福井駅前電車通り北地区の再開発事業からみる「ヒト」が都市景観に与える力
1.はじめに
福井県では、2024年春に予定されている北陸新幹線の福井県内延伸開業を控えており、県内のあちらこちらで新幹線建設工事が進んでいる。新幹線の高架橋が日を追うごとに着実に出来上っており、視覚的にも新幹線の開業が迫っていることを実感できるほどである。県内では4つの新幹線駅が誕生する計画となっており、それぞれの駅周辺においても新しい道路計画や区画整理、そして再開発の計画が進んでいる。特に福井県の玄関口となる福井駅周辺においては複数の大型再開発が計画・始動しており、再開発工事の進捗にともなって建物の鉄骨が組みあがっていく様子などが見受けられ、日々街の景観が変化している。
2.基本データ
北陸新幹線で福井駅に訪れた場合に、福井県の玄関口として認識される景観を構成する地区のひとつである「福井駅前電車通り北地区」は、福井駅西口から徒歩約2分の立地であり、地区の北側には中央大通り、南側には福井駅前電車通り、が通り、人通りも車通りも多い地区である。ここでの再開発は、2つの区画(福井駅前電車通り北地区A街区市街地再開発/福井駅前電車通り北地区B街区市街地再開発)に分かれて事業が進められているが、北陸新幹線開業のタイミング合わせての工事完了を予定し、かつ福井駅に近い側の区画であるA街区の再開発に着目して考察を行う。
【再開発事業の概要(A街区)】
・事業手法:都市再開発法に基づく第一種市街地再開発事業
・事業施行者:福井駅前電車通り北地区A街区市街地再開発組合
・参加組合員:ユアーズホスピタリティマネジメント株式会社、Fujinaga Estate合同会社、株式会社福井新聞社、株式会社長谷工不動産、 阪急阪神不動産株式会社、株式会社マリモ、 株式会社コスモスイニシア、福井放送株式会社、藤永 賢一(順不同)
・権利者数:従前44名/従後34名
・施行地区:福井市中央1丁目3番街区の一部・4番街区の約13,000㎡
・建築面積:約5,790㎡(建築敷地面積:約6,900㎡)※地下1階 地上28階建
・主な用途:ホテル、事務所、カンファレンス、店舗、住宅、駐車場、広場
A街区の再開発の事業計画では、次の5点を計画の骨子として建物の設計が行われている。
(1)福井県の玄関口にふさわしい建物であること
(2)東西南北の人の流れを繋ぎ阻害しないようにすること
(3)景観と防災無線に配慮した空間配置であること
(4)建物の1階部分の機能を有効活用できる配置にすること
(5)南北それぞれに面した通りの役割と連動した機能配置であること
施設構成は、福井駅に近い側にはホテルやカンファレンス機能を配置し県外からの来訪者に対して機能的になるようにしつつ、福井駅から遠い側には住居機能を配置することで生活空間への配慮が見られる。
3.歴史的背景
福井駅前電車通り北地区の再開発事業は、福井市の市街地再開発事業のひとつに位置付けられているとともに、福井市景観計画の「重点的に良好な景観形成を図る必要があると認める区域(福井都心地区特定景観計画区域)」の区域内となっている。この福井都心地区特定景観計画区域は6つのゾーン(都心部、中央1丁目、浜町通り界隈、養浩館庭園周辺、福井城址公園、福井城址周辺)に分かれており、中央1丁目ゾーンは福井駅からすぐの立地であり多数の県外からの来訪者が立ち寄るゾーンであると想定されているため、他の5つのゾーンへの回遊性を確保しつつ、人と人との交流によるにぎわいづくりに力を入れていくゾーンという位置づけである。
4.評価する点
福井市景観計画の策定により、中央1丁目ゾーン等では景観にマイナスの影響を与える派手な看板が減っている。この効果として街の色味が整いつつあり、街に対しての印象が良い方向に向かっている。加えて今回の再開発事業では、福井駅前電車通り北地区から周辺のエリアへの回遊性と周辺のエリアとの親和性を重視しており、例えば、敷地内への広場の整備・建物内への歩行者専用通路の整備、などが挙げられる。これらにより、空間に対して「ヒト」が与える影響がプラス方向に向かうようになり、かつ「ヒト」の存在を常に感じさせることにより空間に活気が出てくることになるため、この福井駅前電車通り北地区を中心とした周辺のエリア全体に好印象を与える仕掛けが整っていくと評価できる。
さらに、今回の再開発事業によりこの福井駅前電車通り北地区に加わる機能のひとつとして新たに住宅が約220戸つくられる。外部からの「ヒト」の流れに加え、空洞化が顕著である中央1丁目ゾーンの内部からも「ヒト」の流れが新たに生まれることとなる。都市景観への配慮もなされつつ、街に不足していた機能も加わっていくことで、福井の玄関口である中央1丁目ゾーンのポテンシャルが高まり、結果として街の魅力が高まっていくことに繋がると評価できる。
