「クライストチャーチ・アートセンター」〜アートと人との絆を紡ぐ、空間のデザイン〜

マクリーン 由美

はじめに
ニュージーランドの南島に位置するクライストチャーチ中心地には、150年以上の歴史をもつ建造物を利用したアートセンターが存在する。旧カンタベリー大学の校舎として知られるクライストチャーチ・アートセンター(以下「アートセンター」とする)の敷地内には、アートギャラリーの他に映画館やレストラン、ホテルやアートスタジオなどが既存しており、アートを愛する地元の住民や観光客で常に賑わっている。本稿では、国家遺産である同建造物を文化資産として評価すると同時に、アートセンターとしての今後の継続と発展の可能性について考察する。

1.基本データ
名称:クライストチャーチ・アートセンター(The Arts Centre of Christchurch)
所在:ニュージーランド カンタベリー州クライストチャーチ市(Christchurch, Canterbury, NewZealand)【資料1−1】
設立:カンタベリーカレッジとして1873年に設立後、1978年からアートセンターとして活用[1]【資料1−2】
敷地:22,500平方メートル【資料1−3】
設計:ベンジャミン・マウントフォート[2]他
管理運営:非営利団体クライストチャーチ・アートセンター信託委員会(以下「信託委員会」とする)

2.歴史的背景
現在アートセンターとして存在する建物の歴史は、カンタベリーカレッジ[3]として1873年に始まった。ハイビクトリアン・ゴシック様式を建築に取り入れた同カレッジは、ニュージーランドの高等教育機関として設立された第2校目の大学[4]として知られ、ノーベル化学賞を受賞した物理学者のアーネスト・ラザフォードをはじめとする多数の著名人を輩出している[5]。その後、生徒数の増加により1975年に大学が別地域へ移転したため、同建造物は大学としての役割を終えることになったが、信託委員会によって1978年からアートセンターとしての新たな役割を担うこととなった[6]。

3.事例の評価
3-1. 文化資産としての評価
敷地内の時計台を始めとした石造建築物の半分以上は、建築家のベンジャミン・マウントフォートが設計したものであり[7]、敷地内の全23棟中22棟は、ニュージーランドの国家遺産に指定されているほど希少な財産である[8] 。アートセンターでは、これらの歴史的建造物を利用して、ワークショップやエキシビション、コンサートなどの多種多様な芸術活動が行われている【資料2】。また、23棟のうちの1棟である旧化学講堂【資料2】は、カンタベリー大学の音楽科附属施設として利用されている。151年の時を経て、今なお設立当初の大学校舎に通うことができることは、生徒たちにとって感慨深いものがあるだろう。
誰でも出入りが可能な中庭では、歴史的な建築物やアート作品を眺めることができ、建物の中にあるショップや大ホールなどを通しても、人々は気軽にアートに触れることができるようにもなっている【資料3】。このように、このアートセンターが特に評価できる点は、151年の歴史をもつ国家遺産である建物を、歴史的建造物として保存するだけでなく、老若男女、年齢、国籍問わず誰もが利用できる空間として活用していることである。

3-2.他の事例との比較による特筆点
本来は別の目的で建てられていた歴史的建造物を、アートセンターとして再度活用しているという共通点がある「鴨江アートセンター」と、クライストチャーチ・アートセンターを、地域の文化芸術活動の観点から比較する。
鴨江アートセンター[9]は、1928年に静岡県の浜松警察署庁舎として建設された[10]、96年の歴史をもつ建物である。アートセンターとしての歴史は2013年から始まっており、ワークショップやイベントの他、アーティスト・イン・レジデンス[11]を始めとした芸術活動を行っている。「アートの力で浜松をもっと元気で魅力的な街に」というスローガンをもとに、アートと人々を結ぶ場所づくりを目指している施設である。一方のクライストチャーチ・アートセンターでも、鴨江アートセンターのアーティスト・イン・レジデンスと同様の活動であるCreative Residences【資料4−1】が行われているが、鴨江アートセンターとの大きな違いは、審査で選ばれたアーティストたちがアートセンター内の宿泊施設で寝泊まりしながら制作活動に打ち込むことができるようになっている点である【資料4−2】。その他、定期的に屋内外で開催されるアートイベントやマーケットへは万人の参加が可能であり、ともすると気後れしてしまうアートの世界へのアクセスをし易くしている。これらのように、他の事例と比べてクライストチャーチ・アートセンターが特筆している点は、151年という歴史を肌で感じられる空間を、ひとびとが集う憩いの場所として気軽に利用できる点と、芸術活動に対してのサポート力の高さである。

