早川 克美(教授:学科長)2022年9月卒業時の講評

年月 2022年10月
みなさん、ごきげんよう。卒業研究のレポートの作成、おつかれさまでした。
卒業研究は、みなさんの芸術教養学科で学んだこれまでの学習の成果です。それぞれの方の視点が実に様々で、読み応えのあるレポートばかりでした。

2022年度秋は83名の方が卒業されました。ここではweb公開希望者のレポートの中で特に優れていた方のレポートをご紹介し、総評としたいと思います。また、未公開のレポートにも大変優れた内容があったことをお伝えします。

特に優れていたレポート2点をご紹介すると、

「知多半島・半田の大絵馬群―忘却の淵で輝く新たな価値」についてのレポートでは、「忘れ去られた文化」にも、新たな価値を見出すことはできるのではないか」という問いから、愛知県半田市の寺社に多く遺る大絵馬群の価値について探り、継承の意義・活用の可能性を報告しています。過去に描かれた絵馬について、宗教画の側面とは別に「過去の地域習俗を伝えるメディア」「地域色豊かな美術絵画」「先人と繋がるコミュニケーションツール」であるという主張が明示され、また、半田ハリストス正教会のイコンと比較して、地域の習俗の記録という資料性や地域性はイコンには見られないことから大絵馬の独自性を明らかにするなど、大変説得力のある読み応えのある研究レポートとなっていました。

「岩山から生まれた聖俗真逆の空間デザイン 鋸山の古と今、そして、其の先へ」というレポートでは、千葉県の富津市と鋸南町に跨る鋸山について、北麓と南麓で異なる空間の性質に着目し、両麓の空間に刻まれた歴史を辿り、空間性・時間性について評価を試みています。芸術教養学科で学ばれたことを存分に活かされて、授業で学んだ、川添(2014)の論考から空間性の評価軸を定め、また、中西(2014)の論考で示されたエドマンド・リーチの通過儀礼論との一致を指摘しています。また添付されたオリジナル資料の充実ぶりには目を見張るものがありました。

レポートの評価が分かれたのはご自身の問題意識と対象への評価軸が明示されているかという点です。せっかく丁寧に調べられたのに、調べたことのまとめで終わってしまっている方もいらっしゃいました。また、論点の軸が曖昧なため、減点となった惜しいレポートもありました。評価が高かった優れたレポートは、丁寧な調査をされ、適切な比較対照を試みたり、また評価手法および評価軸を明確に定義されていました。いつも演習の授業でお話していますが、まず、調べた多くの情報から、「何を取捨するのか」という「問題定義=切り口」を示すことが肝心です。次に、その切り取られた情報をどのような「構造」で組み立てて考察するのかを検討し、最後にその構造をどのような「語り口=手法・方法」で伝えるかという点に留意して書くことが重要です。
また、ほとんどの方が、選ばれた対象への一定の距離をおいた客観的な考察には成功されていますが、一見、うまくいっているように見える事象に問題はないのか?どのような課題をクリアして今日があるのか、そんな批判的、反省的な視点も加味されると、一層深い考察になったと思います。

いろいろと書いてしまいましたが、卒業生となられたみなさん、本当におつかれさまでした。みなさんが得られた学びは、ゆっくりと時間をかけてみなさんの中で熟成されて、様々な場面でみなさんを助けてくれることでしょう。一緒に学んだこの月日はみなさんの勝ち取られた財産です。これからのみなさんのご活躍をお祈りしております。