戦後日本の光と影の遺産  アジア最大武器工場跡地の大阪ビジネスパーク景観

宮垣 能里子

1.戦後日本の光と影の遺産としての評価と基本データ

「何やってるの! どいてどいて」
守衛にいきなり怒鳴られた女子高生達はキョトンとしている。読売テレビの横のコンビニのガラスを鏡がわりにTikTokの動画を撮っていただけなのに。
パナソニックタワー。建築されたバブルの頃は何千万円かしたであろう”アート”が広場にある。そこにスケボーの少年が滑りこんできた。やはり20秒も経たずにガードマンが現れ追い払う。

大阪城北東にある大阪ビジネスパーク(以下OBP)は、元アジア最大の武器工場の跡地の一部を再開発したエリアである。26万㎡の広さに超高層ビルが立ち並び、パナソニック、KDDI、読売テレビ、住友生命、日本電気、富士通などの企業がオフィスを構える。
しかし無機質な広い直線道路に人の影は少ない。広場やビル下に贅沢な空間が多々あるがここで遊ぶなの告知だらけ。
すぐ横に大阪城ホールがあるが毎日発生する16000人の観客もほぼ流れてこない。客目当ての屋台の自動車すらすぐ追い払われ楽しくないからである。
地元民もOBPにはめったに行かない。自転車をちょっと停めるだけで150円かかるしお店はよくあるチェーン店ばかり。
「なんかおもんないし(面白くないし)」
OBPエリアは川で囲まれているが、開発当時この川を埋め立てて地元からの人の流れを作る案は一蹴された。大企業さまのエリアを下々が邪魔するな、である。
しかしここで働く大手の社員たちー今は派遣も多いし入居企業の審査もずいぶん変わったがー彼らも仕事が終わると一目散に向かうのはどこか猥雑な京橋の町である。
おしゃれなブティックやスタバの裏には風俗や一杯飲み屋や若者が古いビルを改造して作ったレストラン。古着屋。高架下に並ぶ安くておいしいお店。人間が好きなのはこういうものである。

そして人が居つかないと街はどうなるか。
メインのTwin21ですらざっと見てオフィスの3割がフロアごとまるまる空いてる。店舗は4割近くが空き。中にOBPの活性化を目指す名目で天下り団体が運営しているコワーキングがあるが部屋の一部は非常にかび臭いし手洗いの水の出も悪い。
負を呼ぶのか、昨年11月にはクリスタルタワーの下の路上に中国人の死体まで放置されていた。

しかしこういう死んだ街は眺める分には美しい。特に水上から見る朝日に輝くOBPは素晴らしくバブル期はCMに何度も使われた。
またOBP高層階からの大阪城や付近一帯、つまりNHKや大阪府庁や大阪府警、歴史博物館…、ついでに言えば私の通った幼稚園から高校までが一望できる眺めは最高である。しかし私はクリスタルタワーの社員食堂に忍び込んで見たが普通は社員のみ。または敷地内のホテルニューオータニ大阪の客だけである。
建築当時はパナソニックの社長室からツインタワーの合間に大阪城が見えるようになっていた。大阪人からは「幸之助さん、太閤にでもなったつもりかいな」と揶揄された。
大企業による大企業のための街。
大阪のビジネス新拠点を目指すと鳴り物入りで開発されたOBPは完成後40年近く経ち結果として人も新企業も集まらず全然発展しなかった。今はついにパナソニックが脱出中である。
その背景には戦後、バブル、地上げ、政官メディアと癒着の大企業の奢り、国民の財産の私物化が隠れている。OBPは戦後日本の、いや明治以後の日本の光と影の断面図でもある。

2.歴史的背景
OBPエリアは元は日本陸軍の大阪砲兵工廠というアジア最大の軍需工場の一部だった。
設立は明治3年。同じ頃すぐ近くに精錬所(三菱金属に払下げ)や造幣局もできた。すべて川沿いにあり原料を運んだり、武器をそのまま海外に輸出できる。
そしてフランス、イギリスが砲兵工廠に武器製造の技術を教え、弾丸から銃、戦車まであらゆる兵器を製造した。海外から新技術と新発想を得て官民一体で製造する日本の原点である。
日本は台湾、韓国、中国(満州)の植民地を得ることにより資源と市場を手に入れ、軍需産業や輸出で飛躍的な発展を遂げる。大阪も1925年(大正14年)には工業と繊維産業で発展、人口も東京を抜き日本一の工業都市になった。

大阪の武器輸出が一番盛んだったのは第一次世界大戦の頃である。需要がおいつかず砲兵工廠は周辺に下請けを多数必要とした。大阪がのちに中小企業の町になった一つの理由でもある。その中からダイキン(砲兵工廠出身の技術者が潜水艦技術を持って起業)、日立造船(砲兵工廠元受けの大阪鉄工所)、住友電気工業(軍事用航空機エンジンの開発)、パナソニック電工(軍事用航空機部品開発)、住友金属工業(ジェラルミン開発)、日本鋼管(軍事用鉄鋼)など沢山の企業が生まれ発展した。