4.今後の展望
4-1.現状
アートセンターは、非営利団体クライストチャーチ・アートセンター信託委員会が運営する慈善団体であり、管理・運営費用はアートセンター内に入居している約60の店舗[12]からのテナント料や、行政からの公的資金から賄われている。しかし、この度[13]クライストチャーチ市議会(以下「市議会」とする)は、1978年から継続してきたアートセンターへの公的資金180万ドル[14]を、2024年7月より予算から削除するという発表をしたのだ。150年を超える歴史的建物をアートセンターとして存続していくためには、定期的なメンテナンスが必要不可欠であり、それには当然多額の費用がかかる。そのため同委員会は、アートセンターを継続するのに必要な追加収入を得るために、様々な取り組みを行ってきた[15]【資料5−1】。今回の市議会の発表により、アートセンターは財政的にさらに厳しくなり、このままでは信託を解散することになるというのが現状である。
しかし幸いなことに、市議会の発表後、アートを愛する人々や地域住民らの嘆願書やSNSでの呼びかけ運動[16]により、今後10年間の資金援助の継続が決定した[17]。援助の額は半分以下の75万ドル〜50万ドルに低減されることにはなったが、信託の解散という最悪の事態を免れることができたのだ。

4-2.継続と発展のための提案
今回の市議会の決定により、アートセンターは引き続き公的資金を受けられるようになったものの、10年後以降の資金援助については未定であり、まだまだ予断を許さない状況である。今後、存続の鍵となるのは、国内外からの観光客はもとより、さらに多くの地元の人々に、アートセンターの存在を周知してもらうことである。なぜなら、今回アートセンターが存続の危機に陥った際に、地域の人々のアートセンターへの想いが市議会の決定を覆すきっかけになったからである。そして、意外と知られていないことだが、アートセンターは市の管轄下にはない、完全なる「慈善団体」であり、管理・運営には公的資金やテナント料以外は人々からの寄付や募金、ボランティアによって支えられている【資料5−2】。こういった事実をより多くの人々に認知してもらい、資金集めのイベントを企画・開催することが、今後のアートセンターの発展のための重要なポイントになるだろう。そして、SNSを活用したイベント告知や広告を通して、気後れして来訪を躊躇している人々が気軽に足を踏み入れやすいイメージを流布することが、来訪者を増やすきっかけとなり、ひいてはアートセンターの継続と発展に好影響をもたらすことができると考察する。

5.まとめ
1975年に、信託委員会が旧カンタベリー大学校舎を引き継ぐことが決まった際、高等裁判所の法令により「同歴史的建造物は必ず芸術活動のために使用すること、そして地元住民・観光客らすべての国籍の老若男女に開かれる場所にすること」が定められた。1978年から始まったアートセンターは、現在までその法令を遵守し続けており、いついかなる時も常にすべての人に開かれてきた。アートセンターを次世代に存続していくためには、より多くの人にアートセンターの存続危機状況を認識してもらう必要がある。その認識を持つことが、我らの創造の源であり憩いの場でもあるこの空間を守り抜く意識へと繋がっていくのである。

  • 81191_011_32085134_1_1_IMG_1418 [写真]Rolleston avenue 側に面したクライストチャーチ・アートセンター(2024年7月13日筆者撮影)
  • E58D92E7A094E8B387E69699EFBC91_page-0001 【資料1】アートセンターの立地
  • 81191_011_32085134_1_3_卒研資料2_page-0001 【資料2】アートセンターの特徴
  • 81191_011_32085134_1_4_卒研資料3_page-0001 【資料3】アートセンターの空間
  • 81191_011_32085134_1_5_卒研資料4_page-0001 【資料4】アーティスト・イン・レジデンスの比較
  • 81191_011_32085134_1_6_卒研資料5 _page-0001 【資料5】アートセンター追加収入実施案
  • 81191_011_32085134_1_7_卒研資料6-a_page-0001 【資料6-a】Leonie Reschenberg氏インタビュー(Q1〜Q4)
  • 81191_011_32085134_1_8_卒研資料6-b_page-0001 【資料6-b】Leonie Reschenberg氏インタビュー(Q5〜Q7)

参考文献

<註>

[1]生徒数増加のため、1975年にカンタベリーカレッジ(現カンタベリー大学)がUpper Riccarton地区へ移転した際、旧校舎をクライストチャーチ市に贈呈した。この時、同建物を管理するために名乗り出た人々たちが、現在の信託委員会の始まりであった。

