河野 保博(非常勤講師)2025年9月卒業時の講評

卒業研究のレポートを提出されたみなさん、お疲れさまでした。芸術教養学科での学びの集大成となる文化資産評価報告書の作成はいかがだったでしょうか。この卒業研究では、さまざまな場で実践されているデザイン・芸術活動に関して情報収集を行い、分析・考察して「文化資産評価報告書」を作成することが求められていますが、まず、何を対象とするのか、その選択が大事になります。みずからの目で観察し、調査しうる対象を選んでいるか。対象とどれだけ向き合うことができるのか、またはどのような問いが立てられるのか、それが大切になります。みなさんは芸術教養演習1や2、または他の科目を通じて、その視角や手法を獲得し、卒業研究において結実されたと思います。
ある一つの事柄に徹底的に向き合い、これはどのようなものなのか、四方八方から分析し、さらには他の事例や参考文献をもとにさまざまな角度から考え、一つの答えを見いだしていく、というのは学問の基礎であり、醍醐味であります。そのなかでは楽しいだけでなく、悩み苦しまれたこともあろうかと思いますが、そのような産みの苦しみを経て、みなさんは新たな価値を創造されました。みなさんの研究は(出来の良さに多少の違いはあれど)この世界に新たに生み出された学びの成果であり、お一人お一人から発出された社会への問いであります。このような成果が世の中に現れ、積み重ねられることによって、より良い未来を創造することが可能になります。まずはそのような貴重な成果が生み出されたことを言祝ぎたいと思います。
さて、今回も多くの卒業研究が提出されました。私が採点と講評を担当したのは以下の13点です(順不同)。
・入り江の漁村
・中宮寺の天寿国曼荼羅
・日本の切り絵文化
・花岡芦畔獅子舞
・登録有形文化財の活用
・本庄絣と繭の町・本庄
・高岡御車山祭
・清荒神清澄寺の光浄和上
・武蔵一宮 氷川神社の景観と都市における聖地の保存デザイン
・時代と共に進化を続ける「九谷焼」の継承のかたち
・シクロジャンブルが紡ぐ緩やかなコミュニティの実践
・灯る文明開花の華
・和晒と手拭いのこれから
このラインナップを見て分かるように多彩な視点、題材のレポートでした。いずれも読み応えのあるレポートであり、みなさんの関心の高さや鋭い視点に教員も大いに刺戟を受けました。それぞれの卒業研究については個別に講評しておりますので、ここでは全体的な話しをしたいと思います。まず、今回の卒業研究では、シラバスにあるように五つの内容(1.基本データと歴史的背景、2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか、3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか、4.今後の展望について、5.まとめ)が求められ、それに対して、四つの評価基準(文章の表記の正確さと構成の明瞭性、授業の趣旨および課題内容の理解、受講生自身の見解の提示、着眼点の独自性)をもとに採点しました。これら四つの基準を満たした上で、求められた内容に即して、対象を分析し、考察されたレポートについては高評価を付けました。一方、求められた内容に沿っていない、不足しているものは当然ながら評価は低くなっております。
内容については概ねその項目を満たし、必要十分に執筆されていたと思います。なかには註や添付資料を十二分に活用し、ご自分の調査成果を丁寧に示してくださった方もいらっしゃいました。写真や図表、種々のデータを提示して、具体的に示されると説得力のある文章となります。基本データと歴史的背景については多くの人がしっかりと調べられていたと思います。これからを考えるためには、対象がどのようなものなのか、今のありようを捉えるだけでなく、どのようにかたちづくられて今に至るのかを考える必要があります。
一方、事例のどんな点について評価しているのか、他の事例と比較して何が特筆されるのか、という点はうまくできている方とそうでない方に分かれました。事例を分析して、要素を抽出して評価することが求められます。この点がしっかりと分析されている方は今後の展望についても問題なく述べられていたと思います。また、対象だけでなく、他の事例を参照して、つまり相対化することも必要になります。単純に比べて良い悪いではなく、なぜ相違するのか(共通点も含め)、その理由を考えたうえで比較検討しなければなりません、また、なぜそれを比較対象とするのかということも明示する必要があります。今回は比較対象の理由などがないレポートが目立ちました。
そして、今後の展望についても根拠をもって論じる必要があります。「考察する」ということは何らかの根拠を持って自分の意見を提起するものです。これからのかたちをきちんと考えられたものは高評価を、ただ見通しを述べるもの、希望的な観測に終わっているものは低い評価となりました。参考事例、または先行研究を参照して、根拠を示しながらあるべきかたちを摸索する必要があります。最後のまとめですが、ここはこれまでの考察を締め括るものです。主観的な感想を述べるところではありません。また、新たな提示や考察を行う場所でもありません。レポートの本文で論じた内容をまとめて欲しいと思います。
