過疎地域の資料館の価値と役割「上村まつり伝承館 天伯」
過疎地域の資料館の価値と役割「上村まつり伝承館 天伯」
はじめに
本レポートは、過疎地区にも指定されている(参1)遠山郷と呼ばれる長野県飯田市上村(以下、上村)にある歴史資料館「上村まつり伝承館 天伯」(以下、伝承館)と併設する「山村ふるさと保存館 ねぎや」(以下、ねぎや)をとりあげ、資料館ができた経緯と地域特性を考察し、資料館の評価すべき点と今後の展開を報告する。(画1、画2)
1. 基本データ
伝承館は、飯田市上村山村文化資源保存伝習施設である。旧下伊那郡上村が飯田市に合併する前に、農林水産省の補助事業(註1)により建設したものである。
設立:1997年2月
所在地:飯田市上村753番地
構造:木造(一部鉄骨)1棟2階建て483.32㎡、1階展示室、2階霜月祭り伝習室 他
施設の目的:上村の歴史・民俗・自然の姿と霜月祭を紹介しその伝統を保存伝承する。
主な文化財の展示:「遠山の霜月祭」「御祝棒」「事の神送り」「正調絵島」「中郷獅子舞」「下栗掛け踊り」(註2)
管理運営は、1997~2012年度まで上町活性化委員会(註3)、2005年10月の合併後、飯田市に移管され、ねぎやと共に飯田市美術博物館の管轄となるが、合併後も活性化委員会継続し、2013年度から株式会社上村振興公社に移り現在に至る。
ねぎやは、伝承館の附属施設である。上町正八幡宮の宮本禰宜の代々の住宅で、「ねぎや」の屋号で呼ばれ、江戸時代後期の建築と推測される。
所在地:飯田市上村756番地
構造:木造2階建 311.00㎡
2. 伝承館が建設された背景
建設に至るまでの経緯について、企画・運営に関わった関係者に取材をした。(註4)
元議員の山﨑紀男氏は、当時の上町活性化委員会が、上村に人が訪れてくれるようにと考え、各地の資料館を自費で調べ歩き、専門コンサルタントに依頼し企画検討したと語る。
元村長の山﨑昭文氏は、上村の伝承文化を残すために資料館が必要と考えていた。霜月祭りは日程が決まっているので、当日祭りに来られない人達のために必要と考えていた。地元でも女性など参加できず知らない人が多かった。建設費用は、1億数千万円の大きな事業であったが、遠山の霜月祭が国指定重要無形民俗文化財であったことや、国と県から補助を受けたことが大きかったとしている。
外装を担当した前島道広氏は、隣の旧南信濃村(註5)にあった集会所兼資料館ではなく、歴史資料館として立派なものを作りたいという気持ちがあった。山﨑氏同様に、祭り以外に来た際に知ってもらうことができる資料館が必要だとした。
内装を担当した胡桃澤三郎氏は、柳瀬清兵衛氏とコンサルタントと共に、1階には自然・観光・歴史・民俗・地形・映像ブースを考え、2階の伝習室には祭りの各地区の面・祭具の展示と雰囲気を出すために、真ん中に湯殿と舞いの模型を置いた。(画3) 階段や壁などの装飾、写真や絵画にも祭りや地元との関連を考えた。
特に、2階の面のレプリカ(画4)は、近隣にも面の制作者がいたが、手彫りだと本物と若干違うものができてしまうため、大きさ・傷み具合・鼻の高さ、表面の木目まで本物に近い精巧なレプリカを作るために、京都の専門業者に依頼、館内入口の「天伯像」のケース代に約400万、衣装も京都に依頼した。
その上に、著書(参2)で遠山の霜月祭を著述し地元住民との親交のあった三隅治雄先生がいる大学(註6) を訪ねて監修を依頼したことなど、資料館に対する関係者のこだわりが伝わってくる。
1階民芸品コーナーには、地元の方々の寄贈品と旧上村民俗資料館(註7) の収蔵品の一部を展示、一部ねぎやにも展示した。
ねぎやは、昔の生活が残された木造建築として重要視し保存したいと考え、空き家であったことから、家主と何度かの交渉の末、2001年に村が購入して復元したものである。
3. 地域の特性と評価する点
上村は上町・程野・中郷・下栗の4地区で形成され、各地区の年中行事の展示もあるが、展示室に入って目に飛び込んでくるのは、中央に大きく設置してある上村の地形模型である。
その模型からは、上村の面積126.51k㎡の広大さ、平地が少なく面積の大半が森林である姿、大断層の中央構造線が直線的に走る谷間(標高約500m)から、標高3000m級の南アルプス連峰に囲まれ、標高差と変化にとんだ地形をみることができる。地形からは、秋葉街道沿いの上町の宿場の発展、標高1000mの下栗地区の生活様式などを知ることができる。
