誰もが参加者でありアーティストである ――かがわ・山なみ芸術祭――

松村 恭子

はじめに
海の復権をテーマに開催される瀬戸内国際芸術祭(以下、瀬戸芸)の中心地となる香川県では、中山間地域でもアートイベントが盛んに行われている。その1つが「かがわ・山なみ芸術祭」(以下、山なみ)である(資料1)。瀬戸芸がトップダウン型の芸術祭であるのに対して、山なみは地元NPOが中心となり運営しているボトムアップ型の芸術祭である。瀬戸芸ではこえび隊と呼ばれるサポーターグループが活躍しているが、山なみには公式ボランティアグループであるウリボウズ以外にも自主的に発生したサポーターのグループがあり、山なみにかかせない存在となっている。

1.基本データと歴史的背景
実験展とゆかい市場そして山なみ芸術祭と山なみクラブ
山なみ第1回から第5回の実行委員長を務めた倉石文雄が、アーティストが様々なしがらみから逃れ自由に制作した作品を発表できる場を作ろうと、1993年より埼玉県立近代美術館において開催したのが「実験展」である。さらに2006年に特定非営利活動法人かがわ・ものづくり学校を立ち上げ、過疎化による児童数の減少により統合のため廃校となった(註1)香川県綾歌郡綾川町枌所(資料2)の旧綾上町立枌所小学校校舎を借り受け、四国ものづくり学校・MONOHOUSE(以下、モノハウス)(資料1)を運営し、地元を拠点として芸術文化活動の促進と新たな地域文化創造を活性化させる(註2)活動を始めた。これにより、ほぼ毎年開催してきた実験展の舞台はモノハウスへと移り、美術館のない町で現代アートを見る機会ができたのである。
喫茶リーフ(以下、リーフ)(写真1)店主森本ゆう子は、リーフ開業の前年である2000年頃より、自宅前で「ゆかい市場」の活動を始めた。寂れていくのをただ待つのではなく、花を植えたり、フリーマーケットのような催しを行うことで、人が集まり賑やかになるのではないかと考えてのことである。始めた頃は否定的な声も聞こえたそうだが、徐々に協力者も増え、次はいつかと聞かれるようになったという(この段落全て、註3)。
この2つの活動の協力関係が始まったのは、ものづくり学校が活動成果発表と合わせて行うものづくり芸術祭ZIKKEN展に、ゆかい市場が産直市を出店した08年である。その後、瀬戸芸の開催に合わせて、実験展の拡大版である山なみが開催されることとなる。山なみプレ開催ともいえる「アートトレッキングin枌所2010」で、森本はゆかい市場での産直市出店だけでなく、知人やリーフの来店客へ自主的にアートガイドを行った(註4)。第1回となる13年の「かがわ・山なみ芸術祭」では、他組織も巻き込んで盛り上げに努めた。そして「かがわ・山なみ芸術祭2016」において入場料が発生すると聞き及んだ森本は、この条件でこんな山に人が来るのかと心配し、町内外に山なみを応援しようと呼びかけ「山なみクラブ(資料3)」を立ち上げた。山なみクラブの活動として、入場パスポート付協賛金で集めた資金で多数の黄色い旗を作成し会場付近の道路を飾り付けたほか、古着や空ペットボトルなどを再利用したインスタレーション形式の「リサイクルアート(資料4)」を始めた。

2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
山なみ第1回、第2回では外部からのキュレーターを採用し、県内数エリアで開催したが、第3回からは本拠地である綾川町を中心とし、実行委員でキュレーションを行なっている。また実行委員会も当初はアーティスト集団といえるメンバー構成であったが、18年第3回では20名中7名を地域住民とし、より地元との意思疎通や協調を重視した(註5)。さらに20年第4回では約半数が、22年第5回では3分の2が地域住民となった(註6)。アーティストのメンバーも地域在住者が多いことを考えると、住民による住民のためのアートイベントになったとも言えよう。
主催者である地元アーティストがキュレーションを行うことにより、実験展の特性である自由さを取り戻した。そして、そこから影響をうけた地元住民らの自由な作品制作が、さらにアーティストの創造性を高めているところが評価に値する。