[2]ベンジャミン・マウントフォート(Benjamin Woolfield Mountfort,1825−1898)はイギリス人建築家であり、ハイ・ヴィクトリアン・ゴシック建築をクライストチャーチに広めた要人であった。カンタベリーカレッジの時計塔や大ホール等の設計責任者であり、マウントフォート自身もカンタベリーカレッジ出身者である。
https://www.canterbury.ac.nz/about-uc/what-we-do/uc-in-the-community/exhibitions-and-collections/canterbury-college/perspective/benjamin-woolfield-mountfort (2024年7月22日閲覧)

[3]現カンタベリー大学。クライストチャーチ市内にある、生徒数約16,000人の国立総合大学である。2025年度の世界大学ランキングでは261位にランクインしている。QS Quacquarelli Symonds Limited「QS World University Rankings 2025: Top global universities」、『QS TOP UNIVERSITIES』、2024年。https://www.topuniversities.com/world-university-rankings(2024年7月24日閲覧)

[4]第一校目はオタゴ大学である。1869年設立の同大学は、世界の大学の上位1%にランクインするニュージーランド最古の大学である。 University of Otago「About the University of Otago」、2024年。https://www.otago.ac.nz/about(2024年7月24日閲覧)

[5]アーネスト・ラザフォード(Ernest Rutherford, 1871−1937)の他、天文学者のベアトリス・ティンズレー(Beatrice Tinsley, 1941−1981)や児童文学作家のマーガレット・メイヒー(Margaret Mahy, 1936−2012)などが卒業生である。
Edu Rank「100Notable alumni of University of Canterbury」、2024年。https://edurank.org/uni/university-of-canterbury/alumni/#google_vignette(2024年7月24日閲覧)

[6]2011年クライストチャーチ地震の影響による建物修繕期間と、新型コロナウィルスの蔓延防止のための閉鎖期間を除く。

[7]アートセンターの石造建築物の設計と建築を手がけたベンジャミン・マウントフォートの死後、彼の息子を含む複数の建築家があとを引き継ぎ完成させた。23棟すべての完成までに90年の月日を要した。

[8]【資料6- a、Q.1】参照。

[9]鴨江アートセンター 基本データ
名称:浜松市鴨江アートセンター
所在:静岡県浜松市
設立:1928年
敷地面積:約1,051平方メートル
設計者:不明
様式:近世復興様式
指定管理者:浜松創造都市協議会/東海都市管理グループ
浜松市鴨江アートセンター「鴨江アートセンターについて」、2024年。https://kamoeartcenter.org/about/(2024年7月24日閲覧)

[10]1970年からは浜松市鴨江別館として活用。耐震上の理由による2001年の全面解体の危機を乗り越え、2008年に保存が決定した。https://kamoeartcenter.org/about/(2024年7月24日閲覧)

[11]アーティストやクリエイターに制作場所を無料提供する芸術プログラム。
https://kamoeartcenter.org/artist/(2024年7月24日閲覧)

[12]【資料6- a、Q.3】参照。

[13]2024年3月に市議会より発表された。公的資金の援助は毎年7月1日に開始されるため、発表から4ヶ月弱という短い期間のあいだに、アートセンター側の委員会は同センター保存に向けての様々な対策・対応に奔走しなければならなかった。
Liz McDonald「Arts Centre faces crisis as council pulls cash」、『The Press』2024年。https://www.thepress.co.nz/nz-news/350211209/arts-centre-faces-crisis-council-pulls-cash(2024年7月18日閲覧)

[14]日本円に換算すると約1億6500万円(1NZドルが約92円換算)。
SBI証券「NZドル/円」https://www.sbisec.co.jp/ETGate/?_ControlID=WPLETmgR001Control&_PageID=WPLETmgR001Mdtl20&_DataStoreID=DSWPLETmgR001Control&_ActionID=DefaultAID&burl=iris_indexDetail&cat1=market&cat2=index&dir=tl1-idxdtl%7Ctl2-NZDJPY%3DX%7Ctl5-jpn&file=index.html&getFlg=on&OutSide=on(2024年7月24日閲覧)

[15]アートセンターを維持するために信託委員会が実施したことがホームページに細かく記載されていた【資料5−1】が、資金援助が決定した6月以降は情報更新後に消去済み。アートセンター職員Leonie氏によると、『ホームページから消去した理由は、資金援助が得られたいまは、実施案を記載して市議会に訴える必要がなくなったから』とのこと。The Arts Centre「Save The Arts Centre」https://www.artscentre.org.nz/support/save-the-arts-centre/(2024年5月28日閲覧)