鎌倉時代には鶴岡八幡宮寺の荘園、江戸幕府の直轄地、大正時代には運搬手段である竜東索道の建設と、林業の時代を豊かな山林の模型と展示資料から思い浮かばせ、領主遠山一族が江戸時代に滅び、その後、遠山氏の祟りを怖れた村人が、その慰霊祭を入れたとされる現在の「遠山の霜月祭」となるまでの地域と祭りとの繋がりも知ることができる。そして、メインとなる霜月祭は、実際の映像を解説と共に大画面で鑑賞できる。
立体的に上村全体を見せた上で、一貫性をもたせた展示によって、数多くある文化・生活・歴史を効率よく、わかりやすく表現している。(参3、画5)
また、付属施設であるねぎやは、こけら葺きの屋根や馬屋(註8)がある家として、通し土間で囲炉裏・炊事・食事・一家団欒・接客などが一つになっている家として、現存している当時の生活様式を見ることができる保存館である。(参4、画6)
これらの施設は、現在人口が438人(2017年1月)、大半が65歳以上となっている(註9)過疎地域で開館している。上村の人口 (参5、画7)は、大正14年2432人から平成28年には444人と、1988人減少し過疎化が深刻化している。その中で、伝承館の来館者数(画8)に大幅な減少はなく、遠山郷の古い歴史と文化を求める来訪者に対して一定の役割を果たしているとみる。
しかしながら、このまま過疎化が進めば祭りや集落の存続は難しく、伝承館・ねぎやは、上村の祭りの伝承・文化財の保存、地域の特性や歴史・文化を残す資料館としてこれから更に必要となり、この地に生きた上村の人々の記録が残る資料館として、評価されるべき文化資産であると考えるのである。
4. 他の事例と比較して
同じ遠山郷の南信濃地区にある「遠山郷土館 和田城(以下、郷土館)」の活動を、山﨑徳蔵氏(註10)に取材した。
2010年に管理人に女性を登用し、来館者に繋がる策として喫茶店の営業許可を取った。また隣接する龍淵寺に湧き出る水「観音霊水」が「平成の名水100選」(参6)に選ばれ、それを珈琲に利用し、更に郷土と関係のない個人の創作物の展示、販売も行った。
資料館としては、他の村からの借用品を、2013年に美術博物館の監修のもと、地元の資料にかえて内容を充実させリニューアルオープンし、2014年には、離村者が増え祭事・管理ができなくなった神社の霜月祭りの面・祭具を文化財の避難施設として展示し管理を行っている。
文化伝習体験としては、木下美奈子氏(註11)が始めた藤糸を後世に残す活動に協力し、郷土館内で藤糸織物の体験、蔓でカゴ作り体験を定期開催している。
山﨑徳蔵氏は、地元の伝承文化活動に対しては、企業として応援し地域の活性化を繋がるならと考えているが、喫茶を始めたことで資料館としての役割よりも交流にいき過ぎたことを見直しているとも語ってくれた。
伝承館は、娯楽の場は設けず、上村関連の展示及び書籍以外にグッズの販売も行わず、開館当初から係員が来館者に歴史と展示物について説明を行い、資料館としての役割に徹している点に違いがあるが、遠山郷に2カ所の資料館があることで、来訪者に地区ごとの祭りを詳細に伝えられること、多くの歴史資料を保存できることに相乗効果があると考える。
5. 今後の展望
飯田市は、2027年に開業するリニア中央新幹線や数年後に開通予定の三遠南信自動車(参7)を生かす総合計画「いいだ未来デザイン2028」の中で、地域の伝統文化の継承について計画案を出している。(参8)、さらに飯田市歴史研究所は、地域遺産の再発見、歴史資料や文化の史料の保存・整理へ取り組んでいる。(参9)
上村でも、2018年稼働を目指し小水力発電事業(註12)が始まり、交通網の変化と合わせて新しい地域作りが期待されるところである。しかしながら、来訪者が増えることが過疎化を止める策になるとは限らず、上村の明るい未来を予見することはできないが、伝承館とねぎやは、形あるものとして次世代へ伝えていく役割を持って、今以上に必要とされていくと考えるのである。
参考文献
参考1 総務省サイト「過疎地域市町村等一覧(平成28年4月1日)」2017/1/12アクセス
http://www.soumu.go.jp/main_content/000402224.pdf
参考2 三隅治雄『郷土芸能 無形文化財全集8』(1958)大同書院出版P212~p221
参考3 飯田市美術博物館/柳田國男記念伊那民俗学研究所編集発行 『遠山谷北部の民俗』秀文社2009
