早川 克美(教授:学科長)2023年3月卒業時の講評

年月 2023年3月
みなさん、ごきげんよう。卒業研究のレポートの作成、おつかれさまでした。
卒業研究は、みなさんの芸術教養学科で学んだこれまでの学習の成果です。それぞれの方の視点が実に様々で、読み応えのあるレポートばかりでした。

ここでは採点を担当したweb公開希望者のレポートを中心に総評を示します。なお、未公開のレポートにも大変優れた内容があったことをお伝えします。

公開されているレポート4点をご紹介すると、

越境コミュニティの拡大発展を創造する ーデザインの観点からみる「世界のウチナーンチュ大会」

大会の概要と魅力、意義が明快に語られており、評価の視点では、循環・発展する共創の構想プロセスをデザイン思考から検証した点に説得力がありました。また、イベントの存在意義を、時間のデザインからも解析しており、通過儀礼としての特質を明らかにしています。展望で掲げた2点の指摘も大変期待したいですね。

歴史と文化のまち、古河市に根付く「小さな」アートプロジェクト

「ありある」の活動の魅力と価値が十分に伝わる報告書となっています。特に、2016年に開催された、「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」(以下「県北」)との比較によって、「ありある」の、活動の独立性に基づいた継続という特筆点が明確に抽出され、優れた論考でした。

横浜山手西洋館「花と器のハーモニー」 〜“外国人居留地の面影が残るまち“としてのクロノトポス〜

「花と器のハーモニー」は、山手西洋館という物質的なモノの価値に、居留地時代の暮らしぶりという非物質的なコトの価値をクロノトポスとしてあらわし、時間と空間の交差する場を創り出すことによって、継承するデザインとなっている、という結論および、そこに至る論の展開も素晴らしかったです。

カフェバー発の文学賞―「半空文学賞」の歩みとこれから

A4用紙片面1枚だけの文学の力で人や回りに波及効果をもたらし、成果に繋がっているこの文学賞は大変興味深く素晴らしい事例ですね。このレポートは具体的な記述でその価値を伝えることに成功しています。また、大原美術館の取り組みとの比較は丁寧で、相違点から「半空文学賞」の特質を抽出することに成功しています。

レポートの評価が分かれたのはご自身の問題意識と対象への評価軸が明示されているかという点です。せっかく丁寧に調べられたのに、調べたことのまとめで終わってしまっている方もいらっしゃいました。また、論点の軸が曖昧なため、減点となった惜しいレポートもありました。評価が高かったレポートは、丁寧な調査をされ、適切な比較対照を試みたり、また評価手法および評価軸を明確に定義されていました。いつも演習の授業でお話していますが、まず、調べた多くの情報から、「何を取捨するのか」という「問題定義=切り口」を示すことが肝心です。次に、その切り取られた情報をどのような「構造」で組み立てて考察するのかを検討し、最後にその構造をどのような「語り口=手法・方法」で伝えるかという点に留意して書くことが重要です。
また、ほとんどの方が、選ばれた対象への一定の距離をおいた客観的な考察には成功されていますが、一見、うまくいっているように見える事象に問題はないのか?どのような課題をクリアして今日があるのか、そんな批判的、反省的な視点も加味されると、一層深い考察になったと思います。

いろいろと書いてしまいましたが、卒業生となられたみなさん、本当におつかれさまでした。みなさんが得られた学びは、ゆっくりと時間をかけてみなさんの中で熟成されて、様々な場面でみなさんを助けてくれることでしょう。一緒に学んだこの月日はみなさんの勝ち取られた財産です。これからのみなさんのご活躍をお祈りしております。