5.他の事例と比較して特筆されること
北陸新幹線の延伸開業を既に迎えている金沢市の事例と、これから延伸開業を迎える福井市の事例とを比較し考察する。外部の「ヒト」の目線で見た金沢市は、観光するのにコンパクトで便利な印象を受ける。北陸新幹線金沢駅から金沢市内の各観光地までの距離は比較的近く、観光客は半日程度で市内観光を楽しむことが出来る街である。もともと観光客に人気の目的地であった金沢市であったが、北陸新幹線金沢延伸開業後さらに観光客が増加している。金沢市では、延伸開業の数年前から観光客の急激な増加に備えた様々な取り組みを進めていた。例えば、市内の複数のエリアを重要伝統的建造物群保存地区に登録していく、などが挙げられる。これは「金沢らしさ」を残しながらも、いかに大勢の観光客を受け入れ、そして観光施策に対する地域住民の理解を得るか、という「ヒト」の気持ちに対して、登録による対外的な評価を地域住民に示すという取り組みで寄り添い、地域住民から一定の理解を得ることが出来ていると評価できる。
県都にぎわい創生協議会(福井商工会議所・福井県・福井市)によって、2022年10月に県都グランドデザインが策定された。この県都グランドデザインは、交通ネットワークの結節点である福井駅を中心としたエリア内に多くの人を惹きつけ、交流を生み出していこうという将来像を掲げ、2040年までの目標として「“たのしみ”をつくる」「“くらし”をつくる」「“しごと”をつくる」の3つの領域があり、いずれの領域でも「ヒト」が中心となるように取り組んでいくことが宣言されている。福井駅前電車通り北地区は「“くらし”をつくる」領域において短期的に中心となっていくが、建物というハード面に加え、県都グランドデザインというソフト面が加わることで、北地区を起点に中央1丁目ゾーン全体で「ヒト」が触媒となってにぎわいが生み出されているイメージが容易に想像できる。「ヒト」の存在感が都市景観に違和感なく溶け込み、「ヒト」が主役となって都市景観がつくられていくであろうという点は特に評価すべきと考える。金沢市の事例では地域住民への説得という面が強いが、福井市の事例の場合は未来志向での検討もなされており、まちづくりと都市景観に「ヒト」が関わっていくことを明示的にしている点が特筆すべき点と考える。
6.今後の展望
北陸新幹線の福井県内延伸開業というタイミングを契機として再開発事業が進んでいるが、都市景観を構成する要素は建物など構造物だけではなく、普段からこれらの建物を利用する「ヒト」が大きな要素である。これは外部からの来訪者も含まれるものの、理想の都市景観をつくり上げていくための主役は地域住民であり、彼らの協力が必須である。そのため地域住民の協力を得て、延伸開業後も持続的に外部の「ヒト」との交流を生み出し、そして都市景観を維持・向上していけるかどうか、が福井駅前電車通り北地区に突き付けられた中長期的な課題ではないかと考える。
7.まとめ
福井市の中央1丁目ゾーンの1区画である福井駅前電車通り北地区の再開発事業を通じて都市景観と「ヒト」との関係性を考察した。視覚的には建物などが都市景観の構成要素の大半を占めるが、それらの建物などは「ヒト」に使われることで価値が生み出されていることを踏まえると、都市景観は「ヒト」の活動の結果が反映されていると言える。未来に魅力のある都市景観を引き継いでいけるかどうかは、今を生きる一人ひとりの行動にかかっている。
参考文献
・福井駅前電車通り北地区A街区市街地再開発組合ホームページ、https://fukui-saikaihatsu-a.com/、最終閲覧日2023年1月28日
・福井市ホームページ「福井市景観計画」、https://www.city.fukui.lg.jp/kurasi/mati/keikan/keikankeikaku.html、最終閲覧日2023年1月28日
・福井市ホームページ「「県都グランドデザイン」を策定しました」、https://www.city.fukui.lg.jp/kurasi/mati/sigaitikassei/p025294.html、最終閲覧日2023年1月28日
・金沢市ホームページ「北陸新幹線開業による影響検証会議」、https://www4.city.kanazawa.lg.jp/soshikikarasagasu/kikakuchoseika/gyomuannai/6/5/6352.html、最終閲覧日2023年1月28日