「コピティアム」華人がもたらした喫茶文化
はじめに
マレーシアは主にマレー系・中華系・インド系で構成されている多民族国家である。そのため食も多岐に渡り、各民族の宗教上の都合により食事の場所が異なっている。
ここでは中華系に愛されている喫茶店「コピティアム」について取り上げた。
安く手軽に食事ができ、早朝から夕方まで営業しているため老若男女から愛される庶民の憩いの場所である。
この評価報告書では、マレーシアの食文化や歴史を語る上で欠かせないコピティアムがいかに発展し、これからも存続していくためにはどのような課題を抱えているのかを考察、評価報告していきたい。
1.基本データと歴史的背景
1-1概要
都市部でこそ「Starbucks Coffee」や「Costa Coffee」などに見られる大手のコーヒーショップが一般的になりつつあるが、少し都市部を離れると今も昔ながらの伝統的なコピティアムは健在である。
コーヒーといっても日本の喫茶店で一般的とされるアメリカンやブレンドコーヒーはなく、コピ(註1)と呼ばれる練乳で甘くしたマレーシア伝統のものが主流である。朝食にはカヤトーストと呼ばれるトーストにカヤジャム(註2)とバターを挟んだもの、そして日本でもお馴染みの半熟卵が定番だ。
店によって多少形態は違うものの、コピティアムの特徴として基本的にシンガポールのホーカー(註3)と似ているが、ホーカーに比べ規模が小さめのものをマレーシアではコピティアムと呼んでいる。一般的な形態は店主である飲み物を販売する一角の周りにワンタンミー(図1)や叉焼飯を販売する小さな屋台が店主に土地代を支払う形で出店している。
早い・安い・うまいを兼ね備えたコピティアムは労働階級の老若男女に愛される古き良き時代の面影を残す庶民の憩いの場所なのだ。例えるなら、英国のパブのようであり日本の純喫茶のような空間なのである。
1-2歴史的背景
コピティアムの歴史は、イギリスがマラヤ(今のマラッカ)を統治していた19世紀から20世紀初頭にまで遡る。中国の海南島(註4)からマレー半島に渡ってきた人々によって形成され、マレーシアがまだ国として独立する前から存在していた。Kopiはマレー語で「コーヒー」を指し、Tiamは福建語で「店」という意味である。
第二次世界大戦が終わると、景気が悪化しそれまで飲食業や接客業でイギリス人に雇われていた多くの海南の人々は職を失うことになった。しかし彼らはこの機会をチャンスと捉え、土地を買取りコピティアムを各地にオープンさせた。このことからも、中華系移民達のビジネスセンスの良さがうかがえるのではないだろうか。1960年代になると庶民の味方としてマレーシア全土に広がり定着し、現在も父から子へと代々受け継がれているのである。
2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
「Starbucks Coffee」など欧米系の大手コーヒーチェーンに集客を奪われる中で、昔ながらのノスタルジックな面影を全面に売り出し、InstagramやTwitter等のSNSを駆使したマーケティングで若者や観光客の集客に成功しているコピティアムもある。
例えば、クアラルンプールの観光地であるチャイナタウンの老舗コピティアム「Ho Kow Hainan Kopitiam」(図2)が挙げられる。
1956年から営業しており、昔ながらの花柄の施された食器類(図3)や店内の装飾でレトロな雰囲気を残しつつも、衛生面や店内の行き届いた清掃そして食事の盛り付けなどに清潔感が見られ、若年層や流行りに敏感な客層をターゲットにしていることがうかがえる。若者は自身のSNSで店舗の様子を拡散してくれる、いわゆる広告塔なのである。
一般的なコピティアムには冷房はなく壁や床は汚れ、食器は欠けていたり一つ一つのこだわりよりも薄利多売することで売上を得ている。それに比べて「Ho Kow Hainan Kopitiam」は、少し値段が張る代わりに衛生面や涼しさなど安心した食事環境を提供している。
20代半ばの男性中華系マレーの友人に聞き取り調査をしたところ、若者もコピティアムやホーカーと呼ばれる屋台街に行くよりかは、SNS映えする洒落たカフェや、衛生面で安心の環境を求めてモールの中の飲食店を選ぶようになっているとのことだ。また、見栄えの良い店内や食事の様子を自身のSNSに投稿することが一種のステータスになっている。
万年常夏のマレーシアは肥満大国でも知られている。国民性なのか、車社会だからなのかマレーシア人は歩きたがらない上に暑いところが苦手である。近年遊ぶ場所は主にモールで、冷房は寒いくらいにガンガンに効いており大体の飲み物はコピを筆頭に激甘なものが一般的であると語ってくれた。
このように、大衆が求める憩いの場所が路面むき出しの不衛生で暑いコピティアムから冷房や衛生面でも安心できるモール等の商業施設に移行している。
そんな中、古き良き時代の面影を残しながらも衛生管理や見栄えの良さで現代の民衆のニーズを反映し、離れつつある若者をSNSを活用して取り戻した「Ho Kow Hainan Kopitiam」は評価されるべきである。
3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
日本では未だ現金しか使用できない喫茶店は多い、特に地方になると現金主義の傾向は顕著である。だが、マレーシアでは携帯一つあれば支払いが完了する。店舗を構えていない屋台でさえも店先のQRコードをスキャンするだけで支払いが完了するシステムが整っており、いわゆるキャッシュレス化が日本よりも進んでいるのである。
コロナの影響で加速したキャッシュレスはコピティアムにも浸透しており、携帯一つで数通りの支払い方法を提供している店も少なくない。「Touch and Go」と呼ばれる日本のPay Payのようなものや、「Du it Now」のようにQコードを読み取るだけで自身のオンラインバンキングから直接支払われるシステムもある。
