山梨県立図書館から考える今後の図書空間のあり方について
1.はじめに
今回は、山梨県甲府市にある山梨県立図書館について取り上げ、県立図書館という空間のあり方について考える。基本的運営方針にも記されている通り「山梨県民図書館」目指している(1)この図書館は、県民にひらかれた図書館であるために様々な工夫を凝らして運営されている。本報告書ではそんな山梨県立図書館の評価すべき点や今後の展望などを踏まえ、これからの図書空間のあり方についてまとめたい。
2.基本データ
山梨県,山梨県教育委員会によると、山梨県立図書館の基本データは以下の通りだ(2),(3)。
名称:山梨県立図書館(かいぶらり)
所在地:山梨県甲府市北口2丁目8番1号
敷地面積:4,530㎡
設計:久米建設・三宅建築設計事務所JV
開館日:2012年11月11日
令和3年度所蔵資料数:995,543点
3.歴史的背景
そもそも山梨県立図書館によれば、昭和6年に教育会から県に山梨教育会附属図書館が寄付されて山梨県立図書館になったという(4)。その後太平洋戦争終戦後にアメリカ軍政部によって建物が接収され移転を余儀なくされたり、昭和25年の新図書館法の公布とともに新しい時代の県立図書館として始動し昭和45年に甲府市丸の内、平成24年に甲府市北口に新築移転したりと時代の流れとともに変化を繰り返しながら現在に至る(5)。北口に移転してからは「『県民図書館』として出発し(中略)、山梨の生涯学習の基盤施設として、県内公共図書館の支援やレファレンスサービスの一層の充実を図りながら、新しい時代に対応した『山梨らしさ』のある図書館、多様な支援機能を持った交流の拠点として、県民から信頼される使いやすい施設を目指して」(6)いると山梨県立図書館は示している。
4. 事例のどんな点について積極的に評価しているのか
山梨県立図書館の高く評価すべき点は、私、深沢有佳が過去に述べたたように、「人と本」そして「人と人」との交流が生まれる空間が整えられている(7)ことだろう。以下、私自身が過去に述べたことも踏まえつつ具体的に紹介したい。
例えば館内には書棚付近に閲覧席が400席以上設けられており、気になった本を書架から取り出してすぐに座って読むことができる(8)。また静かに読書や資料調査をしたいときに便利なのが「サイレントルーム」で、建物の各階に複数設置されており席を予約すれば誰でも利用できる(9)。さらに1階には「子ども読書支援センター」があるのだが、そこには光る書架や靴をぬいでのびのびと本が読める「よむよむスペース」、絵本を乗せて回転している観覧車などがあり、子どもたちが好奇心をもって楽しく本に触れられる環境が整っている(10)。様々な工夫により、世代を問わず誰もが本と交流できる場になっているのだ。
また人と人同士が触れ合える設備に関していえば、「イベントスペース」や「多目的ホール」があげられる。可動式の観覧席が設置されていたり、最大500席の椅子を配置できたりと、それぞれ異なる特徴をもった部屋が複数完備されており、図書館を利用する人々が交わり、情報交換できる環境が整っている(11)。加えてそもそも館内は各スペースやホールがある「交流エリア」と本が陳列されている「閲覧エリア」の大きく2つに分かれているのだが、そのあいだには壁のようなエリアを隔てるものが何もない。山梨県と山梨県教育委員会によれば、これは2つのエリアに繋がりをもたせ、互いの活動を感じ取りながら相乗効果を生み出せるようにという設計上のねらいがあるそうだ(12)。さらに入口付近にはカフェもあり、コーヒーを片手に誰かと語り合うことも可能だ。人と人との盛んな交流を生み出せるような工夫が散りばめられているといえる。
このように、過去に深沢が述べたように様々な設備によって「人と本」そして「人と人」との交流が生まれる空間が整えられている(13)のが山梨県立図書館の大きな特徴であり、評価できる点だ。
5.他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
ここからは、近隣の県立図書館と比較しながら山梨県立図書館の特筆すべき点についてまとめたい。結論から述べると、冒頭でも記した「山梨県民図書館」を目指している(14)という基本的運営方針のとおり「県民にひらかれた、山梨県らしさが詰まった図書館」という点が他にない特徴だと考える。その大きな要因として、図書館の空間設計に注目したい。例えば建物の外壁は、山梨県の特産品であるぶどうの畑やかごをイメージして、格子状に組まれたフレームにツタが巻かれている。また館内の天井にはぶどうかごをイメージした格子状の梁が組まれており、かごに包まれているかのような開放的な大空間が広がっている。さらに立野井一恵によると、「山並み状の屋根には日本一の日照時間を誇る山梨の自然を活かして、都道府県立図書館では最大規模の太陽光パネルを設置」(15)しているそうだ。山梨県という地域の特徴をいかした、山梨県らしい空間になっているといえよう。また建物全体にはガラスが多く用いられているため透明度が高く、周辺の街並みとの一体感が演出されている。館内の様子が外からでも確認できるようになっているため、自然と県民が足を運びやすい、まちに溶け込んだ図書館になっているのではないだろうか。