そういった意味でも、「文章の表記の正確さと構成の明瞭性」が問われます。レポートは学術的な文章ですので、アカデミック・ライティングが求められます。ご自身の考えや意見を他者に理解してもらうために必要な文章作成です。みなさんが「素晴らしい」や「遺したい」と思った事柄をただ心情的に述べ、共感を求めるのではなく、なにが「素晴らしい」のか、どうして「遺さなければならない」のかを客観的に示し、読み手に納得してもらうことが必要になります。そのためには自分の考えをさまざまな根拠をもって補強して主張すること、論理的な構成が求められます。限られた字数のレポートで自身の考えを客観的に主張するためには構成を工夫し、明確な論理構造を示す必要があります。今回のレポートでも推敲を重ねられた読みやすい文章もあれば、ただ思いを書き殴ったといわざるを得ないだらだらとした文章もありました。初めて読む人(未知の読者)にも伝わるように書くことが大事です。
また、「授業の趣旨および課題内容の理解」という点では、授業の趣旨はみなさん理解されておりますが、課題内容の理解に今一歩のレポートがありました。あるレポートでは、内容のある一つに特化してしまい、他が圧迫されてしまっているもの。例えば基本データがレポートの大半を占め、評価や考察が薄くなってしまっているものもありました。レポートでは5点の内容について滿遍なく記すことが求められております。課題の趣旨に沿って章立てを考え、バランスよく配分することが大事です。
そして、そのなかで「受講生自身の見解の明示」や「着眼点の独自性」を示すことが求められます。見解の提示はほとんどの方ができておりましたが、それがどのような根拠をもって主張されているのか、ただ主観的な真情の吐露ではなく、客観的な根拠をもって主張されることが必要となります。そのためには先行研究やさまざまな資料をもとに論述することが必要になります。着眼点の独自性もこれまでの厖大な研究のなかでご自身の成果がどこに位置づけられるのか、研究の文脈のなかで示されるものになります。オリジナリティーといっても、根拠がなければそれはただの思い付きにすぎません。思い付きは大事ですが、それをどのように主張することができるのか、これまでの研究のどこに位置づけられるのを、これまでの研究成果のうえに示すことが必要になります。そのためにはこれまでの研究成果に学び、考えを深めることが肝要です。
みなさんは卒業研究をまとめられましたが、それで終わりではなく、対象に向き合った一つのスタートともいえます。ぜひ、これで終わりにせず、個別の講評や教員それぞれの総評を読んでいただき、考えを巡らせて、また新たな研究を進められることを期待します。
いろいろなことを申して参りましたが、みなさんの学修の成果は卒業に値するものであります。結果だけでなくプロセスも含め、素晴らしい時間を過ごされました。この時間はこれからの人生をより豊かにするものであると信じております。これからもどうぞ学び続けられ、日々の生活を豊かなものにしていただければと思います。
改めまして、ご卒業おめでとうございます!
ある一つの事柄に徹底的に向き合い、これはどのようなものなのか、四方八方から分析し、さらには他の事例や参考文献をもとにさまざまな角度から考え、一つの答えを見いだしていく、というのは学問の基礎であり、醍醐味であります。そのなかでは楽しいだけでなく、悩み苦しまれたこともあろうかと思いますが、そのような産みの苦しみを経て、みなさんは新たな価値を創造されました。みなさんの研究は(出来の良さに多少の違いはあれど)この世界に新たに生み出された学びの成果であり、お一人お一人から発出された社会への問いであります。このような成果が世の中に現れ、積み重ねられることによって、より良い未来を創造することが可能になります。まずはそのような貴重な成果が生み出されたことを言祝ぎたいと思います。
さて、今回も多くの卒業研究が提出されました。私が採点と講評を担当したのは以下の13点です(順不同)。
・入り江の漁村
・中宮寺の天寿国曼荼羅
・日本の切り絵文化
・花岡芦畔獅子舞
・登録有形文化財の活用
・本庄絣と繭の町・本庄
・高岡御車山祭
・清荒神清澄寺の光浄和上
・武蔵一宮 氷川神社の景観と都市における聖地の保存デザイン
・時代と共に進化を続ける「九谷焼」の継承のかたち
・シクロジャンブルが紡ぐ緩やかなコミュニティの実践
・灯る文明開花の華
・和晒と手拭いのこれから
このラインナップを見て分かるように多彩な視点、題材のレポートでした。いずれも読み応えのあるレポートであり、みなさんの関心の高さや鋭い視点に教員も大いに刺戟を受けました。それぞれの卒業研究については個別に講評しておりますので、ここでは全体的な話しをしたいと思います。まず、今回の卒業研究では、シラバスにあるように五つの内容(1.基本データと歴史的背景、2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか、3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか、4.今後の展望について、5.まとめ)が求められ、それに対して、四つの評価基準(文章の表記の正確さと構成の明瞭性、授業の趣旨および課題内容の理解、受講生自身の見解の提示、着眼点の独自性)をもとに採点しました。これら四つの基準を満たした上で、求められた内容に即して、対象を分析し、考察されたレポートについては高評価を付けました。一方、求められた内容に沿っていない、不足しているものは当然ながら評価は低くなっております。
