
「さっぽろ天神山アートスタジオ」の可能性 アーティストと市民をつなぐ基盤になり得るか
はじめに
札幌市の芸術文化施設であるさっぽろ天神山アートスタジオ(以下、天神山アートスタジオ)は、2014年のオープン以来、国内外のアーティストが延べ2,866人滞在し、制作した作品やパフォーマンスなどを市民は楽しんでいる(1)。
なぜ、これほど多くのアーティストが国内外から札幌の一施設を訪れたのだろうか。
本稿では、天神山アートスタジオを文化資産と評価し、今後の可能性を考察する。
1基本データ
天神山アートスタジオは、アーティストが施設に滞在し作品制作やリサーチ活動などの創造的活動を支援するもので、「アーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)」と呼ばれている(2)。
このアートスタジオは、桜の名所である天神山緑地公園に所在し、1階交流サロンは、無料休憩スペースとして市民に開放され、滞在アーティストの作品展示やトークイベントを市民が楽しむことができる。1階には、この他、談話交流スペースの共有スペースがある(3)。
2階には滞在者用の居室(13室)があり、公共施設で宿泊施設を完備しているのは全国的に珍しい(4)。
施設の利用は、国際公募や国内外のAIRとの相互交流の他に、滞在費などが自己負担となるセルフファンディング・プログラムの3つに分けられる(5)。国際公募は対象数が少なく限られることから、滞在者の大部分がこのセルフファンディング・プログラムとなり、新型コロナウイルス感染症以前の滞在者における約3割は海外のアーティストの利用であった(6)。
2歴史的背景
このアートスタジオオープンのきっかけは、2014年の「第1回札幌国際芸術祭」開催である。同芸術祭は、故坂本龍一氏をゲストディレクターに迎え、72日間の会期中、札幌市内18会場に約48万人が来場した。この芸術祭の継続的開催と芸術文化活動のさらなる活性化をめざし、創造的活動を行なう者の支援のため札幌市が保有していた宿泊施設「国際ハウス」をリニューアルしたものである(7)。
3評価
3-1アーティストが利用しやすいシステム
アートスタジオの評価できる1点目は、プログラムをアーティスト自身が主体的に計画でき、しかも低価格で利用できる点である。
特にセルフファンディング・プログラムは滞在期間を滞在目的に応じ1日から90日間まで設定可能である。さらにその料金も7日目までが1泊860円で、長期なるとさらに料金が安くなるなど、中長期の滞在を希望する若手アーティストにとって活動の後押しとなる支援であり、評価される点である(8)。
3-2市民との交流を重視
次に評価できるのは、2014年のアートスタジオ開設以来、一部施設の市民への解放(交流スペースなど)や滞在アーティストと市民との料理持寄りの朝食会及び秋の地域合同による天神山文化祭などを開催し、地域住民との交流を重視している点である(9)。
筆者は、料理持寄りの朝食会に3回参加した(10)。その朝食会でオーストラリアの大学(美術専攻)を卒業後、抽象作品を個展で発表するなどで活躍している女性アーティストと話しをすることができた(11)。彼女は、2ヵ月間アートスタジオに滞在し、作品を制作しながら、札幌を拠点として、遠くは和歌山県の熊野古道を訪問し、作品制作のインスピレーションを得た経験など、貴重で興味深い話しを聞くことができた。
この施設の企画運営は、開設当初から札幌市の委任を受けている一般社団法人AISプランニングが掲げる基本方針〈創造的活動の支援と住民とアーティストの交流をコーディネイト〉に沿って活動が行なわれている。
4比較による特筆点
天神山アートスタジオの特筆点を明らかにするために京都芸術センターを取り上げ比較する。
4-1アーティストを取り巻く環境
京都芸術センターは、同市中心部の四条烏丸の繁華街に所在し、閉校となった元明倫小学校校舎をリニューアルしたものである。公益財団法人京都市芸術文化協会がその管理運営を京都市から受託し、2000年4月に開設した。施設内には制作室(10室)、ギャラリー(2室)、公演舞台(1室)など施設は広く充実している。
芸術センターの市民交流は、作品の展示やワークショップの他に市民が自由に出入りできる図書館、カフェを併設するとともに、200名弱の市民がボランティアスタッフとして登録し芸術センターの活動を支えている(12)。
京都芸術センター周辺は、多くの人が集まり賑わう市街地に位置するのに対し、天神山アートスタジオは、緑地公園の高台にあり、札幌市内にありながら、自然豊かな環境が特筆する点である。特に春の桜や冬の美しい雪景色などの公園風景をアートスタジオのすべての居室から見ることができる(13)。公園を訪れた市民も、気軽にアートスタジオに立ち寄り、アーティストが作り出す芸術的な世界に寛いでいる。
