「ヴィクトリアパーク」の都市公園としての役割
「ヴィクトリアパーク」の都市公園としての役割
1.はじめに
現在、世界の都市部に住む人口の割合は55%であり、その割合は今後も増加する予想だ。(註1)その中で、都市部にある公園は、遊び場というだけでなく、都市住民の健康を支える場であるべきではないのか。本稿では、地域住民の健康のために作られた「ヴィクトリアパーク」の持つ都市公園としての役割を考察する。
2. 基本データ
1845年に開園した、ロンドンのダウンタウンからバスで約30分のイーストエンド地域にあるヴィクトリアパーク(所在地:Grove Rd, Bow, London E3 5TB)は、西にリージェント運河、南にハ―トフォードユニオン運河を有し、マイルエンドパークとクイーンエリザベスオリンピックパークの間に位置する、都市の公共公園である。特別名所旧跡公園および庭園の英国文化遺産登録簿で2級公園とされており、年間約900万人が訪れる。面積86.18haの園内には、遊具やアドベンチャー広場、テニスコートやスケートボード場、サッカー場などのスポーツ施設、カフェなどがある。また、公園全体の広大な芝生や4,000本以上の成木、2つの大きな池を有し、野生動物が生息する自然あふれる公園だ。(註2, 3、添付1, 2)
3.都市公園としてのヴィクトリアパークの評価
ヴィクトリアパークの評価にあたって、国土交通省の「都市公園の役割」(註4)のうち、都市公園に特に必要だと考える2つの役割、「憩いの場」と「交流の場」、を評価軸に設定して評価を試みる。
評価軸の設定根拠は、1)都市住民は田舎住民よりも統合失調症にかかる確率が2倍高く、都市の過密人口や騒音、大気汚染がストレス増加の要因となっている、2)都市住民の中でも緑地の多い環境に住む人のほうが、精神的健康度が高い、3)都市化は人々に孤独と孤立を感じさせる、という研究結果(註5, 6, 7)にもあるように、都市住民の精神衛生上、緑地のある憩いの場と交流の場は都市に必要であり、公園がその役割を担うと考えるためだ。
4.ヴィクトリアパークの歴史的背景
19世紀初頭のイーストエンド地域は、産業革命によるドックや、産業、住宅の開発や移民などの貧困層の大量移住により、不衛生で悪臭が漂うスラム街であった。その悪環境は、1839年の年次報告書での高い地域死亡率により周知のものとなり、公園の必要性が明らかになった。地域住民3万人の署名をビクトリア女王へ提出後、1841年の議会制定法にてロンドン初の公共公園となるヴィクトリアパークの創設が決定された。1845年に開園後、毎週日曜には演説者の周りに人が集まり、地域住民の集いの場所となった。その後、第二次世界大戦中の爆撃や大嵐による公園の建物や木の損失、また道路計画により公園存続が危ぶまれたが、地域住民のキャンペーンにより公園は保護された。2011年にタワーハムレット区とHLF宝くじ基金が1200万ポンドを出資して大規模な修復工事を行い、現在の公園がある。(註8)
5.他の都市公園との比較
評価に際して、ヴィクトリアパークと同様に都市公園であるアメリカ・シアトルの「カーキークパーク」と比較して、ヴィクトリアパークの都市公園としての役割の現状と課題を浮き彫りにする。
5-1. カーキークパークの概要
シアトルのダウンタウンからバスで約30分のところに位置するカーキークパーク(所在地:950 NW Carkeek Park Rd., Seattle, WA 98177)は、シアトル市の公園及びレクリエーション管理局が管理する都市の公共公園である。面積約89haの園内には、森林や草地、湿地、小川、砂浜といった自然が豊富にあり、ピクニックやバーベキュー場、遊具施設を有する。 1918年に作られたポンティアック湾のキャンプ場が1928年に現在の場所に移された後、ボランティアや近隣住民によって、森林・果物農園の再植や小川の浄化が行われて、現在の公園ができた。現在もボランティアによる森林保育がなされている。(註9, 10、添付3)
5-2. 憩いの場
公園の憩いの場としての役割とは、前述したような都市生活ストレスを改善する環境の提供だと考える。
ヴィクトリアパークは、公園・緑地の質を図る国際的なGreen Flag People’s Choice Awardを5年連続受賞、その内2018年は1800の公園の内トップ10位(ロンドン唯一の受賞公園)という受賞実績を持つ、広大な芝生と成木を有する緑あふれる公園だ。(添付4)しかし、憩いの場としての役割において、森林を有するカーキークパークがより優れていると考える。
その理由の1つは、園内の空気の違いだ。カーキークパークでは、ヴィクトリアパークとは桁違いの空気の新鮮さを感じた。園内に森林を有するために、ヴィクトリアパークよりも植物の大気浄化能力が高いのだ。また、犬や人間の立ち入り禁止区域作成などを行い、森林生態系の維持に努めており、原生的な自然を保持する優れた森林管理のデザインが成されている。(註11, 12、添付5)一方、ヴィクトリアパークは、森林ではなく人工的な並木のため、カーキークパークよりも植物の大気浄化能力が低く、空気は劣る。(添付4)
もう1つは、園内で感じる騒音の違いだ。カーキークパークの園路は樹木で囲まれ、車道に面する部分がほとんどなく、全く騒音を感じなかった。車道と園路の間に森林を設置することで、森林の防音機能(註13)を利用している優れたデザインの園路だ。(添付3, 6)一方、ヴィクトリアパークでは、運河に面する西と南では騒音を感じなかったが、車道に面する北と東や、東西の公園間の車道近くでは、園内にいても車の騒音を感じた。(添付2, 7)
5-3.交流の場
公園の交流の場としての役割とは、都市問題である孤独や孤立を防ぐ地域住民の日常交流場の提供だと考える。
ヴィクトリアパークでは、描画や図工、ゲーム、公園の野生動物・木の生態などを学べる多様な無料イベントが毎月開催されており、貧富の差に関わらずに参加できる、優れた交流の場のデザインである。(註14、添付8-1)だが、「イベントの存在を知らなかった」という地域住民が多く、認知不足でその役割はまだ果たせていないと考える。また、イベントは単発または不定期開催のため、日常的に交流できる機能は有していない。
一方、カーキークパークでは、毎週定期的にボランティアが公園に集まって森林の管理を行っている。(註12)毎週集うために日常的に交流できる機能があり、交流の場のデザインとして優れた例である。だが、参加者はボランティアに興味のある住民に限られるため、興味のない地域住民にとっては交流の場とはなっていない。
6. 今後の展望について
都市化が進むロンドンにおいて、ヴィクトリアパークが今後も地域住民の健康のための都市公園であり続けるには、前述の比較で明らかになった課題を解決する必要がある。
