竹所集落におけるカール・ベンクスによる古民家再生の取り組み —新たなる地域文化資産の創生—

佐々木 政明

1.基本データと歴史的背景
竹所は新潟県十日町市(旧東頸城郡松代町)にある。この地域は東頸城丘陵の小高い山々に囲まれ、多い年には3mを超える日本有数の豪雪地帯である。そこには棚田に代表される里山の美しい景観がひろがり、住民は古くから米つくりを生業として生きてきた。しかし高度経済成長にともなう農業の衰退とともに過疎化が進み、かつて40戸ほどあった民家は1990年代初めには10戸ほどにまで減少し、竹所はいわゆる限界集落となっていった。
そこに現れたのがドイツ人建築デザイナー、カール・ベンクス(以下ベンクス)である。彼は1942年ベルリンで生まれた。絵画修復師だった父が集めた浮世絵や根付、さらにブルーノ・タウトの書籍*1などから影響を受け、日本文化に興味を持つようになる。そして1966年に来日したベンクスは日本の古民家に強く惹かれ、ヨーロッパ各地に日本建築を移築する仕事に携わるようになった。
1993年の秋、移築する古民家を求め竹所を訪れたベンクスは、その静かな山里の雰囲気に惹かれ、一目惚れしてしまった。彼はそのころ定住する場所を探していたが、ただ景色が良いだけの観光地や別荘地には興味がなかった。古くから人が住み、歴史や文化があるところがよかった。そのとき自然と伝統に育まれた山里、竹所に出会い、「ここで歳をとりたい」と思った。
すぐにベンクスは茅葺き屋根の古民家を土地付きで購入した。外見は廃屋同然だったが、内部は雪国特有の太い柱や鉄砲梁*2といわれる素晴らしい材料が使われていた。2年かけて再生し、「双鶴庵」と名付け、妻のクリスティーナと住み始めた。四季とともに美しく移り変わる自然、おだやかな村人との交流。竹所での生活は想像以上のものだった。そしてベンクスは集落にまだ残されていた古民家を再生して、新たな移住者を迎え入れていった。その数は9軒にのぼり、いまや竹所の景観を特徴付けるものとなった。
そこで、この竹所におけるベンクスの取り組みを、現地調査及びヒアリング*3を基にして、新たなる地域文化資産の創生の視点から評価する。

2.積極的に評価する点
(1) 独自の古民家再生の建築様式
ベンクスは「私の古民家再生のコンセプトは伝統とモダン、和と洋の融合である」という。また「古民家を残すのではなく、本物の値打ちを残したい」ともいう。
彼の古民家再生は古民家をいったん解体し、柱や梁などの構造体のみを前と同じように組み直す。それができるのも、釘を使わず軸組や継手により組み上げる、昔の大工の技術によるものである。それ以外の壁や屋根、内装などは全く新しくする。だから廃屋同然の古民家でも再生でき、梁や柱に染み込んだDNAが引き継がれるのである。
一方、デザイン性や居住性、環境への配慮も重視する。景観に合ったアースカラーの壁とそれを引き締める、黒い付け柱と桁を基調とする外観デザイン、そして古民家の木組みを観せる天井の高い屋内空間は、和の伝統とともに現代性や洋を感じるさせる魅力的なデザインである。また雪国の暗く寒い冬でも快適に過ごせるよう、壁には厚い断熱材を入れ、薪ストーブと床暖房で温める。窓にはペアガラスの入った木製サッシを取り付け、たくさんの光を取り込む。そして本物に似せた新建材やプラスチックはなるべく使わない。それはSDGsにも繋がる姿勢でもある。
このようにベンクスは古民家に宿る伝統を残すとともに、モダンや洋の要素と融合させ、デザイン性や居住性、環境にも配慮した、独自の古民家再生の建築様式をデザインしている。

