伝統文化を繋げていくということ 〜 はままつBABY BOX project というかたち〜

白鳥 真弓

人々の暮らし方や価値観が急激な変化を遂げている今、伝統と呼ばれるものを次の時代に繋げることが難しくなってきている。私たちは「伝統」をどう扱うべきなのか、静岡県浜松市の伝統産業「遠州織物」と新しく始まった取り組み「はままつBABY BOX project」を軸に追ってみる。

1-1基本データと歴史的背景
静岡県浜松市といえばうなぎや餃子が有名だが、実は産業の盛んな地域である。ホンダ、ヤマハ、スズキ、ローランド、浜松ホトニクスと、世界で戦える企業が多く存在する。そしてもう1つ、代表的な伝統産業が「遠州織物」である。
浜松市にある「初生衣神社」は、遠州織物の発祥の地として 800年以上前より「伊勢神宮」へ神衣を納めるという神事を担ってきた。
江戸時代からは綿花の栽培も盛んになり、綿を使って布を織り使うという日常使いから、織物が製品であるという概念に変わっていった。(上州館林からの移住者が結城縞の製織技術が伝え、遠州縞が出来上がっていったと言われている。註1)
明治29年に豊田佐吉(静岡県湖西市出身)が木製の動力織機を発明したことで、織物産業は飛躍的に発展し、染色技術の研究(注染染め・註2)も進み、遠州織物は地場産業として発展していった。こうして遠州地域は、織布、染色などの分業工程の工場が集まる日本有数の綿織物産地となっていったのだ。しかし戦後安価な海外製品の輸入が急激に増えたことで、浜松だけでなく、国内の産地が大きな打撃を受けたことは想像に難くない。そこから伝統産業としての遠州織物は市民の中から次第に忘れ去られ「遠州織物」が浜松市民のシビックプライドを育てるアイテムとはなりえなくなっていった。衰退し忘れられた業界を再興すべく後継者たちが立ち上がったのは、ここ15~20年ほどのことだ。次世代の後継者達とそれを後押しする、技術を持った昭和の頃からの経営者や技術者、併せて織物の魅力を理解し、事象に共感した県外からの移住者である。

1-2 BABY BOXのはじまり
浜松市では、地域固有の文化や資源を活かした創造的な活動を後押しし、市民の暮らしの質を高めていく「浜松市創造都市推進事業」という制度がある。その事業として、次の時代を背負う後継者や移住してきたアーティストなどの人材が集結して始まったのが「Hamamatsu BABY BOX project」である。(以下BB)BBは、令和4年、5年度採択され活動している団体である。
遠州織物や注染染め、浜松市産の木材などを使って、浜松市の企業やアーティスト達が企画した赤ちゃん用品を1つの箱に詰めて提供するプロジェクトで、プロジェクトオーナーは、東京都出身で東京藝術大学非常勤講師,染色家の桂川美帆さんである。(註3)縁もゆかりもない浜松市に移住してきた桂川さんは、織物の産地に多少の期待を抱いていたものの、廃業が相次ぎ衰退している現状を目の当たりにし、何かできることはないのかとの思いからこのプロジェクトを立ち上げた。BBのプロジェクトメンバーには他県から移住のアーティストや地元企業の他県出身者など、織物とは関係なかった人々が多く参加するなど、新しい感覚を持って臨む人が多い。
フィンランドで、社会保険庁が、赤ちゃんに無料で配布している育児支援パッケージ「Maternity package 」を参考、目標としている。(註4)
少子高齢化など様々な問題解決を図るための事業で、BBは、遠州織物で浜松ならではの地域創生を目指して始められた。(註5)

2.BBの評価できる点
ボックスの中身は、スタイ、てぬぐい、モビール、だっこまくら、おくるみ、バスタオルだ。
製品全てに遠州織物の綿麻のヘリンボン生地や綿ガーゼ、タオル生地といった素材がふんだんに使われている。また浜松伝統の注染染め工場と、桂川さんがコラボして作ったてぬぐいはこのプロジェクトを象徴している作品と言って良い。
モビールは浜松産のヒノキ材と「からみ織」の生地で作られており、地産地消の新しい形を示したものだ。
BBの特筆すべき点は、伝統を繋いでいくという点だけに絞られていないことである。1つの箱が浜松市の抱える、少子高齢化や後継者問題などを抱える地場産業などへの課題解決の糸口も包括しているのだ。
子育て世代への育児支援はもちろん、フィンランドのように公的機関が支給する事業に育てば、継続的な受注が約束され、織物業界の活性化につながることは間違いない。また、子どもたちにとっても、生まれた時から遠州織物と触れ合うことができるため自然とシビックプライドが育っていく。
加えて、業界内での横のつながりが途切れかけていた昨今、遠州織物に関わる業者がその垣根を超えてboxを作り上げたことも大きな前進である。
必死に「今」と戦ってきた各遠州織物業者をまとめ、1つの製品を作るということは簡単なことではなかったようだ。
それぞれの会社が独自の製法や技術によって高品質の製品を作っている。しかしその製品を活かした産地復興の取り組みは非常に小規模なものしかなかったのがこれまでの現状であった。本来ならば公的機関や組合などが積極的に行うことが望ましい姿だと思うのだが、担当替えの多い公務員や組合員の高齢化なども一因となり、積極的に行われてこなかったのである。
しかし、移住者やクリエーター、若い後継者たちの視点をまとめあげ、新しいカタチを模索し遠州織物という産業と伝統を繋いできた産地に敬意を持って取り組むプロジェクトは課題を抱えた業界や浜松市にとっても新しい風をなったのは間違いない。