砲兵工廠は敗戦の8月14日に米軍からの空襲にあい壊滅する。跡地は不発弾の危険性などで長らく放置されくず鉄拾いや不法住居者が住む混沌の地となっていた。
1969年に再開発が決定したが、その以前から国有地が松下(当時)を筆頭に大企業に安価で払い下げられていた。転売は10年間禁止されたがこれは非常に地価の上昇した10年でもある。そして86年から90年前後、次々とビルが完成した。開発の一部は松下興産が担ったがバブルがはじけ2005年に経営破綻をしている。
また日本は民間大メディアが元国有地等の払い下げを受けたり、建築会社等に払い下げられた土地に本社を建てる事が多い。メディアが批判すべき政府、企業と一緒に地上げで日本に民主主義が育たぬ理由でもある。

3.海外との比較
私の尊敬する作家で都市乱開発反対の社会運動家であるジェイン・ジェイコブズによると都市を活かすのは多様性である。それを保つには、
1.土地の用途が複数で様々な時間に活動する人がいる。
2.一区画が小さく街路が短い。曲がり角が多い。
3.新旧様々な年代の建物が混在している。
4.人々が高密度で居住している。
ことが必要であるという。
OBPは一区画がやたら大きく、道路は老人と子供が渡れないほど広い。利用者の大半は大企業のビジネスパーソンで夜間住人はゼロ。建物の完成時期はほぼ全部同じ。つまり多様性とは全部逆であるうえにエリアで遊ぶ若者すら異分子として追い出している。幼児を連れた母親父親は最初からいない。

アメリカでもこの失敗はある。
ジェイコブズを描いた映画『ニューヨーク都市計画革命』でも、地上げだけを考えた巨大で無機質な公団住宅がすぐスラム化した例が挙げられている。
また米国で道路を作るのは自動車産業であり業界団体が団結し高速道路をニューヨークに通す案があった。が、70年代にジェイコブズたちの住民運動で中止された。結果ソーホーやロウアーマンハッタンが残った。
映画の「都市が機能するのは人々が動くとき」「理解できる都市は死んでいる。生きている都市は複雑でストレスに満ちているが、夢の叶う場所でもある」「金持ちや特権階級だけでなく、誰もが安全に暮らせる街を作ることが大事である」に、都市に育ち都市が大好きで大阪、東京、北京に住んできた私は強く共感する。

4.今後の展望とまとめ
都市は本来自然発生するものであり自然生成に任せるのがいい。そのためにはまずスキマがいる。
私の考えるOBPを生き返らせる手段は、
1.人を住ます。中央部のビルを一つつぶしてマンションを建てる。かっちょ悪い店もできる。実際にオフィス街であった北浜や御堂筋は昨今市場原理でタワマンが林立し活性化している。京橋側の川を埋め立て追加で住宅、幼稚園、老人ホーム等を建ててもいい。もうここから武器輸出はしないのだから。
2.店舗賃貸料を優遇し個人商店を多数入れる。一階は全部それでもいい。
3.過剰な管理を捨て様々な人の来る楽しい街にする。
4.元はアジア最大の武器工場であった歴史を大きく提示する。

