下村 泰史(教授)2025年9月卒業時の講評

卒業研究レポートに取り組まれたみなさん、お疲れ様でした。
また、卒業研究レポートを書かれた方以外の方もここを見ているかもしれません。今後卒業研究に取り組まれる在学生の方、本学や本学科にご関心を持ちつつ外からご覧になっている方もおられるでしょう。
ですので、詳しくは科目の概要のページをご覧いただくのがよいとは思いますが、ここでもこの卒業研究という科目の概要を抄録しておきます。
課題内容
【文化資産評価報告書の作成】
自身の問題関心に沿ったデザイン・芸術活動の評価報告書を作成します。
評価対象は地域の文化遺産に関わるもの、今日的な制作、上演活動のいずれを選んでも良いです。
ジャンルも造形物、食文化、出版文化、景観、インターネットを活かしたソーシャル・デザインの取り組みなど、制作的な契機があれば何でも結構です(棚田や並木も自然の風景というだけではなく、人工的な制作物でもあります)。自分自身の関わる芸術的な活動をとりあげることもできます。特に評価対象に関して、どのような点がデザインとして優れているかも考察して下さい。
「芸術教養演習1・2」で取り上げた事例でも結構です。
また、報告に際しては必ず次の5点を明記してください。
1: 基本データと歴史的背景
2: 事例のどんな点について積極的に評価しているのか
3: 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
4: 今後の展望について
5: まとめ
以上の5点の順序は問いません。
この課題設定には、芸術教養学科のまなざしが端的に顕れていると思います。いわゆる「作家」が創る「作品」だけでなく、課題文では「制作的な契機」な契機と書かれていますが、人間の創造性の発露であれば、無名のものであれ、共同的なものであれ、半分自然のようなものであれ、取り上げることができるのです。どのようなものを取り上げるかに、この学科で学んだ受講生ひとりひとりの視線の質が顕れることになります。
今回は、全部で108件の提出があり、これを8名の教員が13〜14件ずつ分担して添削・講評を行いました。私が担当したのは、まちづくり・景観系を中心とした、以下のレポート群です。
・江戸の大名庭園「浜離宮恩賜庭園」-現代における新たな価値の再考-
・満濃池——農業を支える溜池は未来への有望な資産だ
・真鶴町の自然景観を守るための「美の基準」
・東京都心に現存する大名庭園がもたらす景観美と都市機能
・さびれと美しさの交差点──桑名市街地に見る自治と景観の関係性
・ゆるやかに「重なり、つなぐ」 ——新・多摩市立中央図書館と多摩中央公園の一帯のデザイン——
・旧住友忠隈炭鉱のボタ山の景観・デザイン性について―現代におけるランドマークとしての再評価―
・上野「不忍池」〜歴史的景観地の継承と空間のデザイン〜
・都市住宅地の日常に溶け込む「旧猪俣邸」〜名建築住宅の保存を考える〜
・地域社会の顔としての再出発ー浜寺公園駅旧駅舎の試験活用ー
・メカイ製作技術保存活動 ー多摩ニュータウンを対話でつなぐー
・「森と水が形づくる東京のオアシスー椿山荘庭園の景観構成」
・「平松のウツクシマツ自生地」-劣性遺伝の天然記念物が描いた風景-
・地域文化資産としてのモダニズム建築 ― 群馬音楽センター
かつて訪れたことのあるものも、まったく未知だったものもあり、旅をする感じで楽しく読みました。今回このweb卒業制作展に追加したのは、これらのうち本人が公開を希望しかつ取材先や引用元等許諾が得られたものです。優れた作品の全てが掲載されているわけではありませんし、もう少しがんばろう、といった出来栄えのものも含まれることもあります。優秀作の選抜展ではなく、基本的に玉石混淆であることはここに記しておくことにします。ただ、今回の私の担当分についていえば、芯のしっかりした読み応えのあるものが揃ったように思います。
私が担当した中で強く印象に残ったもので、今回公開とならなかったものについて触れておきます。
・満濃池——農業を支える溜池は未来への有望な資産だ
・都市住宅地の日常に溶け込む「旧猪俣邸」〜名建築住宅の保存を考える〜
いずれも対象を見つめる視点がしっかりしており、対象空間を捉えるために独自の工夫がなされています。またこれらのレポートに付された資料からも、その場所がどのような姿をしたどのような場所なのかよく伝わってきました。
今回はなかったのですが、こうした景観を主題に扱ったレポートの場合、「資料として写真が数葉添付されているだけのもの」、「都市全体を取り上げていてテーマが絞り込めていないもの」が見られることがあります。こういうのはよろしくないので、これから卒業研究に取り組まれる方は、注意していただきたいと思います。
毎回触れているのですが、事例間の比較検討がうまくいっていないものがやはり見られました。「国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか」を述べることが求められているのですが、ただ他の事例の名を挙げただけ、といったものが今回も見られました。
なんとか「共通点」や「相違点」を取り出しているものの、全体の議論のなかにうまく活かされていないというものもとても多かったように思います。他事例との比較検討によって抽出される「共通点」や「相違点」は、積極的な評価点や事例が現時点で抱えている課題、あるいは今後の方向性などを考える時に活かすことができます。そうすれば「国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか」が全文の文脈の中に埋め込まれ、意味ある比較となるのです。
シラバスで求めている「5点を明記」というのは、章立て構成のことではありません。これを構成そのものにしてもよいのですが、そうしてしまうと、事例間比較が圧迫され論旨の中で浮いてしまう傾向があります。本課題における考察の中心になるところですので、個別の添削講評文にも書いてありますが、他の方のレポートも読みながらよく振り返っていただきたいと思います。
