ショッピングモール「イサカコモンズ」の魅力とは ~さらに人が集まる空間になるために

山崎 瑠美

はじめに

アメリカ合衆国ニューヨーク州の小さな町イサカのダウンタウン[1]には「 The Ithaca Commons(以下、コモンズ)」というニューヨーク州初の歩行者専用ショッピングモールがある[資料1]。幹線道路沿いの大型ショッピングモールではなく、町の中心にある中型のショッピングモールだ。そのコモンズの魅力とは何か、それは町の中でどのような存在なのだろうか。小さな町のダウンタウンを継続し、さらに人々が集まる町の中心となる提案を考察する。

1、基本データと歴史的背景

イサカ市はニューヨーク州の北西部、カユガ湖の南に位置する。人口32108人[2]、コーネル大学とイサカ大学のある学園都市として知られている。渓谷の自然や農業が観光と結びついている町である[3]。

そのダウンタウンの中心は東西に走るセネカ通り、ステイト通り、グリーン通り周辺である[資料2]。1820年代からセネカ通りは商業の中心であった。1950年代前半、自動車と郊外の文化が高まり、ダウンタウンの多数の店舗が倒産し空地が増えた。1963年、ダウンタウンに変化を起こすために市の都市計画課が設立された。1970年頃、小さな町のダウンタウンを活気付けるために歩行者専用モールを建設する傾向が全国で起きていた。1974年、ステイト通りのオーロラ通りとカユガ通りの区間の車の通行を止め、歩行者専用とするコモンズが作られた。2015年、舗装などの老朽化が理由でリモデルされた[4]。

コモンズの店は手工芸品やイサカのロゴ入り商品などのギフトショップ、衣料品やアウトドア用品、様々な国のレストランが多く、ローカルの店が立ち並ぶ。また、町の2大フェスティバル開催時はコモンズ全体が会場の中心となり、多くの人で賑わう[5]。コモンズ内のパビリオンを中心に季節的なイベントも多数開催される[6]。このようにコモンズはショッピングモールであり、イベントの会場としても利用される。

2、積極的に評価する点

2-1、空間のデザイン

2015年のリモデルにより店舗前に木が並ぶように植えられた。それに沿ってテーブルやベンチ、ゴミ箱や消火栓などアメニティが設置され、中央に開放的な歩行空間ができた[資料3]。この様子は、店舗前に歩道があり、広い空間には車道があった1974年以前の時代を回想できる。
コモンズには1840年から1860年頃に建築されたレンガ作りの3、4階建ての建物が並んでいる[7]。現在建物の多くは1階は店舗、2階から上階はアパートメントである。1912年と1930年頃に撮影された2枚の写真と現在の建物を比較した[資料4、5]。変化した部分も少しある。しかし特徴的な屋根や窓枠の形、窓の数など現在の建物正面の様子はほぼ同じであった。その写真から当時の姿を留めている11棟の建物を確認することができた。つまり180年前の建物が今もコモンズに立ち並び、その頃からこの場所が商業という文化の中心であり、現在まで継続していることがわかる。

川添善行は、建築には空間という普遍的な価値と場所という個別的な価値があるとし、個別の場所性を備えた空間を重要視している[8]。これらの建築には180年前のメインストリートを今に伝える場所性があり、イサカ独自の空間を創造していると考える。コモンズがこのような場所性のある空間である点を評価したい。

2-2、時間のデザイン

コモンズにあるパブリックアートの中に、エリンという女性の銅像『Child of Ithaca(以下、エリン)』がある[9]。銅像であるが、エリンは台座に乗せられたり作品として飾られていない。
エリンは人が歩く横で真鍮製の椅子に座り、エリンと同じくブロンズで鋳造されたテーブルに本を置き、コーヒーのカップを片手にしている。その構図について「エリンの性格である、人に対する広い心を表現している。」と作家ベルトイア氏は述べた[10]。エリンのテーブルで友達と飲食する人々を見かける。エリンの横に座り本を広げる人もいる[資料6]。このように銅像として鑑賞用に設置されているのではなく、人が作品の中に飛び込める作品である。

