華僑城文化創意園OCT-LOFT―旧工業区を再生した街並み―
はじめに
中国南部に位置する広東省深圳市は、現在は高層ビルが立ち並ぶ世界有数のハイテク都市にへと発達しているが、古くは製造業の町として栄え、全国各地から仕事を求める人々が移り住み人口が増加してきた。発達したこの都市の中で、現在でも所々に旧工業区であった痕跡をみることができる。本稿では、この深圳市の南部にある華僑城というエリアにある旧工業区を再生した街、華僑城文化創意園OCT-LOFT〔柱1〕(以下、華僑城文化創意園)を取り上げ、如何に機能し、活気ある街づくりを行っているのかを調査し、今後の展望について考察を行う。
基本データと歴史的背景
深圳市は、元来小さな漁村であり約40年ほど前までは人口もわずか数万人の小さな町であったが、1978年に改革開放が施され、1979年に深圳市が経済特区として設けられた後、1980年代には多くの外資企業が流入し製造拠点を構えたため、近年まで製造業の町として発展してきた。〔2〕それに伴い労働を求め、全国各地から人口の流入がはじまった。この40年間でおおよそ1500万人以上にまでのぼっており、その中の95%以上が外地からの移住者で構成されている。世界の工場として発展してきた深圳市であるが、人件費高騰と家賃の大幅な値上がりと同時に、2010年頃から産業の構造転換が行われ、現在では製造業の町からIT産業の町へと変化している。そのため、現在でも全国各地から仕事を求めて来る移住者が、特に若年層が多い。〔3〕多くの製造メーカーは外地への移転や撤退をやむを得ず、同時にその多くの工場跡地は宅地開発され、中には跡形も感じることができなくなっているところもある。
製造業の町であった深圳市は、2004年に「文化立市」戦略目標を確立し、「文化立市戦略」に合わせて文化産業の発展を推進する一連の政策を制定し、文化産業を深センの主要産業のひとつに発展させることを明確にした。〔4〕そのため、文化産業園区が各地に設立されているが、華僑城文化創意園については、旧工業区を利用し、時代のニーズに沿って順応してできているのが特徴である。
町の変化とともにできた華僑城文化創意園は深圳南部の華僑城エリアの東側 旧東部工業区に位置している。旧東部工業区は、元来、電子機器の製造を行っていた大型工場が入っていたが、縮小からはじまり、2010年には外地へと移転している。華僑城文化創意園最寄りのバス停は元来のまま「康佳集団KONKA GROUP」と大型工場名のまま暫く残されていたが、現在名前は変更されている。
この園区は、国家資本企業である華僑城グループが協賛し、元来の工場や宿舎などの建築物大部分を維持したままの構造で、敷地面積は約15万平方メートルにおよび、建築面積総計では20万平方メートルを超え、全体を北区と南区に分けており、園区内だけで大小の合わせた36の棟が立ち並んでいる。(添付1,2)その中にデザイン設計関連企業を主に、その他飲食店やアパレル雑貨、書籍や美術品を扱う店舗等、現在では約300軒が入り構成されている。〔5〕現在、園区は深圳華僑城創意園文化発展有限公司が独資で運営している。通りには多様なオブジェが設置され、古い建物には現代的なアートが施され、週末には多くの来園者で賑わい、市民の憩いの場のひとつとなっている。
園区は2006年に正式にオープンしたが、店舗数も増え出し、様々な芸術イベント活動が積極的に行われて、来園者が増え認知度が広まったのは2011年頃からである。2021年には、オープンから現在に至る運営を評価され、「深セン特色文化街区」〔6〕を授与している。
評価する特徴と類似比較
評価する点について、一つめは旧工業区を再生させた街づくりで地域が活発化していることである。仮に、跡地を廃墟または更地の状態で街に残すことになると、景観が殺風景になり、街のあたたかさも消失し、治安の面でみても心配な点が生ずると考える。
工場や宿舎であった建物内には、大小の店舗が並び来園者で賑わっている。廃墟にせず再利用することで、モノづくりの町であった歴史がこの区域自体で展示されていると感じる。また、数々の個性的な現代芸術が溶け込んだこの街は、芸術がすぐ身近に感じられ歩いているだけで楽しめる空間となっている。このように、再利用して街が活性化されていることは、今後他地域でも活かせる見本となるのではないだろうか。(添付3,4左)
