持続的な地域活性化を目指す「長良川温泉泊覧会」
持続的な地域活性化を目指す「長良川温泉泊覧会」
1 「温泉泊覧会」とは何か
「温泉泊覧会」とは小規模の体験交流型プログラムを複数集めて短期間に開催するイベントで、2001年の「別府八湯温泉泊覧会(以下「オンパク」と表記)」が最初の開催である。
体験交流型プログラムの提供は珍しいものでないが、「オンパク」は、プログラム主催者をパートナーと呼び、事務局はそのチャレンジを支援するという立場を取ることで、パートナーのモチベーションを維持しつつ、地域の資源の発見・発掘を行い、ひいてはビジネス、コミュニティーの創出などを目指している点に特徴がある。
「オンパク」主催者のNPO法人ハットウ・オンパクは、別法人名義でノウハウ提供を開始しており、現在「オンパク手法」イベントは、2014年度で全国約50箇所に及んでいる。
2 「長良川温泉泊覧会」開催までの道程
「長良川温泉泊覧会(以下「おんぱく」と表記)」の主会場である岐阜市は、岐阜県の中南部の県庁所在地である。
人口は約42万人と「オンパク手法」を実施している地域の中でも、かなり人口規模が大きいが、戦国時代に斉藤道三・織田信長が整備し、信長が名付けた歴史ある街である。また長良川流域には他にも多様な文化、魅力的な物語を持つ街が栄えていた。
しかしこうした地域資源の認知は不十分で、有効に活用されず、各自治体に適切な連携や支援が見受けられなかった。
この状況を打破するため「おんぱく」は2011年にスタートし、2013年の第3回では約8,500人を誘客するイベントとなっている。
第4回は2014年10月から11月に開催され、「長良川の天然鮎でギネス世界記録に挑戦」「江戸時代の桶が眠る醤油蔵巡り」「岐阜町キモノウィーク」「長良川アート散策」「長良川船遊び 舞妓カフェ船」など長良川流域市町を会場に長良川の自然や料理、文化などが体験できる約140のプログラムが用意された。
こうしたプログラムはいかに企画されたのであろうか。
1)コーディネーターとしてのORGANの存在
「おんぱく」の開催は、NPO法人ORGANが重要な役割を担ってきた。ORGANは、代表者の蒲雄介氏を中心に、長良川流域の持続可能な地域づくりのため2003年に十数名の若者とともに任意団体として始まる。
蒲氏自身は、長良川上流の街に生まれ、高等専門学校を経て、九州の大学編入し、在学中よりフリーデザイナーとして活躍後、2003年に住居兼デザイン事務所として岐阜市の町家に移り住み、その現状に憂い、岐阜のまちづくりに傾倒していく。
ORGANの活動は、まず岐阜市を中心とした県内各所を取材し、地域資源の魅力を掘り起こすフリーペーパーORGANの創刊がある。
タイトルの上の「岐阜に住むきみがこのまちを愛するように」との言葉を掲げた冊子は、雑誌制作、写真など様々な興味を持つ若者が集い、結果として「おんぱく」への大事な布石となっている。
他の活動としては、2004年の岐阜市の伝統工芸 水うちわの復活再生プロジェクト、2006年に岐阜市の町屋を保存するため立ち上げた「ぎふ町家情報バンク」などがあり、こうした活動を通じ、蒲氏らは、長良川流域活性化の問題点を意識し、所属も年齢も様々な人たちが関わる新しいフィールドを作ることを模索していた。
「おんぱく」前の2010年に、ORGANは岐阜市教育委員会から委託を受け、住人が地元を勉強する機会を作る「古今金華町人ゼミ」と銘打ったワークショップを開催し、岐阜のまちの魅力をプログラム化する人材の育成に取り組んだ。
この過程で、ORGANが目指すことと同じである「オンパク」の存在を知り、すぐにでもやろうという話に発展し、開催の体制整備のため旅館組合、商工会議所、自治体を巻き込み、2011年に「おんぱく」を主催する実行委員会を立ち上がった。
ORGANはNPO法人となったが、現在に至るまで主催となることなく実行委員会事務局に徹し、勉強会、ワークショップを開催し、関係者のプログラムの企画化を支援することとなる。
こうして2011年10月に第1回「おんぱく」が開催された。
2)「おんぱく」の戦略
「おんぱく」開催に際しての戦略の一つは、地域資源への徹底的なこだわりである。
ORGANは、長良川流域の地域資源である川、鵜飼に代表される漁業、流域に広がる古い町割と商いや暮らしにこだわり、「古今金華町人ゼミ」で「町家くらしお宅訪問」、「鵜匠と出会う 舟遊び」、「若旦那巡り 岐阜町散歩」、「座禅とくらやみご飯」などのワークショップを用意し、長良川流域の魅力を知るプランナーを育成したが、これは、そのまま「おんぱく」のプログラムとなっている。