また、卒業研究レポートを書かれた方以外の方もここを見ているかもしれません。今後卒業研究に取り組まれる在学生の方、本学や本学科にご関心を持ちつつ外からご覧になっている方もおられるでしょう。
ですので、詳しくは科目の概要のページをご覧いただくのがよいとは思いますが、ここでもこの卒業研究という科目の概要を抄録しておきます。
課題内容
【文化資産評価報告書の作成】
自身の問題関心に沿ったデザイン・芸術活動の評価報告書を作成します。
評価対象は地域の文化遺産に関わるもの、今日的な制作、上演活動のいずれを選んでも良いです。
ジャンルも造形物、食文化、出版文化、景観、インターネットを活かしたソーシャル・デザインの取り組みなど、制作的な契機があれば何でも結構です(棚田や並木も自然の風景というだけではなく、人工的な制作物でもあります)。自分自身の関わる芸術的な活動をとりあげることもできます。特に評価対象に関して、どのような点がデザインとして優れているかも考察して下さい。
「芸術教養演習1・2」で取り上げた事例でも結構です。
また、報告に際しては必ず次の5点を明記してください。
1: 基本データと歴史的背景
2: 事例のどんな点について積極的に評価しているのか
3: 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
4: 今後の展望について
5: まとめ
以上の5点の順序は問いません。
この課題設定には、芸術教養学科のまなざしが端的に顕れていると思います。いわゆる「作家」が創る「作品」だけでなく、課題文では「制作的な契機」な契機と書かれていますが、人間の創造性の発露であれば、無名のものであれ、共同的なものであれ、半分自然のようなものであれ、取り上げることができるのです。どのようなものを取り上げるかに、この学科で学んだ受講生ひとりひとりの視線の質が顕れることになります。
今回は、全部で108件の提出があり、これを8名の教員が13〜14件ずつ分担して添削・講評を行いました。私が担当したのは、まちづくり・景観系を中心とした、以下のレポート群です。
・江戸の大名庭園「浜離宮恩賜庭園」-現代における新たな価値の再考-
・満濃池——農業を支える溜池は未来への有望な資産だ
・真鶴町の自然景観を守るための「美の基準」
・東京都心に現存する大名庭園がもたらす景観美と都市機能
・さびれと美しさの交差点──桑名市街地に見る自治と景観の関係性
・ゆるやかに「重なり、つなぐ」 ——新・多摩市立中央図書館と多摩中央公園の一帯のデザイン——
・旧住友忠隈炭鉱のボタ山の景観・デザイン性について―現代におけるランドマークとしての再評価―
・上野「不忍池」〜歴史的景観地の継承と空間のデザイン〜
・都市住宅地の日常に溶け込む「旧猪俣邸」〜名建築住宅の保存を考える〜
・地域社会の顔としての再出発ー浜寺公園駅旧駅舎の試験活用ー
・メカイ製作技術保存活動 ー多摩ニュータウンを対話でつなぐー
・「森と水が形づくる東京のオアシスー椿山荘庭園の景観構成」
・「平松のウツクシマツ自生地」-劣性遺伝の天然記念物が描いた風景-
・地域文化資産としてのモダニズム建築 ― 群馬音楽センター
かつて訪れたことのあるものも、まったく未知だったものもあり、旅をする感じで楽しく読みました。今回このweb卒業制作展に追加したのは、これらのうち本人が公開を希望しかつ取材先や引用元等許諾が得られたものです。優れた作品の全てが掲載されているわけではありませんし、もう少しがんばろう、といった出来栄えのものも含まれることもあります。優秀作の選抜展ではなく、基本的に玉石混淆であることはここに記しておくことにします。ただ、今回の私の担当分についていえば、芯のしっかりした読み応えのあるものが揃ったように思います。
私が担当した中で強く印象に残ったもので、今回公開とならなかったものについて触れておきます。
・満濃池——農業を支える溜池は未来への有望な資産だ
・都市住宅地の日常に溶け込む「旧猪俣邸」〜名建築住宅の保存を考える〜
いずれも対象を見つめる視点がしっかりしており、対象空間を捉えるために独自の工夫がなされています。またこれらのレポートに付された資料からも、その場所がどのような姿をしたどのような場所なのかよく伝わってきました。
今回はなかったのですが、こうした景観を主題に扱ったレポートの場合、「資料として写真が数葉添付されているだけのもの」、「都市全体を取り上げていてテーマが絞り込めていないもの」が見られることがあります。こういうのはよろしくないので、これから卒業研究に取り組まれる方は、注意していただきたいと思います。
毎回触れているのですが、事例間の比較検討がうまくいっていないものがやはり見られました。「国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか」を述べることが求められているのですが、ただ他の事例の名を挙げただけ、といったものが今回も見られました。
なんとか「共通点」や「相違点」を取り出しているものの、全体の議論のなかにうまく活かされていないというものもとても多かったように思います。他事例との比較検討によって抽出される「共通点」や「相違点」は、積極的な評価点や事例が現時点で抱えている課題、あるいは今後の方向性などを考える時に活かすことができます。そうすれば「国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか」が全文の文脈の中に埋め込まれ、意味ある比較となるのです。
シラバスで求めている「5点を明記」というのは、章立て構成のことではありません。これを構成そのものにしてもよいのですが、そうしてしまうと、事例間比較が圧迫され論旨の中で浮いてしまう傾向があります。本課題における考察の中心になるところですので、個別の添削講評文にも書いてありますが、他の方のレポートも読みながらよく振り返っていただきたいと思います。