4-2アーティストの行動
京都芸術センターは、滞在者用の宿泊施設がセンター内にないことからセンター付近のホテルなどの宿泊となり、アーティストの行動は宿泊するホテルから京都芸術センターに毎日通い、作品を仕上げている。これに対し、天神山アートスタジオは、リニューアルする以前は学術・文化交流などの目的で国内外から来訪するゲストの宿泊施設であったため、各居室には、簡易キッチン、冷蔵庫、バス、トイレが備わっており、グループや家族同伴での利用も可能である。その他、調理室、洗濯機などが共有設備として付帯しており、いわゆる「職住一体」のアトリエ感覚でAIR活動に集中できる環境となっていることが特筆点の2点目である(14)。
5活動の活性化に向けて
天神山アートスタジオの改善できる点は、何であろうか。
アートスタジオの改善点は、市民のボランティアスタッフを組織化し「市民の支援を見える化」することと考える。
施設スタッフやアーティスト、市民の交流は、アートスタジオの一部解放や2015年以来から続いている朝食会など、ボランティを募る下地は充分に認められることから、京都芸術センターを参考として、市民をボランティアスタッフとして募り、その支援を得ることにより、アートスタジオの活動が活発化し、スタッフやアーティスト、市民の絆がさらに強くなると考える。
6今後の展望
天神山アートスタジオのAIR活動は、市民にどのような影響を与えているのだろうか。
AIRとは、アーティストが普段の生活の地とは異なる国や地域に滞在し、その土地の自然や人とのコミュニケーションを経て、作品を制作していくもので、アーティストと作品が美術館や画廊などの「閉鎖された空間」から飛び出して、作品を完成させる取組みであると考える。
作品の完成には自然や人とのコミュニケーションが重要なポイントとなり、京都芸術大学千住博教授は著書『芸術とは何か』において「芸術とはイマジネーションのコミュニケーションに他ならない」とコミュニケーションの重要性を述べている(15)。
市民が天神山アートスタジオにおいて滞在アーティストの作品をみた感想をアーティスト本人に伝え、アーティストが作品の説明をするなどのコミュニケーションは、意識する、しないにかかわらず芸術を語ることになり、このようなコミュニケーションを繰り返すことにより市民の作品をみる感性も磨かれていくと考える。この文化的活動によって生み出されたものは、私たちの暮らしや心を豊かにし、文化資産として地域に根ざし、さらには地域のアイデンティティに繋がっていくと考える。
7 まとめ
今後も天神山アートスタジオが、市民とアーティストの交流を大切にするスタイルを継続すると共に、国際公募プログラムなどで国内外のAIR施設と連携を強め、新たなアイデアや表現を生み出すアーティストの創造的活動の支援を継続することにより、アーティストと市民をつなぐ基盤(プラットフォーム)の構築になっていくと考える。
参考文献
〈註〉
(1)さっぽろ天神山アートスタジオ 所在地 札幌市豊平区平岸2条17丁目1番80号(天神山緑地内)
小田井真美編『さっぽろ天神山アートスタジオ2023年度事業・活動記録集』札幌市、2024年、18頁。
記録集にはこの他、イベント件数478件と滞在アーティスト2,866人について46ヵ国・地域と説明している。
(2)菅野幸子・日沼禎子編『アーティスト・イン・レジデンス まち・人・アートをつなぐポテンシャル』
美学出版、2023年、139頁。
(3)資料2の天神山アートスタジオ1階見取図参照。1階には無料で開放している交流サロン、談話交流スペ
ース、滞在アーティストの作品展示用の展示スペースのほかに多目的スタジオ(3室・有料)がある。
(4)資料2の天神山アートスタジオ2階見取図参照。滞在スタジオ(居室)A 1名用19㎡ 6室、滞在スタ
ジオB1~3名用 53㎡6室、滞在スタジオC 1~4名用73㎡1室。
(5)プログラムの内容
○セルフファンディング・プログラム(通常利用) 滞在スタジオ(居室)宿泊料、移動交通費、滞在中の
活動、生活に係る経費は自己負担となるが、滞在日程、期間(24時間~90日間)を自由に計画できる。
○国際公募プログラム(自主事業)冬期間(1月~3月)に2ヶ月間の滞在制作を行ない、終了時には成果
報告を行なうプログラム。
○ネットワーキング・プログラム(自主事業)さっぽろ天神山アートスタジオと国内外の文化芸術機関の相
互交流を目指して、独自の連携関係を構築するためのプログラム。
さっぽろ天神山アートスタジオHP https://tenjinyamastudio.jp/(2026年1月12日最終閲覧)
