であった。また、春日井市の令和6年度の銀杏の生産量を尾張中央農業組合に問い合わせたところ、2026年1月13日に尾張中央農業協同組合・農業振興部・営農企画課より回答があり、春日井市の令和6年度の銀杏生産量は約600キログラムとのことであった。
〔2〕参考資料⑱稲沢市HPに約11,000と記載されている。
〔3〕参考資料⑦⑬㉑参照。
〔4〕参考資料㉒参照。尾張農林水産事務所農業改良普及課執筆の「ギンナン産地期待の星」は、若手の新規就農者である村上直樹さんについての記事。「食べチョク」から農業に関心を持ったとのこと。
〔5〕参考資料⑩⑪⑫参照。
〔6〕参考資料⑥参照。以下、抜粋
『九州農政局大分県拠点では、「みどりの食料システム戦略」を広く国民に理解していただくために、SNS上で発信力や影響力があるインフルエンサー農業者(4組6名)を“おおいた「みどり戦略」オフィシャルインフルエンサー”として委嘱し、連携して様々な活動に取り組んでいます。』
〔7〕参考資料④参照。
〔8〕参考資料⑧参照。
【参考資料】
①稲沢市役所HP 祖父江地域のまちづくり構想(市民案)
https://www.city.inazawa.aichi.jp/cmsfiles/contents/0000000/951/sobue.pdf
2025年12月30日閲覧
②ビビッドガーデン
https://vivid-garden.co.jp/#TOP
2025年12月30日閲覧
③祖父江町商工会
https://sobue.or.jp/koyo2025/
2025年12月30日閲覧
④稲沢市行政区別人口調査
https://www.city.inazawa.aichi.jp/cmsfiles/contents/0000000/588/gyouseikubetsu202507.pdf
2025年12月30日
⑤NPO法人「日本で最も美しい村」連合
https://utsukushii-mura.jp/
2025年12月30日閲覧
⑥農林水産省(九州農政局大分県拠点)「第1章 今年の話題」
https://www.maff.go.jp/kyusyu/kikaku/attach/pdf/mirusiru_2025-52.pdf
2025年12月30日閲覧
⑦祖父江町商工会だより
https://sobue.or.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/ad178980f6b596abc8d13eddba331f03.pdf
2025年12月30日閲覧
⑧「わがマチ・わがムラ」稲沢市詳細
https://www.machimura.maff.go.jp/machi/contents/23/220/details.html
2025年12月30日閲覧
⑨京都府和束町(NPO法人「日本で最も美しい村」連合)
https://utsukushii-mura.jp/map/waduka/
2025年12月30日閲覧
⑩食べチョク
https://www.tabechoku.com/producers/25772
2025年12月30日閲覧
⑪食べチョク(祖父江ぎんなん 加藤農園)
https://www.tabechoku.com/producers/24618?utm_source=yahoo&utm_medium=cpc&utm_campaign=G_ad_yahoo_cpc_Web_New_cpdou_grvegetable_CID02149&yclid=YSS.1001131196.EAIaIQobChMIx-_irZDikQMVPW0PAh1vJDjBEAAYAiAAEgIoOfD_BwE&sa_p=YSA&sa_cc=1001131196&sa_t=1766988302360&sa_ra=9B
2025年12月30日閲覧
⑫食べチョク(愛知県 稲沢市祖父江町山秀農園)
https://www.tabechoku.com/producers/27704
2025年12月30日閲覧
⑬ウェザーニュース(祖父江のイチョウ)
https://weathernews.jp/koyo/spot/25140/
2025年12月30日閲覧
⑭令和7年6月東海農政局生産部園芸特産課「東海の果樹をめぐる情勢」
https://www.maff.go.jp/tokai/seisan/engei/kaju/attach/pdf/index-13.pdf
2025年12月30日閲覧
⑮農林水産省e-Statギンナンデータ
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&query=%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6&layout=dataset&toukei=00500503&tstat=000001020907&year=20220&collect_area=100&metadata=1&data=1
2025年12月31日閲覧
⑯稲沢市施設案内祖父江ぎんなんパーク
https://www.city.inazawa.aichi.jp/0000000406.html
2025年12月31日閲覧
⑰よくわかるあいちの農業2017
https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/485784.pdf
2025年12月31日閲覧
⑱稲沢市HP2025年そぶえイチョウ黄葉まつり
https://www.city.inazawa.aichi.jp/0000000899.html
2025年12月31日閲覧
⑲稲沢市HPそぶえのイチョウ
https://www.city.inazawa.aichi.jp/0000000414.html
2025年12月31日閲覧
⑳ふるさとlovers
https://furu-po.com/tabi/course/aichi/286
2025年12月31日閲覧
㉑祖父江町商工会だより2015
https://www.sobue.biz/wp-content/uploads/2022/06/niji_38.pdf
2025年12月31日閲覧
㉒愛知県HPぎんなん産地期待の星
https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/567772.pdf
2025年12月31日閲覧