3.国内の他の事例との比較
「今治タオル」といえば、見慣れたロゴマークとともに全国に知られた存在だ。(註6)今治タオルは見事に復活を遂げた伝統産業と言って良い。今治地方も江戸からの綿花の産地であり、明治〜昭和と、遠州地方の織物産業と同じように変遷してきた。(註7)
しかし80年代から急激に衰退していった為、業界と商工会議所が手を組みブランドと作り上げるために、佐藤可士和氏をプロデューサーに招き、今治タオルの本質的価値「安心・安全・高品質」を守り伝えていくことを基本理念としてプロジェクトをスタートさせたのだ。
ブランドを名乗るための基準を設けたり、タオルソムリエ資格試験を実施したりと、産地の企業が1つになってブランディングしているのである。
遠州織物には現在、厳格で目にみえる基準は存在していない。
地元、国内、海外にと知名度を上げていった今治のビジネスモデルは参考にする価値があるのかもしれない。

4.今後の展望
市内の「こもれび保育園」では、子ども達の入園時に遠州織物で作られたトートバックをプレゼントしている。夏には遠州織物で作られた甚平で活動している。園長先生にお話を伺うと、子供達が喜ぶのはもちろんだが、保護者からの評判もよく、遠州織物を知る良いきっかけになったとの声が多数聞かれるという。
「古橋織布有限会社」では、地元の小、中学校に出向き、遠州織物の出張授業や工場見学を積極的に行っている。ディレクターの濱田さんは浜松市と共同で、子ども向けの冊子を作り学校や図書館に配布して、わかりやすく遠州織物を知ってもらう活動をされている。
「ぬくもり工房」では販路拡大や商品開発はもちろん地元の大学生達と遠州織物の製品の入ったカプセルトイを開発したり、大学で講演などを行っている。
また遠州産地の織りや染めに興味や親しみを持ってもらうため「entrance」も発足した。主に産地内の繊維産業に携わる若手で結成され、イベントなどを開いて、遠州織物の魅力発信や消費拡大の為の活動をしていくようだ。(註8)
BBやentranceに見られるように、各企業が垣根を超えて活動することで自然と小さなうねりができていく。このうねりが大きくなっていき産地の活性に繋がっていくことで、自然と伝統が次の世代に引き継がれていく。これがまさに伝統文化を繋いでいく正統なカタチなのではないだろうか。
自身もこの取材をきっかけとして、遠州織物を使った障害者、高齢者向けの製品の開発をスタートさせた。今後も自身の活動を通して遠州織物と関わっていくつもりである。

5.まとめ
人間が創り出すモノ、コトは生活に密着し、切実な思いが創り出したもので、それに変わる何かが出現した時、価値観に合わなくなった時、様々な理由で消えていく。消えていくことは自然の摂理なのかもしれない。しかしBBの活動は、織物への自信と伝統を繋げたいという切実な思いが積み上がった、力強ささえ感じる営みであった。
伝統とは絶対的な信頼と、次の世代に遺したいという切実さが繋いできた、人々の想いの連なりのカタチなのである。
BBが作り出した新しいカタチが今後浜松市という土壌でどのように育っていくのかを見守っていきたい。

  • 81191_011_31985016_1_1_baby-box BABY BOXの中身 (桂川 美帆さんより提供)
  • 81191_011_31985016_1_2_%e3%81%8a%e3%82%93%e3%81%9e%e7%a5%ad%e3%82%8a 初生衣神社でのおんぞ祭り 2023年4月8日筆者撮影
  • 81191_011_31985016_1_3_%e3%81%93%e3%82%82%e3%82%8c%e3%81%b3%e4%bf%9d%e8%82%b2%e5%9c%92 遠州織物で作った甚平 (こもれび保育園園長様提供)
  • 81191_011_31985016_1_4_%e3%81%ac%e3%81%8f%e3%82%82%e3%82%8a%e5%b7%a5%e6%88%bf ぬくもり工房は商品開発や販路拡大など新しい取り組みをしている
  • 81191_011_31985016_1_5_%e5%8f%a4%e6%a9%8b%e7%b9%94%e5%b8%83%e6%9c%89%e9%99%90%e4%bc%9a%e7%a4%be シャトル織機を使った織物を得意とする古橋織布有限会社 地元の小中学校への講演活動も活発に行っている。

参考文献

註1 『浜松産業史』先駆者たちの軌跡 浜松市商工部商工課発行 平成9年3月 P4
註2 注染染めとは
注染は中形(40×95㎝)と呼ばれる形を使う型染の一種で、柄の部分に染料を注ぐことから、注ぎ染などとも呼ばれている。表裏全く同じ色に染色ができ、染料のにじみや混合によるぼかしを活かして、雅趣豊かな深みのある多彩な染色ができる。
 

註3 桂川美帆 公式HP
https://miho-katsuragawa.com/

註4 フィンランドの育児支援パッケージ紹介HP
https://www.kela.fi/maternity-package-2023
日本語による紹介ページ
https://www.mochii-hokuou.com/maternity-package/2703/

註5 はままつBABY BOX project
https://hamamatsu-babybox.com/

註6 今治タオル工業組合公式HP
https://itia.or.jp/brand.html

註7 中忠株式会社公式HP
https://www.nakachu.co.jp/history/

註8 entrance 公式インスタグラム
https://www.instagram.com/053.textiledesign/

取材先
hamamatsu BABY BOX project
染色家 桂川美帆
古橋織布有限会社 
ぬくもり工房
マサル織布
半田山こもれび保育園 
訪問先
株式会社鈴三材木店 ショールーム
初生衣神社
和田染工有限会社
浜松アーツ&クリエイション

年月と地域
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