そしてこの、「その県らしさが散りばめられた、県民にひらかれた空間設計」は近隣の県立図書館を調査してみてもなかなか確認できない。例えば神奈川県立図書館は、立野井が述べているように戦後のモダニズム建築を牽引した前川國男氏が設計した、機能的でモダンな建築(16)として知られているが、神奈川県らしい装備は特に施されていない。また埼玉県の県立熊谷図書館、久嬉図書館の2館も、図書館としての機能は十分果たしている空間ではあるものの、埼玉県らしさは見当たらない。県立長野図書館も、その前進にあたる信濃図書館で所蔵していた本など長野県ならではの資料を閲覧できるスペースがあるものの、空間自体の工夫は確認できない。やはり他館と比較してみても、山梨県立図書館は「県立図書館らしい山梨県ならではの工夫を施した、県民にひらかれた図書館」という点で特筆すべき図書館だといえる。
6.今後の展望について
様々な設備によって、山梨県に存在するにふさわしい地域性の強い図書館になっていることがわかるが、今後の展望についても考察したい。すでに県民が山梨県らしい空間で本や人と交流できる環境が整えられているが、基本的運営方針にある通り「山梨県民図書館」目指している(17)ことを踏まえつつより発展していくためには、新たにどんなことに取り組んでいけば良いのだろうか。
1つは、利用者が「何かを知る」ことだけではなく、「何かを表現する」ことができるサービスを導入することを提案したい。実際に宮崎県都城市立図書館の中には、レーザーカッターやブックマシーンが備えられた「プレススタジオ」があり、編集者やデザイナーのスタッフが利用者の表現活動を手伝ってくれる。「これまで知ることを支えてきた図書館ですが、実は『知ること』と『表現すること』は表裏一体です。そこで、図書館に、表現することを支える場所をつくりました」(18)と都城市立図書館が示しているように、県民が表現できる場を設けることも、県民にひらかれた県立図書館の役割として重要なのではないだろうか。
また利用者が本以外からも何かを体験して学ぶことができる機会を提供するのも良いのではないかと考える。実際に県立長野図書館では「体験、発見、やってみ!?」(19)というコンセプトのもと、子どもたちが図書館の隣にある公園で使えるスピードガンや双眼鏡、図鑑などの道具の貸出しを行っている。本の中だけにとどまらず、県内の自然や生きものに実際に触れて知ってもらうことも大切な学びであり、県を代表する図書館としてまず県立図書館が積極的に行っていくべきではないだろうか。
このように今後も基本的運営方針の「山梨県民図書館」(20)を目指していくために、県民が主体的に活動できる場も設けていくことが重要なのではないかと考える。
7.まとめ
以上から、山梨県立図書館は山梨県らしい工夫が施された建物の中で「人と本」、そして「人と人」とが交流できる空間になっているとまとめられる。今後は他の図書館の活動事例も参考にしながら、県民がより主体的に学べる場を提供していくことで、まさに基本的運営方針に記された「山梨県民図書館」(21)を実現できるのではないだろうか。
- 写真1 山梨県立図書館の外観。ガラスが多用されており透明度の高い構造になっているため、まちに溶け込んでいるような印象を受ける。(2023年7月25日、筆者撮影)
- 写真2 閲覧席。写真のような広々とした座席が多数完備されている。(2023年7月25日、筆者撮影)
- 写真3 サイレントルームやイベントスペース、多目的ホールなどの各部屋。それぞれ異なる特徴があるため目的に応じて使い分けることができる。(2023年7月25日、筆者撮影)
- 写真4 光る書架。本を背後から柔らかく照らしており、子どもが思わず手を取りたくなる仕掛けになっている。(2023年7月25日、筆者撮影)
- 写真5 よむよむスペース。小上がりになっていて、子どもたちは靴を脱いでのびのびと本と触れ合うことができる。(2023年7月25日、筆者撮影)
- 写真6 本を載せて回転する観覧車。子どもたちの好奇心をくすぐる仕掛けだ。(2023年7月25日、筆者撮影)
- 写真7 格子状の外壁。ぶどう棚やぶどうかごを彷彿とさせる。(2023年7月25日、筆者撮影)
- 写真8 格子状の天井。下から見上げると大きなぶどうかごに覆われているかのような感覚に陥る。(2023年7月25日、筆者撮影)
参考文献
註
(1)山梨県立図書館「県立図書館"6つのコンセプト" ―基本的運営方針」『山梨県立図書館』、2012年。
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/info/concept.html(2023年7月7日閲覧)
(2)山梨県,山梨県教育委員会『山梨県立図書館 かいぶらり』山梨県,山梨県教育委員会、2012年、p.4。