3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
同じく四国の中山間地域である徳島県神山町(資料2)でボトムアップ型の芸術祭として開催されている神山アーティスト・イン・レジデンス(以下、KAIR)がある。後に認定特定非営利活動法人グリーンバレーとなる神山町国際交流協会が、1998年に徳島県へ提案した芸術家村案が「とくしま国際文化村構想」に採用され、国際文化村委員会として99年にスタートした国際的なアート・プロジェクトだ。初代KAIR会長となった森昌槻の、大阪や神戸まで出て行かずとも絵が見られたら、作品の製作過程が見られたらという思いから始まった芸術家村構想が形となったものであるが、それまでにウィーン国立音楽大学の学生のホームステイやALT受入プログラムなどで国際交流の経験が蓄積されていたことと、応募者の母数を増やすために初回から世界へ門戸が開かれている。
第1回には学芸員推薦枠があったが、その後は公募に応じた者から住民の投票により、基本的に日本人1組、その他2組を選出している。アーティストごとに担当サポーターがつくが、メンバー以外にも呼びかけに応じて住民が手助けをしており、ワークショップなども含めレジデンス期間中には地元との交流の機会は多い。
KAIRでは、ある年の招聘アーティストが私有地である大粟山に勝手に作品を制作し、実行委員が地権者に詫びたことがあった。しかし翌年も同じ事が起きた為、山を自由に使わせてもらう許可をとり、その御礼として間伐など山の手入れ作業を行っている(註7)。そして、さながら野外美術館となった大粟山アートウォークのKAIR常設作品は、2023年秋にDomestic-Wildが制作した《アリ》《ワイルドハート》で20作品目となった(註8)。
このように、アーティストの自由さを運営がカバーしたり、それが新しい動きのきっかけとなる事は、他のアートイベントでもしばしば起こっているであろう。しかし、山なみではもっとも自由に制作しているのは地元住民なのである。自分たちの土地に作っているとはいえ、回を増すごとに地元住民による制作グループが増加するなど活発になっており(資料4)、アーティストもそれを支持し、時に協力しているのだ。

4.今後の展望について
次回の「第6回 かがわ・山なみ芸術祭2025」では、これまで実行委員長であった倉石はアートディレクター・キュレーターとしてアートに専念することとなり、実行委員長は地域住民である井手上あや子、井手上美智子、森本の3名による共同代表となる(註9)。
16年第2回山なみから22年第5回までは「地域作品」としての参加であった山なみクラブであるが、通常の実験展として開催された23年および24年にはアーティストとして招かれ、リサイクルアートを制作し展示発表している(資料3)。
次回山なみのテーマである「つむぐーこの町が好きだからー」は、森本らの活動や思いを象徴しているといえるだろう。より自由を得たアーティストの作品のみならず、経験を重ねた地元住民たちの運営手腕や作品にも期待が高まる。また第5回で行われ好評であった「ナイトミュージアム(資料5)」のように地元住民発案のイベントも増えると考えられる。

5.まとめ
山なみに関係するボランティアグループは、主に会場清掃や受付を担当するウリボウズや、自主的な制作で盛り上げる山なみクラブなど数グループが存在するが、複数のグループに参加している住民もおり、とても能動的に活動している。倉石はボランティアの働きに感謝すると共に「(モノハウスで活動するうちに)アーティストの活性化と地域の活性化は車の両輪であると分かった(註10)」と述べており、また地域住民の作品についても「中でも数点の作品は現代美術の文脈を感覚的に受容している(註6)」と評価している。
そして話を聞くうちに「道を走っていても、あそこに何かできると考えてしまう(註3)(資料6)」と語る森本もまたアーティストなのだと感じた。繰り返し見ているうちに参加したくなるのは、実験展の自由な精神が作品を通して伝わるからだろう。山なみでは誰もが参加者であり、アーティストなのである。

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  • E58699E79C9F1E38080E383AAE383BCE38395E5A381E794BB_page-0001 (写真1)喫茶リーフ壁画 藤本絢子《Life Leaf river》2016年  2025.1.13筆者撮影

    第1回で野外に描かれた壁画は、会期終了後原状回復で消さなければならなかった。
    「消してしまうと残念な気持ちが残る分マイナスになる、消さなくて済むように」と考え自宅の壁を提供し、描かれた作品。
    喫茶リーフは普段から地元住民の憩いの場であり、山なみ参加アーティストも故郷に帰るように訪れるという。(森本談)
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  • E8B387E696996E38080E79C8BE69DBF-2_page-0001 (資料6)

参考文献

(註1)綾川町立綾上小学校webサイト
 https://www.edu.ayagawa.ed.jp/ayakami-e/(2025.1.30最終閲覧)

(註2)NPO法人かがわ・ものづくり学校webサイト
 http://www.monohouse.org/(2025.1.30最終閲覧)

(註3)森本ゆう子氏より聞き取り 2025.1.13、1.18。

(註4)かがわ・山なみ芸術祭2018 AYAGAWA 実行委員会『かがわ・山なみ芸術祭2018 AYAGAWA 作品記録集』特定非営利活動法人かがわ・ものづくり学校、2019年、p59。

(註5)かがわ・山なみ芸術祭2018 AYAGAWA 実行委員会『かがわ・山なみ芸術祭2018 AYAGAWA 作品記録集』特定非営利活動法人かがわ・ものづくり学校、2019年、p76。

(註6)第6回かがわ・山なみ芸術祭2025 webサイト http://www.monohouse.org/yamanami/index.html#gaiyo(2025.1.30最終閲覧)

(註7)篠原 匡『神山』、ダイヤモンド社、2023年。

(註8)in Kamiyama webサイト「『神山アーティスト・イン・レジデンス』とは」
https://www.in-kamiyama.jp/art/kair/(2025.1.30最終閲覧)