二つめに、園区独自の雑誌の刊行や、頻繁に行われる芸術イベント活動である。イベント活動については、芸術展覧会をはじめ、音楽フェスティバル、フリーマーケットイベント、子どもを対象としたイベント活動が多種行われている。中でも特に、OCT-LOFTクリエイティブフェスティバル、OCT-LOFTパブリックアート展、OCT-LOFT国際ジャズフェスティバル、明日の音楽祭など一連の活動は、華僑城文化創意園の独自のブランド価値を高めている。このような活動は、園区を開放的な空間にし、コミニティ・文化交流のプラットフォームになっている。(添付4右,5)
三つめに、園区・商業・コミニティを連動させた構造は、華僑城文化創意園の独自性の成立につながっている。園区をテーマユニットと設け、その上に商業とコミニティを抱えた配置モデルは、一体感をもって共生共存し発展している。文化×商業、文化×コミニティ、商業×コミニティなどの乗法の空間で成り立っており、その相乗効果で多くの人を惹きつける空間になってる。
同様の事例として、華僑城文化創意園から約17km離れた深圳市の西側に位置するF518創意園がある。〔7〕華僑城文化創意園と同様に、旧工業区を再利用した文化産業園区であるが、比較すると園区の構成要素が企業の割合が高くなっている。入居数についても、華僑城文化創意園は約300軒に対し、F518創意園では約600軒あまりが入っているが、その中で企業が圧倒的に数を占め、中小・マイクロ企業の誘致が積極的に継続して行われている。来園者については、通勤者の数が多くを占めるため、週末になるとひと気が減り寂しい雰囲気に変わる。
直線に伸びているメイン通りが軸となり、左右には旧建築物をそのままに、様々な企業や店舗で構成されている。文化の側面でみると、外部との交流の多さは華僑城文化創意園と比較して少なく、華僑城文化創意園のような開放感は感じられない。機械的に機能している個々が独立し、園が一つの共同体という一体感は感じられない空間という印象が強い。F518創意園と比較して華僑城文化創意園が特筆している点は、園区で運営している店舗や企業、各コミニティが交流し乗法して組み合わさり、一つの華僑城文化創意園という共同体を築いている点であると考える。
今後の展望について
今後もこのような工場移転や撤退後を再利用した文化創意園が増えていく中で、如何にオリジナリティある存在感を残し、衰退させずに充実させていくかが課題になってくると考える。人口の移ろいと変化が激しいこの町では、常に目を引くイベント活動やアピールは絶えず必要になってくる。併せて、旧工業区再生の先駆けであった事実を町の歴史の一部として、残して周知してもらうことがオリジナリティ創出のため必要である。
現在は旧建築物そのものが歴史の展示となっている状態であるが、旧工業区の産業転換時の背景を史料として残して公開できるようにすれば、更に興味をもつ人も多くなるのではないか。この地域ならではの新しい歴史、新しい文化を創出し未来に向かっている現在、ここに至るまでの歴史があるからこその魅力もある。だからこそ置き去りにせず、周知してもらう必要があると考えるのだ。園区の一連の変化と街や人の様子などの写真史料館として園区内にある図書館に設置したり、各芸術活動のテーマを開園前の年代に設定する日を設けるなど、この地域の歴史を振り返るきっかけができれば、来園者の味わい方や楽しみ方も増え、愛着をもってもらうことにつながり、存在意義を高めていくことになるのではないか。
まとめ
以上のことから、華僑城文化創意園は時代の変化に順応して地域を再生し、積極的に芸術活動を行っていることから、新しい共同体が生まれていくことにつながっている。昨今インターネットの普及で自宅で完結することができる時代であるが、時間をかけて足を運んで行く価値は、そこにある開放感、肌で感じる芸術や各コミニティのもつ人間的なあたたかみなのだと感じる。
急速に発展したこの町では、全てにおいて変化が激しい。華僑城文化創意園においても、今後も変化していくことも考えられる。しかし、今後も街の歴史と共に生きながら、様々な文化が混じり合い、街のひとつの新しい文化として根付き発展していくことを期待する。
- 添付1【南エリア図】2022年11月30日 図:筆者作成 写真:筆者撮影
- 添付2【北エリア図】2022年11月30日 図:筆者作成 写真:筆者撮影
- 添付3【通りの景観/建物内の景観】2022年11月30日 写真:筆者撮影
- 添付4【園区から出た外の道路の景観/アクティビティ】2022年11月30日 写真:筆者撮影