(3)山梨県立図書館「令和4年度要覧 最新号 令和4年6月30日発行」『山梨県立図書館』、2022年。
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/hakkou/yoran/R4yoran.pdf(2023年7月7日閲覧)
(4)山梨県立図書館「図書館の紹介」『山梨県立図書館』、2012年。
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/info/index.html(2023年7月7日閲覧)
(5)山梨県立図書館「図書館の紹介」『山梨県立図書館』、2012年。
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/info/index.html(2023年7月7日閲覧)
(6)山梨県立図書館「図書館の紹介」『山梨県立図書館』、2012年。
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/info/index.html(2023年7月7日閲覧)
(7)深沢有佳「芸術教養研究1 レポート課題」『芸術教養研究1』、2022年。
(8)深沢有佳「芸術教養研究1 レポート課題」『芸術教養研究1』、2022年。
(9)深沢有佳「芸術教養研究1 レポート課題」『芸術教養研究1』、2022年。
(10)深沢有佳「芸術教養研究1 レポート課題」『芸術教養研究1』、2022年。
(11)深沢有佳「芸術教養研究1 レポート課題」『芸術教養研究1』、2022年。
(12)山梨県,山梨県教育委員会『新山梨県立図書館』山梨県,山梨県教育委員会、2010年、p.3。
(13)深沢有佳「芸術教養研究1 レポート課題」『芸術教養研究1』、2022年。
(14)山梨県立図書館「県立図書館"6つのコンセプト" ―基本的運営方針」『山梨県立図書館』、2012年。
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/info/concept.html(2023年7月7日閲覧)
(15)立野井一恵『日本の最も美しい図書館』エクスナレッジ、2015年、p.48。
(16)立野井一恵『日本の最も美しい図書館』エクスナレッジ、2015年、p.39。
(17)山梨県立図書館「県立図書館"6つのコンセプト" ―基本的運営方針」『山梨県立図書館』、2012年。
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/info/concept.html(2023年7月7日閲覧)
(18)都城市立図書館「館内案内パンフレット」『都城市立図書館 - Mallmall まるまる』、2018年。http://mallmall.info/images/mall_pamphlet.pdf(2023年7月7日閲覧)
(19)県立長野図書館「体験の貸出|県立長野図書館 - 信州ナレッジスクエア」『県立長野図書館』、2020年。https://www.knowledge.pref.nagano.lg.jp/guidance/taiken/kashidashi.html(2023年7月7日閲覧)
(20)山梨県立図書館「県立図書館"6つのコンセプト" ―基本的運営方針」『山梨県立図書館』、2012年。
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/info/concept.html(2023年7月7日閲覧)
(21)山梨県立図書館「県立図書館"6つのコンセプト" ―基本的運営方針」『山梨県立図書館』、2012年。
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/info/concept.html(2023年7月7日閲覧)
参考文献一覧
埼玉県立図書館「施設案内(全体の概要)」『埼玉県立図書館ウェブサイト』、2023年。
https://www.lib.pref.saitama.jp/guidance/facility/facility.html(2023年7月7日閲覧)
県立長野図書館「県立長野図書館 -『共に知り、共に創る』信州・学び創造ラボ」『県立長野図書館』、2023年。
https://www.knowledge.pref.nagano.lg.jp/guidance/atsumaritai/manabilabo.html(2023年7月7日閲覧)
堀部篤史「これからの図書空間 2 宮崎・都城市立図書館」『アネモメトリ』「特集No.67」、2018年。https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/6322/(2023年7月7日閲覧)
谷一文子『これからの図書館』平凡社、2019年。
岡本真『未来の図書館、はじめませんか?』青弓社、2014年。
奥野宣之『図書館「超」活用術』朝日新聞出版、2016年。