中西紹一は、二項対立した世界を乗り越え、越境した自分に出会うこと、そこに時間のデザインがあると述べている[11]。この作品の場合、人が作品の中に飛び込み越境した自分に出会い、そして作品との新しい時間が生まれる。また、アクターネットワーク理論的[12]に考えると、作品も目の前に座る人間の生活に飛び込み、新しい時間を創造していると考えることができる。つまりここに時間のデザインが埋め込まれている。このような時間を経験できるパブリックアートがコモンズに存在することを評価する。

3、似た事例との比較から見えるもの

バーモント州のバーリントンという町は地理、文化的背景がイサカと似ている[13]。そのダウンタウンに同様の歩行者専用ショッピングモール「チャーチストリートマーケットプレイス[14]」がある。1981年にチャーチ通りの車の通行を止めて作られたので両サイドに建物が並ぶ。その中には1800年代後半に建築された建物もある。このダウンタウンもイサカのダウンタウンと同じような歴史を歩んできたと考える。
では店はどうだろうか。衣料品やアクセサリーなどのギフトショップ、様々な国のレストランやカフェなどが多い。バーモント製のチョコレートやフランネルシャツなどのローカル商品を販売する店もある。一方で世界的に展開しているアパレルブランド店[15]もあり、一般的な郊外型のショッピングモールの性質もあると言える。

この点がコモンズと大きく異なる。コモンズにも衣料品店はあるが、全国や世界的に展開しているチェーン店はない。例えば、アウトドアブランド商品はローカルの店が取り扱っている。これはローカルビジネスを支援していると評価し、特筆すべき点だと考える。

4、課題と今後の展望

コモンズは以上3点で評価できる空間である。しかしフェスティバルやイベント開催時以外は、日常的に人が集まる場所とは言い難い。チェーン店で買い物をしたい時や、ギフト商品が多く日用品の販売が少ないことから、訪れる機会が少ないという問題点がある。とはいえ、チェーン店やアパレルブランド店が出店すると、集客には繋がるだろうがコモンズという独自の個性が消えてしまうことが懸念される。

したがって、店やイベント以外にコモンズに訪れる日常的な目的があれば、人が集まる可能性があると考える。イタリアの地方の小さな町メルカテッロは、町の中心にあるガリバルディ広場に人が集まる賑やかで元気な町である[16]。広場には教会、町役場、カフェやバーがあり、自然と市民が集まるということだ。

そこで、コモンズに公立図書館があればどうだろうか。公立図書館は大人も子供も利用する公共施設である。入り口をコモンズ側に設置することで、その利用者がコモンズを通るようにデザインすることが可能だ[資料7]。特に小さい子供を連れての利用の際は、目の前に車の通りがないため安全な環境である。図書館の利用前後にコモンズ内の遊具で遊ぶこと、借りた本を外のベンチで読むことなど、コモンズと図書館の相互作用で新しい人の流れや可能性は広がると考える。この案に対する意見をコモンズのユーザーに求めたところ、5人中4人から「コモンズに図書館があるのは良い」という回答を得た[17][資料8]。
図書館は2000年に現在の場所に移転されたので、改築や移転の予定などはないかもしれない[18]。しかし、このような人の流れをデザインすることで、公共エリアであるコモンズの活性化につなげられるのではないだろうか。

まとめ

コモンズには「場所性がある空間」と「芸術作品との新しい時間を経験」という2つの埋め込まれたデザインがあること、ローカルの店を支援していることがわかった。これらは個性であり魅力でもある。この空間をこれからも継続するには、人々がコモンズに集まり、それらを感じることが重要なのではないだろうか。人の流れをデザインし、コモンズと図書館の相互的な力を活用しあいコミュニティの中心になることで、コモンズの魅力をより多くの人が体験できるだろう。
1800年代から賑わっていたこの通りは、変化をしつつ現在に繋がっている。歴史と文化が混じりあったこの空間は、イサカの文化資産的存在である。さらにコモンズは「イサカの中心はここだ」という役割を持っていると考える。