憩いの場としての課題は、園内の空気の質と騒音だ。空気については、森林環境では都市環境と比べてリラックス状態になるという研究結果(註15)を参考にして、園内の未使用空間(添付8-2)を森林エリアにして、植物の大気浄化能力を高くする。騒音については、車道に面している部分に樹木を植えて騒音を減衰する、または、公園に面する車道をなくして、騒音のない公園をデザインする。これらにより、公園が、地域住民の精神衛生によりよい効果を与える憩いの場になると考える。
交流の場としての課題は、イベント認知と日常交流の不足だ。これらを解決するには、地域住民が利用者ではなく主催者になることがよいと考える。なぜなら、イベントを主催することで、開催準備の際に認知や地域住民の日常交流が自然に生まれると考えるからだ。
7. おわりに
今回、ヴィクトリアパークを都市公園としての役割に特化して評価することで、都市住民の健康のための公園としての改善点が明らかになった。公園を憩いの場にするには、都市住民が感じるストレスの要因を公園から排除することが必要であり、交流の場にするには、日常的に交流できる仕掛けを取り込んで都市住民の孤独や孤立を防ぐことが必要である。このような役割を持った公園をデザインすることで、今後さらに都市化が進むロンドンにおいても、変わらずに地域住民の健康を支える公園であり続けるであろうと考える。
参考文献
(1)United Nations「68% of the world population projected to live in urban areas by 2050, says UN」、https://www.un.org/development/desa/en/news/population/2018-revision-of-world-urbanization-prospects.html(最終検索日:2019年7月20日)
(2)Tower Hamlets council「Victoria Park」、https://www.towerhamlets.gov.uk/lgnl/leisure_and_culture/parks_and_open_spaces/victoria_park/victoria_park.aspx(最終検索日:2019年7月20日)
(3)Historic England「VICTORIA PARK」、https://historicengland.org.uk/listing/the-list/list-entry/1000178(最終検索日:2019年7月20日)
(4)国土交通省 都市局 公園緑地・景観課「都市公園の役割」、http://www.mlit.go.jp/crd/park/shisaku/p_toshi/yakuwari/index.html(最終検索日:2019年7月20日)
(5)Oliver Gruebner, Michael A. Rapp, Mazda Adli, Ulrike Kluge, Sandro Galea, Andreas Heinz「Cities and Mental Health」、Deutsches Ärzteblatt International、2017 年、https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5374256/(最終検索日:2019年7月20日)
(6)Jo Barton, Mike Rogerson「The importance of greenspace for mental health」、BJPsych International、2017年、https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5663018/(最終検索日:2019年7月20日)
(7)Emma Harries「Social Isolation and its Relationship to the Urban Environment」、http://www.socialconnectedness.org/wp-content/uploads/2017/04/Emma-Harries-Social-Isolation-and-its-Relationship-to-the-Urban-Environment-1.pdf(最終検索日:2019年7月20日)
(8)Tower Hamlets council「History」、https://www.towerhamlets.gov.uk/lgnl/leisure_and_culture/parks_and_open_spaces/victoria_park/history.aspx(最終検索日:2019年7月20日)
(9)City of Seattle「Carkeek Park」、https://www.seattle.gov/parks/find/parks/carkeek-park(最終検索日:2019年7月20日)
(10)Weekday Workers (WeWo)「History」、https://carkeekparkforest.wordpress.com/history/(最終検索日:2019年7月20日)
(11)独立行政法人 環境再生保全機構「大気浄化植樹マニュアル」、2014年、https://www.erca.go.jp/yobou/pamphlet/form/05/pdf/jyoka00_all.pdf(最終検索日:2019年7月20日)
(12)Weekday Workers (WeWo)「Carkeek’s urban forest needs helping hands to thrive.」、https://carkeekparkforest.wordpress.com/(最終検索日:2019年7月20日)
(13)林野庁「森林の多面的機能と我が国の森林整備」、http://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/25hakusyo/pdf/5hon1-1.pdf(最終検索日:2019年7月20日)
(14)Tower Hamlets council「Victoria_Park_Summer_Events_2019」、https://www.towerhamlets.gov.uk/Documents/Leisure-and-culture/Parks-and-open-spaces/Victoria-Park-Memoryscape/Victoria_Park_Summer_Events_2019.pdf(最終検索日:2019年7月20日)
(15)林野庁「森林の健康と癒し効果に関する科学的実証調査報告書(要旨)」、http://www.rinya.maff.go.jp/puresu/h16-3gatu/0310s1.pdf(最終検索日:2019年7月20日)