上村史編纂委員会『上村史 歴史編』(2008)上村史刊行委員会
上村史編纂委員会『上村史 自然編』(2008) 上村史刊行委員会
上村史編纂委員会『上村史 総集編上・下』(2009)上村史刊行委員会
参考4 向山雅重『信濃民俗記 考古民俗叢書〈1〉』(1968年) 慶友社 p244
参考5 飯田市美術博物館/柳田國男記念伊那民俗学研究所編集発行 『遠山谷北部の民俗』秀文社2009 p26
飯田市サイト「飯田市の世帯数と人口 地区別人口および世帯数」H17~H28分PDFファイル
https://www.city.iida.lg.jp/soshiki/5/setaisuu-jinkou.html 2017/1/18アクセス
参考6 環境庁サイト「平成の名水百選」
http://www.env.go.jp/press/files/jp/11537.pdf 2017/1/15アクセス
参考7 国土交通省サイト「三遠南信自動車道」
http://www.cbr.mlit.go.jp/hamamatsu/gaiyo_douro/gaiyo_sanen_index.html 2017/1/15アクセス
参考8 飯田市サイト 「いいだ未来デザイン2028」案
https://www.city.iida.lg.jp/uploaded/attachment/28549.pdf 2017/1/12アクセス
参考9 飯田市サイト https://www.city.iida.lg.jp/uploaded/attachment/10166.pdf
「飯田市歴史研究所第3期中期計画 H25(2013)~H29(2017) 」 2017/1/12アクセス
【注記】
註1 農林水産省補助事業 中山間地域対策等事業「新山村振興等農林漁業特別対策」
註2 「遠山の霜月祭」(国指定重要無形民俗文化財)
「御祝棒」、「事の神送り」(市指定民俗文化財)
「正調絵島」(市有形民俗文化財)
「中郷獅子舞」、「下栗掛け踊り」(市無形民俗文化財)
註3 上町活性化委員会-伝承館が上町地区建設予定だったため、同地区の有志による地域を活気づけるメンバーによる組織
平成20年4月から指定管理者制度へ移行し、継続して上町活性化委員会が市から指定管理者を受けた。
註4 山﨑 紀男 旧上村村会議員 取材日2016/12/19
山﨑 昭文 建設当時の旧上村村長 取材日2017/1/11
前島 道広 建設当時上村役場の課長、現在の伝承館の管理運営会社の取締役 取材日2017/1/11
胡桃澤 三郎 建設当時上村教育委員会委員長、取材日2017/1/13
柳瀬 清兵衛 建設当時上村役場総務課長 取材日2016/11/28
註5 旧南信濃村-現在の飯田市南信濃、上村と同じ2005年に合併した。
註6 三隅 治雄 文学博士 監修当時、実践女子大学教授・東京国立文化財名誉研究員であった。
註7 上村民俗資料館は、地元の歴史研究者山口儀高氏が、1976年に自費で開館した山口民俗資料館を1986年に譲り受けたものである。村内の民家から収集した品や寄贈された品、約1200点を収蔵した山村の生活を知る貴重な民俗資料館であったが、耐震上問題があり利用不可となった。
註8 この施設の馬屋(まや)は、馬宿の馬屋ではなく、家庭での荷物運びや代掻きや堆肥をとるための農耕用である。
註9 飯田市役所上村自治振興センター電話確認 2017/1/19
註10 山﨑徳蔵 郷土館の管理会社である公益財団法人南信濃振興公社事務局長、遠山ふじの糸伝承の会会長 取材日2016/12/5
註11 木下美奈子 遠山ふじの糸伝承の会 企画・運営 遠山一族の姫をかくまったとされる木下家に嫁いだ
https://fujiitonokai.jimdo.com/ 2017/1/20アクセス 藤糸の話取材 取材日:2016/12/21
註12 南信州新聞サイト「上村の住民らが小水力発電会社設立」2016/10/20記事より
http://minamishinshu.jp/news/economy/%E4%B8%8A%E6%9D%91%E3%81%AE%E4%BD%8F%E6%B0%91%E3%82%89%E3%81%8C%E5%B0%8F%E6%B0%B4%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E8%A8%AD%E7%AB%8B.html 2017/1/19アクセス