(6)資料3 活動拠点推移参照。新型コロナウイルス感染症以前の2019年度滞在者の29.2%は海外からのア
ーティストであった。
(7) 札幌天神山国際ハウスは、1990年開館し、施設内では宿泊者が母国の文化や専門分野の研究成果など
を市民に紹介する宿泊者講演会や宿泊者に向け日本文化体験などを実施していたが、2008年に閉館した。
札幌市HPhttps://www.city.sapporo.jp/somu/koho-shi/200302/documents/toyo03.pdf 国際ハウス
(2026年1月12日最終閲覧)
(8) さっぽろ天神山アートスタジオ使用料は、2025年4月1日以降の申請受付分から使用料を改定し
た。改定後の料金は、定員1名の滞在スタジオA 1泊の料金 1~7日目860円、8日目~14日目590
円、15日以降430円であり、長期ほど安価となっている。
さっぽろ天神山アートスタジオHP https://tenjinyamastudio.jp/apartment(2026年1月15日最終閲覧)
(9) 昨年4月に天神山アートスタジオ利用規約が改定となり、滞在アーティストは滞在制作活動後に
作品展示(上映、公演を含む)やワークショップ、アーティストトーク、制作中の作品を公開など、市民
との交流イベント(オープンスタジオ)の開催が必須となった。
さっぽろ天神山アートスタジオHP https://tenjinyamastudio.jp/apartment(2026年1月13日最終閲
覧)
(10) 料理持寄りの朝食会の参加日時 2025年3月30日、11月23日、2026年1月25日いずれも日曜日。
さっぽろ天神山アートスタジオHP https://tenjinyamastudio.jp/aboutus (2026年1月20日最終閲覧)
(11)氏名アリアナ・ルカ 出身オーストラリア(メルボルン)、メルボルンRMIT大学 美術専攻
ビジュアル・アーティスト、メルボルンの画廊で個展開催。
さっぽろ天神山アートスタジオHP https://tenjinyamastudio.jp/event/exhibition_ariana-luca
(2026年1月18日最終閲覧)
(12) さっぽろ天神山アートスタジオと京都芸術センターの共通点は次の3点である。
①施設の所有が自治体(札幌市と京都市)であり、その管理運営を札幌市は一般社団法人AISプランニング、
京都市は公益財団法人京都市芸術文化協会の外部団体に委託している。②両市とも既成の施設をリニューア
ルしている。③国際的なAIR活動と市民交流活動に積極的に取組んでいる共通点が認められる。
京都芸術センターHP https://www.kac.or.jp/program/3066/ (2026年1月10日最終閲覧)
(13)天神山緑地公園 天神山の高台にあり、札幌市街を眺望できる。広さ面積6.4ha(東京ドーム1.4個分)
の公園内には日本庭園、桜、梅が植えられ、札幌市民の憩いの場となっている。
札幌市公園検索システム
https://www2.wagmap.jp/sapporo_koen/Agreement?IsPost=False&MapId=1&RequestPage=%2fsapporo
(2026年1月10日最終閲覧)
(14)滞在スタジオ(居室A、B、C)滞在スタジオA 1名用 1~7日目1泊860円6室、滞在スタジオB
1~3名用 1~7日目1泊2,370円6室、滞在スタジオC 1~4名用 1~7日目1泊3,270円1室
さっぽろ天神山アートスタジオHP https://tenjinyamastudio.jp/apartment#05
(2026年1月10日最終閲覧)
(15) 千住 博『芸術とは何か』祥伝社、2014年、3~4頁
千住 博京都芸術大学教授 東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業、同大学院後期博士課程修了。ニューヨーク在住。
〈参考文献〉
・菅野幸子・日沼禎子編『アーティスト・イン・レジデンス まち・人・アートをつなぐポテンシャル』
美学出版、2023年
・千住 博『芸術とは何か』祥伝社、2014年
・柴田 尚『日本におけるアーティスト・イン・レジデンスの成り立ちとその未来』大学教育出版、2016年
・南條史生『美術から都会へ インディペンデント・キュレーター15年の軌跡』鹿島出版会、1997年
・井奥陽子『近代美学入門』筑摩書房、2023年
・野村朋弘編『文化を編集するまなざし-蒐集、展示、制作の歴史』藝術学舎、2014年