(註9) 第6回かがわ・山なみ芸術祭2025 webサイト http://www.monohouse.org/yamanami/index.html#gaiyo(2025.1.30最終閲覧)

(註10)モノハウスアートチャンネル『コロナの状況の中で芸術祭は可能なのか?モノハウスアートチャンネル開設(前半)』
https://www.youtube.com/watch?v=p6WFr2oL100(2025.1.30最終閲覧)



参考文献
綾歌郡綾上町教育委員会編『綾上町誌』香川県綾歌郡綾上町、1987年。

NPO法人グリーンバレー・ 信時 正人 『神山プロジェクトという可能性』廣済堂出版、2016年。

かがわ・ものづくり学校『MONOHOUSE ALMANAC 2017』特定非営利活動法人かがわ・ものづくり学校、2017年。

かがわ・山なみ芸術祭実行委員会/企画・監修『かがわ・山なみ芸術祭2013 作品記録集 MONOHOUSE ALMANAC 別冊』特定非営利活動法人かがわ・ものづくり学校、2014年。

かがわ・山なみ芸術祭実行委員会『かがわ・山なみ芸術祭2016 作品記録集』特定非営利活動法人かがわ・ものづくり学校、2017年。

かがわ・山なみ芸術祭2018 AYAGAWA 実行委員会『かがわ・山なみ芸術祭2018 AYAGAWA 作品記録集』特定非営利活動法人かがわ・ものづくり学校、2019年。

かがわ・山なみ芸術祭2020AYAGAWA実行委員会/企画『かがわ・山なみ芸術祭2020 作品記録集 MONOHOUSE ALMANAC 別冊』特定非営利活動法人かがわ・ものづくり学校、2021年。

かがわ・山なみ芸術祭2022AYAGAWA 実行委員会『かがわ・山なみ芸術祭2022 作品記録集』特定非営利活動法人かがわ・ものづくり学校、2023年。

篠原 匡『神山』ダイヤモンド社、2023年。

篠原匡 『神山プロジェクト  未来の働き方を実験する』日経BP社、2014年。

筆者 地域芸術実践2レポート『第4回かがわ・山なみ芸術祭2020 AYAGAWA』2021夏期。

筆者 芸術教養演習2レポート「『かがわ・山なみ芸術祭』アートから生まれたコミュニティ」2023秋期。

筆者 芸術教養研究1レポート 2023秋期。


綾川町立綾上小学校webサイトhttps://www.edu.ayagawa.ed.jp/ayakami-e/(2025.1.30最終閲覧)

in Kamiyama webサイト https://www.in-kamiyama.jp/(2025.1.30最終閲覧)

綾川町webサイト「綾川町の概要」https://www.town.ayagawa.lg.jp/docs/2011071200013/(2025.1.30最終閲覧)

綾川町webサイト「綾川町へのアクセス」https://www.town.ayagawa.lg.jp/docs/2011071900012/(2025.1.30最終閲覧)

神山町webサイト「位置・地勢、歴史・沿革について」https://www.town.kamiyama.lg.jp/office/soumu/gyousei/topography.html(2025.1.30最終閲覧)

アートトレッキングin枌所2010 webサイト http://www.monohouse.org/ats/(2025.1.30最終閲覧)

かがわ・山なみ芸術祭 webサイト
 http://www.monohouse.org/yamanami/2013/outline/index.html(2025.1.30最終閲覧)

かがわ・山なみ芸術祭2016 webサイト http://www.monohouse.org/yamanami/2013/index.html(2025.1.30最終閲覧)

かがわ・山なみ芸術祭2018 AYAGAWA webサイト http://www.monohouse.org/yamanami/2018/index.html(2025.1.30最終閲覧)

第4回かがわ・山なみ芸術祭2020 AYAGAWA webサイト http://www.monohouse.org/yamanami/2020/index.html(2025.1.30最終閲覧)

第5回かがわ・山なみ芸術祭2022 webサイトhttp://www.monohouse.org/yamanami/2022/news/index.cgi?9(2025.1.30最終閲覧)

第6回かがわ・山なみ芸術祭2025 webサイト http://www.monohouse.org/yamanami/index.html#gaiyo(2025.1.30最終閲覧)

モノハウスアートチャンネルhttps://www.youtube.com/@%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB/videos(2025.1.30最終閲覧)

瀬戸内国際芸術祭2025webサイト https://setouchi-artfest.jp/(2025.1.30最終閲覧)

NPO法人かがわ・ものづくり学校webサイト http://www.monohouse.org/(2025.1.30最終閲覧)


河野公雄氏(2011〜16年認定特定非営利活動法人グリーンバレー事務局長)より聞き取り 2023.5.14、2023.11.24(電話による)、2024.10.26。

倉石文雄氏より聞き取り 2023.10.12、10.26、11.2、11.9、11.26。

森本ゆう子氏より聞き取り 2025.1.13、1.18。

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