「ショパンコンクール」ショパンの魂を受け継ぐもの達-ショパニストへの道
1. はじめに
国内外問わず現在では様々な音楽コンクールが開催されている。その中でも世界三大音楽コンクール(1)の一つであり、また音楽コンクールとしては世界最古のコンクールであるショパン国際ピアノコンクール(以下ショパコン)が、どのように成り立ち、今日まで受け継がれながら芸術活動をしてきたのか。また今後どのような観点・価値観から開催されていくのかを考察する。
2–1. 基本的データ
⚫︎名称:フレデリック・ショパン(2)国際ピアノコンクール
⚫︎開催地:ポーランド ワルシャワ・フィルハーモニーホール
⚫︎初回:1927年(5年に1度の開催)
⚫︎開催時期:ショパンの命日10月17日の前後3週間
⚫︎年齢制限:16歳以上30歳以下
⚫︎審査方法:書類審査(3)と映像審査(4)
⚫︎課題曲は全てショパンの曲とする。(資料1)
⚫︎予備審査:書類・DVD審査を通過した者。現地にて30分程度演奏する。ただし予備審査免除(5)の者は本大会から直接参加出来る。
1次予選(80名程度):20−25分
2次予選(40名程度):30−40分
3次予選(20名)セミファイナル:45−55分
本選(10名)ファイナル:ピアノ協奏曲 ワルシャワフィルハーモニーオーケストラと共演
1位から6位までの入賞の他に特別賞(6)がそれぞれ授与される。
使用ピアノ(7):スタインウェイ479 (Steinway & Sons)
スタインウェイ300 (Steinway & Sons)
ファツィオリ (FAZIOLI)
シゲル・カワイ (Shigeru KAWAI)
ヤマハ CFX(YAMAHA)
2−2. 歴史的背景
ショパコンは、1925年ワルシャワにあるショパン高等音楽院のイェジ・ジュラヴレフ教授(8)によって考案された。当時世界中の一般市民の感覚では、ショパンの音楽はフランス音楽だと考えられていたため、ショパンの音楽をポーランドに取り戻し、愛国心を鼓舞しようと考えられた。また、当時の若い音楽学生が無目的、無気力、無感動となっていたのに憂えていたジュラヴレフ教授は、一般の若者たちがサッカー観戦に熱狂しているのを見て、スポーツと同じようにピアノもこれくらい熱狂して欲しいと思った。
ショパンの作品は、それまで19世紀のヴィルトゥーゾ(9)のピアニスト達によって、曲を即興的に弾いたり指定テンポ以外で弾いたりと様々な解釈によって演奏されていたため、著しく歪められた演奏であった。「ショパンの作品を本来あるべき姿に戻す」「ショパンの作品を弾く国際的コンクールを開く」という主旨から提案され、その2年後の1927年1月に2週間に渡り、8カ国26名の参加者を迎え第1回目が開催された。
3.事例のどんな点について評価されるか
何百とあるコンクールが開催されたり消えてしまっている中で、ショパコンは最も長い歴史を持ち、今もなお継続されているコンクールで、若い音楽家の登竜門であり、ピアノを勉強している者なら一度は憧れるコンクールである。一人の作曲家、ショパンの曲だけを演奏する特異なコンクールであるがゆえ、そこで優勝、入賞したピアニストはショパニスト(10)として世界中に名実共に知らせることができる。過去の受賞者たち(資料2)の中には現在巨匠として名を残しているピアニストが多数おり、権威あるコンクールの一つであることが評価できる。
4.他のコンクールとの比較
チャイコフスキー国際コンクール(資料3)(以下チャイコン、ロシアのウクライナ侵攻非難で2022年4月20日に国際音楽コンクール世界連盟(スイス ジュネーブ)から除名された)は、同じく世界3大音楽コンクールの一つだが、ショパコンと大きく違う点は、ショパコンはショパンの曲をピアノだけで演奏するコンクールに対し、チャイコンは様々な楽器部門が設けられている。課題曲ではバロック時代から近現代時代の作曲家の曲と実に多くの演奏技術や演奏解釈が要求される。
どちらも若手音楽家の登竜門であり、入賞者は今後の音楽活動において堅実な道を歩むことができる。ショパコンもチャイコンも開催期間中はテレビで放送され、開催国である国民の多くが視聴し、大きな関心を寄せている。近年ではどちらもインターネット配信が行われており、世界中からオンタイムでの視聴が可能になっており、より多くの音楽ファンが楽しむことができる。日本からは毎回コンクール鑑賞のためのツアーが企画されている。
5.今後の課題と展望
5−1 DVD審査の撮影方法
予備審査の前に書類とDVD審査がある。DVD審査に関して一つ問題となっているのが録音時の環境である。撮影には手間と費用がかかるが、ホールを借りて調律されたピアノを使用しプロの編集者に編集をしてもらうコンテスタントもいれば、練習室の一角やホテルの一室で調律されていないピアノを弾き、ホームビデオでコンテスタント自身で撮影する者もいる。撮影に関して、環境が整ったコンテスタントには大した問題ではないが、充分な環境で撮影出来ないコンテスタントには大きな問題である。以前、前評判が良かったコンテスタントがいたが、DVDの撮影状態が良くなかったので落選してしまったという例もある。なるべく全員同じ条件下で審査出来る方法として、地区予選を開催してはどうだろうか。アメリカ・アジア・ヨーロッパなど、数か国で開催する。しかし、そのためにはコストと時間がかかるのが大きな問題であるが、少なくとも録画環境の違いによって不利になるコンテスタントは減り、同条件下で演奏出来ることになるだろう。
5−2 採点方法ー「ロマンティック派」か「楽譜に忠実派」