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添付5【独自に刊行している雑誌/イベント活動の広告】
・写真、①:@LOFT https://www.octloft.cn/parkPublevel?channelId=28 より引用 (2022年11月29日閲覧)・写真:品牌活動 https://www.octloft.cn/actlevel?channelId=42より引用(2022年11月29日閲覧)
参考文献
【参考資料】
〔柱〕
〔1〕華僑城文化創意園OCT-LOFT https://www.octloft.cn/
(2022年12月6日 閲覧)
〔2〕NTTデータルウィーブ株式会社-深センの驚異的な発展ぶりに触れて
https://www.nttdata-luweave.com/csr/lits-cafe/sato/shenzhen.html
(2022年12月6日 閲覧)
〔3〕JETRO日本貿易振興機構-深セン市、メーカーの撤退を受け工場賃料の抑制策を検討
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/07/d5e68958450aef11.html
(2022年12月6日 閲覧)
工場の賃料や人件費の上昇、環境規制強化などの理由で多くの企業の移転が続いている。
香港ポスト 深圳市30年の軌跡と奇跡 ~世界の工場から紅いシリコンバレーへ
https://www.hkpost.com.hk/20170608_648/
(2022年12月6日 閲覧)
現代メディア 人口3万人のしなびた漁村・深センが「世界最先端都市」になるまで
https://gendai.media/articles/-/55934
(2022年12月6日 閲覧)
ひと昔前は製造業を求めて来る人口が占めていたが、近年ではIT産業を求めて来る人口が増えた。いずれも若年層が多数である。
〔4〕国家金融与発展実験室 盘点深圳文化创意产业园的发展之道-(一)2004-2010年,政策扶持阶段
http://www.nifd.cn/ResearchComment/Details/1514
(2022年12月6日 閲覧)
深圳市の主要産業については、1.ハイテク技術産業 2.金融 3.物流 4.文化産業
以上の4大柱産業となっている。
〔5〕華僑城文化創意園OCT-LOFT-園区紹介
https://www.octloft.cn/company?channelId=7
(2022年12月6日 閲覧)
〔6〕深圳新聞網 文博会
http://www.sznews.com/content/mb/2021-10/25/content_24677537.htm
深圳“十大特色文化街区”全部完成授牌 深圳特色文化街区
(2022年12月6日 閲覧)
2018年に市政府が都市文化発展のための街改造計画を推進し、市内に10の文化街が授与された。
〔7〕F518創意園
http://www.cnf518.com/
(2022年12月6日 閲覧)
・深圳博物館―展覧-常設展覧-深圳改革開放史-関連動画「深圳改革開放史」
https://shenzhenmuseum.com/exhibitiondetail?clazzName=CmsExhibition&resId=e5bb2ed011be44ebb62624238f454c48&type=1
(2022年11月29日 閲覧)
深圳市の改革開放期の紹介
・中共中央党史研究室科研管理部組織編写『改革開放実録 第二輯④』中共党史出版社発行、2017年、2714ページ~2744ページ。
深圳市の改革開放時の実録が年代毎に分かれ記されている。
・謝湖南『深圳時間:一個深圳詩人的成長軌跡』深圳報業集団出版発行、2018年、155ページ~160ページ。
華僑城エリアについて記されている。
・叶曙明『深圳伝』広東教育出版社発行、2018年、195ページ~204ページ。
千年の文化をみるなら西安へ、百年の文化をみるなら上海へ、数十年の文化をみるなら深圳へ、といわれている。ここでは、深圳の新しい文化芸術活動や建築物などが紹介されている。
【取材協力】
<町の産業の変化・人の変化についてヒアリング>
日本人男性(70代)深圳在住17年目
中国人深圳市民 女性(60代)
<華僑城エリアの変化について・華僑城文化創意園OCT-LOFTについてヒアリング>
中国人深圳市民 男性(40代)