  • 81191_011_32183245_1_1_9046abe1a75b6113f656aa9ca253af3 大阪城側からみたOBP。2022年、筆者撮影。
  • %e6%b7%bb%e4%bb%98%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%92 TWIN21(パナソニックタワーとMIDタワー)。タワー前にある広場もスケートボードはおろか、自転車で通ってもすぐ守衛さんから怒られる。OBP全体がその仕様である。若者が喜びそうなスペースや双方安全な場所は沢山あるのに大企業の事なかれ主義が度がすぎて人が集まらない。元は国有地である。下はTWIN21内部。二つのビルの中間から大阪城が見えるように設計されている。写真は左上2023年、他は2022年、すべて筆者撮影。
  • %e6%b7%bb%e4%bb%98%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%93%e3%80%80%e9%a1%94%e4%bf%ae%e6%ad%a3 左は大阪城ホールのコンサート帰りの観客。ほぼ毎日生まれる16000人の観客は橋の上からほんの10メートルしか離れていないOBPにはいかない。右は橋を降りたところのOBP。観客の流れを狙って読売テレビの前に止まっている屋台カーは、この後すぐ追い払われた。写真は2022年、筆者撮影。下はOBPの地図(大阪ビジネスパーク開発協議会作成提供)。
  • 81191_011_32183245_1_4_picture_pc_70030204cd2e8e35d1be58a35d5bac47-collage 砲兵工廠。左上はOBPの中に残る、大砲を運んだ水路の水門(2022年、筆者撮影)。右上は砲兵工廠の様子(ピース大阪の展示より)。左下は位置関係。ブルーのOBP(元砲兵工廠)から武器を川を使った水運で海に運び輸出した(筆者が https://www.google.map 上に作成)。右下は砲兵工廠の敷地の地図。ピンク色が砲兵工廠(地図はInoueーhiro 作成 https://ja.wikipedia.org/wiki/大阪ビジネスパークより)。最終600万平米の広さになった。
  • 81191_011_32183245_1_5_01f8f7baf25194b63c83ca4d8f45c4a-collage 昼のOBP高層階からと地上からの風景。左上は大阪城、NHK,大阪歴史博物館。右上から2番目は川沿いに造幣局、元三菱金属精錬所(現・帝国ホテル大阪)。すべて2022年、筆者撮影。
  • 81191_011_32183245_1_6_841afebfc524f3d0c66aff1f20556ea-collage 夜の風景。すべて2022年、筆者撮影。夜は高層ビルの窓ガラスに大阪城合戦の武者姿の幽霊が映るという噂がある。しかし眺めは絶品。車、カメラ、素材など軍需産業で技術を磨いた多くの日本企業が敗戦にめげずバブルを迎えた。そしてその一部が政官メディア癒着の下に軍需工場跡に企業人だけのための輝く高層ビルを建てた。それは眺める分には美しかったが支持されず中から朽ちつつある。もっとかっこ悪くてもいいから人々が人として生きられる日本を考える時期である。
  • 81191_011_32183245_1_7_920c53c434dfaa55d09dd3b7df755ae-collage OBPを春夏秋冬、取材中の筆者。すべて2022年、筆者撮影。また地上からの写真のバックには、老人や子供が渡るには広すぎる道路が見える。左はOBP中のコワーキングより。このコワーキングスペースは眺めは良いが、実際は夜遅くもアルバイトの女性しかおらず、男性利用客が突然騒ぎを起こしていた。たいていのコワーキングである防犯カメラやIT入室管理は設置されていない。証拠があることの責任を恐れてかすべて内輪の人力で監視してもみ消していた。全般にオフィスビルとしての管理は古く(外部者が入り放題)、パナソニックの移転が2025年に決まっており順次移動中で、空きオフィスへの入居者を値段を下げて募集しているが難航している。
  • %e6%b7%bb%e4%bb%98%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%98 空から見たOBP。撮影は『OSAKAビル景』(サイト:https://bb-building.net/より)。このエリアは大阪市内のどこへでも通勤至便で、マンション販売は非常に好調である。OBPエリアの、1967年の大阪市の一番最初の開発案は高密度の一般住宅であった。この地は本来は国有地(国民の財産)であり、住宅難であった当時の世相を反映したまっとうなものである。しかし高度経済成長の初期段階における急激な地価上昇、企業への払い下げ(50年代、松下興産、大阪製鋼、日清製粉、八幡エコンスチール)や、60年代後半の企業間での転売(松下興産以外は竹中工務店、住友生命、東洋工業へ転売)を経てごくわずかの間に企業の為だけの存在に変化していった。日本は人口も減りつつある。企業と住宅(人間の暮らし)が共存する古くて新しい景観に変わるときではないか。

参考文献

注1 文中パナソニックタワーとMIDタワーを合わせて、正式名称「twin21」になる。
注2 OBP読売テレビ大阪本社の地主は比較的初期に国有地を払い下げられた竹中工務店。朝日新聞東京本社が築地再開発地に建設されたりフジテレビがお台場にあるなど、日本はメディアが政府の地上げに加担協力し、昨今は不動産事業で採算を得ていることが多い。
参考文献
書籍
大阪ビジネスパーク開発協議会、『大阪ビジネスパーク 土地区画整理事業誌』、大阪ビジネスパーク開発協議会刊、1989年
大阪ビジネスパーク開発協議会、『OBP25周年記念誌』、大阪ビジネスパーク開発協議会刊、1995年
株式会社日建設計、『OBP 大阪ビジネスパーク』、株式会社日建設計刊、2003年
河村直哉、『地中の廃墟から―「大阪砲兵工廠」に見る日本人の20世紀』、作品社、1999年
三宅宏司、『大阪砲兵工廠(日本の技術)』、 第一法規出版、1989年
小松左京、『日本アパッチ族』、カッパノベルズ、1964年 
ジェイン・ジェイコブズ他2名、『アメリカ大都市の死と生』、鹿島出版会 、2010年
論文
綾瀬厚、『戦前期日本の武器生産問題と武器輸出商社』、国際武器移転誌第8号掲載、2019年
松下隆、『大阪砲兵工廠と大阪産業集積との関係性』、産開研論集 / 大阪府商工労働部 (大阪産業経済リサーチ&デザインセンター) 編掲載、2012年
田中幹大、『戦後復興期大阪における中小機械金属工業の再集積』、摂南経済研究掲載、2011年
映画
監督マット・ティルナー、『ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命』、2016年(アメリカ)

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