[16]公的資金援助の決定を下す市議会に向けて、地域住民や観光者がいかにアートセンターを必要としているかを書いてメールで送る嘆願書は、4000通以上にのぼった。同時に、SNSでも(#Save The Atrs Centre)など、アートセンターを救おうという呼びかけが広く行われた。
The Arts Centre「Save The Arts Centre」https://www.artscentre.org.nz/support/save-the-arts-centre/(2024年7月24日閲覧)

[17]2024年と2025年の2年間は毎年75万ドル、その後8年間は毎年50万ドル、そしての以前割り当てられていた11万ドルづつの地域強化助成金を今後2年間継続することが決定した。Chris Lynch「Christchurch Art Centre secures Council funding」、『CHRIS LYNCH CHRISTCHURCH’S NEWSROOM』、2024年。https://www.chrislynchmedia.com/news-items/christchurchs-arts-centre-has-secured-ratepayer-funding-for-the-next-decade/(2024年7月24日閲覧)


<参考文献>
早川克美『芸術教養シリーズ17 私たちのデザイン1 デザインへのまなざしー豊かに生きるための思考術』藝術学舎出版、2014年。
中西紹一・早川克美『芸術教養シリーズ18 私たちのデザイン2 時間のデザインー経験に埋め込まれた構造を読み解く』藝術学舎出版、2014年。
川添善行・早川克美『芸術教養シリーズ19 私たちのデザイン3 空間に込められた意思をたどる』藝術学舎出版、2014年。
紫牟田伸子・早川克美『芸術教養シリーズ20 私たちのデザイン4 編集学ーつなげる思考・発見の技法』藝術学舎出版、2014年。
Dr. Christian Strasser, 𝘞𝘰𝘳𝘭𝘥 𝘊𝘶𝘭𝘵𝘶𝘳𝘦 𝘋𝘪𝘴𝘵𝘳𝘪𝘤𝘵𝘴 𝘚𝘱𝘢𝘤𝘦𝘴 𝘰𝘧 𝘵𝘩𝘦 𝟤𝟣𝘴𝘵 𝘤𝘦𝘯𝘵𝘶𝘳𝘺, Vienna: VfmK Verlag für moderne Kunst, 2021.

<参考ウェブサイト>
The Arts Centre ホームページ、https://www.artscentre.org.nz/(2024年7月24日最終閲覧)
University of Canterbury ホームページ、https://www.canterbury.ac.nz/(2024年7月22日最終閲覧)
University of Otago ホームページ、https://www.otago.ac.nz/(2024年7月24日最終閲覧)
鴨江アートセンターホームページ、https://kamoeartcenter.org/(2024年7月24日最終閲覧)
QS Quacquarelli Symonds Limited「QS World University Rankings 2025: Top global universities」、『QS TOP UNIVERSITIES』、2024年。https://www.topuniversities.com/world-university-rankings(2024年7月24日最終閲覧)
Edu Rank「100Notable alumni of University of Canterbury」、2024年。https://edurank.org/uni/university-of-canterbury/alumni/#google_vignette(2024年7月24日最終閲覧)
Liz McDonald「Arts Centre faces crisis as council pulls cash」、『The Press』2024年。https://www.thepress.co.nz/nz-news/350211209/arts-centre-faces-crisis-council-pulls-cash(2024年7月18日最終閲覧)
SBI証券ホームページ「マーケット」https://www.sbisec.co.jp/ETGate/?_ControlID=WPLETmgR001Control&_PageID=WPLETmgR001Mdtl20&_DataStoreID=DSWPLETmgR001Control&_ActionID=DefaultAID&burl=iris_indexDetail&cat1=market&cat2=index&dir=tl1-idxdtl%7Ctl2-NZDJPY%3DX%7Ctl5-jpn&file=index.html&getFlg=on&OutSide=on(2024年7月24日最終閲覧)
Chris Lynch「Christchurch Art Centre secures Council funding」、『CHRIS LYNCH CHRISTCHURCH’S NEWSROOM』、2024年。https://www.chrislynchmedia.com/news-items/christchurchs-arts-centre-has-secured-ratepayer-funding-for-the-next-decade/(2024年7月24日最終閲覧)
Anna Sargent「Pleas to keep funding for Christchurch’s Arts Centre」、『RNZ』、2024年。https://www.rnz.co.nz/news/national/514520/pleas-to-keep-funding-for-christchurch-s-arts-centre(2024年7月24最終閲覧)
Heritage New Zealand ホームページ、https://www.heritage.org.nz/(2024年7月24日最終閲覧)

<インタビュー協力>
クライストチャーチ・アートセンター(The Arts Centre of Christchurch)
Leonie Reschenberg氏 ー Event & Visitor Hosting / Management of the Art Gallery
2024年6月21日メールにて/2024年7月13日アートセンターにて実施

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