ショパコンの採点方法(11)は、3次予選までは審査員が自身の基準で1点を最低点、25点を満点としコンテスタントの点数を付け、次のラウンドも聴きたいかのYes、Noの総合点で決まる。ファイナルに至っては、審査員は1点から10点まで付け、さらにコンテスタント一人一人に順位をつけた総合点で決まる。前記したように、開催当初のショパンコンは、ショパンの演奏を「本来あるべき姿に戻すため」に開催されたコンクールである。ここで長年論争され続けているのは、「ロマンティック(派)」な演奏スタイルか、「楽譜に忠実」な演奏スタイルのどちらがショパンの演奏なのか、という事である。この論争の最も有名な出来事が、1980年第10回大会のポゴレリッチ事件(12)である。この事件を例に、現在までショパコンの審査では楽譜を元にコンテスタント自身の解釈で演奏される「ロマンティック派」か、楽譜の指示通りに弾く「楽譜に忠実派」か審査員の中でも未だに解釈がまとまっていないのが現状である。現在は、発刊されているショパンの楽譜(資料4)の中で主催者側が推奨するエキエル版を多くのコンテスタントが使用している。演奏解釈は、審査員自身の基準で独自の価値観の中で点数を付けることになっている。何が正解で何が不正解であるのかが明確ではない芸術の世界で点数をつけるのは非常に困難な作業であろう。そこで一つの案として、ある一定の基準(例えばミスを何回したら減点など)の判断をAI技術を導入し判定する。そしてそのAI判定の結果と一緒に審査員の点数との総合点で行えば、より審査の方法が明確になるであろう。無論それにはその一定の基準をどのように設定するのか議論する必要がある。
現在の審査結果を見ると、以前はどちらかに偏っていたコンテスタントの入賞者が多かったのに比べ、「ロマンティック派」「楽譜に忠実派」が半々の人数での入賞となってきているので、より自由な演奏を容認するように、審査員の価値観も変わりつつあるのかもしれない。
6.まとめ
新型コロナ感染症拡大のため、2020年に予定されていた第18回のショパコンは2021年に行われた。日本から参加した反田恭平氏(2位)、小林愛実氏(4位)の2名が見事入賞を果たした。2位の反田恭平氏に関しては、日本人として内田光子以来、実に51年ぶりの快挙である。2人の入賞は、幼馴染同士で入賞として日本のメディアでも大きく取り上げられた。しかし、他のアジアの国を見ると、中国・韓国・ベトナムなどからはすでに1位を輩出しているが、日本だけが未だ1位を輩出できていない。それはなぜなのか。以前は、日本人の生真面目で内気な性格が他国のコンテスタントの演奏と比べると表現力が劣り、一平単でつまらないから、などと言われていたが、近年ではそうとも限らない演奏者が多くなっている。他のコンクールの入賞者を見ても日本人演奏家のレベルがかなり上がってきているのは事実である。日本でも人気のショパコン。そのショパンコンから日本人優勝ショパ二ストが誕生する日もそう遠くない未来になるであろう。
参考文献
参考webサイト (最終閲覧日7月10日)
https://chopin2020.pl/ ショパンコンクール公式サイト
https://ebravo.jp ぶらあぼONLINE クラシック音楽情報ポータル
https://tabimatch.com Tanimatch
https://note.com/ptna_chopin. ピティナ広報部 第18回ショパン国際ピアノコンクール特集
https://japoland.pl/ ヤッポランド ポーランド情報局
http://www.piano-planet.com/ ピアノの惑星
https://avex.jp International Tchaikovsky Competition
https://www.harmonyjapan.com Harmony Japan
https://jp.yamaha.com YAMAHA
https://classical-music-info.jp/ クラシックなひと時
https://www.zen-on.co.jp 全音楽譜出版社
http://paderewski.jp/ 日本パデレフスキ協会
https://chuokoron.jp/ 中央公論.JP
http://www10.plala.or.jp/ ショピニストへの道
https://composer-instruments.com/ 音楽力の泉
http://ja.chopin.warsawtour.pl/ ショパンのワルシャワ
https://muzeum.nifc.pl/pl ショパン博物館
https://fchopin.net/ ショパン データベース
・参考文献
『ショパン・コンクールを聴く』、舩倉武一著アルファベータブックス、四六版、2016年
『ドキュメント ショパン・ショパンコンクールーその変遷とミステリー』、佐藤泰一著春秋社、四六版、2005年
『ショパン・コンクール』、青柳いずみこ著、中央公論新社、2021年
『弟子から見たショパン ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル著』、音楽の友社、2020年
『ショパン』、遠山一行著、新潮社、1988年
『ピニストという蛮族がいる』、中村紘子著、中央公論新社、2009年
『ショパンの楽譜、どの版を選べばいいの?(エディションの違いで読み解くショパンの音楽)』、岡部玲子著、ヤマハミュージックエンターテインメントホールディングス、2015年