(2) 新たな田舎の景観の創出
竹所にはベンクスの再生古民家の他にも8軒の地元住人の家がある。それらは壁にグレーやベージュのサイディングを貼った個性のない一般的な住宅で、デザイン性に乏しい。竹所も以前は他の集落と変わらない景観であったことがうかがえる。しかしベンクスの再生古民家により大きく変わった。現在ある9軒の再生古民家は、それぞれ壁の色や屋根の形が異なる魅力的な建物である。「双鶴庵」「べんがらの家」「イエローハウス」など、屋号のような名前が付けられ集落の中に配されている。
その集落は三方を丘陵に囲まれた谷戸のような地形をしていて、奥に行くほど傾斜を増す。そこを道路はS字を描きながら上っていく。そのため道路脇の木立と相まって道沿いに建つ建物は見えにくい。次のカーブの先にどんな建物が現れるのだろうというワクワク感を抱かせ、現れた時にはひときは強い印象を与える。
このようにベンクスの再生古民家は、傾斜と曲線、さらに豊かな自然環境と溶け合い、新たな田舎の景観を創り出している。

(3) 新たな文化的景観の萌芽
ベンクスは「ここはみんな一緒に困ったことがあったら手伝ったりして、まだ田舎が残っている。だからすごくいい」という。道普請など地元住人により古くから行われてきた集落の共同作業に、ベンクスをはじめ移住者も参加する。一方、ベンクスは集落環境向上のため、上流に自生するミズバショウを株分けして集落内へ移植しようと提案した。すると地元住民はこの自分達には思いもよらない提案に感心し、住民みんなで実施している。
また、東京から移住してきた「べんがらの家」の金井さんは、地元のおばあさん達と食生活を通して交流している。山菜の採り方や食べ方を教わりながら、現代的なセンスで新たな調理方法を考案して、逆におばあさん達にも喜ばれている。*4
このように地元住民と移住者が交流し、田舎の伝統文化と都会の現代文化が出会うことにより、新たな価値を発見し、新たな生活スタイル、さらに新たな文化的景観が生まれてきている。

3.同様の事例と比較して特筆すること
竹所の近くにある柏崎市高柳町荻ノ島は、集落の中心にある水田を囲むように茅葺屋根の家が環状に並んで建つ、全国でも珍しい環状集落を形成している。その独特の景観は農林水産省の「美しい村景観百選」に選定され、柏崎市は「景観形成重点地区」に指定している。*5 実際に集落を歩いてみると、人の気配のない家や崩れかけた家が見受けられる。住人がいる家でも修繕がいき届いているようには見えない。茅葺き屋根の古民家は高齢化と人口減少が進むにつれて姿を消し、現在8棟を残すのみだという。*6 保存が望まれているが、茅葺き屋根の家を修繕して住み続けることは難しい。だから住人はそれを捨て、新しく建て替えたり、集落を出ていくのである。
かつて竹所も同じような状況であった。しかし、ベンクスは廃屋同然の古民家に価値を見出し、独自のデザインにより再生することにより、逆に都会から移住者を引き寄せた。
農山村の景観といっても、いつまでも変わらないことはない。時代の変化に合わせて変わっていく。それがどのように伝統を引き継いでデザインされていくかが重要なのではないだろうか。

4.今後の展望
ベンクスに竹所の今後について尋ねると、「観光地や別荘地にはしたくない」という。一方、「住人が増えること、特に若い移住者が増え、子供がいることが大事だ」という。
当初、再生古民家のオーナーとなったのは、ここで週末を過ごしたり、リタイア後のセカンドライフを過ごそうという、生活に余裕のある年配者であった。だが最近は若い子供連れの家族も移住してきている。14年ぶりに子供も生まれたという。
これまで若い人が地方に移住するには仕事がネックとなっていた。しかし近年、高速交通網やインターネットなどが整備され、地方でも仕事ができるようになってきている。またベンクスが廃屋同然の古民家を再生したように、若い人の現代的な視点はこの地域に新たな価値を発見し、仕事を生み出すのではないだろうか。
こうして今後さらに若い移住者が増えることが期待される。そのためにも「できる限りこれからも古民家を再生していきたい」とベンクスは楽しそうにいうのである。