  • 1 [資料1]コモンズ、カユガ通りのエントランス
    (2022年1月15日筆者撮影、撮影場所1)
    ※筆者が撮影した写真資料の撮影場所については[資料2]の図を参照。
  • 2 [資料2]コモンズとその周辺の位置関係
    地図左、ニューヨーク州イサカ(アメリカ地質調査所より筆者編集)
    地図右、イサカ周辺(アメリカ地質調査所より筆者編集)
    図、コモンズ周辺、青の番号1~7は写真資料の撮影場所を示す。(イサカ市ウェブサイトより筆者作成)
  • 3 [資料3]コモンズの歩行空間
    写真(2021年12月16日筆者撮影、撮影場所2)
    立面図(イサカ市ウェブサイトより筆者作成)
  • %e8%b3%87%e6%96%994 [資料4]コモンズの建物の比較1
    写真上、1912年(Images of Ithaca & Tompkins County: The Early years~1850-1939, p139より)
    写真下、2022年(2022年1月8日筆者撮影、撮影場所3)
  • 5 [資料5]コモンズの建物の比較2
    写真上、1930年頃(Ithaca and Its Past: The History and Architecture of the Downtown, p.34より)
    写真下、2022年(2022年1月8日筆者撮影、撮影場所4)
  • 6 [資料6]エリンの銅像
    写真上(2021年12月16日筆者撮影、撮影場所5)
    写真下左(2021年10月1日筆者撮影、撮影場所5)
    写真下右(2021年9月16日筆者撮影、撮影場所5)
  • 7 [資料7]「コモンズに図書館があれば」アイデアの写真と図
    写真左、Center Ithaca 案(2021年10月1日筆者撮影、撮影場所6)
    写真右、Harolds Square 案(2021年11月20日筆者撮影、撮影場所7)
    図(イサカ市ウェブサイトより筆者作成)
  • 8 [資料8]コモンズのユーザーにアンケート
    (筆者による調査、作成)

参考文献

【註】
[1]会社、銀行、商店が集まる町の中心地域のこと。
[2]2020年4月1日、アメリカ国勢調査。
[3]氷河の浸食によってできた渓谷や滝がありトレイルが整備されている。夏から秋は農場で野菜や果物狩り、湖沿いのぶどう畑を持つワイナリーではテイスティングができる。
[4]ボストンにあるササキアソシエイツによる設計。
[5]6月にイサカフェスティバル、10月にアップルハーヴェストフェスティバルが開催される。
[6]6月から9月の毎木曜日の夜にバーニーミルトンパビリオンで無料のサマーコンサート、12月はウインターライトフェスティバルなどが開催される。
[7]Daniel R. Snodderly, Ithaca and Its Past: The History and Architecture of the Downtown, Ithaca New York: DeWitt Historical Society of Tompkins County, 1982, p.21~39.
[8]川添善行著、早川克美編『空間のこめられた意思をたどる(芸術教養シリーズ19私たちのデザイン3)』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年、p.196~p.199。
[9]2004年に26歳で亡くなったエリン・シュライザー(Erin Schlather, 1977-2004)の記念碑である。彼女はイサカ高校を卒業。明るく自信に満ちた若者であった彼女をイサカの子供の象徴として制作された。この記念碑は彼女を良く知るコーネル大学の建築芸術計画学部で彫刻を教えている准教授、ロベルト・ベルトイア(Roberto Bertoia, 1955- )により制作された彫刻作品である。
[10]筆者による作家ベルトイア氏へインタビュー(2022年1月10日、メールにて)。
[11]中西紹一、早川克美編『時間のデザインー経験に埋め込まれた構造を読み解く(芸術教養シリーズ18 私たちのデザイン2)』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年、p.188~p.190。
[12]人もモノも社会を構成するアクターであると位置づけし、社会はそのアクター同士のつながりという理論。人が行為するアクターであるならば、モノも同じように行為主体としてアクターであるということ。
[13]バーモント州はニューヨーク州の北東隣にある州である。バーリントンはニューヨーク州との境界のシャンプレイン湖の湖岸に位置する。人口は44743人(2020年4月1日アメリカ国勢調査)、バーモント大学とシャンプレイン大学のある学園都市で、湖や山の大自然の中でアウトドアを楽しむ観光地として知られている。
[14]The Church Street Marketplace.
[15]Banana Republic、L.L.Bean、Lululemonなど。
[16]井口勝文『イタリアの小さな町 暮らしと風景ー地方が元気になるまちづくり』水曜社、2021年、p.90~p.91。
[17]筆者によるアンケート調査(2021年12月28日、メールにて)。
[18]現在はコモンズからグリーン通りを南へ渡ったカユガ通りとの交差点にある。その前は同じカユガ通りの約500メートル北のところにあったが(1969-2000年)、老朽化により現在の場所へ移転した。