未だ現金主義の多い日本でなかなか浸透していないキャッシュレス社会がマレーシアでは日常になっている。2020年の「世界デジタル競争力ランキング」では、日本が27位なのに対してマレーシアは26位とわずかながらに日本をリードしていることを見ても、時代に柔軟に適応する能力を持っている。社会のIT化を課題としている日本が見習うべき点ではないだろうか。(註5)
4.今後の展望について
I T化を柔軟に受け入れ時代とともに改善してはいるが、その反面で未だ店内を闊歩する害獣や害虫など衛生面の問題点も多々見受けられる。主にコピティアムを利用する世代(40〜60代)では気にする者の方が少数派であるが、若い世代になるとSNSなど国外からの情報が増えたことによって、より衛生的で見栄えの良い場所を求めている者が多数を占める。
ノスタルジックな雰囲気や昔ながらの安心感のある味を求める若者も一定数はいるもののやはり大型のコーヒーショップの方が優勢である。そんな中でも大型のモールに必ずと言っていいほど入っている「OldTown White Coffee」(註6)など、昔ながらのコピティアムを今時のニーズに合わせ、涼しくて快適な場所を提供している店も近年では増えている。また、上記で取り上げた「Ho Kow Hainan Kopitiam」のようにレトロな雰囲気がインスタ映えすると話題になる店もあり、わざとコピタムの風貌を残したままの店も出てきている。
このように見直され始めたコピタムは少しずつ形を変え、これからも愛され続けていくに違いない。
5.まとめ
コピティアムはマレーシアがまだ国として独立していない時代から労働階級の庶民とともに歴史を歩んできた。海南の人々が始めた食文化だが、時代とともに様々な民族に愛され、豚肉を使用しないなど宗教を考慮したコピティアムも珍しく無くなってきた。これは多民族・多種教国家のマレーシアならではの光景である。
社会が便利になり環境が整っても忘れてはいならない風景や味を思い出させてくれる貴重な場所であり、マレーシアの喫茶文化を支えてきたコピティアムは未来へと残していかなければならない。増え続ける大手のコーヒーショップや、SNSなどを通して海外の情報が身近になり庶民の味覚や感覚が欧米化の一途を辿る中で、イギリスの植民地時代や国としての独立、シンガポールの分離などを乗り越え、変わりゆくマレーシアの歴史を支えてきたコピティアムは国の遺産であり誇りである。
参考文献
「註」
註1
コーヒー豆を砂糖やマーガリンなどを加えて深くローストしてある。入れる方法は、ドリップ式やエスプレッソ式とは異なり、湯にコーヒーの粉を加えて混ぜ数分置いた後に布のフィルタで漉すというもので、その後練乳を入れたものを提供する。
註2
ココナッツミルクに砂糖、卵、パンダンリーフなどで風味をつけたもので、甘いジャム。
註3
シンガポールの屋台街のこと、無数の屋台が集結しているフードコートのようなもの。
註4
中国南部,コワントン (広東) 省南西部のレイチョウ (雷州) 半島南方に,チュンチョウ (瓊州) 海峡を隔てて対する島。面積は 3万4290km2。全島,ならびに周辺の島嶼を合わせてハイナン(海南)省となっており,行政中心地はハイコウ (海口) 市。
https://japan.eb.com/rg/article-09016300
ブリタニカ ハイナン (海南) 島 2023年1月29日観覧最終日
註5
参考文献
https://connection.com.my/malaysia_news/id=1756
Malaysia Business Connection「世界デジタル競争力ランキング2020」マレーシアが日本を上回る結果に
2023年1月29日観覧最終日
註6
参考文献
https://www.oldtown.com.my
OldTown White Coffee HP
2023年1月29日観覧最終日
「参考文献」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/76/662/76_662_755/_pdf
マレーシアのコーヒーショップとシンガポールのホーカーセンターにみる屋台の集積形態と競争原理の定着
中村 航・古谷 誠章 2011年4月(2023年1月28日最終閲覧)
https://says.com/my/amp/lifestyle/the-history-of-how-kopitiams-came-about-in-malaysia
Did You Know: Kopitiam Culture In Malaysia Is Over 150 Years Old
May Vin Ang 21 Jan 2021 (2023年1月28日最終閲覧)
https://www.kokugakuin.ac.jp/article/283116
アジアに学ぶ歴史的環境保全とまちづくり【前編】
藤岡 麻理子 2022年4月15日(2023年1月28日最終閲覧)
https://hokowkopitiam.com/mooncake/#checkout
Ho Kow Hainan Kopitiam HP (2023年1月28日最終閲覧)
https://this-is-wanderlust.com/the-delights-of-the-kopitiam-a-truly-authentic-malaysian-experience/
The delights of the kopitiam – a truly authentic Malaysian experience
Sean Smith 11 October 2021(2023年1月29日最終閲覧)