5.まとめ
竹所におけるベンクスの取り組みは「伝統とモダン、和と洋の融合」をコンセプトにして、独自の古民家再生の建築様式をデザインし、魅力的な田舎の景観を創出した。それは都会から移住者を呼び寄せ、新たな文化的景観の萌芽をみせている。さらに若い移住者も増えつつあり、これからも集落と伝統は変革を遂げながら継ながれていくだろう。それは過疎化に悩む地方における、新しい田舎のありかたを見せてくれる。
これらのことから、竹所におけるカール・ベンクスの古民家再生の取り組みは、新たに創生された文化資産として評価してよいであろう。

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    (撮影場所、撮影日、撮影者については、個別写真ごとに記載)
  • e59bb3efbc91e5ba83e59f9fe59bb3_page-0001 図1 広域位置図
    (国土地理院地図に筆者追記作成)
  • e59bb3efbc92e4b8ade59f9fe59bb3_compressed_page-0001 図2 中域位置図
    (国土地理院地図に筆者追記作成)
  • e59bb3efbc93e78bade59f9fe59bb3_page-0001 図3 狭域位置図
    (国土地理院地図に筆者追記作成)
  • e59bb3efbc94e5868de7949fe58fa4e6b091e5aeb6e9858de7bdaee59bb3_pages-to-jpg-0001 図4 カールベンクス再生古民家配置図
    (国土地理院地図に筆者追記作成)
  • e59bb3efbc95e4bfafe79eb0e59bb3e38080googlee3839ee38383e383973d_compressed_page-0001 図5 俯瞰図
    (グーグルマップ航空写真3Dに筆者追記作成)
  • e59bb3efbc96e9ab98e4bd8ee59bb3_compressed_page-0001 図6 竹所集落カールベンクス再生古民家 高低図
    (筆者作成)

参考文献

(註)
*1 ブルーノ・タウト はナチスを逃れ1933年から3年間日本に滞在した。その際、ベンクスも所有する『日本の家屋とその生活』など日本建築および文化に関する著作を残している。
*2 雪国の傾斜地に育つ樹木の根元の曲がった部分を使った梁材。アーチ状で強度が高い。
*3 2021年5月14日、まつだいカールベンクスハウス2階のカールベンクスデザイン事務所にて実施
*4金井さんと地元の女性たちとのエピソード
NHK BSプレミアム
 「カールさんとティーナさん古民家だより 2020夏・秋」(2021年1月16日放送)
 「カールさんとティーナさん古民家だより 2021冬・春」(2021年7月3日放送)
  NHKオンデマンドで閲覧可能
  https://www.nhk-ondemand.jp/#/0/
*5 柏崎市HP
 『柏崎市景観計画』、柏崎市都市整備部都市政策課、平成28年
  https://www.city.kashiwazaki.lg.jp/material/files/group/31/keikakuhonpen_shiori.pdf
 (2021年8月閲覧)
*6 ふるさとチョイスHP
 「日本の原風景!かやぶき屋根の風景を未来へ紡ぐ!」
  https://www.furusato-tax.jp/gcf/1304?area_prefecture_gcf_gcf 
 (2021年8月閲覧)

(参考文献)
1.袖木崎寿久著『カール・ベンクス よみがえる古民家 増補版』新潟日報事業社、2016年
2.カール・ベンクス著『古民家の四季』新潟日報事業社、2010年
3.ブルーノ・タウト著『日本の家屋と生活』雄鶏社、1950年

(参考資料)
1.カールベンクスアンドアソシエイト有限会社HP
 「カール ベンクスについて」https://karl-bengs.jp/profile/(2021年8月閲覧)
 「竹所プロジェクト」https://karl-bengs.jp/taketokoro/(2021年8月閲覧)

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