【参考文献】
井口勝文『イタリアの小さな町 暮らしと風景ー地方が元気になるまちづくり』水曜社、2021年。

熊倉純子監修、菊地拓児・長津結一郎企画編集『アートプロジェクト 芸術と共創する社会』水曜社、2014。

川添善行著、早川克美編『空間のこめられた意思をたどる(芸術教養シリーズ19私たちのデザイン3)』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年。

中西紹一、早川克美編『時間のデザインー経験に埋め込まれた構造を読み解く(芸術教養シリーズ18 私たちのデザイン2)』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年。

早川克美『デザインへのまなざしー豊かに生きるための思考術(芸術教養シリーズ17私たちのデザイン1)』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年。

ブリュノ・ラトゥール著、伊藤嘉高訳『社会的なものを組み直す アクターネットワーク理論入門(叢書・ウニベルシタス1090)』法政大学出版局、2019年。

Daniel R. Snodderly, Ithaca and Its Past: The History and Architecture of the Downtown, Ithaca New York: DeWitt Historical Society of Tompkins County, 1982.

DeWitt Historical Society, Images of Ithaca & Tompkins County: The Early years~1850-1939, Ithaca New York: DeWitt Historical Society of Tompkins County and The Ithaca Journal, 2001.


Census(アメリカ合衆国国勢調査局), Quick Facts, https://www.census.gov/quickfacts/fact/table/US/PST045221 (2022年1月26日最終閲覧)。

Church Street Marketplace(チャーチストリートマーケットプレイス)https://churchstmarketplace.com/(2022年1月26日最終閲覧)。

City of Ithaca(イサカ市ウェブサイト), commons, Ithaca commons amenities map, https://www.cityofithaca.org/174/Commons(2022年1月26日最終閲覧)。

City of Ithaca(イサカ市ウェブサイト), Frequently requested maps, Downtown Ithaca, http://www.cityofithaca.org/337/Frequently-Requested-Maps(2022年1月26日最終閲覧)。

City of Ithaca(イサカ市ウェブサイト), Ithaca Commons repair upgrade project, Ithaca commons planning board presentation part1, https://www.cityofithaca.org/172/Ithaca-Commons-Repair-Upgrade-Project(2022年1月26日最終閲覧)。

Ithaca Voice(オンラインローカルニュース),Old library,
https://ithacavoice.com/2018/10/demolition-of-tompkins-old-library-will-start-soon/(2022年1月26日最終閲覧)。

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https://www.vermontvacation.com/explore-vermont/historic-downtowns/burlington(2022年1月26日最終閲覧)。

University of Vermont(バーモント大学), Historic preservation program, Historic church street blocks,
http://www.uvm.edu/~hp206/2018/pages/Telesca/(2022年1月26日最終閲覧)。

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14850.com(オンラインローカルニュース), Child of Ithaca,
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