また「温泉泊」に対するこだわりがあげられる。「おんぱく」は、岐阜市長良川流域の老舗や近代的ホテルなど温泉宿泊施設の組合と連携することで実現している。このためホームページ等で宿泊施設を丁寧に紹介し、「楽天」との連携による限定宿泊プログラムの設定、全プログラムの参加者への日帰り温泉割引券が配布などの温泉宿泊施設への誘客に力を入れている。
もう一つの戦略は20代後半から30代の女性をターゲットに見据えたことにある。
「おんぱく」公式ホームページ、バナー、ガイドブックは、和装の女性写真を多用し、女性が好む魅力的なデザインに仕上げ、デザイン事務所ORGANの力を見せている。ガイドブックは女性に人気なカフェ、料理店などを中心に県内約60カ所、県外約30カ所で無償配布された。
このために「おんぱく」は他の「オンパク手法」イベントより多くの広告費を投入している。
3 「おんぱく」の評価される点
1)ORGANの先見性
「オンパク」が旅館経営者が主体となり「温泉街の再生」の視点から地域資源の再発見に至り企画されたのに対し、「おんぱく」は若者や住民の視点の独自のまちづくり活動が、自然に「オンパク手法」にたどり着いている事に特徴がある。
このため「おんぱく」は初めから知る人ぞ知る地域資源を活用した興味深いプログラムが多く、こうした企画ができる仲間を育成してきたORGANの先見性は、第1回「オンパク」が用意したプログラムが50で約2,400人の集客であったのに対し、第1回「おんぱく」は僅かな準備期間で約100のプログラムを用意し、約3,500人を誘客したという結果に表れている。
2)「おんぱく」の波及効果
「おんぱく」の効果としては、地域資源の持続的活用の定着化がある。
第1回「おんぱく」で復活させた芸妓を乗せた屋形船で鵜飼を観覧する「舟遊び」や、ホテルや旅館で企画された「岩盤浴とヨガのセット企画」、「信長のおもてなし料理」は既に商品化されている。
また、「おんぱく」を契機として、女性仏師が彫刻教室を定期的に開催するなど新たなコミュニティーも着実に広がっている。
さらに「オンパク手法」を県内に普及した事も大きい効果である。岐阜県の陶磁器、ローカル鉄道、中山道の宿場、道の駅、地域食、恵那山麓をそれぞれテーマにした「おんぱく」類似イベントが県内で開催され、パートナーが育成されつつある。
4 「おんぱく」のこれから
「持続可能な社会の模式図がもし実現できるとしたら、小地域の中でしか出来ない」
これは蒲氏の仮説であり、ORGANの行動原理である。
この考えに基づくミクロな企画の集合体として「おんぱく」は開催されたが、マクロ視点で社会活動する自治体や企業との連携無くして「おんぱく」は成立しなかった。このため長良川と関係性がやや希薄なプログラムも受け入れられてきたが、ORGANメンバーのインタビュー記事等を見ると、拡大しすぎた感があるプログラムの在り方に葛藤も抱えているようである。
だが、「おんぱく」は一回に百人の誘客することより、岐阜に百回来てもらえる一人客を増やすイベントであり、「おんぱく」そのものが、伝統ある祭りの様に「持続可能な社会の模式図」となって、持続し、受け継がれ続けてもらいたいと願う。
参考文献
水野 馨生里著『水うちわをめぐる旅―長良川でつながる地域デザイン』2007年5月 新評論
鶴田浩一郎、野上秦生著『NIRA モノグラフシリーズ 地域の輝きを育てる「オンパク」モデル』2008年3月 総合研究開発機構
『アーバン・アドバンス No54:持続するまちづくり活動』2011年2月 名古屋都市センター
『ソーシャルビジネス・ケースブック ~地域に「つながり」と「広がり」を生み出すヒント~』2011年3月 経済産業省
『岐大のいぶき22号』 2011年10月 岐阜大学
『長良川おんぱくブログ』http://www.musublog.jp/blog/onpaku/
『新春若手NPO対談』2013年1月 特定非営利活動法人ぎふNPOセンター
『自治研ぎふ第109号「長良川おんぱくを,岐阜県内で展開中:たくさんのミニ・プログラムを各地で同時開催」』 2014年4月 自治労岐阜県本部
『平成25年度観光実践講座講義録』2014年6月 公益財団法人日本交通公社
『大人の名古屋Vol.27』 2014年06月 CCCメディアハウス
『長良川おんぱく2014 公式ガイドブック』2014年8月 長良川温泉泊覧会実行委員会・岐阜市