・林 洋子『近現代の芸術史 欧米のモダニズムとその後の運動』藝術学舎、2013年
・坂口千秋、杉本直貴編『さっぽろ天神山アートスタジオ2015年度活動記録集』AISプランニング、2015年
・AISプランニング編『さっぽろ天神山アートスタジオ2016年度活動記録集』AISプランニング、2016年
・AISプランニング編『さっぽろ天神山アートスタジオ2017年度活動記録集』札幌市、2017年
・小田井真美編『秋冬のAIR、AIR勉強会2018』AISプランニング、2018年
・小田井真美編『さっぽろ天神山アートスタジオ2018年度事業・活動記録集』札幌市、2018年
・小田井真美編『さっぽろ天神山アートスタジオ2019年度事業・活動記録集Part1』AISプランニング、2020年
・小田井真美編『さっぽろ天神山アートスタジオ2019年度事業・活動記録集Part2』札幌市、2020年
・小田井真美編『さっぽろ天神山アートスタジオ2020年度事業・活動記録集』札幌市、2021年
・小田井真美編『さっぽろ天神山アートスタジオ2021年度事業・活動記録集』札幌市、2023年
・小田井真美編『さっぽろ天神山アートスタジオ2022年度事業・活動記録集』札幌市、2023年
・小田井真美編『さっぽろ天神山アートスタジオ2023年度事業・活動記録集』札幌市、2024年
〈参考サイト〉
・文化庁HP 『新たな文化芸術の創造を支える活動支援および人材育成のためのプラットフォーム形成研究』https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/pdf/92879001_01.pdf(2026年1月10日最終閲覧)
・文化庁HP『アーティスト・イン・レジデンス型地域協働支援事業』
https://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/chiiki/93992702.html(2026年1月15日最終閲覧)
・文化庁HP『資料アートマネジメント分野における文化庁の施策』
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/seisaku/08/wg/bijutsu_01/pdf/shiryo_6_ver02.pdf
(2026年1月15日最終閲覧)
・文化庁『アーティスト・イン・レジデンス活動を通じた国際文化交流促進事業』
https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokusaibunka/air/index.html(2026年1月15日最終閲覧)
・京都芸術センターHP https://www.kac.or.jp/program/3066/ (2026年1月13日最終閲覧)
・さっぽろ天神山アートスタジオHP https://tenjinyamastudio.jp/ (2026年1月10日最終閲覧)
・日本全国のアーティスト・イン・レジデンス総合サイトHP https://air-j.info/residence/(2026年1月13日最終閲覧)
・「天神山、まちにいく。」天神山アートスタジオと札幌文化芸術交流センターSCARTSの共催事業展示トーク
https://www.sapporo-community-plaza.jp/archive.php?num=3476(2026年1月13日最終閲覧)
・「アーティスト・イン・レジデンス」https://bijutsutecho.com/artwiki/17 (2026年1月13日最終閲覧)
・八幡さくら『アーティスト・イン・レジデンスがもたらす土地・アーティスト・アート・地域住民の循環』
東洋大学国際哲学研究センター、2022年https://cir.nii.ac.jp/crid/1390291767959641600
(2026年1月20日最終閲覧)
・『わが国のアーティスト・イン・レジデンス事業の概況』荻原康子AIR_J:日本全国のアーティスト・イン・レジデンス総合サイトhttps://air-j.info/article/reports-interviews/now00/ (2026年1月20日最終閲覧)
・京都芸術センター アーティスト・イン・レジデンスプログラム
https://www.kac.or.jp/program/3066/(2026年1月13日最終閲覧)
・Googleマップ さっぽろ天神山アートスタジオの所在地 札幌市豊平区平岸2条17丁目1番80号(天神山緑地内)https://www.google.com/maps/(2026年1月18日最終閲覧)