内容については概ねその項目を満たし、必要十分に執筆されていたと思います。なかには註や添付資料を十二分に活用し、ご自分の調査成果を丁寧に示してくださった方もいらっしゃいました。写真や図表、種々のデータを提示して、具体的に示されると説得力のある文章となります。基本データと歴史的背景については多くの人がしっかりと調べられていたと思います。これからを考えるためには、対象がどのようなものなのか、今のありようを捉えるだけでなく、どのようにかたちづくられて今に至るのかを考える必要があります。
一方、事例のどんな点について評価しているのか、他の事例と比較して何が特筆されるのか、という点はうまくできている方とそうでない方に分かれました。事例を分析して、要素を抽出して評価することが求められます。この点がしっかりと分析されている方は今後の展望についても問題なく述べられていたと思います。また、対象だけでなく、他の事例を参照して、つまり相対化することも必要になります。単純に比べて良い悪いではなく、なぜ相違するのか(共通点も含め)、その理由を考えたうえで比較検討しなければなりません、また、なぜそれを比較対象とするのかということも明示する必要があります。今回は比較対象の理由などがないレポートが目立ちました。
そして、今後の展望についても根拠をもって論じる必要があります。「考察する」ということは何らかの根拠を持って自分の意見を提起するものです。これからのかたちをきちんと考えられたものは高評価を、ただ見通しを述べるもの、希望的な観測に終わっているものは低い評価となりました。参考事例、または先行研究を参照して、根拠を示しながらあるべきかたちを摸索する必要があります。最後のまとめですが、ここはこれまでの考察を締め括るものです。主観的な感想を述べるところではありません。また、新たな提示や考察を行う場所でもありません。レポートの本文で論じた内容をまとめて欲しいと思います。
そういった意味でも、「文章の表記の正確さと構成の明瞭性」が問われます。レポートは学術的な文章ですので、アカデミック・ライティングが求められます。ご自身の考えや意見を他者に理解してもらうために必要な文章作成です。みなさんが「素晴らしい」や「遺したい」と思った事柄をただ心情的に述べ、共感を求めるのではなく、なにが「素晴らしい」のか、どうして「遺さなければならない」のかを客観的に示し、読み手に納得してもらうことが必要になります。そのためには自分の考えをさまざまな根拠をもって補強して主張すること、論理的な構成が求められます。限られた字数のレポートで自身の考えを客観的に主張するためには構成を工夫し、明確な論理構造を示す必要があります。今回のレポートでも推敲を重ねられた読みやすい文章もあれば、ただ思いを書き殴ったといわざるを得ないだらだらとした文章もありました。初めて読む人(未知の読者)にも伝わるように書くことが大事です。
また、「授業の趣旨および課題内容の理解」という点では、授業の趣旨はみなさん理解されておりますが、課題内容の理解に今一歩のレポートがありました。あるレポートでは、内容のある一つに特化してしまい、他が圧迫されてしまっているもの。例えば基本データがレポートの大半を占め、評価や考察が薄くなってしまっているものもありました。レポートでは5点の内容について滿遍なく記すことが求められております。課題の趣旨に沿って章立てを考え、バランスよく配分することが大事です。
そして、そのなかで「受講生自身の見解の明示」や「着眼点の独自性」を示すことが求められます。見解の提示はほとんどの方ができておりましたが、それがどのような根拠をもって主張されているのか、ただ主観的な真情の吐露ではなく、客観的な根拠をもって主張されることが必要となります。そのためには先行研究やさまざまな資料をもとに論述することが必要になります。着眼点の独自性もこれまでの厖大な研究のなかでご自身の成果がどこに位置づけられるのか、研究の文脈のなかで示されるものになります。オリジナリティーといっても、根拠がなければそれはただの思い付きにすぎません。思い付きは大事ですが、それをどのように主張することができるのか、これまでの研究のどこに位置づけられるのを、これまでの研究成果のうえに示すことが必要になります。そのためにはこれまでの研究成果に学び、考えを深めることが肝要です。
みなさんは卒業研究をまとめられましたが、それで終わりではなく、対象に向き合った一つのスタートともいえます。ぜひ、これで終わりにせず、個別の講評や教員それぞれの総評を読んでいただき、考えを巡らせて、また新たな研究を進められることを期待します。
いろいろなことを申して参りましたが、みなさんの学修の成果は卒業に値するものであります。結果だけでなくプロセスも含め、素晴らしい時間を過ごされました。この時間はこれからの人生をより豊かにするものであると信じております。これからもどうぞ学び続けられ、日々の生活を豊かなものにしていただければと思います。
改めまして、ご卒業おめでとうございます!